文化CULTURE
その映画、星いくつ? 第26回 2025年3月 『ANORA アノーラ』『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』
「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。
・・・・・・などと言いつつ、3月は、お題の2本のほかにもう1本観てしまいました。申し訳ございません!!
その問題の1本とは、『ウィキッド ふたりの魔女』。第97回アカデミー賞では衣装デザイン賞と美術賞の2冠に終わったけど、えらく評判がいい。これは見逃せんと思い、「小学生の姪っ子に連れて行けとせがまれて、仕方なく・・・・・・」なんていう言い訳を用意したんだけど、姪っ子には「ドラえもんが観たい」と言われ断念。結局、家人と2人で映画館へ足を運んだ。
これが、アメリカのトランプ大統領が民主主義を破壊しつつある今だからこそ観るべき傑作だった。多様性を否定する勢力に対して、明確に「NO」を突きつけている。
振り返ってみると、本国アメリカでの公開も絶妙なタイミングだった。公開日は2024年11月22日。すでにトランプは当選を確実にしていたけど、大統領就任は年が明けた今年の1月20日まで待たねばならなかった。もし、この作品の公開日がトランプの大統領就任後だったら、公開差し止めになったかもしれない。
映画制作陣もトランプ大統領誕生とそれに伴うカオスを予測していたわけではないと思うけど、現実世界と映画がリンクすることってあるんだなぁ。
映像の美しさもさることながら、シンシア・エルヴォとアリアナ・グランデの歌唱もすばらしかった。この企画のルールを曲げてでも、劇場で観られてよかった。
のだけど、企画のルールを再考した方がいいかも。年に何回かだけど、どうしても「観なくてはならない」作品が3本以上、同じ月に公開されることがあるのです。さてさて、どうしたものか・・・・・・。
【3月の獲れ高】
などと、ブツブツ言いつつ、3月のおさらいを。両作ともオスカー作品賞受賞が期待されていたけど、圧倒的な強さを見せつけたのは、カンヌも制した『ANORA アノーラ』なのだった。インディペンデント映画にもかかわらず、作品賞、主演女優賞、監督賞、脚本賞、編集賞の5冠ってのは偉業と言っていいでしょう。
※期待度と獲れ高は5点満点/ネタバレあり!
1本目
ANORA アノーラ
公式サイト:https://www.anora.jp
2025年3月2日(日)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13
事前期待度 ★★★★★
獲れ高 ★★★★★
この作品は宣伝文句に使われていた「シンデレラ・ストーリー」なんて甘っちょろいものではなく、その「ストーリー」が崩壊していく過程で、アニーが自己の尊厳を守ろうと孤軍奮闘する話だった。
前半は、セックス・ワーカーであるアニーと、ロシアのオリガルヒの御曹司イヴァンの蜜月の日々をひたすら映し出す。セックスとクスリとパーティ三昧の日々。NO FUTURE! デカダンス極まれり! まぁ、こんなの長く続かんわなぁ。
2人が訪れたロシア系のクラブでは、いまだにt. A. T. u. がかかってて笑った。
後半のアニーは、2人の結婚を無効にしようと乗り込んできたロシア&アルメニア・トリオとともに、イヴァンを探し、凍てついたニューヨークの街をさすらった挙句、イヴァンの両親ともご対面。そこでアニーの自尊心は徹底的に踏みにじられる。
そんな道中、ロシア&アルメニア・トリオで唯一、アニーに同情的なそぶりを見せるのがイゴール。しかし、なぜかアニーは、彼に対して執拗にキツい言葉を投げかける。イゴールかわいそう。
なぜ、アニーはこんな態度をとったのか? 実は、イゴールを貶めることで、アニーはギリギリ、自分の尊厳を保っていたんじゃないだろうか。「売春婦」呼ばわりされ、虫ケラ同然の扱いを受けても、誰かをクソ呼ばわりすれば、自分をまだマシだと思えたのかも。
そのくらいアニーは追い詰められていたということか。
アニーが、本名のアノーラと呼ばれることを徹底的に拒否するのも興味深い。イゴールにと名前の意味(「光」)を褒められても、ひたすら不機嫌になるだけ。最後は、イゴールの名前をけなし、「オレはキミをレイプしない」と言う彼の言葉にもキレる。
「なんでレイプしないの?」
そんなアニーに腹を立てるでもなく、彼女を自宅に送って行くイゴール。そこで、彼女が彼に対し取った行動によって、アニーの本質が顕になる。
プロフェッショナルなセックス・ワーカー、つまり、性的な対象として存在することだけが、彼女のアイデンティティだった。それはイヴァンと過ごした日々でも同じで、セックスを介さないとまともにコミュニケーションを結ぶことができない。
「レイプしない」というイゴールの言葉を、アニーは「セックスしない=自分とは向き合ってくれない」という意味だと受け止めたから、キレたのではないか。
セックス・ワーカーをこんなふうに描くことについては、賛否両論があると思う。でも、少なくとも、アニーはそんなふうに生きてくるしかなかった。
