文化CULTURE

その映画、星いくつ? 第31回 2025年8月 『KNEECAP/ニーキャップ』『アイム・スティル・ヒア』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」「暑い」・・・・・・と言っていたら、8月が終わった。


気候変動は明らかなんだけど、アメリカのトランプ大統領はそれを否定。温室効果ガス規制廃止計画を発表した。今後、世界の地球温暖化対策は後退を余儀なくされ、異常気象はますます激化するんじゃなかろうか。人類滅亡も遠くないかも。


ディザスター・ムービーで人類が滅亡の危機に瀕するときは、突如大災害が襲ってくるというパターンがほとんど。ニコラス・ケイジ主演の珍品『ノウイング』(2009年)でも、秋を過ぎても暑さが和らがない状況が描かれてた後、太陽のスーパー・フレアの暴発で、一気に地球は焼き尽くされる。





でも現実には、状況はダラダラと、しかし、確実に悪化していき、「ヤバくない? ヤバくない?」と口々に言っている間に打つ手は限られていき、気がつくと人類は断崖絶壁の淵に立っていたってことになるんだろう。


映画にはならんわね。


2010年代半ばにイーロン・マスクやジェフ・ベゾスといったテック・エリートが提唱した、「地球を捨てて火星に移住する」という計画の方が、映画化にはふさわしいんだろうけど、火星に行けるのは、超富裕層だけ。それはそれでバッド・エンディングが待ってそう(待っててほしい)。






8月の獲れ高】


では、8 月のおさらいを。期待度と獲れ高は5点満点/ネタバレあり!


1本目

KNEECAP/ニーキャップ

公式サイト:https://unpfilm.com/kneecap/

202588日(金)劇場名

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★1/2


北アイルランドから現れたヒップホップ・ユニット、Kneecapの半自伝映画という触れ込みだけど、実は、Kneecap3人を起用したウェルメイドな音楽映画なのだった。『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』じゃなくて『ビートルズがやって来るヤァヤァヤァ』と同じジャンルですな。


後にKneecapを結成するニーシャ(MCネーム:モーグリ・バップ)とリーアム(MCネーム:モ・カラ)。彼らが幼いころ、ニーシャの父親が2人にこんなことを言う。


2人とも今夜は西部劇を観るんだぞ。ただし、ネイティヴ・アメリカンの視点からな」


Kneecapのパレスティナ連帯の原点はここにあったのか!!


・・・・・・と言いたいところだけど、この映画、ほぼフィクションだっていう話もあるから、このエピソードが実話かどうかはわからない。でも、彼らの活動のベースに、弱者と共に立つというスタンスがあるのは、間違いないだろう。


イデオロギーとか肌の色は関係ない。常に虐げられている側に立つ。


で、肝心の彼らの音楽はどうか? サブスクで彼らの音源を聴いてきたけど、リリックはチェックしてなかった。しかし、この映画の演奏シーンにはリリックが字幕で出るのだ。それを見ると、めっちゃ、イングランドへの呪詛を振り撒いている。さすが、反体制、反権力。


でもね、それ以上に「ドラッグでハイになるぜー」ってな内容の方が多いんだよね。プロフェッショナルなドラッグ・ディーラーであるニーシャとリーアムが、自分たちのリアルな生活をライムとして表現したことがKneecapの始まりなんだから、仕方ない。


そんな”H.O.O.D”(クズ野郎って意味らしい)な2人は、せっかくアイルランド語でラップするという、画期的なスタイルを確立したにもかかわらず、四面楚歌の状態に陥ってしまう。警察はもちろん、北アイルランド独立派のおっさんや、アイルランド語の復興を目指す団体、さらにはニーシャの身内までもが、彼らの敵に回る。





しかし、めげない。白眼視されるのは織り込み済み。元々、ニーシャとリーアムは、ほぼ犯罪者ですからね。綺麗事には興味なし。自分たちの音楽を信じるのみ。


そうは言っても、ニーシャ、リーアム、そしてKneecapのトラックメイカー、DJプロヴィことJJには、三者三様の葛藤があるのが、おもしろい。


ニーシャは、伝説的な反イングランド活動家の父の存在が重しになっている。リーアムの恋人はイングランドからの入植者であり、彼との関係はかなり倒錯的(で、かなり笑える)JJはそもそも学校教師なわけで、クスリキメてステージでお尻出しちゃいけない立場だし、恋人はアイルランド語復興運動のリーダー。3人がそれぞれ葛藤をいかにして乗り越えるのかが、映画の大きな見どころだ。


映画のつくりはかなりポップだけど、反権力を貫く彼らのアティチュードは本物。「ほぼフィクションらしい」と先に述べたけど、「これはさすがにつくったやろ」と思ったエピソードが実話だったりする。


