文化CULTURE
その映画、星いくつ? 第18回 2024年07月 『デッドプール&ウルヴァリン』『大いなる不在』
「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。
先日、2024年上半期の映画興行収入ランキングが発表された。上位10本は次の通り。
※( )内が2024年7月9日時点の興収推定値
01. 名探偵コナン 100万ドルの五稜星(155億円)
02. 劇場版 ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦(113億円)
03. 劇場版 SPY x FAMILY CODE: White (63億円)
04. 変な家(56億円)
05. 機動戦士ガンダム SEED FREEDOM(48.6億円)
06. あの花の咲く丘で、また君と出会えたら。(45.2億円)
07. 映画版 ドラえもん のび太の地球交響楽(43億円)
08. ウィッシュ(36億円)
09. ゴールデンカムイ(29.8億円)
10. ウォンカとチョコレート工場のはじまり(23.7億円)
はははは、みごとに一本も観ていない。
アニメが強い。10本中6本!! 実写で一番稼いだのがダークホース『変な家』っていうのも複雑な気分にさせる。
上半期の世界興収2位の『デューン 砂の惑星 PART 2』は影も形もないけど、公開時に「日本だけコケた!」と話題になったくらいなので、さほど驚きはない。調べてみると、日本国内の興収は7.6億円だって。なんと『名探偵コナン』の4%!
『オッペンハイマー』は17億円くらいだと推定されるので、こちらはまだマシだった。さすがアカデミー賞7部門受賞。
アニメ映画がヒットするのは別にいい。観てはいないけど、クオリティは高いはず。じゃないと、ここまでに数字は稼げんでしょう。
日本国内の興行が世界から隔絶した結果なのも、仕方がないことだと思う。国によってカルチャーが異なるのは当たり前と言えば当たり前だもの。
大事なのは、興収が期待できない映画でも、ちゃんと国内で上映される環境があること。シネコンがアニメしか上映しなくなったら問題だけど、いまはまだ多様性がちゃんと保たれているので「よし」とすべきでしょう。
イチ映画ファンにできることは、これまで同様、地味に映画館に足を運んで、いろんな作品を観るくらいだな。
【7月の獲れ高】
では、7月のおさらいを。
1本目
デッドプール&ウルヴァリン
公式サイト:https://marvel.disney.co.jp/movie/deadpool-and-wolverine
2024年07月24日(水)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★★★
「ディズニーはすべてをダメにする」と言ったのは、誰だったか・・・・・・。あ、僕かぁ。ディズニーに所有権が移って以降の『スター・ウォーズ』シリーズ(特に映画のエピソード8、9)が、ぐだぐだだった恨みつらみを、いまだに抱えておるのです。
2018年、ディズニーは21世紀Foxも買収。『デッドプール』シリーズも今作からディズニー制作となってしまった。果たして、お下劣インモラルなデップーは、ディズニーの元で生き残ることができるのか?
そんな不安は、冒頭の血みどろの格闘シーンで吹き飛んでしまった。光を放つ日本刀、ほとばしる血飛沫、宙を舞う生首、股間を貫く鋭利なアレ。そう、ここでの武器はアレ。不適切にもほどがある。いきなり不道徳。でも爽快。なんだか元気が出た。
前2作に比べて、今作は楽屋オチ成分が多めのような気がするが、なかでもディズニーの21世紀Fox買収というネタは、物語の展開を左右している点でも重要。鑑賞前に、21世紀Fox制作のマーベル映画(ついでについでにニュー・ライン・シネマ制作のものも)調べておくとよいと思う。
前作もタイムトラベル要素があったけど、今作ではマルチバース、いわゆる多元宇宙を軸に据えている。「自分たちが生きているこの宇宙と並行して、異なる世界線をもった宇宙が存在する」というコンセプトだ。
デップー曰く「『オズの魔法使い』は確かに傑作だったけど、それ以降のマルチバースものはすべてクズ!」。『オズの魔法使い』ってマルチバースものだったのか。アベンジャーズが主役のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)もマルチバースものなのね。観てないから知らんかったけど。
近年のマルチバースものでは2022年の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が、第95回アカデミー賞で作品賞をはじめ、全7部門で受賞を果たしたことも記憶に新しい。また、昨年はアニメ『スパイダーマン:スパイダーバース』の続編『~:アクロス・ザ・スパイダーバース』も公開。こちらも傑作だった。
今作ではどんなマルチバースが描かれるのか? デップーとウルヴァリンが飛ばされる世界線は「虚無」と名付けられている。そのルックは、6月末に日本でも公開されたあの映画そっくり。デップーはその作品名を口にするけど、実際の映画の内容には沿ってなくて、明らかに観てない感じ。「Mad Maxy」なんて表現があることを初めて知ったよ(あ、ネタバレ)。
デップー&ウルヴァリンは、「虚無」から元の世界に戻ろうと悪戦苦闘(2人の殺し合いも含む)を繰り返す。マジメな話をすると、この世界が「虚無」と名付けられているのは、すごく興味深い。なぜなら、『エブリシング・エブリウェア~』がまさに虚無から脱出しようとする映画だからだ。
デップーもウルヴァリンも、この世界線に飛ばされる前からダメ人間だった。まぁ、ウルヴァリンは、デップーほど下品じゃないし、一応のモラルは備えているので、デップーよりもマシだけど。2人とも虚無と無力感を抱えて生きていたのは間違いない。簡単に言うと「俺って生きる価値ないんちゃうか」ということ。これって『エブリシング・エブリウェア~』の主人公・エヴリンが抱えていたのと同じ感情だ。
デップー&ウルヴァリンは、さまざまな楽屋オチの果てに「虚無」から脱出し、世界を救うことで生きる希望を取り戻す。ここに、製作者による現代人への深いメッセージが込められている・・・・・・かは、わからない。『デッドプール』なので。
ちなみに元の世界線に戻った後には、『スパイダーバース』的な展開も用意されている。これもまた楽しい。この作品はMCUではなく、『エブリシング・エブリウェア~』や『スパイダーバース』シリーズに連なるものなのかもしれない。
映画のクライマックスを彩るのは、もちろんあの曲。本当に下劣でバカげた展開なのに、やはりグッときたのだった。名曲。
ということで、大満足。R15+指定の子供には見せられないお下劣映画にここまで歓喜するのも大人としてどうかと思うけど、個人的には、ことし観たなかでも1、2を争うおもしろさだったので、久々に星5つ!
