その映画、星いくつ? 第33回 2025年10月 『ワン・バトル・アフター・アナザー』『バード ここから羽ばたく』
「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。
暴力的とも言える関税措置、ICEを使った移民排斥(グリーンカード保持者も含む)、民主党が優勢な都市への民兵派遣などを見て、「トランプ政権セカンド・シーズン、ヤバくなーい?」なんて言ってたら、パンパカパーン! 日本にもファシスト政権が誕生してしまいました。
今後もRockin’ In The Free Worldなスタンスで人生をまっとうしたいおっちゃんとしては、極右に日本が支配されるのは、非常にアタマが痛い状況なんだけど、世論調査によるとおよそ70%以上の国民が高市早苗首相を支持しているみたい。
”I Want To Break Free”なんて口ずさんでいると、「非国民」に認定されちゃうぞ。
さて、高市首相が、イギリスのマーガレット・サッチャー元首相を尊敬していることは広く知られているが、サッチャーってどんな人だっけ? 彼女のことを調べれば、高市政権と日本の未来が見えてくるんじゃなかろうか。そんなことを考えて、AI&Googleに聞いてみた。
サッチャーの政策=サッチャリズムと言えば「新自由主義の導入による格差の拡大/軍拡とフォークランド紛争/法人税の引き下げ/移民の入国制限」ってとこ。ワオ。モロ高市チック。
問題は、サッチャリズムの結果、イギリスがどうなったかという点。元々絶不調だったイギリス経済は、サッチャー就任後V字回復を果たすものの、貧富の差は拡大し、7年間にわたって失業率は右肩上がりだったそうな。日本国民も覚悟した方がいいですね。
1980年代のイギリスでは、当然のように政府への不満が渦巻き、それがパンク・ロックの隆盛を促したという見方もある。「サッチャー嫌い」はパンクに留まらない。ザ・スミスの「Still Ill」というナンバーは、「サッチャーのおかげで経済は回復したけど、切り捨てられた俺らはまだ病んでるのよ」って内容だし、ザ・スミスのフロント・マンであるモリッシーはファースト・ソロ・アルバム『Viva Hate』のラストに「Margaret on the Guillotine」(ギロチンにかけられたサッチャー)という悪趣味なナンバーを収録している。
高市政権が日本をどん底に突き落とした暁には、日本のミュージック・シーンからも政府に対するプロテストの声が上がるんだろうか。もし、そんな奇特なミュージシャンが現れたとしても、いまさらパンク・ロックでは、一般市民には声が届かず、大きな波は起きないだろう。2020年代にレベル・ミュージックをかますなら、ファッションは小綺麗で、フロントマンは超絶イケメン、サウンドはキャッチーで、一般層にも受け入れやすいスタイルじゃないと。
そう、そんなバンドが、かつていた。サッチャー政権下の1980年代に存在した。ポール・ウェラー率いるスタイル・カウンシルだ。
スタイル・カウンシルの音楽は、日本でCMソングに採用されるほどキャッチーだった。なんかキラキラしていた。当時、筑豊の中高生だったワタクシは、「カフェ・バー(行ったことなかったけど)でかかりそうなオシャレ音楽」として聴いてた。しかし、ポール・ウェラーは、パンクバンド、ザ・ジャムのリーダーでザ・左翼。実は、彼はスタイル・カウンシルの洗練された楽曲にのせて、サッチャー政権批判をブチかましていたのだった。
特にセカンド・アルバムにして最高傑作『Our Favorite Shop』は、サッチャー率いる保守党への批判をコンセプトとしていて、高市政権誕生にモヤっている、いまのワタクシの気分にピッタリ。
彼らのような音楽スタイルであれば、日本でも音楽による権力への異議申し立てが成立するかもね。
サッチャー関連の映画についても触れとくと、メリル・ストリープがサッチャーを演じて第84回アカデミー賞で主演女優賞を受賞した、『サッチャー 鉄の女の涙』という伝記映画があるけど未見です。晩年、認知症を患ったサッチャーが過去を振り返るという体裁で、あまり評判はよろしくない。サッチャー自身が表に出てなくとも、1980年代のイギリスを舞台にした映画は、すべからく登場人物の日常にサッチャリズムが暗い影を落としている。これからの我々の生活を考えるうえで参考になるでしょう(ドンヨリ)。
【10月の獲れ高】
さて、気を取り直して10月のおさらいを。今月は2本とも、父と娘の関係性を描いた作品でした。※期待度と獲れ高は5点満点/ネタバレあり!
