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長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第14回 2024年03月 『デューン 砂の惑星PART2』『i ai』

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第14回 2024年03月 『デューン 砂の惑星PART2』『i ai』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


310日に発表された第96回アカデミー賞では、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション賞、山﨑貴監督の『ゴジラ-1.0』が視覚効果賞を受賞し、日本中が沸いた。直後の週末観客動員ランキングでは、この2作品ともトップ10に返り咲いたってんだから、「オスカー特需」と言ってもいいだろう。


ちなみに僕は『ゴジラ-1.0』は観てるけど、『君たちはどう生きるか』はスルー。代わりに観たインド映画『ランガスタラム』がおもしろかったら救われるんだけど、これがかなりイマイチな作品で、自分の勝負弱さに頭を抱えたくなる。


日本映画が2作品受賞したのは史上初らしい。近年、アカデミー賞が「多様性」の拡大に踏み出したことの恩恵を享受した形だ。たとえば、2024年以降、作品賞にノミネートされるためには、女性やマイノリティを積極的に起用することが条件となったし、投票権をもつアカデミー会員もジェンダー、人種の多様化が進んでいる。以前は会員のほとんどが白人男性だったが、その割合は年々縮小しているそうな。


昨年の95回アカデミー賞において、アジア系で主要キャストを固めた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞など、7部門で受賞したのも、その成果の現れだ。ダイバーシティ、すばらしい。めでたし、めでたし・・・・・・で終わらないのがハリウッドの現実。


今年のアカデミー賞で物議を醸した事件の主役は、まさに『エブリシング・エブリウェア~』の主演女優、ミッシェル・ヨーと助演男優、キー・ホイ・クァンだった。前年の受賞者がプレゼンテイターを務めるという通例にのっとり、ミシェル・ヨーはエマ・ストーン(『哀れなるものたち』主演)に、キー・ホイ・クァンはロバート・ダウニー・Jr.(『オッペンハイマー』助演)にそれぞれトロフィーを渡すことになっていた。


まずは、助演男優賞のトロフィー贈呈。ステージに上がったロバート・ダウニー・Jr.は、キー・ホイ・クァンと目も合わせず、その手からトロフィーをかっさらって、あとは無視。握手しようと差し出されたキー・ホイ・クァンの手は、虚しく宙に浮いたままだった。


そして、主演女優賞の授賞式。なぜか、エマ・ストーンは、ミシェル・ヨーの手を取り(というふうに見えた)、ステージ上にいたジェニファー・ローレンスにトロフィーを取らせ、彼女がエマにトロフィーを渡すという体に。この件については、翌日、ミッシェル・ヨーが自身のインスタグラムに、「私が気を利かせて、エマの親友であるジェニファーからトロフィーを渡してもらおうと誘導したのよ。混乱させてごめんちゃい」とポストしている。しかし、これが事実かどうかを疑う声もある。


この件を受けて日本のSNSでは、2人の行動をアジア系差別とみなして「レイシスト許すまじ」という意見と、「いや、差別じゃなくてテンパってわけわからんくなっただけやろ」という意見に分かれた。僕も、X(旧Twitter)に流れてきた映像を観てムカついた口だけど、差別意識による行動だったのかは、正直言って判断がつかん。少なくともロバート・ダウニー・Jr.が無礼なクソ野郎であることは間違いないけど、そこにはアジア系蔑視が反映されているのだろうか?


一方で欧米に住む日本人からは、「ステージ上でのミッシェル・ヨーやキー・ホイ・クァンみたいに、まるで、そこにいないように扱われたことがある」「透明人間化は典型的なアジア系差別のやり口だ」という声も。


この件と結びつけるのが適当かどうか迷うところだけど、329日公開のアカデミー作品賞受賞作『オッペンハイマー』は、日本の原爆犠牲者が「存在しないかのように」ストーリーを語っていると、一部から批判を浴びた。果たして、クリストファー・ノーランは、アジア人を軽視したのだろうか?


多様性が進んでいるはずのハリウッドで、アジア系蔑視がはびこっているのだとしたら、薄ら寒いような心持ちになる。でも、差別するのって人の内心の問題で目に見えるものではないので、他人が決めつけることはできない。『オッペンハイマー』についても、まずはフラットな気持ちでスクリーンに対峙しようと思う。





今年のアカデミー賞で最高の場面はこれでしょう↑。



3月の獲れ高】


では、3月のおさらいを。


1本目

デューン 砂の惑星PART2

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/dune-movie/

20240310日(日)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★★★


今年屈指の大作ということで、IMAX限定先行上映で鑑賞。映像、音像ともに、2024年時点で世界最高峰のクオリティ。これは映画館で体験してほしい。


この映画自体が、ある種の「聖典」と言える。ポールという救世主が誕生する過程を、観客は目撃する。しかも、とことん劇的かつリアル。観たものはみんなムアディブにひれ伏す。


