文化CULTURE

その映画、星いくつ? 第23回 2024年12月 『ノーヴィス』『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


ある日、「CROSS FM、栗田善太郎のナビゲートでお送りするURBAN DUSK」を聴いていたら、音楽の話で「いまでは誰もが知っている名盤だったとしても、巡り合わせが悪くて、リアルタイムでは聴いてなかったりすることがある」とクリゼンが言っていた。


あるよね~。


おっちゃん達が若いころは、サブスクなんてないから、最新の音楽シーンにキャッチアップするためには、高い金出して音源(レコードのちCD)を買うしかなかった。当然資金には限りがあるため、聴き逃してしまう名盤が出てくる。


だから、いまになって「それ聴いてないって恥ずかしくない?」ってアーティストが出てくる。サブスク時代になって、何回か聴いて話を合わせることができるようになったけど、悲しいかな若いころのように熱心には聴けない。


パッと思いつくのが、シューゲイザーのレジェンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン。歴史的な名盤『Loveless』がリリースされたとき、ワタクシは大学3回生。シューゲイザー陣では、RIDEに入れ込んでいて、マイブラには手が回らなかったのよ。


そして、もう1組。こっちの方がヤバい。今年16年ぶりにニュー・アルバム(傑作!)がリリースされ、大きな話題となったザ・キュアー!!!


ロバート・スミスの御姿は、洋楽雑誌でお見かけしていたし、ヒットチャートを騒がしていたのも記憶しているんだけど、なぜか食指が動かなかった。


サブスク普及以前はまったくと言っていいほど聴いてない。彼らの代表的なアンセム「イン・ビトウィーン・デイズ」も、カヴァーだとは知らずにベン・フォールズのヴァージョンを先に聴いて、「ベン・フォールズ、天才やなぁ」とか思っていたもの。お恥ずかしい。





この連載のお題である映画の方はどうかと言うと、そもそも年間で消化できる本数も限られているので、公開当時、劇場で観ていなくても、まぁ、しゃあないかで済ませてきた。目ぼしい作品は、後追いだけどレンタル・ヴィデオで鑑賞できたし。


ちなみに、アメリカの映画業界誌の老舗『ヴァライエティ』が、2022年に発表した「もっとも偉大な映画100選」(https://variety.com/lists/best-movies-of-all-time/)を覗いてみると、トップ10にランク・インした作品のうち、ワタクシが生まれた後に公開された作品は3本。公開当時、3歳だった『ゴッド・ファーザー』を除くと、クエンティン・タランティーノ監督『パルプ・フィクション』(1994年)とスティーヴン・スピルバーグ監督『プライベート・ライアン』(1998年)の2本。


2本とも、劇場で観ている! なかなかのもんじゃないの!!


でも、こういうオール・タイム・ベストに入っていないけど、「それは劇場で観とかないといかんでしょう!」って映画が1本だけある。それは、ヴィム・ヴェンダース監督、ハリー・ディーン・スタントン主演『パリ、テキサス』。


大学生のときに初めてレンタル・ヴィデオで観て以来、「一番好きな映画は?」と訊かれると、躊躇することなく挙げてきた作品なんだけど、劇場で観たことは一度もありませ~ん。この作品の日本での劇場公開は1985年。ワタクシ、高校1年生。さすがに、こんな渋い映画、観ないな。


DVDを購入してからは、何回もリピート再生している。そのたびに、「生涯で一番好きな映画を劇場で観てないってどうなん?」と脳内でブツブツつぶやくワタクシの声が届いたのか、『パリ、テキサス』4Dレストア版劇場公開のニュースが飛び込んできたっ!





福岡でもKBCシネマで公開される・・・・・・はずなんだけど、公開日は「20251月」としか出ていない(12/19現在)。来たる新年、ついにスクリーンで『パリ、テキサス』の主人公、トラヴィスが荒野を彷徨う姿を目にすることができるんだろうか?



12月の獲れ高】


では、12月のおさらいを。2本とも胸糞悪系という前評判だったけど、果たして?


1本目

ノーヴィス

公式サイト:https://www.novice-movie.com

20241207日(土)KBCシネマ

事前期待度 ★★★

獲れ高   ★★★1/2


『エスター』シリーズの怪演で名を馳せたイザベル・ファーマン主演。彼女が扮するのは、野望を胸に女子大学ボート部に入部したアレックス・ダル。野望があることはわかるんだけど、それが具体的になんなのかは、なかなか見えてこない。


取り憑かれたように(つーか取り憑かれてる)、ボート中心の生活を送り、神経をすり減らし、挙げ句の果てに「ほとんどの人間はリラックスとかしちゃいけねーんだよー(怒)!」と咆哮するダル。リラックスすることを最優先に生きてきたワタクシには、彼女の生き方はまったく意味不明なのだった。


で、チームメイトが彼女に投げかける言葉は「イカれたサイコ野郎」・・・・・・それを言っちゃあおしまいなんだけど、そんなことは、ダル本人も自覚している。自分が普通じゃないとわかっていても、彼女は心と身体を削って、オールを漕がずにいられない。


なんで? 


