文化CULTURE

その映画、星いくつ? 第32回 2025年9月 『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』『愛はステロイド』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


今年8月に発表されたBABYMETALのニュー・アルバム『METAL FORTH』が、Billboard全米総合アルバムチャートで初登場9位にランクインしたというニュースにはタマげた。




彼女たちが海外で絶大な人気を誇っているのは知っていたけど、ここまでとは。一部のメタル・ファンにだけアピールしているわけではなく、より幅広い層に支持されているのね。


一方で映画の方に目を移すと、「全米9位」どころではなく、9月は全米トップの座に日本映画が座った。912日に北米公開された『Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba Infinity Castle』こと『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』だ。




(今のところ)2週連続で北米の興行収入で首位を獲得。全世界興行収入は814億円を超え、アニメーション映画史上最高額を更新したそうです。凄すぎ。


『鬼滅~』がなぜにここまで世界中でウケているのかを語る資格は、『遊郭編』までしか追えていないワタクシに語る資格はございません。でも、時代設定を大正時代に置いたのは大きかったんじゃないかなぁと、なんとなく思っている。海外の人のみならず日本人にとっても、異世界ではあるんだけど、自分のいる世界と地続きでもあるという絶妙な感じ。


「鬼」という生き物を海外の人がどのように受け止めているのか、「呼吸」ってなんだか理解されてんのかなぁなど、興味は尽きないけど、そういうのは詳しい人が考察していると思うので、ヒマなときにネットを掘ってみます


Netflix6月から配信されているアニメ『K POPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、作品およびサウンド・トラックが大ヒット。物語は、K-POPのガールズ・グループのメンバーがモンスターと戦うという内容で、明らかに『鬼滅~』の成功を意識して企画された作品でしょう。制作は『鬼滅』の映画をアメリカで配給しているソニー・ピクチャーズだし。




Netflixに加入していないので『K POP~』の作品自体は観ていないんだけど、楽曲のプロモ動画を観ると「よくできてるなぁ」と思う。アニメも音楽も世界のスタンダードという感じ。音楽の方はK-Popの実力派が顔をそろえているので間違いない仕上がりだし、アニメの方もオーソドックスで、どの国の人にも受け入れやすいんじゃないかな。世界の中心から発信された感。


一方で、BABYMETALや『鬼滅~』は、今の世界のスタンダードな表現とはほど遠い。


BABYMETALはアイドルみたいなガールズ・トリオが歌うマジもんのヘヴィー・メタル。普通じゃない。『鬼滅~』の絵柄は、日本のマンガ・カルチャーがベースになった独特のものだし、世界観も日本の風俗を全面に押し出している。ひとことで言うとかなりヘン。ウィアード(weired)という言葉がピッタリだ。


だからこそ、希少だし、世界中でヒットしたとも言える。メインストリームから程遠い、オルタナティヴとさえも言えない辺境から生まれた表現だからこそ、世界の人々に響く。


この現象は、21世紀の日本が進むべき道を示唆している気がする。「日本を世界の中心に」なんてのは的外れで、世界の端っこだからこそ日本が輝くんじゃないかな、きっと。



9月の獲れ高】


では、9月のおさらいを。期待度と獲れ高は5点満点/ネタバレあり!


1本目

愛はステロイド

公式サイト:https://a24jp.com/films/loveliesbleeding/

20250830日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


「筋肉」「銃」「暴力」という男性的なモチーフに、「クィア」と「レイト80s風味」をミックスさせて生まれた怪作。


アメリカ中西部からラスヴェガスを目指し、ある田舎街に流れ着いた筋肉娘ジャッキー。この街で彼女の運命の歯車は次第に狂っていく・・・・・・というか、ジャッキー自身が狂っていく。そのきっかけとなるのは「愛はステロイド」ならぬ「愛とステロイド」なのだった。つまり、イケメンのレズビアン、ルーへの愛と、何気なく打ったステロイドの相乗効果で、ジャッキーは自らの理性を保っていられなくなる。


一方のルーもジャッキーにメロメロ。「彼女なら、この田舎街から私を救ってくれるかもしれない!」と期待を抱くものの、家族とのしがらみもあって簡単には身動きが取れない。


