文化CULTURE
その映画、星いくつ? 第19回 2024年08月 『ツイスターズ』『ソウルの春』
「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。
ある日、某FM局で『栗田善太郎ナビゲートでお送りするUrban Dusk』を聴いていたら、「映画のジャケ買い」なるパワーワード(死語?)に遭遇した。あるリスナーさんのメールによると、映画についての情報をいっさい入れないまま映画館に赴き、掲示されているポスターだけを頼りに観る映画を決めるんだそうだ。
もちろん、上映時間の縛りもあるんだろうけど、なんという潔さ。なかなかできるもんじゃない。
試しに、WEBで確認できる9月公開映画のポスターをなんとなく眺めてみる。たまたま、ブレイクダンスを題材にした映画が2本公開される。1本は中国映画『熱烈』(9月6日公開 https://oneandonly.ayapro.ne.jp)、対するはイギリス映画『ザ・ブレイキン』(9月13日公開 https://www.rakuten-ipcontent.com/thebreakin/)。
『熱烈』のポスターには「心で踊れ!」ってコピーがあるだけで、具体的な内容はさっぱりわからない。ヴィジュアルから受ける印象としては、ダンスを絡めた学園モノ? 中国映画だし、最後は天下一武闘会みたいなダンス・バトルが展開されると見た。
『ザ・ブレイキン』の方は、もっと社会派かな。黒人の主人公がブレイク・ダンスを武器に、恵まれない環境から這い上がっていくって感じか。きっと、家族との軋轢もあり、そこでの葛藤も見せ場になるんだろう。
などなどと勝手に妄想を繰り広げた挙句、公式サイトに目を通すと、両作とも「チームでがんばって栄冠をつかみ取るのだ~!」って感じで、似たような内容だった。ポスターだけを手掛かりにすると、どっちの映画を観ても後悔しそう。
やはり「映画のジャケ買い」ってのは、かなり難易度が高い。そもそも、レコードやCDのジャケ買いも、うまく当たった記憶がないしね。勘と運だけが頼りという世界には向いていないみたい。
ということで、今月も鑑賞する2本を決めるためには、映画の情報を掘り続けるしかないというのが結論であった。
【8月の獲れ高】
まずは、8月のおさらいを。
1本目
ツイスターズ
公式サイト: https://wwws.warnerbros.co.jp/twisters/
2024年08月03日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★1/2
こういう映画こそ、IMAXで観るべきなのに、時間が合わず普通サイズのスクリーンで(1/2減点)。上映回数も少なかったし、どうも、冷遇されている印象。作品自体はウエルメイドな娯楽大作なんだけどな。
なんてたって、スクリーンに映し出される竜巻はスケールが違う。街一つくらいは簡単に吹っ飛ばす。宣伝によると、登場する竜巻で最大のものは高さは富士山を越え、直径2000メートル、移動する速さは時速500キロだとか。
オクラホマの牧歌的な大地を蹂躙するそのパワー、猛威には、神秘性さえ感じる。劇中に登場する「うぇーい」なアメリカ人たちが竜巻に魅せら、追っかけてしまうのも納得なのだ。
そうは言っても、竜巻被害は甚大で、その結果、すべてを失い路頭に迷う人もいる。竜巻=スペクタクルで終わらずに、そういう市井の人たちの姿もきっちりと描き出すところが、韓国系農家の暮らしを丁寧に描いた『ミナリ』の監督だなぁという感じ。
