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長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第4回 2023年5月 『最後まで行く』『クリード 過去の逆襲』

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第4回 2023年5月 『最後まで行く』『クリード 過去の逆襲』


「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


公開の前月に情報を集めて観に行く作品を決めるんだけど、作品の情報が集中的に出てくるのは、当たり前だけど、公開日前後なわけで。「いい作品とは聞いていたけど、ここまで盛り上がるとは!」というお祭り騒ぎを横目に、別の映画を観に行く羽目になるのが、この企画の宿命なのだった。


5月、予想外に盛り上がっていた映画が3本あった。1本は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3。うむ。MUCだものね。盛り上がるよね。


問題は残りの2本『TAR/ター』EO。特に『TAR/ター』は、今年度ベストに推す評論家もいるくらい高い評価を得ている。


両作とも、5月に観る作品の候補に上ってたんだけど、ここまで評価が高いとは思ってなかったのよね。「意味がよくわかんね」みたいな評価も目にしたし、『TAR/ター』は158分もあるし。なんとなく気後れしてしまった。


なによりも、4月に観たのが『生きる LIVING『聖地には蜘蛛が巣を張る』という地味めな映画だったことの反動で、「5月はメンドくさいのよりも、スカッとした娯楽作が観たい」と、無意識のうちに思っていたのが大きい。因果応報。4月のセレクトが5月に祟る。


なんて、いまさらそんなことをブツクサ言っても仕方ないので、『TAR/ター』と『EO』とはご縁がなかったと自分に言い聞かせたのだった。



5月の獲れ高】★★★★★★★★


で、選んだ2本がおもしろければ問題なし。では、5月のおさらいを。



1本目

最後まで行く

公式サイト:https://saigomadeiku-movie.jp

2023520日(土)イオンシネマ大野城

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


顔 顔 顔

みんないい顔してる。


主人公のダメ刑事、工藤を演じる岡田准一はもちろん、工藤の上司役の杉本哲太も同僚の駿河太郎も、工藤の妻役の広末涼子でさえ、いい顔。


中盤以降は県警の監察官、矢崎を演じる綾野剛とヤクザの親分役の柄本明のいい顔が炸裂。


前半は工藤の右往左往が結構笑えるんだけど、矢崎がキレてからは空気が一変。暴力がどんどんエスカレートする。


矢崎もどんどんいい顔になっていく。


周知の通り、この映画は韓国映画のリメイク。韓国映画に限ったことではないけど、こういう悪徳刑事モノは、「人間って結局は卑小な存在」っていう諦念がベースにあるような気がする(『アシュラ』とか)。そんな愚かな人間どもが、抑圧によるフラストレーションを振り払おうとすれば、暴力に訴えるしかないという構図。


この映画も、矢崎が本性を現すまでは、同じ路線かと思ったんだけど、矢崎の暴力性が高まるにつれて、どうも違う感触が生まれてくる。


そして、最後の工藤と矢崎の顔。


金も地位も名誉も家族も失ったとしても、ギリギリまで生きることにしがみついて、もうなんだかわかんないけど「あいつぶっ殺す」その想いだけで、顔をブチ腫らして目もつぶれそうなのに、クルマを駆って工藤を追いかけ、捉えたときの矢崎の笑顔。


妻と娘の声を聞いて、なんか許されたかな あそこもここも痛いし、もう、死んじゃってもいいかな なんて甘えたこと考えてたとこに、矢崎の笑顔を見て、なんか、生きる気力が湧いちゃった工藤。



「人間は所詮こんなもの」なんてスカしててはいけない。わけわかんないけど、みんな生きていく。生きる理由なんていらない。諦念とはかけ離れた、そんな吹っ切れた「熱」が画面からあふれてくる。


生まれたんだから、最後まで行こう。



2本目

クリード 過去の逆襲

公式サイト: https://wwws.warnerbros.co.jp/creed/

2023527日(土)ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


肉体のぶつかり合いがこのシリーズ最大の魅力だけど、今作も『最後まで行く』と同様に、肉体に加え「顔」に唸らされることとなった。


序盤、すべてを手に入れたアドニスとムショ帰りの旧友デイムのコントラスト。


アドニス役マイケル・B・ジョーダンは、世界でも五指に入るイケメンだと思う。気品があってキラキラ感半端ない。貴族だ、貴族。


対するデイム役ジョナサン・メイジャーズの顔はむくみ気味で、その負け犬オーラは隠そうにも隠しきれない。


しかし、中盤以降、デイムの顔は野獣のような獰猛さをたたえ始め、アドニスの美しい顔は苦悩に歪む。


アドニスがふたたびリングに登る理由が、ストーリーのポイントだと思ってたんだけど、過去と向かい合い贖罪を得るためだった。そうせざるを得ないプロセスも説得力ある。


それを可能にしたのは、デイムの複雑なキャラクター造形だろう。弟分への優しさ、羨望、嫉妬、恨み、後悔、喪失感などなど、さまざまな感情が彼の中で渦巻いていて、アドニスもその渦に飲み込まれてしまう。