2本目
大いなる不在
公式サイト:https://gaga.ne.jp/greatabsence/
2024年07月13日(土)KBCシネマ
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★1/2
「認知症を防ぐためにいまできること」という主旨の記事を読んだ。結論は・・・・・・「アルコールを控えるべし」だった。そうですよね。
映画では、藤竜也演じる老年の父親・陽二が、認知症のせいで現実と妄想の境目を見失っていく(飲酒癖もないのに)。その姿は、フローリアン・ゼレール監督の映画『ファーザー』でのアンソニー・ホプキンスの名演を彷彿とさせる。「それまでしっかりと人生を歩んできたはずなのに、徐々に自分がかつての自分ではなくなっていく」そのプロセスを観るのは本当に怖い。
陽二は、研究者ということもあって理屈っぽくてイヤミな一面もあるけど、基本的には飄々とした気のいいじいさん。そんな陽二が、声を荒げる場面が印象的だ。頭の中に空白が広がっていく恐怖、いらだち。このとき、彼の中では理性さえも、ゆらぐロウソクの灯のように消えかけそうに思える。まさに藤竜也の名演。
物語は現在と過去が交錯しながら進む。現在のシーンでは、森山未來が演じる陽二の息子・卓が陽二の記憶の空白を埋めようと、父が残した痕跡を辿る。その過程で、卓と陽二の関係性もあらわとなる。親子なんてのは名ばかりで、お互いに対する思い入れのようなものは、ほんのわずかしか残っていない。
認知の荒野を彷徨う陽二を卓は冷めた目で見ている。
過去のシーンで描かれるのは、原日出子演じる陽二の再婚相手・直美と陽二の日常生活。一見、和気藹々とした夫婦なんだけど、陽二のささいな行動の綻びが、来るべき精神の崩壊を予感させる。
現代の視点からは、直美がどこへ消えたのかが一つの焦点となるんだけど、状況から見て、彼女がどこかで生きていることはわかるので、サスペンス風味はさほど盛り上がらず。
それよりも、日々症状を悪化させ、熱烈に愛した直美さえも認識できなくなり、彼女を罵倒する陽二を、果たして直美が許せるのかの方が気になってくる。
そして終盤、直美と陽二の最後の一日が明かされる。これによってことの顛末が、ひとつのラヴストーリーとして完成する。陽二と直美はお互いを支え合って30年間生きてきた。その事実は直美の中では消えないのだ。ここで、僕は少し救われた気分になった。決してハッピーエンドではないけれど。
しかし、その後の直美の表情は冷めている。彼女にとって、陽二はすでに亡き者なのかもしれない。少なくとも夫としての陽二は、この世にはいない。直美はそれを静かに受け入れる。
一方で卓は、陽二の人生を辿ることで、その魂をこれまでになかったほど近くに感じる。最後に陽二を施設に訪ねた卓は、自分の父が長く生きてくれることを願う。
直美と卓の陽二への想いは、ここで対照的に反転するのだ。
ラストでは、映画の冒頭同様、俳優である卓による舞台のリハーサルが映し出される。舞台の上で卓が、ひとつ、ひとつ、身に付けていたものをなくしていく。まるで陽二の記憶が、少しずつ剥がれ落ちていったように。
「それでも最後まで手放したくないものはなんなのか?」 舞台から卓が発するこの問いこそ、この作品が描きたかったものだと思う。漂白された意識の中では、ぼんやりとしたものかもしれないけど、確かに陽二はそれを手にしたまま、旅立つことができたはず。そう願わずにはいられない。
・・・・・・と、認知症が他人事ではない、飲酒癖のあるおじさんは思ったよ。
【8月はこの映画に賭ける!】
酷暑の夏こそ、エアコンの効いた映画館へ逃げるに限る。
『デューン 砂の惑星 PART 2』を抑え、2024年上半期の世界興収1位を記録したのは、ディズニー&ピクサーのアニメ作品『インサイド・ヘッド2』。1作目は観ていないけど、主人公が成長の過程で直面するさまざまな感情を可視化しているのね。大人の鑑賞にも耐えられそう。8月1日(木)公開。
『ツイスターズ』は、ヤン・デボン監督による1996年のディザスター・ムーヴィー『ツイスター』の続編。タイトルが複数形になったから、竜巻がいっぱい出てくるんだろう。前作と比較してなにが新しいのかは、イマイチわからんのだけど、全米では市場予測以上のロケット・スタート。『ミナリ』の監督だし、ただのディザスター・ムーヴィーじゃないかも。8月1日(木)公開。
ライアン・ゴズリングの新作はスタントマンを演じた『フォールガイ』。2024年上半期の世界興収では11位なので、結構なヒット。軽い感じのアクション・コメディかと思いきや、予告を観た限りではアクションがキレキレ。8月16日(金)公開。