物語の展開は、正直言って、新鮮味はない。心に傷を追った主人公ケイトが、一見型破りだけど、実は心優しいタイラーの導きによってトラウマを克服し、竜巻を封じ込めることに成功する。映画序盤での人物相関図が、後半ではガラッと変わってしまうのは、まぁ、おもしろいっちゃ、おもしろいけど、意外性はない。それでも、引き込まれてしまったのは、迫力満点のVFXに加え、俳優陣の力量によるところが大きいと思う。
主人公ケイトを演じるデイジー・エドガー=ジョーンズも、タイラーに扮したグレン・パウエルも、序盤ではなーんか印象がよろしくない。ケイトはウジウジしてるし、タイラーは軽薄すぎる。でも、物語が進むにつれて好感度がどんどん上がる。このへんがニクイ。
巨大な竜巻に対峙するなかで、ケイトは憑き物が落ちたかのようにイキイキとした表情を取り戻し、タイラーの方は以前は見せなかった繊細さを随所で発揮する。そんなこんなで、知らず知らずのうちに、この2人に感情移入していくのだ。演じるデイジー・エドガー=ジョーンズとグレン・パウエルの相性のよさもあるんだろうな。ラストの空港のシーンは蛇足な気もしたけど、そんなお気楽さも全米大ヒットの要因かもしれない。
地球温暖化なんてことを持ち出さなかったのも、説教くさくなくてよかった(アメリカの批評家はブーブー言ってるみたいだけど)。あと、11月にアメリカ大統領選を控えているなか、ケイトとタイラーのロマンスを評して、アメリカ国民が分断を乗り越えるメタファーだとする評もあるけど、そんなこと考えると、急に映画がおもしろくなく感じちゃうじゃないか!!
観ている間は手に汗握り、終わった後に残るのは爽快感だけ。『ツイスターズ』は、そんな映画の王道を行く作品なのだ。
2本目
ソウルの春
公式サイト:https://klockworx-asia.com/seoul/
2024年08月24日(土)T・ジョイ博多
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★★1/2
もう一本は爽快感「ゼロ」な作品。
韓国では近代の黒歴史を題材にした映画がたくさん制作されていて、どれもヒットしている。この作品もそのうちの一本で、本国では『パラサイト 半地下の家族』を越える興行収入をたたき出した。
韓国の黒歴史とは、すなわち民主化運動が弾圧され、軍部独裁に支配されていた記憶。今作の時代背景を、主人公の一人、チョン・ドファンを中心にざっと整理すると・・・・・・
————(興味ない人はトバしてね)————
1945年に第2次世界大戦は終結し韓国は独立したものの、1950年には朝鮮戦争が勃発。動乱の時代は終わらない。
初代大統領はイ・スンマンは独裁ぶりがたたって、1960年の四月革命で失脚。ホ・ジョン大統領代行を経て、同年8月にはユン・ボソンが大統領に就任するも、翌年1961年5月には、当時、陸軍少将だったパク・チョンヒが、軍部の改革派を率いてクーデターを決行。政権を奪取する。
大統領に就任したパク・チョンヒは開発独裁を推し進め、1970年代にかけて韓国は高度経済成長を成し遂げる。その一方で民主化運動を容赦なく弾圧。投獄&拷問は当たり前だったそうな。おいちゃん世代の記憶に残る、金大中(キム・デジュン)拉致事件を起こしたのもこの人。当局の弾圧にもかかわらず、民主化デモが韓国各地で燃え盛る。そんななか、大統領、パク・チョンヒは、韓国版CIAであるKCIAの長官、キム・ジェギュによって暗殺される(A)。これが1979年のこと。
