文化CULTURE

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第7回 2023年8月『イノセンツ』『Barbie バービー』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


予想通り宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』はロングランの様相を呈しているけど、僕は観ていない(涙)。駿作品に対する配給会社と劇場の信頼感があるからこそ、前宣伝なしでロングランが可能になるという話は、この連載ですでに書いた。


一方で不遇を託つ作品もあるわけで、「8月の2本」に選んだ『イノセンツ』がまさにそんな感じだった。


公開日は728日。2週目に突入した85日に観に行こうと公開時から目論んでいた。で、8月に入ったタイミングで、福岡市内唯一の上映館であるT・ジョイ博多のスケジュールを確認すると、なんと22:00前にスタートするレイト・ショウ1回のみ。マジか。終映は24:00前じゃないか。


仕方ない、北九州市のシネプレックス小倉でもやっているはずなので、昼飲みがてら遠征するかと確認したところ、逆にこちらは8:00過ぎの早朝に1回のみ。何時に起きれば間に合うのよ。 


結局、16:00過ぎの上映が組まれていた久山のユナイテッド・シネマで観る羽目になってしまった。休日の昼食時にはアルコールを摂取してしまう性分なので、天神からバスに乗って45分かけて行きましたよ。


疲れた。でも、無事に観られてよかったと思ったら、811日からKBCシネマでやるのが決まった・・・・・・。早く言ってよ。知ってたら、そっちで観たわ。


かように苦労して観た映画が果たしておもしろかったのか。問題はそこだ。



8月の獲れ高】★ 1/2


では、8月のおさらいを。



1本目

イノセンツ

公式サイト: https://longride.jp/innocents/

202385日(土)ユナイテッド・シネマ トリアス久山

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★1/2


「北欧のサイキック・ホラー」という、なんだかよくわかんないふれこみが、不遇の原因だったのか?


実際に劇場で観てみると、救いがない、悪夢のような映画だった。つまり、ホラー映画としてはよくできているということ。


そして、「北欧!」と強調したくなる、不思議な透明感をたたえた映像がグッと来る。でも、北欧デザインとかが好きなオシャレな人たちが求めているのは、こんなお話ではないのだなぁ・・・・・・。


主人公イーダと自閉症の姉、アナは森に囲まれた団地に引っ越して来る。そこで出会ったのが、超能力を持ったベンとアイシャ。いつしか、アナにも力が備わり、あるときから、ベンとほかの3人は対立していく。


災厄をもたらすのは明らかにベンなんだけど、この映画においては、「善 vs 悪」という構図が、まったく当てはまらない。


ベンは、確かに「死」に対して鈍感だけど、決して邪悪な存在ではなく、ただ、自分を攻撃するヤツを排除しているだけ。自分を守るために、後先考えずに自分の衝動を解き放つ。その結果、失ったものの大きさに、思わず慟哭したりする。


主人公のイーダは最終的にベンと対決するわけだけども、決して「善玉」ではない。


物語はイーダとアナとの間に横たわる心の溝を描写するところから始まる。イーダは、自閉症で意思の疎通ができないアナに対し苛立っている。彼女がアナに仕掛ける仕打ちは、本当に陰険で残酷。彼女の中に燻る悪意は、ベンの自己防衛的な衝動よりも邪悪に映る。


映画の前半では、4人の子供たちの交流が、ノルウェイの森を背景に描かれる。でも、イーダもベンもヤバいヤツらなので、変な緊張感が張り詰めている。そして、案の定、後半では子供同士の殺し合いが始まるのだ。あわわわ。





映画タイトルが『イノセンツ』だからって、「子供は無邪気で純粋だからこそ残酷なこともできるのだ」なんてわけじゃなくて、子供に限らず人間の本質って、こんなもんなんじゃないかと思った。愛し愛されたいし、孤独が怖いし、でも、自分を傷つけるものには容赦しない。自分の大切なものを奪ったヤツは決して許さない。


ベンがもつ巨大な力に唯一対抗できたのは、アナの心に宿る「善」ではなく、純粋な「怒り」だったわけで、「善 vs 悪」なんてのがいかに絵空事で、人間の本質からかけ離れたものであるかを、この映画で思い知ったような気がする。


ね、救いがないでしょう?


