文化CULTURE

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第12回 2023年1月 『宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました』『哀れなるものたち』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


年初から能登の地震に羽田空港の事故、自民党の裏金工作、福岡ソフトバンクホークスのフロントのFA人的補償をめぐるドタバタなどなど、ロクなことがない。そんなモヤる日々に一筋の光明を与えてくれたのが、僕の場合、大相撲初場所なのだった。


好きなスポーツ:プロ野球、大相撲


自分が、令和の世なのに昭和体質が抜けきれぬ五十路じじいなのは認める。しかし、そんなじじいでなくとも、相撲に熱くなる(かもしれない)逸材が現れたのだ。


その名は大の里。いまだに髷も結えないザンバラ頭なんだけど、それもそのはず、初土俵から5場所目で入幕を果たすというスピード出世なのである。


幕内でも快進撃は止まらない。白星を積み重ね、優勝争いに名乗りを上げた。





9日目に勝ち越しを決めると、大関昇進を狙う関脇・琴ノ若、大関・豊昇龍、横綱・照ノ富士との対戦が組まれ、苦杯をなめるも本人はすべて「いい経験」だと割り切っていて、横綱に敗れた後、満面の笑みで控え室に現れたらしい。


突き押しを得意とするも、四つに組んでも簡単には投げられないうまさも兼ね備えていて、一番ごとにワクワクさせてくれる。


彼が起爆剤となって、大相撲ブームが巻き起こるのではなかろうか。その面差しは、大谷翔平に少し似てるし(私見です)。


毎年、ホークスを応援してきたけど、某選手のFAが発端となった一連のトラブルで、なんだか今年は気が乗らない。遠くから眺めるだけにしようか。


その代わり、大相撲ウォッチングに精を出すことに決めた。大の里、九州場所のころには、三役になってるんじゃなかろうか。ナマで観る日が楽しみ。




1月の獲れ高】


では、1月のおさらいを。


1本目

宝くじの不時着 1等当選くじが飛んでいきました

公式サイト:https://takarakujimovie.com

20240106日(土)KBCシネマ

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


暗いニュースが日々流れて来るなか、こういうアホな映画を観るなんて不謹慎なんだろうか・・・・・・などとは露ほども考えず、大笑いしてきた。


タイトルからしてバカバカしくて、『愛の不時着』を絡めようとする時点で志が低いんじゃないかとも懸念したんだけど、実際は、むっちゃ練られたコメディ映画。笑いのクオリティは期待していた以上だった。


カルチャーギャップって、コメディ映画のテーマとしては王道なわけだけど、この映画では、民族は同じなのに韓国と北朝鮮でかくもカルチャーが違うのかというところが興味深い。南に潜り込んだ北の兵士が韓国の若者言葉を使おうとして泥沼にハマるシーンなんかは、韓国語を理解できたら、もっと笑えたんだろうなぁ。


事前知識で、38度線を挟んだ南北のエリアが舞台なのは承知していて、そこで繰り広げられるストーリーも想定内ではあったんだけど、それでも笑える。加えて、38度線とは別に、ソウル市内でロト(くじ)の換金に右往左往するシチュエーションも最高。SNSを絡めることによって笑いを増幅させるとこもさすがだった。


この手の映画はやっぱり役者の顔がよくないといけない。その点、この作品は、主人公、パク・チョヌを演じたコ・ギョンピョを筆頭にみんないい顔。贔屓は北朝鮮の政治指導員を演じたイ・スンウォン。表情だけで笑える。ヒロイン、ヨニ役のパク・セワンも美人すぎないのがいい。


物語の結末は、ハッピーエンド。なんだけど、そこには北と南の対立が影を落としていて、北の人間は結局北に戻らなければならない。心が通ったと思っても、結局、現在の北と南は別世界。交わることは許されない。そんなほろ苦いラストもまたよし。