しかし、正直言って、ストーリー運びは不親切。そもそも、上記の「ムアディブ」もそうだけど、ポールの呼び名が多すぎて、それってポールよねと混乱。それに、「え? さっきのアレどうなった?」と思う箇所もある。原作読んでないと話を完全には理解できないんじゃなかろうか。でも、その辺を丁寧に描いていたら、上映時間が4時間を超えそう。


そんなストーリー上のちょっとした違和感を映像的・音像的なカタルシスで捩じ伏せてしまうのが、この映画のすごさとも言える。


今作は前作以上に俳優陣も豪華。皇帝はあの方だし、その娘はあの女優だし。


いつか観た映画ではリーゼントをキメてステージで腰をクネクネさせていたオースティン・バトラーは、サイコキラーに変貌。彼と主人公の闘いがクライマックスを飾る。


もちろん、前作から続投しているティモシー・シャラメをはじめとする面々もすばらしい。「救世主になんかなりたくないよー」とグズグズ言っていた主人公ポールが、一転、「みんなおいらについてこーーーい」とリーダーへと脱皮した途端にカリスマぶりを発揮。これを説得力を持って演じたティモシーはすごい。


あと、ポールのパートナー、チャニを演じたゼンデイヤもよかった。いろいろと意に沿わないことがあって、チャニは後半、ずっとしかめっつら。しかし、その立ち振る舞いは戦士のそれ。ポールよりも雄々しいのだ。そして、彼女の表情にはいろんな感情がよぎる。今作で僕が一番感情移入したのが彼女かもしれない。


ポールの母ちゃんを演じた、レベッカ・ファーガソンは、物語での位置付けに合わせて、途中からガラリと演技が変わる。このあたりのメリハリが、緊迫感を高めるという演出上の効果も。


で、最後までスクリーンに目は釘付けだったのだけど、結局、「さっ、ここから戦争だ」ってとこで映画は終わる。えっ?もしかして続編あるの??? 


原作は完読したつもりだったけど、『デューン』は全6部作で、『砂の惑星』はその一部だそうな。知らなかった。まだまだ、話はこれからじゃないか。


パート3の脚本にヴィルヌーヴが着手したという情報もある。チャニとポールに皇帝の娘がどう絡むか? 帝位の行方は? など、「2」で積み残したイシューは多し。


でも原作の続編『砂漠の救世主』は、ポールが皇帝になって12年後の話だって。チャニは出ないのか? それならば、『砂漠の惑星』の直後を舞台にしたヴィルヌーヴによるオリジナル・ストーリーでお願いしたい。


いずれにせよ、次の続編まで3年は待つ覚悟。



2本目

i ai

公式サイト:https://i-ai.jp

20240316日(土)kino cinéma天神

事前期待度 ★★★

獲れ高   ★★★★


GEZAN、マヒトゥ・ザ・ピーポーの処女監督作。観る前は不安の方が大きかった。何回も言っているけど、メインを張ってる森山未來のナルシスティックなイメージが苦手で。


しかし!! 映画を鑑賞した後は、「いやいや、お前何言ってんの、森山未来最高じゃないか」と、過去の自分を叱りつけたくなった。森山未来さま、すみませんでした!!!


森山演じるヒー兄は、兵庫県明石のローカルな音楽シーンではカリスマとして認められていたんだけど、いつしか心に広がる虚無に飲み込まれてしまう。狂気に追い立てられるように、燃え尽きてしまうその生き様が、物語を支配する。この役は森山以外には不可能だと認めざるをえん。


映画としてまったく疵がないわけではない。構成はとっ散らかっているし、余計だと感じるエピソードも多い。「ヒー兄、確かにそれはやりすぎやー」って場面もあるし。主人公は富田健太郎演じるコウのはずなのに、ヒー兄がスクリーンから姿を消すまでは、なんだか影が薄い。


コウだけではなく、ほかの登場人物もヒー兄の前では霞んで見える(小泉今日子でさえ!)。


ヒー兄に伍すことができる唯一のキャラクターは、永山瑛太演じるヤクザの息子。こいつがヒー兄とは違った意味で壊れていて、ヒー兄に対して近親憎悪に似た感情を抱く。ヒー兄が自分の狂気に蝕まれるのに対して、このヤクザの息子は自分の狂気から目を背けて、真っ当な生活を取り繕うことで、生き延びようとする。しかし、結局は過去の自分の狂気に追い付かれてしまうわけだけど。


このヒー兄とヤクザの息子のやり取りで漂う、張り詰めた空気感がたまらない。森山と瑛太、仲悪そう(根拠なし)。


ヒー兄にはモデルがいるらしい。どんな人だったのかと聞かれ「ヒー兄のまま」だと、監督のマヒトは答えている。で、マヒトがその人への鎮魂歌としてこの映画をつくったのかというと、それは違っていて、むしろ、彼は生と死の境界を溶かそうとしているように思える。


