酒場SAKABA
美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」Vol.6
江口カン&くりしんの「はかたセンベロブラザーズ」による福岡・博多大衆酒場放浪紀。オヤジふたりが店の「味」と「魅力」を肴に酔いちくれる。そんなふたりだが、酒を酌み交わせばいつも必ず美女に出逢うという。果たして今夜は??♡
第6回 ”ガンナガ”で「ズンのネギ盛り」を愉しむ女
元祖 長浜屋 本店(福岡市中央区長浜)
北へ、北へ――。
その日、ふたりは大名を離れ、港を目指した。
会話は要らない。
ゴールが決まっているからだ。
ただ、ふたりは大通り沿いにある店の前でためらった。
勤労感謝の日の午後6時過ぎ。
本当にこんな時間にココで呑んでいいのか。
「オレは喰わんけんな」
今宵は「はかたセンベロブラザーズ」にプラスひとり。
声の主は、くりぜん編集長だ。
大名の1軒目でブラザーズと合流する前に、数軒ハシゴ酒だったらしい。
メートルはそこそこあがっている(死語らしい。ヨイチクレているってこと)。
「オレは呑む」
その断言に心を揺さぶられるふたり。
通りには数軒の屋台も軒を連ねている。
この時期の屋台も悪くない。
視線の先をさえぎるように40フィートのコンテナを積んだ一台のトラックが停まる。
紺色の作業着に身を包んだ50代後半の男性が運転席から飛び出してきた。
白髪交じりの角刈りと透き通った眼差しがニホンザルの野生を思わせる、菅原文太似のトラック野郎がまっすぐコチラに向かってきた。
彼は「はかたセンベロトリオ」にモノ申しに来たのではない。
ズボンの前ポケットに手を突っ込み、コインをまさぐりながら、まっすぐ店頭の食券機に向かう。
”路駐”してでも食べたい一杯がココにはある。
昭和27年、屋台からスタートした「元祖 長浜屋」だ。
江口:オレ、こんな時間にココにきたのは初めてやないかいな。
くりしん:そげんたい。しかもシメやなくて呑みやけんね。
江:せっかくやけん、食べたいのは食べたい。
く:どげんする?
江:どげんするってな。編集長は入る気マンマンみたいばい。
「オレは麺は喰わんけんな」
券売機の選択肢は「ラーメン」「替玉」「替肉」「酒」「焼酎」「ビール」。
3人は思い思いにチケットを買って入る。
”ガンナガシステム”では引き戸を開けると「麺のゆで加減」や「脂の量」、「ネギの量」を符丁で伝えるのがならわしだ。
ベタカタ、ネギ盛りで――
ふつう、ネギ抜きで――
といったヤツである。
要は「自分の好み」を伝えるのだ。
それはまさにダイバーシティ。
ひいてはそれが提供までの時短につながる。
ただ、入ってきた全員がラーメンをオーダーするのが前提のシステムなのである。
「いらっしゃいませー」
編:替肉と焼酎ば!
江:ラーメンはあとで!
く:オレもあと!
勢い。
とても大切だ。
たぶん、なんとかなった。
先客が1人しかいない手前左の6人がけテーブル席に着く。
顔をチラリと覗くと、あの”トラック野郎★桃次郎”だ。
「玉、半分ちょうだい、ヤワで」
そう言いながらポケットから小銭をテーブルに出す。
これから長距離を走るのだろう。
あまり食べ過ぎると眠たくなる。
でも、もうちょっと食べたい。
その結論が「半分」なのかもしれない。
ベトナム人らしき女性スタッフが替玉をもってきて小銭を受け取った。
追加は現金のやりとりでもOKなのだ。
彼女はセンベロトリオのオーダーも訊く。
編:焼酎に替肉ね。
江:オレもまずはそれ。
く:オレは酒と替肉ね。
「わかりましたー」
江:いやぁ、ダイバーシティやね。
く:たしかに。働いているスタッフもお客さんも多国籍やし。
江:何よりも客側のオーダー、ワガママを認めてくれるシステム。
く:そこも言いようによっては十人十色やけんね。
やがて替肉とキンキンに冷えた日本酒とキンキンに冷えた焼酎の一升瓶が運ばれてきた。
この店は焼酎も、いわゆる”コップ酒ストレート”なのだ。
編:うほー、きたばい、きたきた。
く:だいたい、いつもこうね?