4人の子供のうち、ただ一人、超能力を持っていないイーダは、最初はただの傍観者だったけど、友達だったはずのベンの恐ろしさを思い知った結果、行動を起こす。そして、アナと肩を並べ共に闘う。しかし、映画の幕開けで描かれたのと同じく、結末でもアナの心はブラックボックスに仕舞い込まれたまま。アナはイーダとは目を合わせない。


絶対的な孤独。これも、人間が本質的に抱えている性なんだろうか。


地味な映画だし、子供たちが主人公でこの展開は後味が悪い。でも、観る価値は十分にあった(でも、トリアス久山まで行かんでも・・・・・・)。



2本目

Barbie バービー

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/

2023811日(金)中洲大洋劇場

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★★





いろんな要素が詰まった傑作。


観る人によって、かなり評価に幅があるみたい。「最高のフェミニズム映画」という評価の一方で、「こんなのフェミニズムじゃない」なんて声も上がっているし、「記号の引用が多すぎるスノッブな映画」とか「アメリカ国内の保守派の反発を恐れて自主規制している」「監督のグレタ・カーウィグはミレニアム・リバイバルを目論んでいる」という見方もある。


どの論評にもうなずけるところはあるので、観た後で目を通すとおもしろいと思う。観方によって多様な解釈を許すという点でも、いま観るべき映画だろう。


「男女の共生を否定している」とか「クソフェミ映画」とか「ポリコレをエラそうに振りかざすな」とか言う時代に取り残されたアホな人たちは、きっとDJ SODAに対する痴漢行為を擁護するような連中だから、無視してよろしい。


異論があるにしても、まず、この映画が優れたフェミニズム映画であることは間違いない。映画を観た夜、友人宅にお邪魔したら、友人の娘(大学生1年生)に加え、その友達2人と鉢合わせし、思わずおじさんは「キミたち、ぜひ『バービー』は観にいきなさい」と口走ってしまった。


「えっ!? おいちゃん、一人で観に行ったと? なんで?」というリアクションが返ってきただけだったが、彼女たちが今後人生を歩むうえで、観て損はない映画だと思ったんだよ、おいちゃんは。


そして、『バービー』は単純なフェミニズム映画やポリコレ映画じゃなくて、性別・年齢にかかわらず、すべての人をエンパワーする映画だと思っている。


マーゴット・ロビー演じるバービーが直面する「現実と理想」のギャップや、アイデンティティ・クライシスは、たとえ彼女が人形だとしても説得力がある(そして笑える)んだけど、この映画のキーは、ライアン・ゴズリング演じるケンじゃないかな。


バービーランドにおけるケンたちは、フェミニズムが勃興する以前の女性たちのメタファーだ。女性が家庭に縛り付けられ、「XXさんちの奥さん」とか「○○さんのお母さん」としか呼ばれなかったように、あくまでもケンたちはバービーに従属する存在であり添え物。まともな職業にも就けない(ライアン演じるケンはビーチをぶらつくだけ)。


本人はそれでいいと思っていたんだけど、あることがきっかけとなり、ケンはマチズモに目覚めてしまう。ここで彼らが見せつける「男性性」のウザさ。でも、あくまでも笑いに転化するのがいい。


声高に告発するんじゃなくて、「ね、こういうのって滑稽でしょ?」と差し出す感じ。


大笑いしながらも、居心地の悪さを感じるおっちゃんたちも、そりゃいるだろう。男のウンチク語りとかね。女性蔑視とは言わないまでも、根底には女性に対する上から目線があると気付かされたりね。あいたたた。


結局、自己が確立されていないから男性優位主義なんかに走るわけで、ケンもそれに気付き自我が崩壊。切実(そして笑える)。


最後にたどり着いた答えは「ケンはケンだから、ケンなんだ、それでいいのだ」というもの。





終盤に流れるビリー・アイリッシュの「What Was I Made For?」(わたしは何のために生まれたの?・記事冒頭のクリップ)は、この映画のテーマ・ソングと言っていいと思うんだけど、ケンは「理由なんてない。それでも人生は尊いのだ」と宣言する。


固定観念やステレオタイプに縛られる必要はない。医者とか裁判官とか大統領とか、「何者か」にならなくてもいい。普通の主婦だっていいじゃないか。ただ、ビーチをぶらつくだけのケンだっていいじゃないか。


ここには、ポリコレやフェミニズムではなくて、もっと根本的な、人が存在すること自体を肯定するメッセージが込められている。


翻って、バービーは「何のために」という疑問を解決するために新たな旅に出る。この「何者か」になりたいというバービーの意志もまた尊い。


ケンとバービーはそれぞれ異なる結論に至ったわけだけど、答えが一つだけじゃないというのもすごくよい。人生の選択肢はいくつでもあるのだ(若ければね)。まだうら若き友人の娘たちは『バービー』観たかな? 観てたら感想を聞いてみよう。


