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長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第15回 2024年04月 『オッペンハイマー』『リンダはチキンがたべたい!』

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第15回 2024年04月 『オッペンハイマー』『リンダはチキンがたべたい!』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


4月に観た『リンダはチキンがたべたい!』は、「パプリカ・チキン」なる料理が騒動の発端となる。聞いたことなかったけど、フランスでは一般的な料理なんだろうか? 主人公、リンダの母親が「そんな難しい料理つくれない」などど泣き言を漏らすくらいだから、手の込んだ料理なんだろうなぁなどど思っていたら、映画鑑賞時に劇場でもらったカードの裏にレシピが記載されていた。


レシピ自体は難しくないけど、料理4人前に使うパプリカが「45個」と書いていて引く。パプリカ、高いんだよ・・・・・・。


この『リンダは~』もそうだけど、僕は料理がフィーチャーされる映画に弱い。


そう言えば、3月に観た『i ai』にも主人公たちが鉄板焼き屋で麻婆豆腐をうまそうに食べるシーンがあった。神戸・三宮に実在する「広東料理処 お好み焼き 千代」という店の看板メニューらしい。知らんかったけど、名店なのね。


ニューヨークのレストランを舞台にした『ディナー・ラッシュ』(2000年)なんかは、物語自体も想定外な展開でおもしろいんだけど、出てくる料理がどれもおいしそうでたまらん。思わずDVDを買ってしまった。劇中に出てくる料理は高級過ぎて、庶民の口に入るような代物じゃないけどね。


その点では、香港映画、特にジョニー・トー監督の映画に出てくるのは、大衆料理ばかりで火がついた欲求を満たしやすい。この監督の映画は食事シーンが多いことで有名だけど、なかでも印象に残っているのが『エグザイル/絆』(2006年)の食事シーン。さっきまで撃ち合っていた殺し屋たちが、急に銃撃戦を止めて、肩を並べて料理し食卓を囲む。メニューは炒め物とかスープなんだけど、これがまた「すげーうまそー」だった。





食事シーンからは、登場人物のバックボーンが透けて見える。だから、彼らに親近感を抱いてしまうのだろう。そういう意味でも、香港や韓国の映画は、食事シーンの使い方がうまい気がする。逆に言うと、香港や韓国の映画なのに食事シーンが出てこないとガッカリしたりして。


ちなみに、『リンダは~』でパプリカ・チキンは最終盤に登場人物たちに振る舞われる。作品のなかでは、なんだか赤くてドロドロしたものだった。うまそうには見えなかったけど、実際はどんな感じなんだろう。一度つくってみるか・・・・・・。



4月の獲れ高】


では、4月のおさらいを。『リンダはチキンがたべたい!』の前に、3月末に公開された話題作から。


1本目

オッペンハイマー

公式サイト:https://www.oppenheimermovie.jp/#modal

20240330日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★★★


あ、すみません。3月中に観に行ってしまいました。IMAXで観たのだけど、アカデミー受賞効果か、結構な客の入りだった。興行収入も414日時点で、117365480円を記録。今年公開の洋画で初の10億円突破というヒットとなった。


周知の通り、原子力爆弾の開発計画が物語のベースにあるわけだけど、本当のテーマは、オッペンハイマーという人物の複雑な人間性と、彼に代表される「科学者」という、一般的な世の倫理観に縛られない、不可思議な種族の生態なんじゃないかと感じた。


オッペンハイマーが指揮した世界初の核実験は「トリニティ」(=三位一体)と名づけられるが、オッペンハイマー自身が、ユダヤ系アメリカ人、科学者、そして政治家という「トリニティ」な要素をもった人物。この三要素のうち、一つでも欠けていたら、アメリカは原子力爆弾を手にすることはなかったんじゃないか。


当初は、ドイツに対抗する形で原爆の開発は進む。オッペンハイマーは、同胞であるユダヤ人を迫害するナチス・ドイツを打倒するというお題目を唱え、原爆を肯定。ただ、それが彼の本心かどうかは一考の余地がある。ドイツが降伏したら、迷うことなくターゲットを日本に変更したわけだし。実は、ただただ、自分たちが見出した理論を実践に移したいだけだったのでは。


科学者としてのオッペンハイマーのヤバさがもっともあからさまに出ていたのは、政府の高官たちと「で、どうする? やっぱ日本に原爆落としちゃう?」と相談している場面。オッペンハイマーは、原爆を「神の力」にたとえる。そして「日本人に恐怖を植え付けるために原爆を落とす」と明言。その言葉の軽さには、吐き気を催す。


