文化CULTURE
その映画、星いくつ? 第25回 2025年2月 『リアル・ペイン 心の旅』『ブルータリスト』
「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。
iPhoneを新調した際にサービスで付いてきたAppleTV+の無料視聴期間は、2月5日に終了。あれも観よう、これも観ようと思ってたけど、全然時間が足りず。
映画では、スティーブ・マックウィーン監督、シャーシャ・ローナン主演の『ブリッツ ロンドン大空襲』は観たけど、イマイチ。ブラット・ピットとジョージ・クルーニー共演の『Wolfs』はパス。つーか、この作品の存在を忘れてた・・・・・・。
アルフォンソ・キュアロン監督、ケイト・ブランシェット主演の『ディスクレーマー 夏の沈黙』は完走。思ったよりもエグくて後味の悪い話だった。
結局、家人と盛り上がったのは、ゲイリー・オールドマン主演の『窓際のスパイ』と、『サタデー・ナイト・ライブ』出身のコメディアン、ジェイソン・サダイキスが企画・制作・主演を務めた『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』なのだった。両作ともクリゼンのリコメンド。間違いありませんでした。クリゼンありがとう。
特に、イギリスのサッカー・チームを描く後者は、個人的なオールタイム・ベストに数えられる大傑作。最初は、陽気なアメリカ人コーチ、テッドが楽天主義を武器にチームを導くというシンプルな筋立てだと思ってたけど、そんな一筋縄でいく物語じゃなかった。テッドも含め、登場人物はみんな不器用。でも、みんな前を向いて生きていく。その姿が笑えるし、泣ける。
全34話のなかでも神回の一つに数えられるのが、シーズン2の第10話だろう。キーとなるのは、五十路おじさんにはなじみ深いこの曲だ。
主役はサッカー・チームのオーナー、レベッカ。あまり関係がよくなかった父親が亡くなり、葬儀のため教会に行くのだけど、ガールズ・トークに花を咲かせ、司教に怒られる始末。遺族代表として挨拶をしなくてはならないが、なかなか言葉が見つからない。そのとき、彼女の脳裏に浮かんだのは、その日の朝、実家で流れていたリック・アストリーの「ギヴ・ユー・アップ」なのだった。
リリックを口ずさむうちに、レベッカは自分の心の底に沈殿していた”悲しみ”を見つめ、父親を亡くした喪失感に向き合う。はい。このシーンで号泣しました。自分の心と向き合うというのは、今月のお題である『リアル・ペイン 心の旅』とも重なる。
コメディだけど、いろいろと考えさせられる、本当によいシリーズだった。・・・・・・なんて満足してたら、第4シーズンの製作が決まったそうな。また、iPhoneを買い替えるかな(サブスクやる気なし)。
【2月の獲れ高】
では、2月のおさらいを。2作品ともユダヤ人が主人公。イスラエルのガザでの殺戮行為を思うとちょっと複雑な気分になるけど、どちらも良作だった。※期待度と獲れ高は5点満点/ネタバレあり!
1本目
リアル・ペイン 心の旅
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/realpain
2025年2月1日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13
事前期待度 ★★★★★
獲れ高 ★★★★★
「リアル・ペイン=本当の痛み」とはなんなのか? 予告編を観てからずっと考えてた。
キーラン・カルキン演じるベンジーが祖母の死によって大きな喪失感を抱えていることは、物語の序盤で明らかになる。
予告編では、祖母の死で落ち込んでいるのが、ベンジーのことか、ジェシー・アイゼンバーグ演じるデイヴのことなのか、判断がつかなかったけど、とりあえず、ベンジーが心に痛みを抱えていることはわかった。
で、それが「リアル・ペイン」なのかな?