しかし、映画のラスト・シーンで彼女の違うペルソナが顔を出す。そのとき、観客は初めて、「アニー」ではなく「アノーラ」の姿を眼にする。アニーよりも脆く、傷つきやすいアノーラ。金や贅沢な暮らしよりも愛を求めるアノーラ。
でも、そんな弱さは生きていくうえでは邪魔なのだ。アノーラはアニーになることで、プロのセックス・ワーカーに徹し、凍てつく大都会をサヴァイヴする力を手に入れる。
自らをも商品として差し出すことで、資本主義社会を生き抜いてきたのだ。
彼女は、その生き方にプライドをもっている。だから「売春婦」と呼ばれることが許せない。映画の幕が閉じた後、きっと、アノーラはまたアニーに戻って、イゴールに悪態をつくはずだ。アニー役のマイキー・マディソンは、そんなアノーラの哀しみと、アニーの苛立ちを見事に表現している。
笑えるシーンには事欠かないのに、重い余韻が残る作品だった。オスカー受賞も納得の傑作。
2本目
名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown
2025年3月1日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★★
この映画が公開される前の週、ある友人と六本松の居酒屋で映画談義に花を咲かせた。タイミング的にアカデミー賞発表直前だったので、必然的にノミネート作品が俎上に上る。
「なんかさ、有名人そっくりに演じたから主演賞あげるってのは、やめた方がいいよね」「そやなぁ」なんて会話をした覚えがある。もちろん、このとき二人の脳裏に浮かんでいたのは、ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じたこの作品だ。
その後、映画を鑑賞し劇場を後にするときには、「シャラメにオスカーあげて!!」ってなテンションに変わっていた。その演技は、単に「ディランそっくり」ってだけではなかったよ。
いや、似てますよ。似てるけど、実は本物のディランの若いころの方が、シャラメが演じたディランよりもかわいい印象。シャラメ=ディラン、目つき悪いんだもん。
シャラメ、スゲぇって思ったのは、「似てる/似ていない」だけではなく、彼が醸し出す「タダモノじゃない感」。つまり唯一無比なカリスマ感だった。
映画のスタート地点で、ディランは無名の若者で、まさに「名もなき者」なんだけど、名はないけどなにかある雰囲気が漂う。そして、次々と作品を世に問い、自信を深めるに連れて、そのオーラはますます強くなる。
街中でも「キャ~、ディランよ~!」なんて、すぐに見つかっちゃう。
そんなディランの隠しようがない輝きを、シャラメは控えめな演技で表現した。そのうえ、ディランのナンバーを本家に遜色のない声で歌っちゃうし。本当に彼がオスカーを獲ってもおかしくなかったと思う。
物語の方は、2015年に出版された『Dylan Goes Electric!』(邦題『ボブ・ディラン 裏切りの夏』で2月に出版)を原作としていて、完全な実話ではない。史実とどこが違うのかは、ディランおじさんに聞いてみてください。
いくつかある事実の改変で気になったのは、ディランの恋人として登場するシルヴィ・ロッソ(演じるはエル・ファニング)の存在。彼女は、初期ディランのミューズ、スーズ・ロトロをモデルとしている。スーズはすでに故人なんだけど、ディラン本人の意向により、彼女だけは本名ではなく役名を与えられている。
ディランの名声が重荷となって彼の元を去ったと、スーズ本人も自伝で語っているようだけど、映画では、スーズならぬシルヴィの心の動きが、いまひとつ説得力をもって伝わってこない。クライマックスを飾るニューポート・ジャズ・フェスティバルへも、ウキウキしながらディランと出かけるし。
なのに、大歓声を浴びながらディランとジョーン・バエズが歌い始めると、袖で観ていたシルヴィの表情は次第に曇っていき、ついにはそこから逃げ出してしまう。
なんで?
僕だけではなく、きっとディランもそう思ったはず。実は、別れてからおよそ60年たった現在でも、ディランは「なんで?」と繰り返しているんじゃなかろうか。
ディランがスーズの名前を映画で使用させなかったということは、彼女の存在と不在が、いまでもディランを悩ましていることを意味しているのかもしれない。
シルヴィとの関係を最後まで引っ張ったところは、個人的にはモヤモヤした。でも、それが結果的に、ニューポート・ジャズ・フェスティバルでの、ディランの孤独な闘いぶりを際立たせることになるんだなぁ。
「ライク・ア・ローリング・ストーン」「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ・ベイビー・ブルー」のリリックは、古い価値観にしがみつき、時代とともにアップデイトできない世代へのレクイエムのように響く。
このクライマックスに象徴される、「時代を変革した孤独な反逆児」としてのディランが100%真実かと問われると、答えに窮するけど、まさにアメリカを彩る神話の一つが誕生した瞬間をスクリーンに刻み込んでいる。
神話だから、真実か否かは問題じゃないんだな。
【4月はこの映画に賭ける!】
今回はチートなしで2本に絞ります!