原爆の実用化には、オッペンハイマーの政治家的な能力が大きく活かされる。理論的には可能であっても、兵器として実戦に投入するには実験を成功させ、その威力を証明しなければならない。そのために多数の科学者の助けを必要としたオッペンハイマーは、各国の科学者のリクルーティングを精力的に行い、科学者版アヴェンジャーズを組織。そして、ニューメキシコの砂漠にロスアラモス国立研究所を建設する。


オッピー、イキイキとしてる。


苦労の甲斐があって原爆実用化&投下も大成功。しかし、賞賛の渦中にいながら、彼は罪悪感に苛まれるのだ。原爆投下成功を祝う集会で、幾度も幻視に襲われる。オッペンハイマーの名を讃える女性の顔は閃光に焼かれ、床には、真っ黒に炭化した人間が転がっている。それを彼は踏みつける。


でも、それって、いまさらじゃない? 原爆がどんな惨禍をもたらすか、知っていたはずでしょ? 


たぶん「知ってた」けど「知らなかった」。オッペンハイマーは理論の人なのだ。


理論的に原爆の威力を想定することは可能だけど、そのとき、オッペンハイマーの頭の中に顔のある血の通った「人間」はいない。しょせんは犠牲者として数字に換算される存在にすぎない。しかし、実際に原爆を日本人の頭上で爆発させて、ようやく犠牲者たちが、理論上の数字から顔のある存在になったんだろう。


彼の異変に気づかない周りの科学者たちは、大量殺戮に喝采を送る。彼らの姿は、ガザでジェノサイドを平然と行うイスラエルのシオニストと、どうしても重なってしまう。大義名分があれば、どんな残虐なことも平然と実行できる。それが科学者なのだ。


それに関連して言うと、アインシュタインとのやり取りも興味深い。真実を一途に追求する「科学者」という種族が、一般人には理解できない絆で結ばれていることがわかる。この絆は原爆開発を推進するうえで不可欠なもので、だからこそグロテスクなものでもある。そして、オッペンハイマーは、自分のその種族の一人として、その地位と尊厳を守ることに人生を捧げる。


科学者が生み出した核兵器はいずれ世界を滅ぼす。しかし、オッペンハイマーは科学者を免罪しようとする。核兵器の危険性を訴えたのも、結局は、それが目的だったのかも。


オッペンハイマーは、上に挙げた「トリニティ」以外にもさまざまな顔を持っている。左翼かぶれの女たらし、ユーモアのセンスにあふれた雄弁家、砂漠を愛するロマンチスト、友情に厚い人情家、他者に対する共感性が決定的に欠けた冷血漢・・・・・・そんな矛盾に満ちた人物だからこそ、観客はスクリーンから目が離せない。


3時間はあっと言う間の、オスカーにふさわしい傑作。



2本目

リンダはチキンが食べたい!

公式サイト:https://chicken-for-linda.asmik-ace.co.jp/#modal

20240413日(土)T・ジョイ博多

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★1/2


「自由奔放」という言葉が似合うアニメーションがすばらしい。躍動的な線が描き出す世界はイキイキと輝く。映画が始まった瞬間から、多幸感にやられ、なんかニコニコしている自分に気づいた。


キャラクターもそれぞれ個性が立っていて楽しい。今回は時間の関係で吹替版を観たんだけど、リンダ役の落井実結子って、NHK大河『光る君へ』で紫式部の少女時代を演じていた子なのね。うまい!! 一方、母、ポレット役の安藤サクラは、いつものサクラ的なくたびれ具合。ハマっている。


……問題はストーリー。


「笑って泣ける珠玉のアニメ」というキャッチをどこかで見たけど、意外にも「泣け」なかった。


タイトルそのままの衝動に突き動かされて、モラルやルールを気にせずに、猛進するリンダ。彼女に振り回されてばかりいるポレットも、いつしかパプリカチキンに取り憑かれ、その行動はリンダ以上にヒートアップする。彼女たちのアナーキズムに拒否反応を示す意見も散見されるけど、それってすごく日本的。パンクでいいじゃないか!!


問題はそこじゃない。


リンダの父は亡くなっている。リンダには父の記憶がない。リンダにとって父は、母が父からプレゼントされたリングに象徴される。実はポレットも同様で、夫との日々を思い出すことはなく、夫がくれた指輪さえも喪失感を掻き立てるだけ。


つまり、死者であるリンダの父は、残された2人の元にはいない。死者と生者は完全に隔たれている。生者は死者の存在を身近に感じることはなく、死者は生者を見守ってはいない。


リンダに先導された、子供たちのアナーキーな行動の数々は、なぜか、死者の世界への扉を開く。それでも、リンダが父と対話することはない。ただ、父が「存在していた」ことを思い出すだけ。


生者と死者が決して交わることのない、この世界観は実にシビアだ。死者は生者がその存在を忘れてしまうと霧消してしまうわけだ。死んだ父ちゃんも泣くに泣けないよ、それじゃ。これも、また日本的な反応かもしれんけど。