自己承認欲求ではない。優越感を得るためでもない。


「才能」とか「素質」への憎悪が一つの理由。(文字通り)血の滲むような努力を積み重ねれば、そんな恵まれたヤツらを凌駕できる。


うむ。


それもあるけど、マイナスのポジションからすべてを犠牲にして高みを目指す行為自体が、ダルの存在証明になっているんだろう。「マイナス」のポジションに身を置くことがすごく重要。。「苦労するのがエラい!」「人生にショートカットはない!」「仕事はキツいのが当然。身を粉にすべし!」なんつー、昭和な感性に近いものがある。


まったく理解はできない。でも、その姿に引き込まれてしまうのは確か。そこは、主演イザベル・ファーマンの俳優としての力量に尽きる。彼女は、身体を掻きむしるような焦燥感を見事に表現する。そのもがき苦しむ姿からは、目が離せない。近くには寄りたくないけども。


そして観ているうちに、もがき苦しんだ末になにかを乗り越えることでしか、ダルは生の実感みたいなものを見出せないのだとわかってくる。だからダルは、「ノーヴィス=初心者」でいる必要がある。マイナスからスタートし、そこから脱出しようともがくこと自体が大事なわけだ。


結末でダルはあることを達成する。そんな彼女はもう「ノーヴィス」ではない。映画の幕が降りたあと、おそらく彼女は、改めて自分が「ノーヴィス」となれるような場所を探し始めるんだろう。


力作。ダルの生き方がツラすぎるので、二度と観ないと思うけど。



2本目

スピーク・ノー・イーブル 異常な家族

公式サイト:https://www.universalpictures.jp/micro/speaknoevil

2024 1214日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★

獲れ高   ★★★


あらすじは観客全員が知っている。タイトル自体がネタバレ。ある家族が、旅先のイタリアで出会ったイギリス人、パトリックとその家族に招待されて片田舎に行ってみると、その一家がフツーじゃなかったというお話。


パトリックがヤバいという前提があるので、陽光降り注ぐイタリアで、ふとした拍子に彼が垣間見せる狂気に、観客はモヤモヤ感を募らせていく。このあたりのつくりは、すごくうまい。


物語は、ベンとルイーズ、その娘のアグネスの一家が、イギリスの人里離れた農家に住むパトリックたちの元を訪れてから一気に緊迫の度を強める。まずは、ベン&ルイーズが、どうやってパトリック一家のヤバさに気づくのかがポイント。


ベンもルイーズも「なーんか、イヤね」と思いつつも、決定打に欠け、ズルズルと滞在してしまう。特にベンはリベラルっぷりを発揮して、「なんか違和感があるけど、それって多様性ってやつじゃない」という反応。ルイーズの方は「生理的にダメ」って感じだったんだけど。このへんの夫婦の違いもおもしろい。


パトリックたちの所業が明らかになってからは、ベンたちがどうやってトンズラこくのかに焦点が絞られる。この局面でも、ベンは頼りない。逆にルイーズの方は、暴力を行使することを躊躇しない。「きゃーっ!」なんて言いながら、力づくで窮地を脱する。


しかし、最後に場をさらうのは、少年、アント。まぁ、そうなるよなーって展開ではある。流血や残虐な暴力といったゴアな描写はさほどショッキングでもないんだけど、アント少年がたどった境遇は本当に胸糞悪いのよ。


その胸糞悪さの象徴が、キメキメの表情とムキムキの筋肉でパトリックを演じるジェームズ・マカヴォイ。『ウォンテッド』や『X-MEN』シリーズでも有名だけど、本作で見せるキャラクターの二面性は、ナイト・シャラマン監督『スプリット』の多重人格者を思わせる。


で、劇中で、ラジオから流れたこの名曲に合わせて、パトリックががなり立てるように歌うんだ。





・・・・・・ホントにやめてほしい。パトリックの胸糞悪さを想起してしまい、平常心ではこの曲が聴けなくなってしまった。


すべてが予想の範囲を出なかったけど、終始ハラハラできる良作。でも、アント少年が不憫すぎるのとパトリックが胸糞悪すぎて、二度と観ないと思うけど。



1月はこの映画に賭ける!】


『パリ、テキサス』はリバイバル扱いなので、カウントせず。いつも通り、下記の作品から2本セレクト。


まずは、12月に積み残した作品から。


型破りな教室 - 1227日(土)公開治安最悪なメキシコの町の小学校で、破天荒な授業で子供たちを目覚めさせた教師を描いた実話を映画化。メキシコでは2023年最大のヒットに。おもしろうそう。


I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ - 1227日(土)公開雑誌『POPEYE』の映画特集号(202412月号)の表紙を飾ったのはこの映画だった。映画オタクの高校生が主人公。


『どうすればよかったか?』 - 1227日(土)公開統合失調症の姉をめぐる家族の歴史を、白日の元にさらすドキュメンタリー。これは、なかなかの衝撃作では?


