文化CULTURE

その映画、星いくつ? 第34回 2025年11月 『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』『旅と日々』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


我が家では、あまりテレビドラマを観ない。意識が高いから(キリッ)・・・・・・というわけではなくて、スタートのタイミングに乗り遅れてしまうのよね。たまたまネット記事を目にして「おもしろそう」って思った番組は録画して、晩ごはん食べながら家人と観るんだけど、初回を見逃すとモチベーションが一気にダウン。「ご縁がなかったということで」と自分に言い聞かせて、代わりにYouTubeの料理番組を観たりしてたわけです。


しかし、最近は便利ですなぁ。TVerを利用すれば、ある程度は回を遡って鑑賞が可能。おかげで最近はテレビドラマもまぁまぁ観るようになった。いま(202511月現在)は大泉洋主演の『ちょっとだけエスパー』を追っている。久々に宮崎あおいを見たけど、なんか天使感がすごい(今後の展開次第では豹変する可能性もあるけど)。


久々に見たと言えば、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の池脇千鶴も然り。我々五十路世代にとっては犬童一心監督『ジョゼと虎と魚たち』での印象が強い。個人的には、その後の彼女のキャリアはよう知らんかったから、『ばけばけ』でのお母ちゃんっぷりにはビックリしたんだけど、30代から役に合わせ、意識して体重を増やしたみたい。その甲斐あって、ほんわかしてるけど芯が強い理想のお母ちゃん像を体現している。





NHK朝の連続テレビ小説について言うと、これまでは観たり観なかったり。『虎と翼』はしっかり観て、その勢いで福岡も舞台となっていた『おむすび』も初回からしばらくは観たけど、あまりにあんまりで脱落。で、『あんぱん』は初回からしばらく見逃してしまい、「でも、まぁ、NHK+(現NHK ONE)で追っかけ視聴すればよかろうとタカを括っていたら、初回の視聴期間は終わっていて、1話も観ぬまま断念。


しかし、今回の『ばけばけ』は、放送開始前からしっかりチェックしていた。なぜなら、主人公、松野トキを演じるのが髙石あかりだったから! 実は知る人ぞ知る実力派俳優だったらしいけど、我が家で髙石あかりと言えは『ベイビーわるきゅーれ』の片割れですよ。





・・・・・・まぁ、↑の映画最新作は観てないんですけどね。コメディエンヌとしての彼女の才能は、このシリーズでも証明済みだけど、『ばけばけ』では、それに加えて感情のヒダみたいなものまで表現している。次から次にいろいろな感情が押し寄せて来て、その波に翻弄されていくうちに孤独に包まれてしまう。そんな演技を朝から観ると泣いちゃうので、NHK ONEで夜観ています。たまに涙ぐんでます。


彼女の演技だけではなくて、物語もとてもいい。舞台は明治時代初期なんだけど、不思議と2025年と通じる空気がある。でも、これって、ドラマのクリエイターが批評的にそういう要素を入れたわけではなく、偶然、時代にアジャストしてしまったんじゃないかな。先月レヴューした『ワン・バトル・アフター・アナザー』がそうだったように。


今のところ(11月中旬)刺さったのは、日本人の「売春・買春に対する意識の低さ/外国人に対する偏見/多様性の拒絶」加えて「資本主義の残酷さ」「日本人が美学と持ち上げる武士道の滑稽さ・無力感」。


・・・・・・やはり朝イチで観るものではないです(『虎と翼』もそうだったけど)。


あと、のちの小泉八雲、ヘブン先生が(いまのところ)めっちゃ嫌なヤツなのもいい。でも、それは彼が外国人だからではなく、その生い立ちに起因するものなのは、目の疾患についてのこだわりぶりから見て取れる。ヘブン先生、片目見えんし、なんかあったんやろ。


NHKという機関にはいろいろ問題があるし、特に報道に関しては政権の顔色ばかり窺っているわけだけど、こういうドラマやNHKスペシャルみたいな本物の報道番組を放送してくれている間は、受信料は払います。


ちなみに『べらぼう』は3回目観て脱落・・・・・・。




11月の獲れ高】


では、11月のおさらいを。今月は2作品ともやや地味だったか。期待度と獲れ高は5点満点/ネタバレあり!


1本目

プリングスティーン 孤独のハイウェイ

公式サイト:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/springsteen

20251115日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


スターになったブルース・スプリングスティーンが、アルバム『ネブラスカ』の制作を通して、過去の記憶を浄化する物語……かと思っていたら、まったく逆だった。


アルバム制作の過程で、ブルースは過去のフラッシュバックに苛まれ、精神のバランスが崩れていく。


タイトル・トラック「ネブラスカ」のリリック、「ただの悪ってのが、この世にはある」というのが、映画の中で何度か出てくる。そして、ブルースは、『地獄の逃避行(原題はBadland)』と『狩人の夜』に魅入られている。


なぜか?