そんなこんなで「記憶を描きたかった」という監督のコメントが腑に落ちなかった。「記憶の不在」は描かれているけど。


子供向けに製作されたらしいけど、テーマや内容は大人向け。ご都合主義な展開の逃げ道として「子供向け」って言ってるんじゃないかという点も引っかかった。


うーむ、好きかと問われるとすごく好きな映画なんだけど、僕はおっちゃんだからいろいろと考え過ぎてしまう。アタマを空にしてもう一度観たい映画。



5月はこの映画に賭ける!】


新緑がまぶしい季節も、映画館の暗闇に身を潜めるのです。


観る2本は決まっているのだけど、一応、公開作を見てみよう。


5月は音楽映画が目白押し。


先陣を切るのは、坂本龍一の最後のピアノソロ演奏を記録した『Ryuichi Sakamoto | Opus』。いまのところ福岡県内の上映館は、Dolby Atmosを仕様の飯塚の劇場のみ。音にこだわっているから? 510日(金)公開。


『ジョン・レノン 失われた週末』は、オノ・ヨーコと別居中のジョンの活動を、一緒に暮らしていたメイ・パンの視点から描いたドキュメンタリー。この期間にジョンはデイヴィッド・ボウイやエルトン・ジョンとコラボしている。うーむ。おもしろそう。510日(金)公開。


『ボブ・マーリー ONE LOVE』はレゲエのレジェンドの伝記ドラマ。アメリカで興行収入1位を獲得。推したいところだけど、Rotten Tomatoesの評論家支持率は43%という低さ。 517日(金)公開。


シド・バレット 独りぼっちの狂気』はピンク・フロイドのオリジナル・メンバー、シド・バレットのドキュメンタリー。孤高の天才の実像が明らかに・・・・・・なるのか? 517日(金)公開。


2009年にあっちに行っちゃった加藤和彦のドキュメンタリー『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』は、盟友、高橋幸宏の発案で制作が決まったらしい。6月の候補か。531日(金)公開。


音楽関連以外では、アカデミー賞国際長編映画賞を制した『関心領域』もお目見え。アウシュヴィッツ収容所の隣に邸宅を構える家族を描いた問題作。524日(金)公開。


大作は『猿の惑星/キングダム』くらい。猿が支配する世界が舞台に、賢い猿が人間と結託して反乱を起こすみたい。このシリーズ、CGがあまりにCGでノレない。510日(金)公開。


鬼平犯科帳 血闘』は言わずと知れた池波正太郎の傑作シリーズの映画化。原作は全巻持っています。鬼平を演じるは松本幸四郎。予告を観た限りでは期待できるが、果たして。510日(金)公開。


時代劇なら、白石和彌監督、草彅剛主演の 碁盤斬り』もおもしろそう。レヴューも好意的なものが多い。517日(金)公開。


なぜいま?な『帰ってきた あぶない刑事』は、主人公二人が定年退職した後の話。いやぁ、観るのつらそう。 524日(金)公開。


韓国の国民的俳優、ユ・ヘンジ主演、大傑作コメディ『エクストリーム・ジョブ』の監督、イ・ビョンホンが脚本を手がけた『マイ・スイート・ハニー』は大人のラヴ・コメディ。絶対おもしろい顔ぶれ。53日(金)公開。


待望の『マッドマックス フィリオサ』は531日(金)公開なので6月に回す。


で、鑑賞決定の2本は、『悪は存在しない』と『無名』。ともに53日(金)公開。


前者は『ドライヴ・マイ・カー』でオスカーの栄冠に輝いた濱口竜介監督の新作。長野県の高原に住む父娘の話らしいけど、この不穏なタイトルはなにを意味しているのか。


後者は、トニー・レオン主演のスパイ・ノワール。公式サイトを観てもよくわからんのだけど、中国共産党、中国国民党、日本帝国のスパイが入り乱れてアレヤコレヤということのよう。予告編は、ハードボイルド風味が立ち込めている。これは期待していいのでは???



5月の2本★ 期待度は5点満点


ということで、決めました。


80回ベネチア国際映画祭銀獅子賞獲得!

悪は存在しない

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:--------

202453日(金)公開

2023年製作/日本映画/上映時間106

監督:濱口竜介

出演: 大美賀均、西川玲 ほか

公式サイト:https://aku.incline.life




上海を舞台に「無名」のスパイたちが暗躍

無名

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:---------

202453日(金)公開

2023年製作/中国映画/上映時間131

監督:チェン・アル

出演: トニー・レオン、ワン・イーボー ほか

公式サイト:https://unpfilm.com/mumei/




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第14回 2024年03月 『デューン 砂の惑星PART2』『i ai』

長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。