故郷に繋ぎ止められたルーの閉塞感。その一方で、ジャッキーの筋肉はステロイドの影響で徐々に増幅していき、皮膚の下で解き放たれるのを待っている。この均衡は、ある暴力によってあっけなく破られる。ここからジャッキーはまずます狂気の度を深めていき、ルーはそんなジャッキーに振り回されるばかり。中盤以降のルーは死体の始末の心配ばかりをしている。


そんなルーが、ついに終盤、すべてを吹っ切って「あんにゃろう、ぶっ殺す!」と立ち上がる。彼女を衝き動かしているのは、もちろんジャッキーへの愛。その愛は「ジャッキーを失うかも」という恐怖に煽られて肥大化していく。まるで、ステロイドを投与した筋肉が肥大化していくように。そして、とうとうすべての元凶に銃を向ける。つまり、『愛はステロイド』というタイトルは、ルーに向けられたものだったんだろう。


ネタバレ厳禁なブッ飛んだ展開とその後の「ウフフ、アハハ」を経たラストでも、ルーの変貌が証明される。そして、ルーとジャッキーの共犯関係が完成する。2人にとって、これ以上のハッピーエンドはないだろう。


映画を観る前から引っ掛かっていたのは、なぜ映画の設定が1989年なのかということ。今から36年前。ルーの義兄の後ろ髪の長さや、登場人物たちの衣装のダサさは80年代という感じで、ウィアードな風味を画面に振りまくんだけど、それだけじゃないだろう。


「ステロイド」にこだわるなら、1989年という時代設定の絶妙さがより浮かび上がる。ソウル・オリンピックの100m走で金メダルを獲得したベン・ジョンソンが、その後のドーピング検査で陽性反応が出たことにより、金メダルを剥奪されたのが前年の1988年。そして、ボディビルダー御用達のアナボリック・ステロイドが、アメリカで規制薬物に指定されたのが1990年。要は、ステロイドの評価が劇的に変わる寸前だったのが1989年だったということか。


実は、1989年は世界にとっても、大きな変化を迎えて年だった。劇中でもベルリンの壁崩壊をリポートするニュース映像が登場するけど、既成の価値観がぶっ壊れた年であることは間違いない。


そんな不安定な時代だからこそ、ルーとジャッキーが発する切迫感が際立つ。「明日は何かが変わるはず。でも、変わらないかも」1989年ってそんな年だったのかもしれない。


キャストは完璧。クリステン・スチュワートは、ルーの焦燥感、男性性への怒りをみごとに表現。世慣れているようで素朴なところもある、ジャッキーの複雑なパーソナリティを演じきったケイティ・オブライアンには、その肉体美で圧倒される。


しかし、チャンピオンはルーの父親こと虫男役を演じたエド・ハリス。彼のキャリア史上、一番邪悪で得体が知れないキャラクターだった。


観る人は選ぶけど、前評判に違わない作品であることは間違いなし。



2本目

ザ・ザ・コルダのフェニキア計画

公式サイト:https://zsazsakorda-film.jp

20250921日(日)ユナイテッド・シネマズ 福岡ももち

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


「はいはい、おしゃれ、おしゃれ。でも、映画としては、つまんね」てのが、ここ数作のウェス・アンダーソン作品だった。画づくりは鼻につくほど完璧だし、キャストも豪華。上映開始直後はワクワクするんだけど、途中で退屈してしまう。今作も「途中で寝た」というレヴューが散見されるけど、個人的には、素直に映画としておもしろかった。


構成は、ロード・ムーヴィーって言うかスゴロクですね。主人公ザ・ザは、出資を求めてフェニキア国を旅するわけだけど、飛行機が墜ちたり毒を盛られたりして、「1回休み」の連続。ザ・ザは基本的に無表情なんだけど、生傷ばかりが増えていく。


でも、死なない。死なないけど、なんだかザ・ザ自身も不安になってくる。「このぶんじゃ、俺、いつか死ぬんじゃね?」


そんな不安から、旅のお供として修道院にいた実娘リーズルを呼び寄せるわけだけど、ザ・ザ本人は悔い改めることはなく、ビジネスの相手に一貫して不誠実。で、また殺されそうになる。


それでも、中盤までは難題をクリア。資金にもある程度メドが付き(最後に難関が待ち受けてはいるんだけど)、「あがり」も見えてくる。果たして、ザ・ザは、無事に資金を集めることができるのか?


