対談INTERVIEW
【好きを仕事にしたひと vol.1 松本康 -前編-】
【好きを仕事にしたひと vol.1 松本康 -前編-】
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あのとき違う道を選んでいたら。
もしもこの仕事を選ばなかったら。
「好き」を仕事にしたひと、「好き」は好きのままで別の道を選んだひと。それぞれの生き方を深掘りする連載インタビュー。
初回は、福岡でレコード店を40年以上続ける松本康(まつもと・こう)さん。音楽の師として慕われ、周囲にはいつも音楽を愛する人たちが集う。(聞き手:古林咲子@JUKE JOINT)
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「運は運だけどそれを活かさんやったら終わり。」
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-店名は「塾の先生だったから」、"ジューク"だと聞きました。
まあ、こじつけやけど(笑)講師っていうか自分ちでしよったったい、寺子屋みたいに。7年したんよ。西南(※1)に入ったときから家庭教師と塾と。それで生徒がどんどん増えてきて、職業として成り立つけんさ。麻雀店と「ぱわあはうす」(※2)の手伝いと。多いときは3つ掛け持ちしよったけん。けっこう高給取りやったね。
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-人気の塾だったんですね。
教えるっちゃなくて「ヒントを与える」っちゅう感じよ。その子がどこでひっかかったのかを見つけると。「坂道理論」っていうのがあってさ。坂道を上がりよったら途中で行き詰まってあがれんっちゃん。これ以上、のぼれませんって。そういうときに、いったん下がってからはずみをつけたら、トトトトって走り出してもっと前にいけるやないね。そういう方針やったったい。
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-松本さんが考案した?
勝手にね(笑)やけん、小学4年生の子が算数がわからんときには3年生の問題をしなさいって言うわけよ。そしたら分かるし、自信も出てくるっちゃん。そこではずみをつけたら5年生の問題もできるし、6年生のまで解けるようになる。問題をいくつも作っといて、5年生に最初はわざと3年生の問題を解かせていくったい。分かるけんおもしろくなるやろ。90点やったら100点なるまで粘ってみぃって。それで100点とれたら達成感がある。そういうやり方よ。勉強が楽しくなることをしよったんよ。
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-それでたくさんの生徒が集まったんですね。
でも、こういったら悪いんだけど、好きで始めとるわけじゃないったい。子どもに教えるのも好きだけど本当は音楽のことをしたいんよ。塾の生徒は順調に増える一方で、ね。8畳の自宅で食卓の大きなテーブルを置いて、そこでガリ版が活躍するったい。「You May Dream」(※3)の中にでてきたあれで問題をつくりよったんよ。
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―ガリ版は音楽のために用意したんですか?
塾のためくさ。音楽は月に一回やけど塾はほとんど毎日のように問題をつくりよったけんさ。
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―音楽の活動は?
活動っていうかさ、ミュージシャンになりたくてもサンハウス(※4)とか鮎川さん(※5)とか見たら、大リーガーが目の前におって中学高校の草野球みたいなもんやけん。聴くのオンリーなんよ。ロックのベースにはブルースというのがあってね。そのブルースを極めたいんだけど本もないしレコードもないし、モコモコっとして分からんわけよ。それを、鮎川さんたちは自分の音楽として体得しとるわけよね。あの人のすごいのは、理論的な歴史とかブルースというのはなんぞや、ブルースの構造っちゅうのがあるったい。
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-ブルースの構造?
一行二行、三行でブルースになるわけたい。たとえば
””
俺は朝起きたらみじめな気持ちになったぜ
俺は朝起きたらみじめな気持ちになったぜ
あの子が俺の元を去っていったからさ
””
って三行でひとまとまりになるったい。
””
昼になっても気分は晴れないぜ
昼になっても気分は晴れないぜ
今日も一日、俺は失業中だ
””
みたいな話になる。文学的ちゅうか、そういう一面もあってブルースを聞けば聞くほど面白いんよ。それで、どんどんのめり込んでいったんよ。
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―ブルースが音楽の入り口だったんですね。
そうね、一番、ブルースが大きいやろうね。それが22、23歳やね。その前はね、高校2年の頃に「Billboard TOP100(ビルボードトップハンドレット)」(※6)とか、1966年はすごい聞きよったんよ。運良くビートルズとかローリング・ストーンズとか出てくる世代やけんね。
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-テレビで知るんですか?