誠実・謙譲と評判だったチェ・ギュハが大統領となり、国民は民主化を期待するも、1979年12月には、軍部に密かに勢力を広げていた秘密結社「ハナ会」のリーダー、チョン・ドゥファンが武装蜂起(B)。軍部と政府の実権を掌握。これはのちに「粛軍クーデター」と呼ばれる。
チョン・ドファンは非常戒厳令を全国に発令。学生デモや労働争議を暴力で制圧したほか、野党政治家を次々に投獄。1980年5月には韓国軍に多数の市民が虐殺された光州事件も起きている(C)。
その後、「社会悪一掃特別措置」なるものを発動し、ホームレスなどの社会弱者、学生運動家、労働運動家など約4万人を逮捕。壮絶な拷問を加える。1980年8月には大統領に就任し、さらにやりたい放題。
1987年には学生運動家の拷問致死事件が明るみに。これがきっかけとなり、民主化の機運は一気にヒートアップ(D)。ついにはチョン・ドファン政権も民主化宣言を発表せざるを得なかった。
翌1988年、チョン・ドファンは退陣。チョン・ドファンの子飼い、ノ・テウが跡を継いだ。意外や意外、国内政治はソフト路線で、16年ぶりの民主的選挙を主導した。
チョン・ドファンが築いた軍事政権が終焉のときを迎えたのは、1992年。ついに民主運動家のキム・ヨンサムが大統領の座をつかむ。チョン・ドファンが「粛軍クーデター」によって実験を握ってから、32年の時が過ぎていた。
————(韓国近代史のおさらいは以上)————
上記の(A)(C)(D)の出来事も下記の通り映画化されている。
(A)ウ・ミンホ監督『KCIA 南山の部長たち』(2020年)主演:イ・ビョンホン
(C)チャン・フン監督『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2021年)主演:ソン・ガンホ
(D)チャン・ジュナン監督『1987、ある闘いの真実』(2017年)主演:ハ・ジョンウ
ほかにもありそうだけど、僕が観たやつだけ、参考まで。どれも見ごたえあり。
そして、今回のお題『ソウルの春』が描くのは上記(B)の「粛軍クーデター」だ。その顛末はほぼ史実通り。権力欲に取り憑かれクーデターを企てるチョン・ドファン(劇中の名前はチョン・ドゥグァン)と、「国家を守る」という軍人としての役目をまっとうするため、チョンを阻止しようとするチャン・テワン(劇中の名前はイ・テシン)が、真っ向からぶつかり合う。
歴史を振り返ればわかるとおり、チャン・テワンがチョン・ドファンに敗れ去ることは避けられない。わかっちゃいるけど、僕らは最後までスクリーンから目が離せない。二人をそれぞれ取り巻く軍人たちの恐怖、葛藤、苛立ち、欲望、打算などによって事態は二転三転し、物語は思わぬ方向へドライヴしていく。だから、二人の攻防は最後まで緊迫感を失わない。
軍人たちを演じる役者陣は、韓国映画ではおなじみの顔ぶれで、キャラが立っているし仕事は手堅い。そんななか、突出しているのはやはり主役の二人だ。チョン・ドファンを演じるファン・ジョンミンの悪辣さと、チャン・テワンを演じるチョン・ウソンの悲壮感のコントラストは、この悲劇にさらなる陰影を与える。
クーデターで白日のもとにさらされる「国家」のモロさが、これまたヤバい。大義がなくても、権力を手にすればすべてが思い通りになるシステム。スイッチが入ると、個人の思惑を越えて暴走を続ける軍隊という組織の恐ろしさ。官僚という自己保身しか頭にない烏合の衆。わぁ、これって他人事じゃなくない?