2本目

哀れなるものたち

公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings

20240127日(土)中洲大洋劇場

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


奇怪な傑作。倫理や道徳、良識に対してNOを突き付ける。ときにそれは美しく、ときにグロテスク。


観ている間、ずっと居心地が悪かった気がする。主人公ベラがセックスばかりしてるとか、かなりキモい彼女の出生の秘密とか、トゥーマッチなコスチュームや舞台美術とか、Jerskin Fendrixによる不協和音を強調した音楽とかってのも、その原因だったかもしれないけど、絶えずアップデイトしていくベラに翻弄されてしまったことが、一番大きかったかもしれない。


本能に任せて行動していたベラが、セックスの快楽に囚われ、スイーツや美食、アルコールの味を知り、音楽に心震わせ、ダンスで心と身体を解き放つ。哲学を通して世界を見ようと試みた後は、「実験」と称して、さらに「良識」を無視した世界に足を踏み入れる。その都度、彼女の価値観は更新され、話す口ぶりや表情も、映画の最初とは別人のようになっていく。


その移ろうパーソナリティを的確に演じきったエマ・ストーンはオスカー受賞間違いないんじゃなかろうか。


あと、『バービー』もそうだったけど、男性のクズっぷりが、遠慮なく描かれていたのも居心地が悪かったのかも。特に女性に対する所有欲、支配欲の醜悪さ。まだ、娼婦と客の方が、お金のだけの関係で心まで支配されるわけではないのでマシだと言うのが、この映画の言い分。


そんなこんなで、二転三転する物語に翻弄されながらも、最後まで目が離せない。2023年を代表する傑作であることは間違いない。それでも、どうしても気になった点がある。


映画の中盤、客船を舞台としたシークエンス。哲学を学んで人類の進化に寄与したいと言うベラに対し、黒人の青年が「人間は動物と同じように獰猛な生き物だから、哲学みたいなきれいごとは通用しない。理想は常に裏切られる。だから自分は現実主義でいく」と語る。


この時点で、ベラは、人間の理性に対して楽観的な姿勢を崩さなかったのだけど、その後の行動を見ていくと、徐々に「現実主義」なるものに傾倒していくように見える。結局、どこに辿り着くかというと「科学が人類を救う」という思想。


でも、原発を例に挙げるまでもなく、「科学が人類を救う」なんて、無邪気に考えている人の方が少数派だろう。ドローンが救った命と奪った命のどちらが多いか考えてみたらわかる。これからは、科学の力を運用する人間の倫理観が問われる時代だと思う。しかし、この映画の登場人物は、誰一人、そんな倫理観は持ち合わせていない。で、ベラ自身も無邪気にモンスターを作りだす。生命への冒涜。


いや、結末は、ヨルゴス・ランティモス監督のブラック・ジョークか皮肉なのか? この点は、未だ消化できてはいない。もう少し考えてみたい。




2月はこの映画に賭ける!】


寒い2月は映画館で暖を取るのが一番。


126日公開済みの『燈火(ネオン)は消えず』は、候補として残している。予告編観るとストーリーはだいたい予測できるんだけど、わかっていても泣けるんだろうなぁ。


香港映画だと、アンソニー・ウォン主演の『白日青春 生きてこそ』ってのもある。初老のタクシー・ドライバーとパキスタン難民の少年の逃避行。これは、『燈火は消えず』とは違って展開が読めない。29日(金)公開。


『梟ーフクロウー』は、朝鮮の宮廷を舞台としたサスペンス・スリラーで、韓国国内の映画賞で35冠を達成したんだって。予告編を観るに映像もいい仕上がり。29日(金)公開。


昨年の国際映画祭で高い評価を得た作品が、2月に相次いで公開される。


1973年の『ミツバチのささやき』で知られるビクトル・エリセ監督、31年ぶり、そして4作目の長編『瞳をとじて』は、カンヌに出品。濱口竜介や岩井俊二も絶賛しとる。小屋はKINOだけど、見逃すわけにはいかないか。こちらも29日(金)公開。