ベンジーはデイヴの言葉を借りると「その場を輝かせる/でも、みんなにクソを浴びせる」というパーソナリティで、社交的でウィットに富んでいる一方で、繊細でなにかに違和感を覚えたら、それを口に出さずにはいられない。
彼の「痛み」がポーランド旅行で癒されるのかということに、焦点が絞られるかと思いきや、その前に、劇中で明かされるのは、いとこであるデイヴにとってベンジーの存在自体が「痛み」だったということ。
ツアーガイドは、ベンジーとはハグするのに、デイヴには手を振るだけ。デイヴは、妻に子供、ちゃんとした仕事と、ベンジーにないものをすべて持っている。それでも満たされない心。
それも、一つの「痛み」。
映画のクライマックスはユダヤ人強制収容所を訪れる場面。ユダヤ人にとって、いつまでも残る「痛み」の記憶だ。
デイヴはその記憶に圧倒されながらも、平静を装う。その一方でベンジーは人目を憚ることなく感情を表に出す。強制収容所で亡くなったユダヤ人たちの記憶に飲み込まれてしまう。涙を堪えきれない。
でも、これすら「リアル・ペイン=本当の痛み」ではなかった。
そのことに気づいたのは、ラストシーンのベンジーの表情。目は開いているのだけど、一瞬、何も見ていないような虚な表情を浮かべる。
「リアル・ペイン」は、ベンジーの心の奥、彼以外には誰も立ち入れないところに巣食っている。
祖母が亡くなる前から、ずっとそこにあった。
彼がそこから逃れる術はない。デイヴは彼の痛みを、この旅でも理解できなかった。おそらく同じ「痛み」を抱えていたのは、祖母だけだったんだろう。
他者と関わることの難しさ。僕らは僕らの「枠」の中でしか、他者の痛みを理解できない。「リアル・ペイン」は、そこにはないんだ。
2本目
ブルータリスト
公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/the-brutalist
2025年2月22日(土)T・ジョイ博多
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★★★
タイトルの「ブルータリスト」とは「ブルータリズム建築」の建築家という意味だそうな。
映画を観た翌日にたまたま行った大名のバーがまさにブルータリズム建築で、天井が高くコンクリートが剥き出し。正直言って、あまり居心地はよろしくなかった。
建築様式が流行ったのは1950~70年代らしいんだけど、当時から「冷たい」とか「殺風景」とかいう批判があったみたい。
主人公は、ユダヤ人のブルータリズム建築家、ラースロー。彼はナチス・ドイツによるホロコーストのサバイバーでもある。残忍極まりないナチスの所業を念頭に「いつかまた、世界を暴虐が覆い尽くすことがあったら、政治体制の代わりに、人々を導けるような建築物を造る」なんて崇高な目標を掲げるものの、建築ってお金がかかるし、クライアントありき。そんな逆境でもラースローは自分のヴィジョンを実現しようと悪戦苦闘する。
本人はユダヤ教徒でシナゴーグにも足を運ぶけど、建物にプロテスタントの教会を設置するように依頼されるとあっさりとそれを受け入れる。そして外観や通路などに十字架を意匠として使用することに躊躇しない。個人的には、ここで「おやっ?」と違和感を覚えたけど、「まぁ、クライアント第一だからしゃあないよな」とも思った。
しかし、真実はもっと重かった。
ラースローがこの建築様式でなにを表現しようとしたかは、物語の最後に明かされる。第2次世界大戦後の希望に満ちた時代の象徴となるような建築を目指しているのかと思ったら、全然そんなことはなく、むしろ、世界に対する呪詛みたいなものをこの建築に塗り込めていたのだった。
そこから透けて見えるのは、ホロコーストの記憶が、生き延びた人々をも蝕んでいること。人として大切なものが損なわれてしまっていること。
ラースローの妻を時折襲う発作が象徴的だ。ホロコーストの記憶は激痛を伴う。ラースローがクスリとアルコールに溺れるのは、それを紛らわすためだろう。
結局のところ、ラースローの建築が発するメッセージはなんなのか? それは、宗教的な意匠が散りばめられているにもかかわらず、「神ははいない」ということなんだと思う。神が存在したとしたら、ホロコーストはなかった。
神は存在しない。だから、プロテスタントの教会も、ラースローにとってはただの意匠の一つ過ぎない。
物語の最終盤、彼の姪が「大切なのは旅路ではなく、到達点だ」とラースローが常々言っていたと明かす。彼女の目の前にいる年老いたラースローは、呆けてしまったのか、抜け殻のような状態だ。
彼はいったいどこに到達したんだろう? 誰もが最終的に辿り着く地点があるとしたら、それは「死」だろう。このシーンでも、ユダヤ人が根本的に抱えている「絶望」みたいなものが浮き彫りになっているように感じた。
215分という上映時間の長さもさることながら、内容的にもズッシリとした重みを感じる一本。
【3月はこの映画に賭ける!】
三寒四温な3月。まずは、2月に積み残した作品から。