1本目
ワン・バトル・アフター・アナザー
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/onebattlemovie/index.html
2025年10月04日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13
事前期待度 ★★★★★
獲れ高 ★★★★★
まずはアンチ・ファシズムな傑作から。
「現代アメリカの状況を予見していた」とか、「原作はレーガン政権の時代に書かれた」とか、「主人公と娘の関係は監督と実娘の関係を反映している」とか、「ジョニー・グリーンウッド(レイディオヘッド)による劇伴が最高」とか、あれこれと情報が耳に入って来て、頭デッカチな感じで鑑賞したんだけど、前情報が吹っ飛ぶくらい、映画としておもしろかった。
まず、第一に主人公、ボブを演じるレオナルド・ディカプリオが最高。かつてはテロ組織に属していたはずのボブは、娘が危機に陥っても右往左往するだけで、何の役にも立たない。徹底して役に立たない。しかし、そのボンクラぶりがサスペンスを生み出す。
実は無力なのはボブだけではない。ICE(ですよね)の変態指揮官ロックジョー(演じるはショーン・ペン、65歳!)に追われるボブの娘、ウィラ(演じるは新星、チェイス・インフィニティ)もなすすべなく、言われるがままに逃げるだけ。そりゃそうだ。空手の心得があっても、銃で撃たれれば一巻の終わり。いまのアメリカを見ればわかる通り、権力と市民の力の非対称性は明らかだもん。逃げるが勝ち。
ロックジョーの部隊に蹴散らかされるデモ隊を挙げるまでもなく、映画ではこの構図が徹底的に強調される。だから、最終盤のウィラの逆襲に観客は思わず喝采を贈りたくなるんだな。ここに至るカー・チェイスが映画のクライマックス。その舞台は、アップダウンの激しい一本道。ロケハンで通りかかった丘陵地に着想を得たそうな。おそらく映画史に残る名シーンでしょう。
最終的に、ウィラは自身の機転によって追手を撃退するのだけど、実は、その前段が重要だったりする。彼女を救ったのは、変態ロックジョーに雇われた賞金稼ぎのおっちゃんが、土壇場で見せた人間としての矜持なのだった。
「俺はガキは殺らねえ」
ガザの子供たちを平然と殺しまくっているイスラエル兵にはすでに残っていない人間性を、彼は心に持っていた。そのおかげでウィラは九死に一生を得る。
レイシスト国粋主義結社「クリスマス・アドヴェンチャラー・クラブ」も興味深い。メンバーは資本家たちなんだろう。見た目はめっちゃクリーンで、立ち振る舞いはジェントル。でも、「国を浄化しなくてはいけない」なんて恐ろしいことを平気で口にする。毒ガスから火葬という処刑メソッドは、彼らがナチスの正統的な後継者であること示唆する。
いまのアメリカは、こんな連中がいたとしてもおかしくはないし、排外主義に沸き立つ日本も含め、不寛容と反多様性が当たり前になってしまった世界の状況を眺めると、この作品を観てウンザリしてもおかしくない。でも、映画としての強度とディカプリオのボンクラぶりのおかげで、最高のエンタテインメントとして楽しめた。政治性・批評性と娯楽性がみごとに共存している。
このバランス感覚が大切。社会で生きていれば政治的にならざるを得ないと個人的には思うんだけど、だからと言って、「世を糺すべし!」とか「反体制!」とかって、リキむ必要はない。ラストのウィラのように、政治に参加することはもっとカジュアルであるべきなんだろう。政治的であることと人生を楽しむことは、当たり前だけど、両立できる。
そして、一番大事なのは、政治的であることの根底に、人と人とのリアルな関係性があること。そうじゃないと、イデオロギーに目が眩んだ、ただの犯罪者に堕してしまうかもしれない。ウィラの母親のように。
ウィラの母親とは対照的に、物語を通して主人公ボブを衝き動かしているのは、権力への怒りでも革命への希望でもなく、原初的な父性だ。ウィラへの愛情が、ボブを結果的に政治的な行動へ向かわせる。泣かせるなぁ。
題材は過激なようで、つくりはウェルメイド。久しぶりに映画らしい映画を観た気がした一本でした。
2本目
バード ここから羽ばたく
公式サイト:https://bird-film.jp
2025年10月13日(月)KBCシネマ
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★1/2
ファンタジー風味があるという前情報は入っていたのだけど、思った以上にヘンテコな映画でした。
主人公、12歳のベイリーが置かれている環境はまさに底辺。落書きだらけのアパート。タトゥーだらけの父親。もちろん無職。彼女のプライベート・スペースは、カーテンで仕切られたベッドの上だけ。腹違いの兄貴は14歳。同じ部屋で恋人といちゃついている。
実の母親はとっくに家を出ている。ベイリーが訪ねると、母親は彼氏とベッドの中。母親の元にいる2人の妹と弟は、ほぼネグレクト状態だろう。
大人たちはみんなクズ。誰も子供たちのことなど気にかけていないようだ。
これが映画のスタート地点。出口なしのどん底状態なんだけど、最後には、意外や意外、家族の絆に胸が熱くなるのです。マジで。
人生を導いてくれるメンターなんて、どう考えても見当たらないベイリー。未来への展望なんて抱けるはずもなし。身勝手な大人たちに翻弄され、日々ぶちキレているのだけど、そんな彼女も初潮を迎え、大人になることを迫られる。大人になるってことは、父ちゃんや母ちゃんみたいに人生の敗北者の仲間入りをするということ? 本当に出口はないの?