ラジオよ。映像とかないわけよ。『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』(※7)っていう映画があるんだけど、それとか『ポップギア』(※8)があったりして断片的に動きよる映像はあるわけたい。今みたいにYouTubeでふんだんに観られるっていうのはないわけたい。やけんほとんどは想像の世界っちゅうか。
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-情報が少なかった。
でも、音楽雑誌はあったわけよ。『ミュージック・ライフ』(※9)とか。それを見てイギリスではどんなことが起こっとるとか知るわけね。1967年、大学受験をした年にはポップシーンが面白くなくなった。モンキーズが出てきた頃やね。
ビートルズとかローリング・ストーンズとかは自分たちで曲をつくるし、自分たちで態度を決めるじゃん。それに比べてモンキーズはつくられたバンドなんよ。だけん、なんか振り出しに戻ったやんって。せっかくロックンロールとか、若者が自己主張ができるようなスタイルになったのに「また戻ったぞ」みたいなところで。
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-音楽が面白くなくなった?
でも実をいうと、67年から新しいロックの波がはじまるったい。ジミヘンドリックスが出たりとか、ジャニス・ジョプリンが出たりとか、ドアーズが出たりとか。それに自分は気が付かんわけよ。ラジオを聞きよっても一方的に届く情報で、自分から取捨選択する情報じゃないやん。
だから、モンキーズが流行っとうといえばモンキーズを聞くようになる。自分からドアーズを聞いてみようとか、バーズを聞いてみようとか。そういう風なことにはならんわけたい。
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-受動的にならざるを得なかった。
まあ、レコードも高かったんだけど。それで2年間くらいブランクができて、1969年に大学に入って落ち着いたときに、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルとかジェフベックがおるとか、ロックのレジェンドたちが一斉に60年代後半に出てくるわけたい。それを知らんやった自分が恥ずかしくなってさ、どんどん聴き始めたね。
それで一番大きなあれやったのはエリック・クラプトンがおったクリームっていうバンドやったけど。レッドチェッペリンもそうなんだけど、クリームもブルースをベースにしとるっていう話になってくるわけたい。それでブルースってなんやろかって。
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-ブルースに目覚めたんですね。
たとえば
””
朝起きたら気分が落ち込んだ
朝起きたら気分が落ち込んだ
俺の彼女のは行ってしまったのさ
””
っていう歌詞は一見すると単純すぎるやない。単純すぎるけど意味が深いっちゅうのは若いときは分からんわけたい。それは大人の表現じゃん。
たとえば「バスストップ」っていう曲を聴いた記憶があるっちゃけど「朝、バス停で待ってたら女の子と目が合った。あの子も僕のことを見てる。そこで僕らの恋が芽生えたのさ」っていうのは幼稚やん。そんなわけないやん。それより「俺の女は行ってしまって、俺は何していいか分からない」みたいなほうがリアルで大人やん。そういうのに憧れるわけたい。
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-それから音楽の世界に?
大学生のとき、知り合いから「今度、ロックの店するけん」って声をかけられたのが「ぱわあはうす」やったったい。それで次のステップに入るっていうかね。ただ単に、自分ちでレコードを聞くんじゃなくて現場たい。その次にサンハウスの人たちと出合う、という。サンハウスの人たちは自分たちで演奏して昇華しとうわけね。その人たちに会ってまた次のステップへ行けたんよ。
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-人との出合いで新しい扉が開いた。
俺は運が良いと言えば運がいい。ただね、運は運だけどそれを活かさんやったら終わり。意識したわけじゃないけどそれを掴みよったんかな、一生懸命。
面白かったけん掴みよったとばってん、鮎川さんがおったとか、それは出合っただけの話で彼らが言いよることを自分の立場で理解してみようとならんとさ、いかんじゃん。それができたんじゃないかなと思う。
※1:西南・・・・・・福岡市城南区にある西南学院大学
※2:ぱわあはうす・・・・・・1971年、博多区須崎に開店したロック喫茶
※3:「You May Dream」・・・・・・NHK福岡放送局制作、石橋静河主演の福岡発地域ドラマ「You May Dream」ロックバンド「シーナ&ロケッツ」の結成からデビューまでを描いたドラマ https://www.nhk.or.jp/fukuoka/drama/dream/
※4:サンハウス・・・・・・1970年に結成されたブルース・ロックバンド
※5:鮎川さん・・・・・・「シーナ&ロケッツ」のギタリスト・鮎川誠
※6:Billboard TOP100・・・・・・アメリカで最も権威のある音楽チャート
※7:『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』・・・・・・1964年に公開されたザ・ビートルズ初の主演映画
※8:『ポップギア』・・・・・・ポピュラー・音楽界の新しい波“リバプール・サウンド”を紹介する長編音楽記録映画
※9:『ミュージック・ライフ』・・・・・・ポピュラー・ミュージックの歴史を作り上げた伝説の音楽雑誌
>>中編に続く
古林咲子 SAKIKO KOBAYASHI
古林咲子
インタビュアー、ライター。俳優、経営者、アーティスト、職人、子どもなどあらゆるジャンルの人に話を聞き、取材人数は1000人以上。「好きを仕事にしたひと。好きを仕事にしなかったひと」をテーマとしたインタビューをライフワークにしている。
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