その2023年カンヌ国際映画賞で最高賞であるパルムドールを受賞したのが『落下の解剖学』。なんと、ゴールデングラブ賞で2部門受賞。アカデミー賞でも、作品賞、監督賞、主演女優賞など5部門でノミネート。夫殺しを疑われた女性作家が主人公で筋書は地味だけど、予告を観ると、ハラハラしてしまう。パルムドールはダテじゃない。223日(金)公開。


一方、『コット、はじまりの夏』は、ベルリン国際映画祭グランプリ受賞。家庭に恵まれない少女の、田舎での夏休みを描いた作品って、どんだけ地味なんだと思うけど、それが滋味深い感じか。22日(金)公開。


『ミッドサマー』のアリ・アスター監督の新作『ポーはおそれている』はホアキン・フェニックス主演。予告を観る限りだとシュールな展開で、おもしろそうなんだけど、賛否が分かれている。Rotten Tomatoesでは批評家支持率67%に観客支持率71%。微妙っちゃ微妙な数字。216日(金)公開。


ミュージカル『カラーパープル』がえらく評判がいいなと思ったら、スティーヴン・スピルバーグ監督がアリス・ウォーカーの小説を映画化した1985年の映画のリメイクらしい。スピルバーグ版は映画館で観た。・・・・・・内容は覚えてないけど。スピルバーグと、1985年版で音楽を担当したクインシー・ジョーンズは、今作では製作総指揮に名を連ねている。ミュージカル映画の歴史に残る一本だとの評価も。29日(金)公開。


シリーズもので注目は『犯罪都市 NO WAY OUT』。「最強の敵!」とかって触れ込みでも、主演のマ・ドンソクが張り手でぶっ飛ばして終了というのがこのシリーズのパターン。今回の悪役は日本のヤクザと汚職刑事らしいけど、マブリー(マ・ドンソクの愛称)にかかれば、相手にならんでしょ。でも、絶対おもしろいんだよなぁ。223日(金)公開。


シリーズものでもマーヴェルやDCは、もう下火な感じ。そんななか、『スパイダーマン』関連キャラを主人公に据えた『マダム・ウエブ』が公開。劇場で予告に出くわしたんだけど、すごくつまらなそう。動員も苦戦するのでは? 223日(金)公開。


才人、タイカ・ワイティティ監督の新作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』は、世界最弱のサッカー・サモア代表の実話が元ネタ。予告編を観た限りでは、楽しそう。223日(金)公開。


音楽関連では、1984年に製作されたトーキング・ヘッズの名作ライヴ・ドキュメンタリー『ストップ・メイキング・センス』が 4Kレストア22日(金)公開。わーーーーー、デカいスクリーンで観たい!!!


もう一本、『ボブ・マーリー ラスト・ライブ・イン・ジャマイカ レゲエ・サンスプラッシュ』は、マーリーの母国での最後のステージを収録したもの。これもよさそう。29日(金)公開。



2月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。


その前に、新ルール発表。旧作のリバイバルは鑑賞にカウントしないことにする。従って下の2本以外に、『ストップ・メイキング・センス』は観に行く!!


では、新作2本!


寡作ぶりを考えると、エリセ監督の遺作になりそう

瞳をとじて

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率 記録なし

20240209日(金)公開

2023年製作/スペイン映画/上映時間169

監督:ビクトル・エリせ

出演: マノロ・ソロ、アナ・トレント ほか

公式サイト:https://gaga.ne.jp/close-your-eyes/




本年度アカデミー作品賞のダークホース

落下の解剖学

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 96% 観客 90%

20240223日(金)公開

2023年製作/スペイン映画/上映時間152

監督:ジュスティーヌ・トリエ

出演: サンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー ほか

公式サイト:https://gaga.ne.jp/anatomy/




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第11回 2023年12月 『ナポレオン』『PERFECT DAYS』

第13回 2024年02月 『瞳をとじて』『落下の解剖学』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。