そこに映る「悪」や「狂気」を、幼い自分や母に暴力を振るっていた酒飲みの父親とダブらせていたわけだけど、実は、彼が本当に恐れていたのは、それらが自分自身にも巣食っていることだった。そこに向き合わないまま、ロスアンジェルスへ移ろうとするのだけど、別れ際に恋人から言われた言葉が、心に引っ掛かる。


ニュージャージーとロスアンジェルスの間に広がるBadlandに身を置いたとき、ついに自分の心に巣食う闇と対峙する。


ニュージャージーでの恋人とその子供との日々は、常に音楽と向き合っているブルースの毎日に射したひとすじの光だったはずなんだけど、その光がまぶしければまぶしいほど、自分の心の闇に目を向けざるをえない。だから、ブルースは彼女と別れ、ニュージャージーを後にしなくてはならなかった。この恋人とのエピソードだけは創作らしいけど、すごく効果的。


ブルースは彼女の言葉に従って、自分の心の闇と向き合う。それは、つまり、自らの父親の心の闇と向き合うことであり、その痛みを分かち合うことだった。


それまでブルースは父の苦悩を共有できなかったわけで、常にブルースと伴走してきた、マネージャーのジョン・ランドゥがブルースの心理状態を理解できないのもやむなし。


「どうやってもブルースの苦悩がわからん。もうどうしていいかわからん」


それでも、彼はレコード会社の重役を前にして言うのだ。「わかんないけど、俺はブルース・スプリングスティーンを信じる」


ブルースの再生は、友情に支えられたものだった。ジョン・ランドゥがレコード会社を説得して『ネブラスカ』をリリースできなかったらブルースは死んでたかもしれない。


自動車工場やってる友達がブルースの異変をいち早くジョン・ランドゥに知らせなかったら、ブルースのメンタルヘルスはもっとヤバくなってたはず。


スコット・クーパー監督は、ブルースの苦悩はもちろん、彼の周辺の人々の心のゆらぎも丁寧に描いている。


地味。確かに地味。でも、ブルース・スプリングスティーンを知らない人にも観てほしい一本。





この曲が流れた瞬間、思わず嗚咽を漏らしてしまった・・・・・・。



2本目

旅と日々

公式サイト:https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/

20251108日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


観終わったあと、ふくよかな心持ちになる不思議な映画。ラストシーンで宿を後にした主人公も同じような気分だったんじゃないかな。


シム・ウンギョン演じる主人公が脚本を手がけた映画と、主人公自身が生きている現実とが織りなすコントラストがおもしろい。


夏と冬 海と雪 若者と中年


虚構と現実? いや、どちらも現実みたいな手触りはある。


その手触りは、主人公と、河合優実演じる映画の中の少女にも言える。境遇はまったく異なるのに、同じような息苦しさを感じている。自分であることの息苦しさ。


そんな状況のなかで、2人は、それぞれある体験を通して「生きている手ごたえ」みたいなものを得る。このコントラストもみごとだった。これこそが「言葉から離れる経験」なんでしょう。つまり、湧き上がってくる、言葉では表現しきれない感情。


少女にとっては台風の中、荒れた海で泳ぐこと。主人公にとっては、堤真一演じる民宿の主人のおっちゃんと繰り広げた真夜中の冒険。


「オラはユーモアが好きだなぁ」「でも、その根底には人間の哀しみみたいなものが流れてないといかん」とは、宿のおっちゃんが(そんなに深い意味もなく)吐いた言葉なんだけど、この主人公の「冒険」の顛末こそ、まさにこののセリフ通り。滑稽だけど、結果的におっちゃんの哀しみがしみた。


主人公は、この「冒険」によって、シナリオという虚構の世界から脱け出す。そして、最終的には、宿の主人の暮らしぶりと俗っぽさに、彼女は救われる。


「どうにもなんねーもんは、どーにもなんねーべ」 この言葉には、なんとも言えない生活の実感がある。そんなおっちゃんの言葉を聞いて、彼女も自分の存在価値に悩むなんて、バカバカしく思えてきたんじゃないだろうか。


「しゃーない。自分はほかの誰にもなれない。自分は自分でいるしかない」


日本の夏と冬の美しさをとらえた映像は必見。加えて、役者陣もすばらしい。河合優実の鮮烈さ、シム・ウンギョンの朴訥とした演技も印象深かったけど、MVPは宿のおっちゃん、堤真一かな。東北訛りもおみごとでした。