『ドリーム・シナリオ』で完全復活を果たしたニコラス・ケイジが製作・主演を務めた『シンパシー・フォー・ザ・デビル』。ケイジの役柄は狂気に満ちたカージャック男。バイオレンス・アクションらしいけど、B級臭が強め。
第97回アカデミー賞授賞式は日本時間3月3日。2月に公開済みのノミネート作品2本は、いずれも評価が高く、作品賞受賞の可能性もある。
作品賞受賞も期待される『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』はティモシー・シャラメが若きボブ・ディランに扮するという話題作。うたいっぷりもディランそっくりだってんで話題に。作品賞のほか、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞、監督賞、脚色賞などにノミネート。
『ANORA アノーラ』は、ストリッパーの女の子が、ひょんなことからロシアン・マフィアの御曹司と結婚。大騒動に巻き込まれる。監督は『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』で泣かせてくれたショーン・ベイカー。こちらも作品賞、主演女優賞、助演男優賞、監督賞、脚本賞などにノミネート。第77回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。作品賞本命に挙げる評論家も少なくない。
オスカー関連作は、3月も続々と公開。
『ウィキッド ふたりの魔女』は大ヒット・ブロードウェイ・ミュージカルの映画化。第97回アカデミー賞では作品賞のほか、シンシア・エリボの主演女優賞、アリアナ・グランデの助演女優賞ほか、合計10部門にノミネートされた。観たいんだけど、おっちゃん一人ではツラい。小学生の姪を誘おうかな。3月7日(土)公開。
ローマ教皇選挙の裏側を描いた『教皇選挙』は作品賞、主演男優賞ほか計8部門でノミネート。題材的にちょっと地味かも。3月20日(土)公開。
オスカー関連以外で注目は、ベルギーの女性監督、ローラ・ワンデルの『Playground/校庭』。学校という社会の怖さを少女の目を通して描く。第74回カンヌ国際映画祭では国際批評家連盟賞を獲得。72分間というギュッと詰まった上映時間もいい。3月7日(土)公開。
『ケナは韓国が嫌いで』は、韓国社会に絶望し、ニュージーランドに単身飛ぶ女性が主人公。ベストセラー小説の映画化ですと。3月7日(土)公開。
笑福亭鶴瓶が文字の読めない中年男を、原田知世がその妻を演じる『35年目のラブレター』は予告編から泣かせにかかっている。劇場で観るのは危険か。3月7日(土)公開。
『ベイビーわるきゅーれ』シリーズの阪元裕吾監督の新作は『ネムルバカ』は、人気コミックを実写映画化。アクションではなく音楽ネタみたい。3月20日(土)公開。
城定秀夫監督の『悪い夏』は、犯罪に巻き込まれる公務員の悪夢のような日々を描く。主演は北村匠海。河合優実も出演。3月20日(土)公開。
今回のアカデミー賞で非英語作品としては史上最多となる12部門13ノミネートを果たした『エミリア・ペレス』と第81回ヴェネチア国際映画祭でニコール・キッドマンが主演女優賞を獲得したA24製作の『ベイビーガール』、『パラサイト 地下室の家族』のポン・ジュノ監督の最新作『ミッキー17』は、3月28日(土)公開なので、観るなら4月かな。
★3月の2本★ ※期待度は5点満点
決めました。2本とも2月公開だけど、ハズせんかなと。
シャラメのディランなりきりぶりに注目!
名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN
期待度 ★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 81% 観客 95%
2025年02月28日(金)公開
2024年製作/アメリカ映画/上映時間140分
監督:ジェームズ・マンゴールド
出演: ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン ほか
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown
オスカー作品賞のダークホース
ANORA アノーラ
期待度 ★★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 93% 観客 90%
2025年02月28日(金)公開
2024年製作/アメリカ映画/上映時間139分
監督:ショーン・ベイカー
出演: マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン ほか
公式サイト:https://www.anora.jp
吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!
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