長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第16回 2024年05月 『無名』『悪は存在しない』
「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。
50年以上、音楽フェスなるものと無縁に生きてきたのだけど、この5月に福岡市・海の中道海浜公園で開催された『CIRCLE '24』に参加する機会を賜った。
2日間、ほぼ一人ぼっちで、ほぼ芝生に座って音楽に耳を傾けていたわけだけど、なんというか、ずっとそのままいられる。ワタクシ、自分が思う以上に音楽が好きかも・・・・・・などと思った。
**** スタンディングで観たのは、上の2組だけ。****
もちろん、緑に囲まれ海風が頬を撫でるという、海の中道ならではのロケーションがあってこそなのだが、ただただ、音楽に身を委ねて体を揺らしているだけで、満ち足りた気分が持続する。どんどん意識が外に向かって開いていき、音楽と同化していく。
そして、頭の中に浮かぶ語彙が極端に減る(「おぉ、いいねぇ」「ドラムがんばっとる」「ビール補充せねば」「向井、しつこい」など)。そのうち、なんとなく自分がつぶやいたそんな言葉でさえも、うるさく感じ始めた。
そんな心境だったので、一人ぼっちというのは、絶好のシチュエーションだったんだろうなぁ。会話する必要がないし。
「言葉」は煩わしい。「言葉」はノイズ。
2日間、言葉で考えず音楽を自分の中に注ぎ込んだおかげで、なんだか自分が浄化されたような気がした。『CIRCLE』すごい。
翻って、このシリーズのテーマ、映画というメディアはどうか?
2時間から3時間、暗闇に身を沈め、ただスクリーンを凝視する。よほどよくできた娯楽作品でもない限り、観終わって「スッキリしたー」なんてこたぁない。それどころか映画館を出た後も、「監督は、この映画でなにが言いたかったんだ?」とか「あのセリフの意味は?」などと、「言葉」が頭の中を埋め尽くし、悶々とすることのほうが多い。5月に観た『悪は存在しない』がまさにそうだった。
『CIRCLE』とは真逆で意識が内へ内へと導かれていく。観たものをなんとか消化しようとして、「言葉」を探し続ける。でも、たどり着いた「言葉」が映画の本質を突いているとも限らない。
音楽に比べると、なんだか不健全だねぇ、映画鑑賞ってのは。観るのは、月に2本くらいがちょうどいい。
【5月の獲れ高】
では、5月のおさらいを。今月の作品は2本とも福岡では5月3日公開。鑑賞順とは前後するけども、わかりやすい方の作品から。
1本目
無名
公式サイト:https://unpfilm.com/mumei/
2024年5月4日(土)KBCシネマ
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★1/2
話のスジは「わかりやすい」けど、映画の構成は時系列が入り組んでいて、そういう意味ではわかりやすくはない。
「中国共産党、中国国民党、日本帝国のスパイが入り乱れてアレヤコレヤ」かと思っていたら、日本帝国占領下の上海が舞台なので、出てくるのは中国共産党のスパイだけだった(日本帝国のスパイとは?)。蒋介石率いる国民党反共派は雑魚扱いだし、ある人物が「俺も共産党員じゃー」と言いつつ発砲なんてシーンもあり、「この映画は中国のプロパガンダじゃないか」という声も聞こえる。
そりゃいまの中国で制作された映画だから「抗日」はベースにあるんだろうけど、日本帝国陸軍の悪行については抑制的に描かれているし、森博之が演じる帝国軍人は人間味も知性もある。しょせんはエンタメ映画なので、そう目くじらを立てなくてもいいんじゃなかろうか。
映像はスタイリッシュで締まっているし、登場人物は美男美女ぞろいでおしゃれ。特に男性陣のスーツの着こなしにしびれた。さらに言うと、スーツのテキスタイルやネクタイの柄で、どのシーンがどのシーンと接続しているのかわかるという仕組み。これはうまい。
