文化CULTURE

その映画、星いくつ?〜第17回 2024年6月 『マッドマックス:フュリオサ』『HOW TO BLOW UP』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


映画の上映開始時間は、早い方がいい。3時間の作品でも、朝8時半から上映してもらえれば、11時半には終わる。まだ一日は長い。ちょっと一杯飲りながら映画を振り返ってみるか、なんて心持ちにもなる。


逆に、19時以降の上映はいけない。3時間の作品だと22時終映、2時間でも終わるのは21時だ。すでに一日の最終コーナーは回った時間。なによりも、19時以降の時間は飲酒にあてたい。


しかし、年に12度、観ようと思った映画が、福岡市内の劇場では19時以降しか上映されないという事態に遭遇する。今回のお題の一つであるHOW TO BLOW UPもそうだった。


まぁ、「テメェがそんなマイナーな映画を選ぶからだろ」という話なんだけど。


市内では19時以降しかやってないのなら、今回はパスするか!・・・・・・ってわけにもいかないので、県内でよき時間帯に上映する劇場がないか、サーチしてみる。幸い、『HOW TO BLOW UP』は、ユナイテッド・シネマ なかま16で一日2回上映していることを確認した。


なかま、中間市・・・・・・聞いたことはある。行ったことはない。


調べてみると、鹿児島本線で黒崎まで行き、そこから筑豊本線に乗り換え、通谷という駅で降りればいいらしい。


なんにしろ、見知らぬ町での映画鑑賞、なんだか旅気分が盛り上がってくる。上映開始は1335分。せっかくなので、どこかうまい店で昼ごはんなんてのもいいんじゃないか。Googleで検索したところ、劇場周辺はチェーン店しかないので、黒崎エリアに絞ろう。


通常、映画鑑賞前は、上映中に離席しなくても済むように飲酒は控えるのだけど、1時間以上前なら、ちょっとだけ飲酒しても大丈夫だろう。そんな目論見のもと11時半黒崎駅着から逆算して、自宅からの交通手段を選定する。近所の停車場から10時前のバスに乗り博多駅へ。鹿児島本線の快速に乗れば、黒崎には1125分ごろに到着する。


こうなると完全に旅行状態。


もちろん、行く店も決めている。11時開店の食堂「エビス家」だ。昼から飲めるらしい。


615日土曜日。天候は曇り。予定通り交通機関を乗り継ぎ、11時半前には「エビス家」の暖簾をくぐる。席は厨房を囲むカウンターのみ。一瞬、満席かと思ったけど、奥が空いていた。


20人ほどの客は、おそらくみんな常連。全員飲酒。一人客も多い。隣の席のおじさんだけ水を飲んでいる・・・・・・と思ったけど、焼酎の水割りだった。カウンターの中では、5人のおばちゃん、いや、おばあちゃんがせわしなく立ち働いている。この店、最高じゃないか!


まずはビールを注文。大瓶。サッポロのラガー(aka. 赤星)を置いているあたりがさすが。冷奴をつまみながら、あたりを窺う。この日のメインはあくまでも映画なので、この店で朽ち果てるわけにはいかない。飲酒は大瓶一本にとどめる。問題はなにを食べるか。これには慎重の上にも慎重を期したい。


焼酎の水割りおじさんは、ひと通り飲んだようで、焼そばをオーダー。あぁ、実にうまそう。ビールに合うな、きっと。


僕よりも後に入ってきて、右手の少し離れた席に座ったおじさんは、珍しくアルコールはなし。いきなり、オムライスをオーダーした。


しばらくして、ばあちゃんの一人がカウンターから差し出したオムライスは、素朴な印象。ごく薄い卵がライスを包み込んでいる。上には控えめにケチャップが。ガツガツとそれをかき込むノンアルおじさん。締めならばあれでもいいかもしれない。


しかし、目の前の大瓶には、ビールが13ほど残っている。オムライスは次回の楽しみに取っておいて、焼そばを頼むことに。これが期待通り。野菜たっぷりだし、イカも結構入っていて、ビールの肴に最高なのだっだ。


そうこうしているうちに、筑豊電鉄に乗る時間が近づいてきたので、後ろ髪を引かれる思いでお勘定してもらう。ばあちゃんたち、ありがとう。また会う日まで、元気で!