ウェス・アンダーソン作品はセリフが早口で情報量が多い。今回も、不明点がポツポツ出てくる。ザ・ザはなぜフェニキアの開発計画に固執しているのか? そもそもなぜ資金不足に陥った?(ネジがどうとか) 9人の息子たちは全員養子ってことでOK? ここ数作は、こんなモヤモヤが積もって、映画に集中できないってこともあったけど、今作に関して言うと「まぁ、そういう細かいことはいいか」。話がどんどん転がっていくので、観客の関心は、細かいアレコレより、ザ・ザたちの旅がどこにたどり着くかに集約していく。このあたりはスゴロク的な構成が功を奏している。

 

資金集めに加えて、ザ・ザの旅のもう一つの焦点は、リーズルとの関係を修復できるのかということ。ザ・ザは自身の父ともまともに心を通わせていないので、娘にもどう接していいかわからない。リーズルの方はアコギな商売を繰り返している父を軽蔑している。当初は水と油のようにも思えたんだけど、そのうちに噛み合ってくるのがおもしろい。特にスパイと対峙した場面は、息もピッタリ。やっぱ父娘なんやねぇ。


クライマックス(?)は宿敵(?)である異母兄弟との対決なんだけど、もちろん、またザ・ザは死にそうになる。でも、死なない。


最終的には、ザ・ザと娘は和解・・・・・・なんて大袈裟なものではないけど、ともに生きることに決める。そして、もう1人加わって新しい家族が生まれることを示唆して終幕。あと味もよろし。


キャストはオールスター(トム・ハンクスとか、スカーレット・ヨハンソンとか)と言ってもいい布陣だけど、やはり、ザ・ザ役のベニチオ・デル・トロ、リーズル役のミア・スレアプレトンに加え、ザ・ザの家庭教師の秘書のビョルンを演じるマイケル・セラのアンサンブルが楽しい。


ミア・スレアプレトンは某有名女優の娘だけど、顔の輪郭が母ちゃんとは違うので、気づかず。終始、ふくれっつらで画面に変な緊張感を与えている。『バービー』でのモブ・キャラ、アラン役が最高だったマイケル・セラの芸達者ぶりも映画のキモになっている。


デル・トロは、カリスマ性はあるにはあるけど、「悪人」と言うにはあまりにセコいという矛盾だらけの主人公を、絶妙な湯加減で演じている。ザ・ザが唯一(かな?)無傷なラストシーンのデル・トロも渋い。繰り返し観たくなるいいシーンだった。



10月はこの映画に賭ける!】


2025年も残すところ3ヶ月てんだから、ビックリですね。


まずは、9月に積み残した作品から。『レッド・ツェッペリン ビカミング』、U2『キス・ザ・フューチャー』、『ブライアン・エプスタイン 世界最高のバンドを育てた男』と音楽映画が続々公開されたけど、いまひとつモチベーションが高まらず。いまスクリーンで観なくてもいいかなと。それでも9月公開作からは3本と多めのセレクト。


テレビの中に入りたい

予告編を観ても、イマイチ内容がよくわからんなぁと思っていたら、A24の制作でした。『愛はステロイド』同様クセが強そう。郊外で燻る若者たちをめぐるサスペンスらしいけど、現実とテレビの中の世界の境目を失っていくとか? 監督・脚本のジェーン・シェーンブルンは、この作品で一気に知名度を上げた。926日(金)公開。


ブラックバッグ

ステーヴン・ソダーバーグ監督の新作サスペンス。主演はケイト・ブランシェットとマイケル・ファスビンダー。でもって、スパイ映画なのに会話劇ですって。大人の映画なのね。評論家ウケはやけによい。しかし、わざわざスクリーンで観るべきか・・・・・・。926日(金)公開。


ブラックドッグ

こちらは、「バッグ」ではなく「ドッグ」。第77回カンヌ国際映画祭にて「ある視点」部門の最優秀作品賞を受賞した中国映画罪を犯した孤独な男と野良犬の物語だ。ゴビ砂漠の殺伐とした風景をサイドカーで走り抜ける主人公と黒い犬。このハードボイルド風情はたまらん感じですなぁ。926日(金)公開。