元はトニー・レオン目当に劇場に足を運んだんだけど、ワン・イーボー(王一博)が、むちゃくちゃよかった。監督は意図的に彼の狂気に焦点を絞ろうとしているけど、その本質は哀しみなのよね。アクションもキレキレ。クライマックスのトニー・レオンとの死闘も見応え十分なのだった。
逆にトニー・レオンの方は、ちょっとおっちゃんくささを感じた。体重が増えたのかな。もう61歳だもんね。
俳優陣や映像はいい。序盤は絡まっていた物語の糸がほぐれ、次第に全体像が見えてくるのも楽しい。だけど、残念ながら、まったくカタルシスを感じなかった。時系列を錯綜させる必然性がないからだろう。結局、シーンの前後を入れ替えただけで、人物の内面や人間関係がそこには反映されていない。だから、観終わっても「へぇ~」としか思わない。
このあたりは、チェン・アル監督の実力不足ということか。
2本目
悪は存在しない
公式サイト:https://aku.incline.life
2024年5月3日(金)KBCシネマ
事前期待度 ★★★★
獲れ高 ★★★1/2
問題作。好き/嫌いで聞かれると間違いなく嫌いな映画。
悪は存在しないとか言いながら、本当は存在するんでしょ?・・・・・・なんて思ってたんだけど、結局、存在しなかったよ、悪。
長野県の架空の町が舞台なんだけど、ここの住民が無愛想で感じ悪い。話ができそうなのは区長のおじいちゃんくらい。対する、この町にグランピングの計画を持ち込んだ業者は、地元の生活を蔑ろにしているし、自然保全ではなく消費することしか考えていない。まぁ、みんな感じ悪いわけだ。
とは言いつつ、主人公の巧は(こいつも無表情で何考えているかわからんのだけど)、業者に融和的。業者は業者で、途中で個人的な悩みを吐露し、最初の悪印象は薄れていく。長野の美しい自然を仲立ちとし、終盤に差し掛かるまで両者の歩み寄りが描かれる。
問題は、それをぶち壊しにするラストだ。
理屈を付けるとしたら、悪は存在しない。ただ、自然が自然のままあるだけ。その自然が牙を剥くとき、人間にはなすすべはない。地震や豪雨などの天災に限らず、美しい森もそんな自然の一部だし、そこに条理なんてものはない。
巧は自然と人間のバランスをとる存在のように描かれていたけど、結局、自然の側に立つ。そして、自然の不条理を受け入れる。グランピングの誘致によって、自然が人間に侵蝕されていくように見えたけど、本当は自然が人間=巧を蝕んでいたのだ。
・・・・・・とか???????
実は、こんなに言葉を重ねても、まったく腑に落ちていない。「その割り切れなさがいいのだ」とか、「議論を呼ぶ内容が国際的に評価されたのだ」なんて言い分もあるけど、素直にはうなずけない。
もしかしたら、ワタクシの鑑賞する姿勢に問題があったのかもしれない。考えず、自然の側に立って音と映像に身を委ねれば、なにか見えてきたんだろうか? 『CIRCLE ’24』で、ただ音楽を浴び続けたように。
この映画の制作の発端は、同じ濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』の音楽を担当した石橋英子がライヴ用の映像制作を濱口監督に依頼したことだったという記事を見て、そんなことも考えた。
【6月はこの映画に賭ける!】
そろそろ梅雨到来。エアコンの効いた映画館に出かけるのに絶好のシーズン! ・・・・・・とか言って、観るのは2本だけだけど。
1本目は確定済み。5月31日公開の『マッドマックス:フュリオサ』だ。傑作『マッドマックス:怒りのデス・ロード』の前日譚で、本国アメリカでは公開するや否や絶賛の渦が巻き起こった。監督ジョージ・ミラーの映像センスは今回も天才の域に達しているとの噂。アニャ・テイラー=ジョイ演じる、若きフュリオサ像も楽しみ。
5月24日公開済みの『関心領域』も捨てがたい。でも、2本とも5月公開作ってのもなぁ。
『デューン』シリーズでも存在感を示した若きカリスマ、ゼンデイヤの影響力はなおも拡大中。『チャレンジャーズ』では、主演に加えプロデュースにも参画した。テニス・プレイヤーの奇妙な三角関係を描いているみたい。6月7日(金)公開。