筑豊電鉄は路面電車みたいな、2両編成のかわいい車体だった。西鉄が運営していて、運賃の支払い方法は西鉄バスと同じ。初めての車輌、初めての路線、初めての車窓。これまた楽しい。


15分ほどで通谷駅に到着。繰り返すけど、この日の目的はあくまでも『HOW TO BLOW UP』だ。これで映画がつまらないと来た意味がないはずなんだけど、ビールにうまい肴、楽しい旅路で、心はすでに満たされている。なんだかフワフワした足取りで映画館へと向かうのだった。


(つづく)

 


6月の獲れ高】


では、6月のおさらいを。『HOW TO BLOW UP』の前に、ことし屈指の話題作から。


1本目

マッドマックス:フュリオサ

公式サイト: https://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuriosa/

20240609日(日)ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★1/2


「前作『怒りのデスロード』は、映画史に屹立する不滅の金字塔。その前日譚なんだから賛否が分かれるのは、しぁあないんじゃないの」と、宇多丸師匠がラジオで言っていたけど、そういうことなんだろう。


当然ながら、世界観は前作を踏襲している。けれども、前日譚なので、グレードアップと言うよりも、スケールダウンしていて、前作を観たときの「こりゃ、たまげた!」という感動はない。


前評判通り役者陣はよい。アニャ・テイラー=ジョイがスクリーンに登場すると、テンションがグンと上がるね。やはり、目力すごいのだ。「このままじゃ終わんねーぞ」感。そして、その瞳はいつも潤んでいるように見える。そこに哀しみが滲み出る。


そりゃ、シャリーズ・セロンと比べると線は細いんだけど、ベストな配役だと思う。


そして、クリス・ヘムズワース。今作の主役は彼が演じるディメンタスかもしれない。とにかく、言動が軽い。人の命なんてなんとも思っていない。生き残るためなら、自分の部下だって犠牲にする。躊躇なし。すごくカジュアルな感じ。それは自分に対しても同様で、そのへらず口は、自分が殺されそうになっても止まらない。


しかし、彼を動かしていたのが権力欲かと言うとそうではなく、愛する者を奪った世界に対する復讐心だったことが、終盤に明かされる。


「俺たちはもう死んでいる」「悲しみはまた蘇る」


死んでいるから、自己を正当化する必要はない。暴力を行使することによって、ただ、世界に対する呪詛を振り撒くことを選ぶ。


世界は理不尽で、そこに暮らす人間は簡単にそれに押し潰されてしまう。それを知っているディメンタスは、そんな残酷な世界に与する。人々を虫ケラのように殺すことによって、理不尽で不誠実で無慈悲な世界に同化しようとする。


ダース・ディメンタス。


一方、フュリオサは、その境地に堕ちるほどには、世界に絶望していなかった。それは命を育む植物の種を密かに守り続けていたからだろう(その種はラストでグロテスクな運命をたどるのだけど)。


また、彼女を支えてくれたジャックの存在も大きかった。しかし、実はこの映画の最大の弱点はこのジャックだったりする。


ルックスや所作が、メル・ギブソン版マックス風味なトラック野郎ジャック。そんな形容しか浮かばないほど、人物造形が薄っぺらい。そんでもって、フュリオサに対していきなりシンパシーを表明。唐突すぎやしないか。


「両親は戦士でねー」なんて話もしてたので、彼は彼なりの人生があったわけだが、ならば、尺を30分くらい足して、彼のバックグラウンドに踏み込むべきだったのではないかなぁ。


そんなこんなで、十分に楽しめたのだけど、期待を上回る出来ではなかったと言うのが正直なところ。さて、3作目はどうなるんでしょ?