神は銃弾 - 1227日(土)公開 > 刊行当時、話題になったボストン・テランのエグい小説を、ニック・カサヴェテス監督が映画化。アメリカでの評価はガタガタ。劇場スルーが吉か。


さて、できるだけめでたい作品で年頭を飾りたいところだけど、一見したところ、12月に続いて、目ぼしい作品少なめだなぁ。『サラリーマン金太郎』『孤独のグルメ』は絶対に観に行かないので、ここではスルー。


ハリウッド系のメジャー作品はアクションものが1本のみ。


ビーキーパー - 13日(金)公開 > ジェイソン・ステイサム主演。タイトルは養蜂家のことだけど、ジェイソン扮する主人公がかつて所属していた組織の名称でもある。恩人の敵討ちのはずが、際限なくエスカレートしていき、合衆国の存亡に関わる事態へ。・・・・・・このアホっぽさは新年にぴったりのめでたさかも。


インドからはSF超大作が登場。制作費110億円はインド映画史上最高だそうな。


カルキ 2898 AD - 13日(金)公開 > 西暦2898年が舞台だけど、インド神話の神たちが地球の命運をかけて闘う???? なんだそりゃ。さすがインド。


次は邦画。以前から気になっている時代劇が公開される。


室町無頼 - 117日(金)公開 > 大泉洋主演の戦国アクション。室町時代を境に日本の社会は決定的に変質した・・・・・・という説をなにかの本で読んだ。究極の格差社会だった、そんな時代を舞台に、ときの幕府打倒を目指して無頼の男たちが立ち上がるという筋。血湧き肉躍る系か!?


日本映画でもう一本。こちらは現代劇。


- 117日(金)公開 > 筒井康隆の小説を映画化。穏やかな毎日を送る老人(演じるは長塚京三)のパソコンにある日、「敵がやって来る」というメッセージが映し出される。なに、それ、おもしろそう。河合優実も出てるし、これは観とくべきか?


韓国映画の注目作も2本見つけた。そう言えば、ことしの「映画ぞめ」は韓国コメディだった。


勇敢な市民 - 117日(金)公開 > WEBマンガが原作。非正規教師が実は元女子ボクシング王者で、学園を牛耳る極悪学生と死闘を演じるというもの。うむ、正月っぽい。でも、スベる可能性も。


満ち足りた家族 - 117日(金)公開 > ある正反対の性格の兄弟と、その家族がある事件をきっかけに崩壊への道を進む。アメリカの映画格付けサイトRotten Tomatoesで満点・・・・・・ではあるけど、採点しているのは評論家8人だけなので、判断がつかない。監督は巨匠ホ・ジノ。迷うな、これは。


香港映画のスーパースターが久しぶりに顔をそろえた一作もお目見え。


ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件 - 124日(金)公開 > トニー・レオン、アンディ・ラウという『インファナル・アフェア』コンビがダブル主演。それにしても、タイトルがダサい。ダサすぎる。しかし、香港では5週連続興行収入1位と大ヒット。トニー・レオンはこの作品で香港電影金像奨も獲っているので、少なくとも駄作ってわけではなさそう。ワタクシ、トニー・レオンに弱い。『インファナル・アフェア』は、DVD買って繰り返し観るほど好き。


音楽モノも見逃せない作品が。


Ryuichi Sakamoto | Playing the Orchestra 2014 - 13日(金)公開 > 坂本龍一が自らタクトを振るい、東京フィルハーモニー交響楽団と競演したコンサートを映画化。九州での上映はユナイテッド・シネマ キャナルシティ13のみ。果たして、音響はどうなんだ?


blurLive At Wembley Stadium/ブラー:ライヴ・アット・ウェンブリー・スタジアム』も公開決定! だけど、131日(金)が初日なので、2月に回す。


131日(金)にはアカデミー賞有力候補作品『リアルペイン 心の旅』も公開。この作品を皮切りに2月はアカデミー賞関連作が続々公開されるはず。



1月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。新年はあまりどんよりしたくないので、『満ち足りた家族』は落選!


まずはアクション時代劇でスッキリしたい!

室町無頼

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 —— 観客 ——

20250117日(金)公開

2025年製作/日本映画/上映時間134

監督:入江悠

出演: 大泉洋、長尾謙杜 ほか

公式サイト:https://muromachi-outsiders.jp/#original




福岡市内では上映なし。久留米遠征決定

ゴールドフィンガー 巨大金融詐欺事件

期待度 ★★★1/2

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 59% 観客 76%

20250124日(金)公開

2023年製作/香港・中国合作映画/上映時間126

監督:フェリックス・チョン

出演: トニー・レオン、アンディ・ラウ ほか

公式サイト:https://www.culture-pub.jp/goldfinger/




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第22回 2024年11月 『ドリーム・シナリオ』『ジョイランド 私の願い』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。