『あぶない刑事』に続いて、「なんでいまさら新作!?」感がぬぐえない、ウィル・スミス&マーティン・ローレンス主演の『バッドボーイズ RIDE OR DIE』。アメリカでも公開前なので出来は不明。6月21日(金)公開。
イギリス映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』は、おじいちゃんが主人公のロードムービー。つっても、死にかけている友達に会うため、800km歩くってストーリー。あぁ、泣けそう。6月7日(金)公開。
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は、実力派・アレクサンダー・ペイン監督の新作。アカデミー賞助演女優賞受賞に加え、ゴールデングローブ賞では主演男優賞、助演女優賞受賞のダブル受賞。ボストン郊外の全寮制高校を舞台としたヒューマンコメディ。手堅そう。6月21日(金)公開。
第2次大戦下、フランス人を装って暮らすユダヤ人の悲恋を描くポーランド映画『フィリップ』も予告で判断すると見ごたえあり。しかし、公開は中間と久山のユナイテッド・シネマのみ。福岡市にでの上映がないってのはどういうこと!? ご縁がないのかな? 6月21日(金)公開。
異色作を1本。『HOW TO BLOW UP』は、Z世代の環境活動家が石油パイプラインの爆破を試みるというもの。ほぼインディ映画みたいだけど、「スタイリッシュな傑作」という評価も。エドガー・ライト、ダニエル・シャイナートという気鋭の監督が絶賛しているのも気になる。6月14日(金)公開。
黒沢清監督の新作はフランス・ベルギーとの合作『蛇の道』。自作のリメイクとのこと。8歳の娘を殺された父親が復讐に執念を燃やす。彼を助ける精神科医に柴咲コウ。予告はおもしろそうだけど、個人的に黒沢清監督との相性はよろしくない。どうしましょう。6月14日(金)公開。
いまをときめく河合優実が主役を張る『あんのこと』。河合はシャブ中で買春常習犯という役柄。なんだかつらい展開が待っていそう。しかも、実話にインスパイアされたとか。つらくても見るべき映画? 6月7日(金)公開。
役所広司主演の『PERFECT DAYS』がすばらしかった、ヴィム・ヴェンダースの新作『アンゼルム ”傷ついた世界”の芸術家』は、戦後ドイツを代表する芸術家のドキュメンタリー。ただの記録映画というわけではなさそう。6月21日(金)公開。
音楽ものでは、『プリンス ビューティフル・ストレンジ』に注目。2016年に早逝した天才・プリンスのルーツをたどるドキュメンタリー。むちゃくちゃ観たいけど、上映時間68分て短かすぎない??? 6月7日(金)公開。
★6月の2本★ ※期待度は5点満点
決めました。
狂った砂漠の世界をIMAXで体験すべし!
マッドマックス:フュリオサ
期待度 ★★★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 87% 観客 97%
2024年05月31日(金)公開済み
2024年製作/アメリカ映画/上映時間148分
監督:ジョージ・ミラー
出演: アニャ・テイラー=ジョイ、クリス・ヘムズワース ほか
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuriosa/
公式サイトがクール!(文字バケしてるけど)
HOW TO BLOW UP
期待度 ★★★
Rotten Tomatoes 支持率:評論家 95% 観客 66%
2024年06月14日(金)公開
2022年製作/アメリカ映画/上映時間104分
監督:ダニエル・ゴールドハーバー
出演: アリエラ・ベアラー、サッシャ・レイン ほか
公式サイト:https://howtoblowup.com
吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!