2本目

HOW TO BLOW UP

公式サイト: https://howtoblowup.com

20240615日(土)ユナイテッド・シネマ なかま16

事前期待度 ★★★

獲れ高   ★★★★


(マクラからつづく)


身も心も満たされた僕が、筑豊電鉄通谷駅からトボトボと向かったのは、「プラザモールなかま」。「トライアル」と「ベスト電器」が核テナントという、なんとも言えないショッピングモールだった。ユナイテッド・シネマもよくここに劇場をつくったものだ。


で、3時間かけて観に来た肝心の『HOW TO BLOW UP』に、その価値があったのかと言うと、これが実にパンクな傑作だった。


公式サイトには「Z世代の環境活動家たちが主人公」って書いてあるけど、本当の意味で活動家と言えるのは、パイプライン爆破の発案者、ソチと、彼女に感化されたショーンだけだったりする。


ローワン&ローガンというヤク中のホームレス・カップルも、ダム反対運動をやってたようだけど、どこまで本気だったかは怪しい。


実は、ソチも運動に走ったのは、母の死という私怨があったわけなので、純粋培養の運動家はショーンだけかもしれない。


ショーン以外の登場人物に共通しているのは、システムや権力に押し潰されそうな「個人」であるということ。


ある者はパイプライン建設のために先祖代々の土地を奪われ、ある者はパイプラインのそばで生まれ育ったため、白血病になってしまう。システムの前に彼らはあまりにも無力だ。ネイティヴ・アメリカンの青年はそんな状況が耐えられず、パイプラインで働く労働者に喧嘩を売って、逆に殴られてばかり。


つまり、彼らを動かすのは環境問題なんて大袈裟なもんではなくて、個人の尊厳を踏み躙り、ただひたすらに利益を追求する社会に対する怒りなのだった。


彼らの「NO!」と叫ぶ声は、決して世間の人々には届かない。その声を社会に轟かせるために、「パイプライン爆破」というテロ行為に及ぶことになる。


果たして、彼らの無謀とも言える計画は成功するのか? 自分たちを押し潰そうとするシステムに勝利できるのか?


後者の問いに対する答えは、結末を待たずとも見えてくる。たとえ、爆破計画が成功したとしても、彼らは「勝てない」。それは、計画の言い出しっぺであるソチも承知している。


「私たちの行動が呼び水になって、後に続く人たちが出てくればいい」


要は、「勝つ」ために行動しているわけではないということ。パイプラインを爆破したところで、主人公たちの置かれた環境が劇的に変わることはないし、世界を覆い尽くす巨大なシステムには、引っ掻き傷くらいしか残せない。


「意味ねーw」なんつって、それを嘲笑うことは簡単だけど、「勝てないし、最終的には負けるかもしれない。だからどうした?」と、きっとソチたちは応えると思う。たとえ、負けるとしても、自分たちを押し潰そうとする連中に対して「NO!」を突きつける。そのために命を危険にさらしてまで、パイプラインを吹っ飛ばそうとする。


映画を見終わり、黒崎に向かう筑豊電鉄に揺られる僕の頭の中では、ザ・クラッシュのナンバーが鳴り響いていた。そのフロントマン、ジョー・ストラマーは、負け続けることを恐れなかった。自分を偽らず、勝てっこない強大な相手にも立ち向かう。お題目を唱えるだけではなく、常に行動に結びつける。「パンクはスタイルじゃなく、アティチュードだ」と言ったのも、ジョーだった。


まさに、『HOW TO BLOW UP』の主人公たちじゃないか。彼らは行動を起こすことで、自分の尊厳を守る。勝てなくても、常に前を向こうとする。「パイプライン爆破」という題材ではなく、そのアティチュードこそが、すごく「パンク」だと思った。


Z世代だけでなく、ジョー・ストラマーにシンパシーを感じているおっちゃんたちにもおすすめの一本。


“Reach for the moon, even if we can’t” — Joe Strummer






7月はこの映画に賭ける!】


『バッドボーイズ』『あぶない刑事』と往年の刑事ドラマ・シリーズの新作が相次いで公開されたけど、それに連なる「なぜいまさらな」一本が、エディ・マーフィ主演『ビバリーヒルズ・コップ アクセル・フォーリー』。残念(?)ながら、Netflix配信なので、ここでは対象外。


さて、僕と相性が悪い監督と言えば、筆頭は『ヒート』や『マイアミ・バイス』で名高い巨匠、マイケル・マン。彼の新作『フェラーリ』はタイトル通り、フェラーリの創始者、エンツォが主人公だ。演じるはアダム・ドライバー。Rotten Tomatoes 支持率は観客・評論家ともに70%台とまずまず。もちろん、僕は相性が悪いので観ない。75日(金)公開。