そこに現れるのが、家族を探し歩いている男、バード。映画がヘンテコなのは、この男のせい。スカートなんか履いちゃって、見た目もしゃべり方もかなり怪しいんだけど、なぜかベイリーはこの男と友達になる。このあたりがよくわからない。なにはともあれ、ベイリーはバードといっしょに彼の父親を探し当てる。
結果的に、ベイリーがバードと共有するのは、「哀しみ」だ。バードは、自分が存在している理由を探していたのだけど、それが手に入ることはない。自分はこの世界に不要なんじゃないかという想いは、ベイリーにも共通している。生きる理由を見つけられぬまま、生きていくことの「哀しみ」が2人を結びつける。
しかし、ベイリーが「哀しみ」に溺れることはない。なぜなら、彼女には家族がいるからだ。バードとの出会いを経て、ベイリーは鳥の視点に気づく。周りの人々を俯瞰して見れば、それぞれが懸命に生きているし、ロクデナシの父ちゃんやアバズレの
母ちゃんも、実は子供たちに対しても愛情を注いでいることに気付く(それが正しい方向なのかは別問題だけど)。
そして、バードとは違って、ベイリーには、そこが掃き溜めであったとしても、居場所がある。それを象徴するのが、ラストの結婚式のシーンだ。ダメダメな父ちゃんも情けない兄貴も、そしてベイリー自身も間違いなくコミュニティの一員なのだった。
ベイリーはいつか「ここから羽ばたく」? それはわからないけど、ラスト・シーンのベイリーがバードと同じ目をしていることが、彼女の未来を暗示しているのかもしれない。
映画がの内容は想像していたのと違ったけど、音楽の使い方は前評判通り最高だった。劇中で2曲ナンバーが流れるフォンテインズD.C.はメンバーが出演しているらしいけど、気付かなかった。ザ・ヴァーヴの「Lucky Man」が、ジジイの音楽扱いされているのには笑った。もっとも印象深いのはBlurの「The Universal」。父ちゃんの愛唱歌でなんと3回も流れる。歌詞が虚無感も含めて、父ちゃんの心境をみごとに表していて泣かせる。
ちなみにこのナンバーが発表されたのは1995年。「Lucky Man」は1997年なので、「The Universal」の方が古いんだけどな。
【11月はこの映画に賭ける!】
なかなかに個性豊かな作品がそろいました。まずは10月に積み残した作品から。※公開日は福岡県基準です。
⚫︎ 爆弾
佐藤二朗扮する謎のおっちゃんが、都内に仕掛けられた爆弾の存在を予言。おっちゃんの言動にかき回される捜査陣という構図。ほぼ室内劇ながら、手に汗握る展開だそうな。なによりも、佐藤二朗がヤバいとの噂。どういうふうにヤバいのかを確かめに劇場に行くのもアリ?10月31日(金)公開。
11月公開作は音楽関連から。まったく趣の異なる2本がエントリーしています。
⚫︎ スプリングスティーン 孤独のハイウェイ
今月のレヴュー作品『ワン・バトル~』と並んで、アカデミー賞作品賞レースに絡んでくると評判の話題作。我らがボス、ブルース・スプリングスティーンが、なぜ1982年に問題作『ネブラスカ』をつくらなければならなかったのかを描く。目の付け所が渋い! 11月14日(金)公開。
⚫︎ ENO
ブライアン・イーノのジェネラティヴ・ドキュメンタリー。自動生成システムによって、上映するたびに内容が変わるのが「ジェネラティヴ」ということらしい。映画というよりもアートなんだろうか。そもそも、おもしろいんだろうか。11月23日(木)、24日(金)の限定公開。
人気シリーズ最新作は日米同時公開でイマイチ、作品の出来ばえは不明。
⚫︎ プレデター バッドランド
初めてプレデター目線でストーリーが語られるシリーズ8作目。若きプレデターが、エル・ファニング扮するアンドロイドを相方に、最果ての惑星でサヴァイヴァルを繰り広げる。この方向転換がどう転ぶか? 11月7日(金)公開。