それを表現するジョナサン・メイジャーズの凄み。


これは、デイムが望んだことだったのか。同じリングに立った2人は、過去からも未来からも切り離され、「いま」を共有する。四角いリングで拳を交わす2つの肉体には、神々しささえ感じる。


そして、死闘を経た後の結末は、予想通りとは言え、泣かせるのよ。


デイムのシンデレラ・ストーリーとか、アドニスの母ちゃんデイムを嫌いすぎとか、確かにアドニス薄情だわとか、いろいろキズはあるんだけど、それを補うくらいエモーショナルなシーンが多く、全体的には大満足だった。


アドニスの物語はこれで打ち止めだけど、何年か後に、アドニスの娘を主役に新シリーズが生まれそうな幕切れだった。


5月はこの2本でよし!



6月はこの映画に賭ける!】


「この作品は観るしかないでしょっ!」という映画が、年に何本かある。3月に公開された『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』とかね。


そんな映画が6月に2本公開される。なので、迷う余地はなく、観る映画は確定済みなんだけど、そのほかの作品もひと通り見ておこう。


メジャーどころでは、ディズニーの『リトル・マーメイド』69日(金)、DCEUの最新作『ザ・フラッシュ』616日(金)に公開。この2本は、映画の出来とは異なる次元で話題を振りまいてきた。


前者は主人公アリエル役に黒人のハリー・ベイリーを起用したことが波紋を広げ、論争に発展した。個人的には黒人の人魚姫に違和感は抱かないのだけど。


後者は、主演のエズラ・ミラーが暴行罪や強盗罪で起訴され、メンタルがかなりヤラれているという報道もあった。そのため、『ザ・フラッシュ』がお蔵入りするんじゃないかとも危惧されたけど、無事公開に漕ぎ着ることに。評判も悪くないみたい。


ニール・ジョーダンが監督し、リーアム・ニーソンが主役を張ったハードボイルド『探偵マーロウ』も気になる。しかし、Rotten Tomatoesの支持率を確認すると、評論家が25%、観客は37%となかなかの辛口評価。公開は616日(金)。


渋いとこでは、マーティン・スコセッシが制作総指揮に名を連ねた、ポール・シュレイダー監督の2021年の作品『カード・カウンター』630日(金)公開。ギャンブラーのお話。結構よさげ。『インディ・ジョーンズ』最新作も同日公開。この2本は観るとしても7月かな。


以前から注目されていたホラーの話題作も公開される。69日(金)公開の『ミーガン』は、AIを搭載した女の子の人形が暴走。予告編はいい仕上がり。623日(金)公開の『プー あくまのくまさん』は、あのプーさんとピグレットがモンスター化するというアイディア一発のスラッシュホラーで、かなり悲惨な出来らしく、Rotten Tomatoesの評論家支持率はわずか3%(笑)。


音楽関連では、スピッツが北海道を舞台に撮影した映像作品『劇場版 優しいスピッツ a secret session in Obihiro62日(金)にお目見え。あと、エリック・クラプトンのライヴ作品『エリック・クラプトン アクロス24ナイツ』69日(金)から。クラプトン、人間的にはクズだけど、ライヴはカッコいいのよね。


これらの作品を差し置いてなにを観るのかって話だけど、1本目は、監督・是枝裕和と脚本家・坂元裕二がタッグを組み、坂本龍一が音楽を担当した『怪物』。この作品が、結果的に坂本龍一の遺作になってしまった。予告を観る限りでは不穏な空気感が満ち満ちてて、観た後、梅雨空のようにドヨ~ンとしそうだけど、今年最大の話題作と言ってもいい映画を見逃すわけにはいかない。62日(金)から。


もう一本は、616日(金)公開の『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』2018年に公開された前作『スパイダーマン:スパイダーバース』は、アニメ表現がアートの域にまで達した大傑作だったので、続編も絶対観るぜと心に決めていたのだった。今回は、スパイダーマン同士が闘うみたい。「運命なんてブッつぶせ。」ってコピーもカッコいい。期待高まる。



6月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。


重いのは覚悟のうえ。体調を整えて劇場に行こう

怪物

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:———————— 

202362日(金)公開

2023年製作/日本映画/上映時間126

監督:是枝裕和

出演:安藤サクラ、永山瑛太 ほか

公式サイト:https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/

https://youtu.be/WSa_cBXOULA


ストーリーはよりシリアスに、映像はよりゴージャスに 

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:————————(公開前) 

2023616日(金)公開

2023年製作/アメリカ映画/上映時間140

監督:ホアキン・ドス・サントス、ジャスティン・K・トンプソン、ケンプ・パワーズ

出演:シャメイク・ムーア、ヘイリー・スタインフェルド ほか

公式サイト: https://www.spider-verse.jp

https://youtu.be/-JVWs_vX09E



吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第3回 2023年4月 『生きる LIVING』『聖地には蜘蛛が巣を張る』

第4回 2023年6月 『怪物』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。