編:オイちゃんやけん、呑んだらラーメンはもう食えんったい。
江:替肉をツマミに焼酎ば呑む人がこんな近くにおったことに驚きばい。
編:この替肉にくさ、テーブルにあるものを追加するったい。
く:ああ、すりゴマに、コショウに、紅ショウガば足しよる。
江:もはや怖いものなし。ダイバーシティの権化。歩くダイバーシティ。
編:飲ん兵衛にも優しかろうが、この店は。チェイサー代わりのお茶もあるけんね。
江:本当や。
く:注意されるばい、普通。
編:この店でドヤされるのはアレだけたい、アレ。
編:絵も昭和のデザインタッチでよかろうが。
く:そこかい!
編:あ、お嬢ちゃん、ヤカンのお茶、足して。
今度はネパール人らしき女性スタッフが重そうに大きなヤカンを持ってきた。
編:あ、ありがとう。
ヤカンをテーブルに置く前に受け取った編集長は、おもむろに半分ほど減ったコップ焼酎に湯気がたちのぼるお茶を注ぎ始めた。
編:これがガンナガ流の焼酎お茶割りたい。
く:あーあ、すげー。
江:良いオトナは決してマネしないでください、のオンパレードやな。
編:大丈夫。きちんと焼酎は3杯呑むけん。3杯呑んだらラーメンと替玉の値段と同じぐらいやろうが。ぐっひっひぃーっ。
く:ツワモノばい。
江:ツワモノがおったばい。
編:ぐっひっひぃーっ。
本来はラーメンのチャーシューを食べきった人がオーダーする「替肉」、もしくは肉をもっと食べたい人があらかじめ注文する「替肉」――それがもはやアテになっている。ココの「替肉」はけっこう塩辛い。替玉で薄くなったラーメンスープに投入される前提の味付けだからだ。
江:やばかー、オレ、完全にこの「くりぜんスタイル」にハマったばい。焼酎おかわり。
く:替肉は紅ショウガと合うし、すりゴマにも合うし、コショウをかけてもイカしてる。
編:ほら、こうやって紅ショウガば足せば、ほぼエンドレス・ツマミやけんね。やろうと思えばエンドレス・お茶割りもできるったい。最高やろうがガンナガ呑み!
江:やばか。いつもならさっきのトラックドライバーごたぁみたいに5分もかからんで店ば出るのに。
く:もう20分は過ぎとる。オレはそろそろ麺ば頼むばい。すんませーん、ベタナマば1杯。
編:またコイツはベタナマげな頼みよってから。バカのひとつ覚えで今日の今日まで生きてきたごたるね。
く:しゃーしか、死ね。
江:くりしん、実の兄貴に向かって死ねはイカン、死ねは。
く:老いさらばえて死にさらせ!
さすがの繁盛店だ。
お客さんはひっきりなしにやってくる。
居座る、はかたセンベロトリオ。
もう時計は午後7時半に差し掛かろうとしている。
「ズンのネギ盛り、ください」
そう言って彼女は店に入ってきた。
ひと言でいえば、ショートカットの深津絵里だ。
黒のダウンジャケット、黒のオニツカタイガーにカーキ色のスキニ―ジーンズ。
ダウンを脱ぐとインナーは無個性なグレーのジップアップパーカーだった。
どういうわけか彼女は迷うことなく江口カンの横に座る。
もちろん、イスをひとつ空けてだが。
編:うわわわ、うわー!掃き溜めにツルとはこのことやね。
く:美人さんやね。あいらしかぁ。
編:白魚ごたる透明肌やね。足首ばみてんしゃい、足首ば。
女:もう、お兄さんたちやめてくださいよ。
編:何ね、あんた、博多の人間やなかね。
女:東京からです。最終便で帰ります。
く:ほほう、博多最後の晩飯に誰かに勧められたパターンやね。
女:いいえ、けっこう通ってんですよ、こう見えて。
編:やろうね、ズンば頼みよったけん、びっくらこいたばい。
く:ばってん、ズンダレは出るまで15分ぐらいかかろうが。
女:ですよねー。でも好きなんです、水分をたっぷり吸い込んで伸び切った柔らかな歯ごたえが。
江:い、いいですよね、ズンのネギ盛り、僕も大好物です。
く:なんやー!どげんしたとや!標準語ば喋りくさってから。
編:僕、げな。気色悪かぁ。
江:何を言っているんだキミたちは。いきなり失礼じゃないか、名を名乗れ、名を。
編:オイラくりぜんとコチラくりしんでーす。
女:アタクシ桜子でーす。
江:あ、桜子さんですか、いいお名前で。
桜:お名前は?
