文化CULTURE

世界放浪 ~シヴァ神と仙人サドゥ~ Vol.10

ありがとうが存在しない国


舟での遊覧を終えてガート(沐浴場)からガンジス河を見ていると、着飾ったサリーで満載の舟がゆったりとやって来た。結婚式だ。

舟に乗っているうち頭にターバンを巻いた男性が花婿だとすると、隣で赤いサリーに身を包み、顔を赤いベールで覆っているのが花嫁か。インドの花嫁衣裳は真っ赤のようだ。

金のアクセサリーを鼻ピアスから腕から全身に身に着けている。花嫁も親族らしき女性たちも、腕はヘナで描いた茶色い幾何学模様でびっしりと覆われ、足も染料で真っ赤、両足首にはアンクレット、そして両足の薬指に指輪。




日本語が達者で呼び込みをしている若いインド人男性がちらほらいて、話しているといろいろと分かってきた。インドでは手ではなく足に結婚指輪をする。赤は既婚女性しか身に着けられない色で、若い女性の憧れの的。若い女の子は滅多に街中で見ない。基本的に家から出さないのだと言う。

他にも、既婚女性は眉間にビンディと呼ばれる眉間の第6チャクラの位置に印をつけたり、髪の分け目に赤い染料を塗ったりする。

良いことを知った。12年前の独身の時も、護身の意味で敢えて左手の薬指におもちゃの指輪をはめるケースが度々あった。今回は結婚指輪を無くしたら嫌なので代わりにキーホルダーの金具を指にはめてきていた。

露店でビンディのシールを買って貼り、赤い色の服を身に纏う。インド人男性からの第一声が「結婚してるの?」になり、極端に私への尊重度が増した。




急にカンカンカンカンと絶え間なく鐘を打ち鳴らし始める一角がある。壁に空いた穴の奥にカーリー女神が祀られている。通りすがりの人々は立ち止まり、果物や米のお供え物をして、一心に祈る。終わると、柔らかいクッキーのようなものが千切って配られ、みな一口ずつそれを口に入れている。


ガートに降りていく階段の脇の壁には、シヴァ神やガネーシャ、カーリー女神が別々に飾られていて、それぞれ誰かが守るように脇に座っている。

階段の中央は上っていく側と下っていく側の仕切りがあるが、その下には物乞いがずらっと座っている。ぼろぼろの服を着た小さな姉弟、赤ちゃんを連れているお母さん、一塊になってわざと哀れな声をおばあさんたち、手がなかったり足がなかったりするおじいさん。

行き交うインド人を観察していると、さりげなくコインを置いたり、そっとビスケットの袋を置いたり、実に当たり前に施しをしていた。

それを見て、私もコインを持っているときはどんどん渡すようになった。

とは言っても1ルピー(1.6円)や2ルピー(3.2円)なので、複雑な気持ちではあった。




私はどの国でも、現地の「美味しい」と「ありがとう」は覚えるようにしている。この二つの言葉はぐっと人との距離が縮まるからだ。

ルドラゲストハウスで晃子さんにヒンディー語での表現を聞くと、


「良い、という意味全般で使える“アッチャー”が便利。でも、ありがとうは一応あるけど言わない方がいい。インド人でも使う人は滅多にいない。なぜなら、人に何かをしてあげるのはインド人にとって当たり前だから。いちいちありがとうと言う人もいない。言う場合はThank youにしておくといいよ」


ありがとう、と言う習慣が存在しない!? 衝撃。これまでこんな国はなかった。

火葬に携わる人や物乞いのようにカースト制度にすら入れない不可触民がいるような、輪廻しないと解消できない生来の不平等さ、激烈な格差がある一方で、人に何かをしてあげるのが当然。その二つを取り巻くインド人の精神構造が私にとってはあまりにもかけ離れたもので、すんなりと理解ができない。


バラナシでは衛生的に顔をしかめたくなるような光景もちらほらある。

至る所に牛の糞が落ちており、それが川沿いでいつも水に濡れているところが多い。ガンジス河に至っては、遺体と遺灰と生活排水と工場排水を全て受け止めており、バラナシで泳ぐ旅人もいるが、とてもじゃないが私は川の水に触るのも遠慮したい(ただし、インド人のように本気でシヴァ神に帰依した暁には分からない)。

晃子さん曰く、衛生状態が悪くてコロッと死ぬ現地の人も多いと言う。

一応、不可触民の清掃員はおり、牛の糞や基本的にぽいぽい捨てられるごみを掃除することになっているが、私が行ったときは清掃員たちのストライキの真っ最中だった。政府から清掃を請け負った会社が清掃員に3か月分の給料900ルピー(1,440円)を支払っていないことが理由らしい。




随分とはっきりした人間のエゴだ。ありがとうと言わずとも助け合う文化もあれば、会社にとっては微々たる額であろう支払いを渋る人たちもいる(不可触民を人と思っていないからかもしれない)。人間の善悪が混沌としている。し過ぎている。


カレー以外の屋台を求めてバタートーストを食べていたら、そのまま紙を切っただけのそのまんま再生紙の皿が、衛生に関する英語のテストで思わず笑ってしまう。

一応この国も、衛生状態の向上に頑張っているんだな。



メインガート周辺を観察し終え、腹ごしらえを済ませると、いよいよガンジス河を上流へ歩く。少し上ったところに念願のサドゥが集まってきているという。


世界放浪 ~シヴァ神と仙人サドゥ~ Vol.9

世界放浪 ~シヴァ神と仙人サドゥ~ Vol.11

徳田 和嘉子 WAKAKO TOKUDA

自由業。CROSS FM元代表取締役社長、経営破綻寸前だった同社を再建。
2019年2~3月、仙人サドゥに会いたくてインドへ。昔は「東大生が教える!超暗記術」(ダイヤモンド社)を出版し、印税を使って52ヶ国世界一周ダンナ探しの旅をしていました(http://www.tokuwakako.com/)。