なによりも彼らの音楽はすごくリアルだし、その切実さがスクリーンからビシバシ伝わってくる。「アイルランド語は自由のための弾丸だ」とは、これまたニーシャの父親の言葉だけど、クソみたいな日常に風穴を開けるための言葉、そして音楽こそヒップホップであり、パンクなんだなぁ。


ステージから彼らがオーディエンスに語りかけた「黒人に声を与えたヒップホップが、俺たちに声を与えてくれた」というフレーズにはしびれました。






2本目

アイム・スティル・ヒア

公式サイト:https://klockworx.com/movies/imstillhere/

202589日(土)KBCシネマ

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★1/2


ブラジル軍事政権下の民衆抑圧が背景にあるのにもかかわらず、すごく静かな映画。劇的なことは起こらない。


もちろん、主人公、エウニセの夫、ルーベンスが軍事政権に拉致され、エウニセ自身も次女と共に拘置所に引っ張られ、取り調べを受けるという過酷な状況が描かれてはいるんだけど、語り口は淡々としていて、何かを声高に言い立てることはない。


そもそも、エウニセは自身の心境をまったく言葉にしない。マスコミの取材に応える形で、軍事政権に対する批判を述べるのだけど、彼女自身の想いは言葉にならない。ただ、哀しみを湛えた眼差しだけが、心の痛みを物語る。


映画の構成もそっけなくて、物語はルーベンスが姿を消した1971年から1996年に飛び、その後、再び時代が転換し、2014年のエウニセと彼女の子供達の姿が描かれるのだけど、その空白の期間に何が起こったかは語られない。


1971年からの25年間、彼女は自らが弁護士となって、少数民族の権利を守る活動も行なっている。子供たちの人生にも、いくつかの試練が訪れた(ようだ)。


もちろん、エウニセは、この間も夫の行方を探し続けている。軍事政権は1985年に終止符を打たれる。それからさらに11年を経た1996年に彼女たちが手に入れたものは、政府が発行したルーベンスの死亡証明書だった。


25年の歳月をかけて権力と渡り合って、ようやく勝ち取ったものは紙切れ1枚。死亡が確認されても、ルーベンスの遺体は、どこに葬られたのかさえわからない。


権力と対峙したときの個人の無力感、無常感。でも、それもエウニセ達にとって、ルーベンスの「死」が公的に認定されたことは、大きな一歩で、エウニセと息子のマルセロは誇らしげにプレスの取材を受ける。


しかし、この時点でも、エウニセは心中を吐露することはない。ただ、昔から撮影した家族写真を慈しむ。


再び時代が転換し、2014年。年老いたエウニセ。すでに言葉を失っている。


振り返れば、エウニセの人生は失ってばかりだったんじゃないか。少なくとも、この映画に描かれている限りは。 


そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。答えはラストシーンのエウニセの表情にある。


彼女は、夫と5人の子供と過ごした、リオデジャネイロの幸せな日々を、昨日のことのように思い出せる。


思い出すということは、喪失感に苛まれるということで、しかも、その黄金の日々は、ブラジルという国にとっては自由を制限され、抑圧されていた暗黒の日々だった。


そして、満ち足りた生活を送っていたエウニセは、軍事政権の圧政を知っていたけど、自分とは関係ないものだと思っていた。彼の夫であるルーベンスが反政府活動をして行っていたことも知らなかった。


このアンビヴァレントな状況に彼女の心は引き裂かれる。だから、彼女は自分の心情は語れない。


それでも、エウニセ・パイヴァは、89年の生涯をまっとうした。彼女を支えたのはなんだったのか?


おそらく、それは、リオデジャネイロでの黄金の日々の「記憶」だったんだろう。タイトル『アイム・スティル・ヒア』の「ヒア」は彼女の心の奥底にある「記憶」なんだ。それは決して語られない。


その「記憶」を守るために彼女は戦い続けた。ラストシーンのエウニセの表情で、彼女がそれを成し遂げたことを僕らは知る。




ブラジル音楽を牽引した、ジルベルト・ジルやカエターノ・ヴェローゾは、軍事政権から逃れロンドンへ亡命。ジルベルトの名前は映画でも登場する。



9月はこの映画に賭ける!】


鑑賞対象ノミネートの10本はこちら。


まずは積み残した8月公開作から。


愛はステロイド 

気鋭のスタジオ、A24が放つクイア・ロマンス・スリラーは、タイトルが最高。世界各地の映画祭で、なんと44ノミネートを達成。レズビアンの女性2人が主人公。ボディ・ホラーからシュールレアリスムまでさまざまなジャンルを横断する意欲作とのこと。829日(金)公開