インドで大ヒットを飛ばしたアクション大作も日本上陸。
⚫︎ KILL 超覚醒
寝台列車を舞台に、武装強盗団に一人の男が立ち向かう。『ジョン・ウィック』製作陣によるリメイクが決定しているので、おもしろいんだろうけど、暴力描写がなかなかにエグいとの情報も。上映時間が104分とインド映画にしては短いのは◎。11月14日(金)公開。
異色のヒューマン・ドラマもお目見え。カンヌ国際映画祭の監督週間にも選出。
⚫︎ さよならはスローボールで
野球場の取り壊し前日、おじさんたちが集まって最後の草野球に興じるという話。ダラダラと野球をするだけで特別なことはなにも起こらないらしいのだけど、やたらと評判がいい。でも、土曜の昼下がりにビール片手にテレビで観るのがいいような気もする。11月7日(金)公開。
大御所中の大御所監督が、あのスターと組んだ日本映画も今月公開。
⚫︎ TOKYOタクシー
山田洋次監督と木村拓哉、倍賞千恵子の顔合わせによるフランス映画のリメイク。倍賞千恵子の役名は「さくら」ならぬ「すみれ」。木村拓哉扮するタクシー運転手が、すみれを柴又から神奈川の葉山に送り届ける話。個人的に、木村拓哉をスクリーンで観るのはツラいな。11月21日(金)公開。
こちらも日本映画だけど、原作がヤバそう。
⚫︎ 旅と日々
岸井ゆきのの演技が印象的だった『ケイコ 目を澄ませて』の監督、三宅唱が、つげ義春の短編漫画を映画化。主演、シム・ウンギョンは、まぁいいとして、脇を固めるのは河合優実! 第78回ロカルノ国際映画祭では最高賞を獲得していると話題てんこ盛り。11月7日(金)公開。
最後に、政治の裏側を暴く骨太のドキュメンタリーを2本ピックアップ。
⚫︎ ネタニヤフ調書 汚職と戦争
パレスティナ人を虐殺しまくっているイスラエルのネタニヤフ首相。その闇の顔にフォーカスしたドキュメンタリー。彼は汚職まみれだけど、戦争を続けている間は逮捕されない。ガザに戦火が絶えないのはそういう理由なのだった。マジでこいつは最悪。11月21日(金)公開。
⚫︎ 非常戒厳前夜
2024年12月3日のユン・ソンニョル大統領による「非常戒厳」宣布から始まった韓国の混乱。その陰には、政権によるメディア弾圧があった。このドキュメンタリーは2014年にまでさかのぼる、ユン・ソンニョルとメディアの戦いを描いている。韓国はまだマスメディアが生きているのね。11月14日(金)公開。
怪作と名高い『WEAPONS ウェポンズ』は11月28日(金)公開なので、翌月に回します。
★11月の2本★ ※期待度は5点満点
決めました。
評論家ウケはイマイチだけど果たして
スプリングスティーン 孤独のハイウェイ
期待度 ★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 59% 観客 84%
2025年11月14日(金)公開
2025年製作/アメリカ映画/上映時間120分
監督:スコット・クーパー
出演: ジェレミー・アレン・ホワイト、ジェレミー・ストロング ほか
公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen
内容が想像つかない分楽しみかも
旅と日々
期待度 ★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 ー 観客 ー
2025年11月07日(金)公開
2025年製作/日本映画/上映時間89分
監督:三宅唱
出演: シム・ウンギョン、堤真一 ほか
公式サイト:https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!