12月はこの映画に賭ける!】


あっと言う間に今年も終わり。2025年最後のノミネート10本、まずは、11月に積み残した作品から。今年の重要作の一本かも。 公開日は福岡県基準です。


⚫︎ WEAPONS ウェポンズ

郊外の街で子供たちの集団失踪事件が発生。それがきっかけとなって、街全体が狂気に陥っていくという、なんだかよくわからないストーリー。ひと筋縄ではいかなそうな異色ホラーみたい。1128日公開。


12月は人気テレビドラマの映画版も上映されるけど、その辺は観てないのでパス。まずは大作シリーズの最新作から。


⚫︎ アバター ファイヤー・アンド・アッシュ

シリーズ第3作目。1作目は観てないのに、2作目はなぜか劇場で鑑賞しました。フル3DCGは確かにすごいんだけど、ストーリーは勧善懲悪もので退屈した記憶。今回は物語の展開にもひねりがありそう。1219日(金)公開。


俳優陣の豪華な顔合わせよりも、久石譲のハリウッド進出が宣伝文句の作品も。


⚫︎ ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行

コリン・ファレルとマーゴット・ロビーが共演したファンタジー作品で、予告編を劇場で何回か目にした。ヒューマンドラマという触れ込みだけど、なんだかストーリーも映像も、おちゃんには甘すぎるかな。1219日(金)公開。


『ミッドサマー』の鬼才、アリ・アスター監督の新作はコロナ禍が背景。


⚫︎ エディントンへようこそ

ちなみに『ミッドサマー』は苦手。予告編を観る限りではおもしろそうだけど、今作もラストはかなり後味悪いらしい。この監督にしては興行成績で苦戦したうえに、批評家受けもイマイチ。手を出すのは危険か? 1212日(金)公開。


一昨年制作の渋めのハード・ボイルド作品がようやく日本で陽の目を見ます。


⚫︎ 殺し屋のプロット

監督・主演・製作をマイケル・キートンが務める。そこまで彼が入れ込んだのは脚本のすばらしさゆえ。認知症を患った殺し屋が完全犯罪に挑むというプロットはなかなか魅力的だ。125日(金)公開。


こちらは主演男優が企画と原案も担当。その男優とは、マ・ドンソク!


⚫︎ 悪魔祓い株式会社

マ・ドンソクことマブリ演じるは悪魔祓い専門会社の社長。「悪の力に覆われた世界を救う」らしい。マブリが拳を振り回す映画は大抵おもしろいんだけど、筋があまりにB級ぽくて不安なのだった。1212日(金)公開。


日本映画も1本ノミネート。東京では先月公開済みでなかなかの評判の高さ。


⚫︎ みんなおしゃべり!

ある町で勃発した、ろうあ者とクルド人が争いを描く・・・・・・と言うと、このご時世だし社会派作品かとも思うけど、コメディだそうです。キャラ設定や映像の感じが独特。期待してもいいかもしれません。1220日(土)公開。


こちらはタイトル通り正真正銘の社会派作品でチェコ映画。


⚫︎ プラハの春 不屈のラジオ報道

1968年、チェコスロバキアで起こった民主化運動「プラハの春」を背景に、真実を伝え続けようと奮闘するラジオ局員たちを描く。ジャーナリズムが死につつあるいまの日本に刺さる題材。1219日(金)公開。


いまなお戦火が絶えない現実を映したドキュメンタリーも。


⚫︎ 手に魂を込め、歩いてみれば

パレスチナ人女性フォトジャーナリストとイラン出身の映画監督のヴィデオ通話を映画化したもの。ジャーナリストは、ガザの容赦ない現実を伝え続ける。その過程で彼女自身も変わっていく。1219日(金)公開。


最後の一本もドキュメンタリー。こちらは音楽ものなんだけど、なぜいま???


⚫︎ 夢と創造の果てに ジョン・レノン最後の詩

1981年のカムバック・ツアーなど、いままで明らかになっていなかった情報を発掘しているとのこと。うーーーむ、映画で観る必要はないような気がするけど、どうでしょう。なにより、タイトルがダサいのが気になる。125日(金)公開。



12月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。


ハズレではないかとの一抹の不安はある。そしてなぜか18

WEAPONS ウェポンズ

期待度 ★★★1/2

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 93% 観客 85%

20251128日(金)公開

2025年製作/アメリカ映画/上映時間128

監督:ザック・クレッガー

出演: ジョシュ・ブローリン、ジュリア・ガーナー ほか

公式サイト:https://www.warnerbros.co.jp/movie/c8r-63sq936/




2か月連続日本映画。全上映回字幕付きってのもいい

みんなおしゃべり!

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 –––– 観客 ––––

20251220日(土)公開

2025年製作/日本映画/上映時間143

監督:河合健

出演: 長澤樹、毛塚和義 ほか

公式サイト:https://minna-oshaberi.com




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第33回 2025年10月 『ワン・バトル・アフター・アナザー』『バード ここから羽ばたく』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。