マイケル・マン並みに相性が悪い役者だったんだけど、マヒトゥ・ザ・ピーポー監督作『i ai』ですっかりファンになってしまった森山未來の新作は、藤竜也との共演作『大いなる不在』。失踪していた父親が十数年ぶりに現れたと思ったら、痴呆症を患っていたという重い展開。だけど、ミステリー仕立てだという。海外での評価も高いし、これは傑作かも? 712日(金)公開。


ユアン・マクレガーと実の娘であるクララが親娘役で共演しているのが『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』。疎遠だった二人の関係は旅に出流ことで修復できるのか?という筋。予告を観たときに、「こりゃ、父ちゃんはガンだったとかいうオチでは?」なんて思ってしまったけど、クララ自身が原案らしいので、そんな安直な物語ではないだろう。75日(金)公開。


トッド・ヘインズ監督、ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア主演の『メイ・ディセンバー ゆれる真実』は、36歳女性が13歳少年と情事をもち、出産。女性は服役するという、実際の事件に題材を取った問題作。顔ぶれ的にもストーリー的にも一筋縄ではいかない感がプンプンする。712日(金)公開。


韓国映画『密輸 1970』は、社会派かと思ったら、海女さんチームが主人公の娯楽作だそうな。第44回青龍映画賞で最優秀作品賞など4冠に輝いたという割に、賛否が分かれている。712日(金)公開。


奈緒主演の『先生の白い嘘』は、マンガが原作。男女格差がテーマらしいけど、予告を観ただけではよくわからない。しかし、表向きはジェントルだけど裏に回るとDV野郎を演じるのが、風間俊介ってのはそそる。75日(金)公開。


珍しいところでは、タイ産のホラー映画『フンパヨン 呪物に隠れた闇』なんてのも。予告を観た限りでは、タイの土着感が色濃くて、日本ホラーとは違った世界が体験できそう。75日(金)公開。


かと思えば、台湾産のホラー『呪葬』も。公式サイトのぞくと「まったく新しい家系ホラー」なる一文が。ラーメンか? 本当に怖いのか? 712日(金)公開。


上記以外にも清水崇監督の新作や東京を舞台とした香港映画、ケンチキをネタにしたベトナム映画など、ホラーが多いのは夏だからだろうか。


夏休みにピッタリの人気シリーズ最新作『怪盗グルーのミニオン超変身』も登場。ミニオンがかわいすぎて、毎作、すごく心惹かれるのだけど、「まぁ、映画館で観なくてもいいか」とあきらめてしまう。719日(金)公開。


夏休みにピッタリ・・・・・・ではないと思うけど(下品でバカバカしいので)、これも人気シリーズ、いわゆる「デップー」の第3作『デッドプール&ウルヴァリン』が7月終盤に公開される。「26日公開じゃ、レヴュー書くの間に合わないし、8月に回すか」と思っていたら、日本公開が2日繰り上がり、724日(水)に。7月でイケるか? 予告で流れている曲がなかなか思い出せなかったけど、マドンナの「ライク・ア・プレイヤー」だった。記憶力の劣化が著しい・・・・・・。





デッドプールを演じているライアン・レイノルズの元妻は、スカーレット・ヨハンソン。彼女の新作は、アメリカの月面着陸にまつわるドタバタを描いたコメディ(?)『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』。どこまでが実話なんだろう? 全米公開もまだなので、情報不足。719日(金)公開。



7月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。


そもそもデップーはヒーローなのか?

デッドプール&ウルヴァリン

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:公開前

20240724日(水)公開

2024年製作/アメリカ映画/上映時間127

監督:ショーン・レビ

出演: ライアン・レイノルズ、ヒュー・ジャックマン ほか

公式サイト: https://marvel.disney.co.jp/movie/deadpool-and-wolverine




北九州市内約20か所でロケを敢行

大いなる不在

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 —— 観客 ——

20240712日(金)公開

2024年製作/日本映画/上映時間133

監督:近浦啓

出演: 森山未來、藤竜也 ほか

公式サイト:https://gaga.ne.jp/greatabsence/




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第16回 2024年05月 『無名』『悪は存在しない』

第18回 2024年07月 『デッドプール&ウルヴァリン』『大いなる不在』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。