SNSにヤラれて過剰な自己承認欲求を抱えた大学生が主人公の『#スージー・サーチ』。現代の若者に巣食う病を描いたダーク・スリラーとの評を見かけた。どことなく漂うB級臭が気になるのだけど。8月9日(金)公開。
『めくらやなぎと眠る女』は、村上春樹の6本の短編小説を元にしたアニメ映画。舞台は東京だけど制作は日本ではなく、フランス・ルクセンブルク・カナダ・オランダ合作で、監督はフランス人のピエール・フォルデス。ハルキストのみなさんの評価は概ね高い。なかなかおもしろそうだけど、フランスのアニメ『リンダはチキンがたべたい!』はノレなかったのよね。8月2日(金)公開。
韓国からは”『パラサイト 半地下の家族』を超える大ヒット”というキャッチが強烈な『ソウルの春』がお目見え。朴正煕大統領暗殺事件に端を発した民主化抗争が題材の政治劇。『アシュラ』の監督、俳優陣が集結というのも熱い! 8月23日(金)公開。
同じく韓国映画で、こちらはオムニバス・スリラーの『ニューノーマル』は、日本の深夜ドラマに内容がクリソツだということで、物議を醸した。おもしろそうなんだけど、劇場でお金払ってみるのは、ちょっとためらう。8月23日(金)公開。
『ボレロ 永遠の旋律』はフランスの天才作曲家、モーリス・ラヴェルの伝記。スランプに陥ったラヴェルが傑作「ボレロ」を生み出す過程を描く。んで、その後もなにか展開がありそう。8月9日(金)公開。
革命的なシェフの誕生譚という触れ込みの『美食家ダリのレストラン』はスペイン映画。予告も観たけど、どんな映画か判断がつかず。コメディ調なのかな? 8月16日(金)公開。
『マミー Mommy』は、25年前の和歌山カレー事件の真相に迫るドキュメンタリー。犯人とされ死刑判決を受けた林眞須美が無実かもというのがポイント。ネット上ではその見方が優勢みたいだけど、本当のところは? 公開前に親族への誹謗中傷が殺到したため、映像を一部加工することに。8月3日(土)公開。
『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』は、KBCシネマで予告を観た。おもしろそうと思ったんだけど、実際の誘拐事件を題材にしたテレビシリーズを一挙上映するという体で、上映時間はなんと5時間40分! ムリ! 却下!! 8月9日(金)公開。
アニメ作品は『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく! Re:Re:』『刀剣乱舞 廻 -々伝 近し侍らうものら-』『ねこのガーフィールド』あたり。興収上位に食い込む作品はどれかな。
★8月の2本★ ※期待度は5点満点
決めました。
異常気象ヤバいいまこそこの映画
ツイスターズ
期待度 ★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 76% 観客 92%
2024年08月01日(金)公開
2024年製作/アメリカ映画/上映時間122分
監督:リー・アイザック・チョン
出演: デイジー・エドガー=ジョーンズ、グレン・パウエル ほか
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/twisters/
ファン・ジョンミンの悪役が久々に観たい!
ソウルの春
期待度 ★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家データなし 観客 63%
2024年08月23日(金)公開
2023年製作/韓国映画/上映時間142分
監督:キム・ソンス
出演: ファン・ジョンミン、チョン・ウソン ほか
公式サイト:https://klockworx-asia.com/seoul/
吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!
『ナイトサイレン 呪縛』はチェコスロバキア出身のテレザ・ヌボトバ 監督によるホラー。ロカルノ国際映画祭で最高賞、金豹賞を受賞。
10代の少女が同意の上で50代の有名作家と性的関係を結ぶという実話をもとにした、フランス・ベルギー合作の『コンセント/同意』は、内容が内容だけに賛否両論あり。まぁ、胸糞悪い話なことは確か。8月2日(金)公開。
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