こんな状況でも大きな力に流されず、自分の信じる道を往く難しさを体現しているのがチャン・テワンで、最後は軍人としての矜持なんてものではなく自らの個人として尊厳を守るため、チョン・ドファンの目前に迫る。その姿は決して格好よくはない。だからこそグッとくる。
つまり、韓国の歴史に興味がなくても、映画として十分に楽しめるのだ。
後世の数々の悲惨な事件につながるへヴィーな出来事を、みごとエンタテインメントに昇華する韓国映画の力量をまざまざと見せつけられた気がする。その根底には、製作者の「観客は受け入れてくれるはず」という信頼感があるんだろう。
韓国近代黒歴史映画のなかでも屈指の一本だった。
【9月はこの映画に賭ける!】
さて、夏休みも終わったのに、予想外に気になる作品が多い。
人気シリーズの新作『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』『犯罪都市 PUNISHMENT』、ヒット作36年ぶりの続編『ビートルジュース ビートルジュース』、黒沢清監督、菅田将暉主演のホラー『Cloud クラウド』といったところは、軒並み9月27日(金)公開。10月鑑賞候補ってことで。
『エイリアン:ロムルス』は、時間軸としては『エイリアン』と『2』の間に位置する。監督は『ドント・ブリーズ』シリーズをフェデ・アルバレスなので、サスペンス描写はお手のもので、アメリカでは絶賛の嵐のよう。9月6日(金)公開。
『トランスフォーマー/ONE』の方は1作目の前日譚。トランスフォーマーたちの故郷の星が舞台。フルCGアニメなので子供向けな印象。9月20日(金)公開。
リチャード・リンクレイター監督の『ヒットマン』は、大学教授兼潜入捜査官が主人公。自分を殺し屋だと偽ったことで騒動に。演じるは『ツイスターズ』でもノリノリだったグレン・パウエル。脚本とプロデュースも担当。才人だなぁ。9月13日(金)公開。
「チャイコフスキーでよろしく」と歌ったのは、ZAZEN BOYSの向井秀徳。で、『チャイコフスキーの妻』は、ゲイだったチャイコフスキーが偽装のために結婚した妻が陥った狂気を描いた一作。なかなかにヘヴィな手触り。向井秀徳は観るのかなぁ。9月6日(金)公開。
向井秀徳と言えば、作家・古川日出男、サックス奏者・坂田明と競演したライヴ・イベントのドキュメンタリー『平家物語 諸行無常セッション』が東京では9月に公開されるけど、福岡は未定。
『映画検閲』は全米公開時ホラーファンの圧倒的な支持を集めたそうな。でもイギリス映画。主人公はホラー映画の検閲官。ある映画に失踪した妹の影を認め、その映画の背景を探るうちに、こわ~い想いをするのかな。展開にツイストが効いていておもしろそう。9月13日(金)公開。
誘拐した大富豪の娘が実は吸血鬼だったという『アビゲイル』。こちらはホラーではなくホラー・コメディ。吸血鬼少女、強すぎる。9月13日(金)公開。
カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した山中瑶子監督の話題作『ナミビアの砂漠』もお目見え。河合優実が無気力なZ世代を演じる。これは顔ぶれ的にも期待してしまう。9月6日(金)公開。
『DitO』はフィリピンを舞台に、日本人ボクサーとその娘の絆を描く、日本・フィリピン合作映画で海外での評価も高い。なんとマニー・パッキャオも出演。9月6日(金)公開。
堤幸彦監督の『夏目アラタの結婚』は黒島結菜が連続殺人犯の死刑囚を、柳楽優弥が彼女に獄中結婚を申し込む児童相談所職員を演じる。サイコ・ホラーかと思いきや、ラヴ・ロマンスという噂も。賛否が分かれているのは、それが裏目に出たから? 9月6日(金)公開。
韓国版「アルゴ」と言われる『ランサム 非公式作戦』はレバノンが舞台のアクション作。公式サイトもポスター・ヴィジュアルも煽りすぎな印象。9月6日(金)公開。
『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』は、舌禍によってスター・デザイナーの座から転落したガリアーノの復活までの軌跡を追ったドキュメンタリー。華やかなファッション業界の裏側が垣間見られそう。9月20日(金)公開。
★9月の2本★ ※期待度は5点満点
決めました。
おっちゃんがZ世代の生態を理解できるか!?
ナミビアの砂漠
期待度 ★★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:----------
2024年09月06日(金)公開
2024年製作/日本映画/上映時間137分
監督:山中瑶子
出演: 河合優実、金子大地 ほか
公式サイト:https://happinet-phantom.com/namibia-movie/#modal
2か月連続グレン・パウエル映画!
ヒットマン
期待度 ★★★1/2
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 95% 観客 91%
2024年09月13日(金)公開
2023年製作/アメリカ映画/上映時間113分
監督:リチャード・リンクレイター
出演: グレン・パウエル、アドリア・アルホナ ほか
公式サイト:https://hit-man-movie.jp
吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!
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