終盤に登場する絵本の主人公「アイアイ」が、いろんなものを分断する「線」を食べてしまうように。聖者と愚者、正気と狂気といったものが、映画の中では溶けて一体になっていく。


すごいのは、映画の最後で、スクリーンの向こう側とこっち側の境界さえも溶かしてしまうこと。主人公、コウの独白が圧巻。彼のイノセンスが突如として光を放つ。「言葉になんかならないけど、言葉にしなきゃ」「俺はハッピーエンドに唾をかける」


そして最後のひと言。映画館では泣かなかったけど、その夜、思い出して泣いた。その言葉の優しさに泣いた。そう、この映画にはマヒトの優しさがあふれている。それは、GEZANの音楽にも共通するもので、表現者としてのマヒトの根本に流れているものなんだろう。


だからと言って、GEZANファンだけに扉が開かれているわけではない。誰もが何かを感じることができるはず。


『デューン』とは違った意味で、これもまた映画館で観るべき映画だった。



4月はこの映画に賭ける!】


4月上旬は桜の花見で忙しい。しかし、観ねばならない映画は目白押し。


1本目は、3月に公開済みのオスカー受賞作『オッペンハイマー』で決まり。題材が題材だけに、一時は日本公開はないかとも危惧されたけど、スクリーンで観られる。よかった。


さて、問題は、もう1本をどれにするか。


3月公開済みでは、『ゴーストバスターズ』シリーズの最新作もあるけど、ドキュメンタリー『愛と殺戮のすべて』のほうが気になる。フォトグラファー、ナン・ゴールディンと製薬会社の闘いを追った作品で、ベネチア映画祭金獅子賞を受賞している。福岡ではKBCシネマで上映。


4月の公開作のなかでは、ソフィア・コッポラ監督の新作『プリシラ』も、期待値が高い。主人公はエルヴィスの伴侶。オースティン・バトラーが腰をクネクネさせていた映画とは異なり、この映画のエルヴィスはDV野郎だという噂も。412日(金)公開。


『ゴジラ-1.0』に続く怪獣映画は、『ゴジラ X コング 新たなる帝国』。前作は劇場で観た。とりあえず、デッカいスクリーンでデッカい怪獣が闘う姿が観られたので満足したけど。今作はいかに。なにか新しい要素が欲しいところ。426日(金)公開。


山田太一原作で、かつて大林宣彦監督も映画化した『異人たちとの夏を』を、イギリスで映画化したのが『異人たち』。評価は上々。LGBT目線も入っているみたい。なぜかR15+419日(金)公開。


リンダはチキンが食べたい!』はフランスのコメディ・アニメ。公式サイトに「登場人物たちの爆発的にアナーキーな魅力」なる文言が踊っているのを見ると、どうもただのコメディではなさそう。絵はさすがにおしゃれな感じ。412日(金)公開。


ゴッドランド/GODLAND』は19世紀のアイスランドを舞台とした人間ドラマ。アイスランドってデンマークの植民地だったのか。デンマークから布教のため、この地を訪れた宣教師の過酷な旅路を描いて、世界中で高い評価を得た。412日(金)公開。


パスト ライブス/再会』は、ニューヨークを舞台とした、韓国人が主人公のラヴ・ストーリー。アカデミー賞では作品賞と脚本賞にノミネートされたくらいなので、おもしろいことは間違いないか。おっちゃん一人で観に行くのはちょっと照れくさいけど。45日(金)公開。


韓国つながりでいくと韓国ノワール『貴公子』なんてのも。謎の男につきまとわれる恐怖を描く。傑作ノワール『新しい世界』のパク・フンジョン監督なので、もしかしたらもしかするかも。412日(金)公開。



4月の2本★ 期待度は5点満点


2本目は決め手がないので消去法で決めました。


96回アカデミー賞最多7部門受賞の問題作

オッペンハイマー

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 93% 観客 91%

20230329日(金)公開

2023年製作/アメリカ映画/上映時間180

監督:クリストファー・ノーラン

出演: キリアン・マーフィ、ロバート・ダウニー・Jr ほか

公式サイト:https://www.oppenheimermovie.jp/#modal





久しぶりにアニメ映画を観てみるのだ

リンダはチキンが食べたい!

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 100% 観客 評価なし

20240412日(金)公開

2023年製作/フランス映画/上映時間73

監督:キアラ・マルタ、セバスチャン・ローデンバック

出演: メリネ・ルクレール、クロチルド・エム ほか

公式サイト:https://chicken-for-linda.asmik-ace.co.jp/#modal





吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第13回 2024年02月 『瞳をとじて』『落下の解剖学』

第15回 2024年04月 『オッペンハイマー』『リンダはチキンがたべたい!』


長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。