10月は、オアシスの日本公演も控えているので『リアム・ギャラガー ライブ・アット・ネブワース2022』『リアム・ギャラガー in ロックフィールド オアシス復活の序章』なんて作品も劇場公開される。東京にはグッズのポップアップショップがオープンするなど、空前の盛り上がりですなぁ。ライヴに行きたいけど行けない方は、映画館でどうぞ。


トロン:アレス

10月は渋めなラインナップなので、最初に派手めな作品をフック・アップ。シリーズ3作目なんだけど、1作目は1982年公開とはるか昔。2作目は2010年公開で試写で観た気がする。つまんなかった記憶が。今作は現実世界がデジタル世界に侵食されるという筋立てでこれまた微妙だけど、映像はスタイリッシュでカッコよい。1010日(金)公開。


Mr.ノーバディ2

こちらもシリーズもの。予想以上のヒットとなった1作目は劇場で観た。主人公のしょぼくれぶり&キレてからの無敵ぶりが爽快だった。2作目はさすがにスケールアップしている模様。ヴィラン役はシャロン・ストーンだし。果たして、それが吉と出るかはわからない。1024日(金)公開。


ワン・バトル・アフター・アナザー

ポール・トーマス・アンダーソン最新作は、ファシズム国家へ一直線の現代アメリカを写しとったかのよう。レオナルド・ディカプリオにベニチオ・デル・トロにショーン・ペンという俳優陣がヤバい。ディカプリオが演じるのは、いい歳して「革命万歳!」なんて叫んでいる元テロリスト。ヘンなの。これは・・・・・・傑作かも? 103日(金)公開。


ナイトコール

アメリカ映画以外からもセレクト、まずはベルギーから現れた作品を。描かれているのは首都、ブリュッセルでの一夜の出来事。苦学生がひょんなことから犯罪に巻き込まれてしまう。プロットがいい感じだし、予告編を観ると、ひと昔前の香港ノワールぽい手触りもあって気になる。1017日(金)公開。


バード ここから羽ばたく

こちらは、先の見えない生活を送る12歳の少女とバードという名の青年の交流を描いたイギリス映画。イメージ・ヴィジュアルにフィーチャーされている男がバードかと思ったら、主人公のロクデナシの親父なのね。どういう展開なのかさっぱりわからないけど、フォンテインズ D.C.などの音楽が鍵だという話も聞こえてくる。1010日(金)公開。


ハンサム・ガイズ

韓国からはホラー・コメディ。2010年のカナダ映画のリメイクだそうな。殺人鬼に間違われた2人組が村人から攻撃され、さらには古代の悪霊が目覚めててんやわんや。うん。アホ映画確定。イ・ソンミンとイ・ヒジュンといった真面目な映画で観る役者が主役なのがミソ。きっと笑える。1017日(金)公開。


アフター・ザ・クエイク

日本映画が観たいという気持ちはあるのだけど、なかなか縁がない。村上春樹の短編連作『神の子どもたちはみな踊る』をベースにしたこの作品は役者もそろっているし期待大。ワタクシはハルキストではないので、「カエルくん」を受け入れられるかどうかが心配ではある。103日(金)公開。



10月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。渋い作品が多かったけど、どれもおもしろそう。そのなかから、ジャンルがまったく異なる2本を!


間違いなくアカデミー賞にも絡んでくるんだろうね

ワン・バトル・アフター・アナザー

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 98% 観客 ––––(アメリカ公開前)

20251003日(金)公開

2025年製作/アメリカ映画/上映時間161

監督:ポール・トーマス・アンダーソン

出演: レオナルド・ディカプリオ、ベニチオ・デル・トロ ほか

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/onebattlemovie/index.html




決め手は公式サイトのカッコよさだったりする

バード ここから羽ばたく

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 86% 観客 77%

20251010日(金)公開

2023年製作/イギリス映画/上映時間119

監督:アンドレア・アーノルド

出演: ニキヤ・アダムズ、バリー・コーガン ほか

公式サイト:https://bird-film.jp




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第31回 2025年8月 『KNEECAP/ニーキャップ』『アイム・スティル・ヒア』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。