3月に積み残した作品が多数。公開日はすべて3月28日。
まずは、『パラサイト 半地下の家族』で頂点に立ったポン・ジュノ監督の最新作『ミッキー17』。繰り返し死ぬことを余儀なくされる主人公の反乱を描くSF作品。主演は『TENET』のロバート・パディンソン。アメリカでもヒットしたし期待できる。
第97回アカデミー賞最多ノミネートを勝ち取った『エミリア・ペレス』もようやく公開。内容は賛否分かれているけど、麻薬カルテルのボスが性転換するという筋立ては魅力的。アカデミー賞はゾーイ・サルタナが助演女優賞を射止めたほか、歌曲賞も受賞。
ニコール・キッドマン主演の『ベイビー・ガール』は、女性目線の”エロティック・スリラー”という触れ込み。ニコールはベネチア国際映画祭で主演女優賞を受賞している。予告を観たけど、なんか決め手に欠ける。
イギリス人監督マーク・ギルが浅野忠信と瀧内公美を主演に迎えたのが『レイブンズ』。この監督はモリッシーの伝記映画を撮った人。音楽もよさげ。
『BETTER MAN/ベター・マン』は、イギリスが誇る大物ポップ・スター、ロビー・ウィリアムスを猿に見立てた半自伝的ミュージカル。ロビーのことはよく知らないけど、映像は凝ってるし見ごたえはありそう。
4月公開作にもミュージシャンの伝記映画が。ヒット曲「Happy」でおなじみのファレル・ウィリアムスのサクセス・ストーリーを描いた『ファレル・ウィリアムス ピース・バイ・ピース』は、なぜか全編レゴ・アニメ。孤独な少年が世界的なヒット・メイカーになるまで。レゴ・アニメにノレるかどうかがポイントだなぁ。4月4日(金)公開。
ガイ・リッチー監督の『アンジェントルメン』は、第2次世界大戦下のイギリス特殊部隊が主人公のアクション映画。なんと実話がベースらしい。4月4日(金)公開。
ラミ・マレック主演の『アマチュア』もスパイ・アクション。劇場でたびたび予告編を目にしたけど、小粒な印象。4月11日(金)公開。
『フォレスト・ガンプ 一期一会』のロバート・ゼメキス監督、トム・ハンクス、ロビン・ライトが再結集した『HERE 時を越えて』は、いくつもの時代をまたにかけて描く壮大な叙事詩・・・・・・らしい。一部で絶賛されているけど、アメリカではまったくヒットせず。4月4日(金)公開。
『シンシン SING SING』の舞台はタイトルにもなっているシンシン刑務所。収監者の生プログラムとして採用されている演劇を題材にしている。キャストはほぼ元収監者だそうな。感動作の気配。4月11日(金)公開。
人気シリーズにいまさらながらの続編が登場。『ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今』は、シングル・マザーとなったブリジットの毎日を描く。って、このシリーズ、一本も観てないので、さすがについて行けないかな。4月11日(金)公開。
『ゲッベルス ヒトラーをプロデュースした男』は、フェイク・ニュースが人々の分断を招いている今だからこそ注目したい一本。ゲッペルスは、プロパガンダの分野で辣腕を振るい、ドイツ国民のナショナリズムに火をつける。そして、「民主国家では宣伝次第でバカでも権力が持てる」とヒトラーに言わしめたそうな。おそろし。4月18日(金)公開。
韓国からも歴史を描いた作品が到着。タイトルだけで中身が大体わかってしまう『1980 僕たちの光州事件』だ。市井の人々から事件を描き直す。いやぁ、これは間違いなくバッド・エンディングでしょう。4月4日(金)公開。
同じ韓国映画でも『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』は、アクション満載の娯楽作で、2015年に大ヒットした『ベテラン』の続編。今作も前作に続きファン・ジョンミンが主演を務める。4月11日(金)公開。
4月25日以降の公開は5月に回します。
★4月の2本★ ※期待度は5点満点
決めました。たまたまだけど、韓国関連作2本になってしまった。
アジアを代表する名匠の最新作ってことで
ミッキー17
期待度 ★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 77% 観客 73%
2025年03月28日(金)公開
2025年製作/アメリカ映画/上映時間137分
監督:ポン・ジュノ
出演: ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー ほか
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/mickey17/
韓国では、なんと750万人以上を動員した
ベテラン 凶悪犯罪捜査班
期待度 ★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 100% 観客 ——
2025年04月11日(金)公開
2024年製作/韓国映画/上映時間118分
監督:リュ・スンワン
出演: ファン・ジョンミン、チョン・ヘイン ほか
公式サイト:https://veteran-movie.com/index.html
吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!
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