江:ネギ・盛り太郎です。
桜:ネギさん、よろしく。
編:あれま。
く:くぷぷ。
彼女がオーダーした「ズンのネギ盛り」が運ばれてきた。
編:こりゃネギの盛りが少なか。
く:ネギさん、どうね?
江:これは由々しき問題だ。クレームを言いましょう。
桜:やめて、ネギさん。いいのよ、これも運命なの。私たちの出会いと同じ。
く:そう受け容れて食うのがウマイ、うめ―、うんめー、運命に違いない。
編:なんやそれ。ドヤ顔やめれ、はよ。
ああ、その所作を眺めるだけでもうタマラナイ。そのうえ彼女のたてる音がまたセクシーなのだ。桜子のサーモンピンクの唇にチュルチュルと吸い込まれていくズンダレの麺。
ズンダレとは「だらしがない」という意味の方言である。この符丁の名付け親はココの店の創業者の奥様だ。麺がだらしなく見えるくらいに柔らかい茹で加減「ズンダレ」が彼女の好みだったのである。
く:オレもズンダレの麺になって吸い込まれたかぁ。
編:くりしん、お前、顔がズンダレとるばい。
桜:うふふ。ズンは麺の量が2倍になったカンジなの。得した気分にもなるし消化もいいからね。
江:僕もそろそろラーメンを注文しようかな。
編:お、そげんね。
く:ネギさんも、もう店に入ってから1時間以上は経つけんね。
江:30年以上通っているけど、こんなに楽しめる店だなんて僕は知らなかったよ。
編:まだ気取りようよ。
く:めんどくさかね。
「すみません、ズンのネギ盛りください」
「はいよ」
編:なんや? 桜子さんに迎合しとるばい。
く:気に入られようとしてからくさ。
江:何を言っているんだい。僕はいつも「ズンのネギ盛り」なんだよ。
桜:ふうーっ、やっぱり今日も美味しかった。この時間に来て正解ね。
く:なんでね?
桜:スープが炊き立てなのよ。
編:ほう、そげんね。そしたらオレも頼もうかいな、麺「抜き」で。
江:まるで蕎麦屋さんみたいですね、あははは。
桜:蕎麦、いまから十割蕎麦をたぐりに行きましょうよ。近くにいい店があるのよ。
く:よかね、いこいこ。
編:うん、いこいこ、すぐいこ。
江:嘘だろう、キミたち。僕のラーメンがまだ来てないじゃないか。
桜:ネギさん、ごめん、最終便までのタイムリミットがあるのよ。
編:じゃ、そういうことで!
く:盛り太郎、そういうことで!
ギャーギャーと店を出ていく男ふたり。
江:あちゃー、やおいかんばい、やおいかん。
桜:ふうたんぬるかねぇ。次回はふたりだけでモーニング・ガンナガしましょ?
江:やった! ふたりだけの自由だ! 次に会う時のオレは、モー・ガン・フリーマン!
桜:その日はふたりともズンダレになるまで楽しみましょ、うふふ♪
ラーメン 元祖 長浜屋 本店
福岡市中央区長浜2-5-25
☎092-711-8145
営業時間 4:00~24:45
定休日 12/31~1/5
はかたセンベロブラザーズ KAN EGUCHI & KURISHIN
江口カン(兄)&くりしん(弟)。福岡生まれ福岡育ちのオヤジふたり。福岡・博多の大衆酒場放浪で意気投合。晩酌は欠かさないが寝る前に必ず肝臓に「おやすみ。今日もありがとう」という労いの言葉と優しくなでるボディタッチを忘れない。