9月は日本映画で気になる作品が多い。


遠い山なみの光

カズオ・イシグロの長編小説デビュー作を、広瀬すず主演で映画化。共演陣も二階堂ふみに吉田羊、三浦友和と間違いない顔ぶれ。監督は『ある男』を手がけた石川慶っことで期待が高まる。1950年代の長崎と1980年代のイギリスを舞台としたヒューマン・ミステリー。まずは原作を読むべきか? 95日(金)公開。


宝島

戦後、アメリカ軍統治下の沖縄で時代の波に揉まれる若者たちを描いている。主演は石川慶監督『ある男』ですばらしい演技を見せた妻夫木聡。若者たちのリーダーを演じるのが永山瑛太。そしてヒロインは、これまた広瀬すず。予告映像を観ると、ちょっと作りモノぽいのが気になる。監督が「るろうに剣心」シリーズの大友啓史だからかな。919日(金)公開。


Dear Stranger ディア・ストレンジャー

真利子哲也監督、西島秀俊主演の、日本・台湾・アメリカ合作によるヒューマンサスペンス。息子の誘拐事件をきっかけに夫婦の秘密が露わとなっていく。家族のうちの誰かが「ストレンジャー」ってことかな? ティザー・ヴィジュアルの不気味さがそそる。これは後味悪そ~。912日(金)公開。


侵蝕

後味悪そうなのをもう一本。こちらは韓国映画。ナチュラル・ボーン邪悪な7歳の娘の行動に、母親が追い詰められていくというストーリー。20年後に真実が明らかになるって、なんか知りたくないんですけど、その真実。その辺のホラー映画より怖いんじゃなかろうか。95日(金)公開。


THE MONKEY ザ・モンキー

ホラーといえば、ホラー小説の大御所、スティーヴン・キングの短編を映画化したのがこの作品。猿のおもちゃが不幸を呼び寄せるという、誠にシンプルなプロット。予告編を見た限りではコメディ風味も感じる。本格ホラーと言うより『ファイナル・デッド』シリーズの路線かも。919日(金)公開。


ザ・ザ・コルダのフェニキア計画

ウェス・アンダーソン監督の新作は、ベニチオ・デル・トロをフィーチャー。この監督は本当に俳優に愛されているんだろうなぁ。アンダーソン作品ではおなじみの、トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチも顔を見せる。個人的にここ2作品くらいはチューニングが合わなかったんだけど、今回はイケるかも。919日(金)公開。


ファンファーレ!ふたつの音

生き別れの兄弟を主人公に、音楽が人生をいかに彩るかを描いたフランス映画。境遇がまったく異なる2人が、音楽を媒介にして心を通わせ、人生を変えていくという。感動作であることは間違いない。その分、ある程度、内容は読めるし、評価のハードルは上がりがちではある。919日(金)公開。


オアシス ネブワース1996 DAY2 Sunday 11th August

音楽ドキュメンタリーが相次いで公開されるけど、こちらは、東京公演が10月に迫ったオアシスが、2日で25万人を動員したライヴのドキュメンタリー。超名盤『(What's the Story)Morning Glory?)』をリリースし、人気の絶頂にあった時期だけど、いま観なきゃいけない映像かって言うと、どうなんだろう。912日(金)公開。


ムガリッツ

最後はドキュメンタリー。『ムガリッツ』はミシュランをして、「レストランを超える存在」と評したスペインの名店。でもなぜか星は2つなのね。この作品はレストランのメニュー開発に密着したもの。1年のうち、なんと6ヶ月間は閉店してメニュー開発に充てているらしい。すごいね。919日(金)公開。


ステーヴン・ソダーバーグ監督の新作サスペンス『ブラックバッグ』、伝説のバンドの結成秘話が明かされる『レッド・ツェッペリン ビカミング』、U2のボスニア公演の舞台裏を描いた『キス・ザ・フューチャー』、ビートルズを発掘したマネージャーが主人公の『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』、郊外で燻る若者たちをめぐるサスペンス『テレビの中に入りたい』、罪を犯した男と野良犬の友情を描く中国映画『ブラックドッグ』926日(金)公開なので、10月に回します。


9月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。日本映画はどれも決め手に欠けました。


予告映像でもベニチオがいい味出してる

ザ・ザ・コルダのフェニキア計画

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 78% 観客 70%

20250919日(金)公開

2025年製作/アメリカ映画/上映時間101

監督:ウェス・アンダーソン

出演: ベニチオ・デル・トロ、ミア・スレアプレトン ほか

公式サイト:https://zsazsakorda-film.jp




鬼才ジョン・ウォーターズ監督が激賞

愛はステロイド

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 94% 観客 81%

20250829日(金)公開

2024年製作/アメリカ映画/上映時間104

監督:ローズ・グラス

出演: クリステン・スチュワート、ケイティ・オブライアン ほか

公式サイト:https://a24jp.com/films/loveliesbleeding/




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第30回 2025年7月 『F1 エフワン』『ストレンジ・ダーリン』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。