追伸:ラスト・シーンである場所を訪れるのは、ツルペタ問題に対処するためで、映画のオープニングに対する言い訳ではないと思う。




9月はこの映画に賭ける!】


WEBサイト『i-D』がウェス・アンダーソン監督作品のランキングを発表していた。


https://i-d.vice.com/ja/article/7kxxnd/wes-anderson-movies-ranked-worst-best


問答無用の大傑作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』に続く第2位にランクされたのが、91日(金)公開の最新作『アステロイド・シティ』。前作『フレンチ・ディスパッチ  ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(2021年・『i-D』のランキングでは5位)はイマイチ合わなかったんだけど、俄然期待が高まる。1本目はコレで決まり。


メジャーどころでは、殺し屋社会を舞台としたシリーズ最終作『ジョン・ウィック:コンセクエンス』922日(金)公開。今作は真田広之、ドニー・イェンに加え、4月の来日公演が話題を呼んだアジア系クィアを代表するポップ・シンガー、リナ・サワヤマもキャストに名を連ねている。「スクリーンで観なくてもいいかなぁ」とこれまでの3作はスルーしてきたんだけど、殺し屋を演じるリナにはすごく惹かれる。


915日(金)には、ケネス・プラナー監督・主演のシリーズ第3『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』が公開。予告を観る限りオカルト風味みたい。同日公開の『グランツーリズモ』は、レース・ゲームで腕を磨いたオタクが、日産GTRを駆って実際に国際レースに参戦するという筋立て。『第9地区』『チャッピー』がヒットしたニール・ブロンカンプが監督。最近不調だったみたいだけど、今作はどうかな。


リチャード・リンクレイター監督、ケイト・ブランシェット主演の『バーナデット ママは行方不明』はアメリカ本国では2019年の公開。ブランシェット演じる主婦がブチ切れて失踪し、南極へ向かうという筋立て。監督・主演の顔合わせは魅力的だけど、Rotten Tomatoesの評論家支持率は50%という低評価。おもしろそうなんだけど、地雷案件かも。922日(金)公開。


福岡は915日(金)公開の『復讐の記憶』922日(金)公開の『コンフィデンシャル:国際共助捜査』は韓国映画。観るなら前者だけど、劇場がなぁ・・・・・・。


韓国映画では、マ・ドンソク主演の『狎鴎亭(アックジョン)スターダム』なんてのもあるけど、福岡での公開は未定。そもそも評判がよろしくない。


最近、暇つぶしにTVerでドラマを観ることがあるんだけど、その流れで『ミステリーという勿れ』を観てしまった。キャストがいい。特に尾上松也。915日公開の映画版にも出演するみたい。


変わったところではチリのストップモーション・アニメ『オオカミの家』915日(金)公開。なんとこれがホラー。公式サイトを覗いたら「史上最も暗いアニメーション映画」(IndieWire)って書いてた。『ミッドサマー』のアリ・アスター監督が絶賛。悪い予感しかしない。しかし、観た人の評価はすごく高い・・・・・・。


音楽関連では『ルードボーイ:トロージャン・レコーズの物語』ってのが引っかかる。英国初のレゲエ専門の音楽レーベル「トロージャン・レコード」の栄枯盛衰を描くドキュメンタリー。922日(金)公開。


原田眞人監督、安藤サクラ主演の『BADLANDS バッドランズ』、コカインをキメた熊が大暴れする『コカイン・ベア』は、929日(金)公開なので、観るとしても10月。




9月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。『オオカミの家』『ミステリーという勿れ』も捨てがたかったけど・・・・・。


Rotten Tomatoesでの評価は低いけど『i-D』を信じる!

アステロイド・シティ

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家74 観客62%

202391日(金)公開

2023年製作/アメリカ映画/上映時間105

監督:ウェス・アンダーソン

出演:スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス ほか

公式サイト:https://asteroidcity-movie.com




家人が一緒に行ってくれるというのが決め手に

ジョン・ウィック:コンセクエンス

期待度 ★★★1/2

Rotten Tomatoes 支持率:評論家94 観客93%

2023922日(金)公開

2023年製作/アメリカ映画/上映時間169

監督:チャド・スタエルスキ

出演:キアヌ・リーヴス、ドニー・イェン ほか

公式サイト:http://johnwick.jp




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第6回 2023年7月『ランガスタラム』『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』

第8回 2023年9月 『アステロイド・シティ』『ジョン・ウィック:コンセクエンス』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。