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転がる石のように名盤100枚斬り 第45回 #56 Elvis Presley (1956) - ELVIS PRESLEY 『エルヴィス・プレスリー登場!』 - エルヴィス・プレスリー
いまの若い人も、エルヴィス・プレスリーやマリリン・モンローの名前と顔は知っていると思うけど、生身の人間というよりも、1950年代を代表する「アイコン」として認識しているんじゃないか。つまりは、ミッキー・マウスのようなキャラクターと同じくくり。
僕も、マリリン・モンローの人となりはなんとなく知っているけど、女優としての印象は薄い。実際に観た映画は、ビリー・ワイルダー監督の『お熱いのがお好き』(1959年)だけだし、この映画もお目当てはモンローではなくて、ワイルダー監督×ジャック・レモンの『アパートの鍵貸します』コンビだったりする。
エルヴィス・プレスリーはと言えば、アメリカではモンロー以上に「キャラクター化」してるようで、NETFLIXは、エルヴィスを主人公としたアニメ・シリーズを制作すると昨年発表した。アメリカを守るため悪の組織と闘うエルヴィスを描くらしい。
実現するかどうかはわからんけど。
2021年10月には、エルヴィスの伝記映画が公開予定。監督が『ムーラン・ルージュ』(2001年)、ディカプリオ版『華麗なるギャッツビー』(2013年)のバズ・ラーマンだから、「人間エルヴィスの苦悩を描く」みたいな感じじゃなくて、ディフォルメした、かなりポップなテイストになるんじゃなかろうか?
エルヴィス自身も数多くの映画に主演していて、その数なんと32本。だが、僕は一本も観ていない。だって、加山雄三の「若大将」シリーズみたいなもんでしょ? タイトルを見ると『恋のKOパンチ』『ヤング・ヤング・パレード!』『青春カーニバル』『いかすぜ!この恋』だもの。
その代わり、エルヴィスが「アイコン」として登場する映画には、印象に残っているものが何本かある。
デヴィッド・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』(1990年)もその一本なんだけど、公開当時に映画館で観たきりなので、詳細は覚えていない。調べてみると、ニコラス・ケイジ扮する主人公、セーラは、エルヴィスを崇拝しているという設定だった。
映画は、愛する女性(演じるはローラ・ダーン)を見つけた主人公が、街中で「ラヴ・ミー・テンダー Love Me Tender」(1956年にチャートで5週連続ナンバーワンを記録したエルヴィスの代名詞的なナンバー)を朗々と歌うシーンで幕を閉じる。YouTubeでこのシーンを観ていたら、映画館で観たときのことを、いろいろと思い出した。
カンヌ映画祭でパルム・ドールをとった作品だったこともあり、一種のアート・ムーヴィーだと受け止めている人が多かったようで、僕が観たときも館内はシリアスな雰囲気なのだった。
でも、この映画、実は、すごく笑えるのだ。ほぼコメディ。途中から笑いをこらえるのが大変だったことを覚えている。そして、終盤の「ラヴ・ミー・テンダー」でついに爆笑。エルヴィスのことはあまり知らなかったけど、アメリカには彼を崇拝するイカれた信者がたくさんいることをこの映画で学んだ。
そんなこんなで、エルヴィスのことをマジメに聴くことはなかった・・・・・はずなんだけど、なぜか、我が家にも1枚、彼のCDがある。それが、ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』56位にランクインした『エルヴィス・プレスリー登場!』だ。時代を感じさせる邦題ですね。
このCDを購入したのも映画がきっかけだった。ジム・ジャームッシュによる1987年の監督作『ミステリー・トレイン』である。永瀬正敏と工藤夕貴が主役級の扱いで出演したこともあって、日本でもヒットした。
しかし、この映画も劇場で一回観たきりなので、内容は、ぼんやりとしか覚えていない。永瀬・工藤のカップルはアメリカの50sカルチャーに憧れ、アメリカに来たという設定だったような。あと、確か、エルヴィスの幽霊が登場するんじゃなかったかな?
この映画の劇中で何回かエルヴィスの「ブルー・ムーン Blue Moon」が流れるのだけど、これが、まさに黄泉の国から聴こえてくるような幽玄な響き。ジャンルとしてはカントリー・ウエスタン。でも、演奏には覇気がなく、エルヴィスのヴォーカルには、ヘンテコなエコーが施されていて、そのまどろむようなムードは、不思議と中毒性がある。
で、劇場を出た後も、この曲が耳を離れず、タワレコで輸入 CDを入手したというわけだ。
いま振り返ると、我ながら「キング・オブ・ロックンロール」のデビュー・アルバムをなんだと思っているんだという感じだけど、実際に聴いてみると、まさに時代をひっくり返すスーパー・カリスマの降臨が刻まれた究極の一枚なのだった。
オープナーは、「ブルー・スエード・シューズ Blue Swede Shoes」、ロックンロールの代名詞とも言える超名曲だ。
前奏なしでいきなり、「Well, it’s one for the money まず第一に金のため」と歌うエルヴィスのヴォーカルがスピーカーから飛び出す。そして「Now go cat go さぁ、行ってみよう」という掛け声とともに演奏も加速。キメのフレーズは「Step off my blue swede shoes 俺の自慢の青いスエードの靴は絶対に踏むんじゃねーぞ」と来る。
「青いスエードの靴」への偏執的な愛を曲にするという発想がすごい。これぞ、ロックンロール。
元は、カール・パーキンスの曲で、『エルヴィス・プレスリー登場!」リリースと同じ年、1956年の1月にシングルが発売されてミリオン・セラーを記録している。
しかし、カール・パーキンスというのはツイてない人で、この曲のヒットによりTVショウの出演が決まったのに、収録に向かう途中で交通事故に遭い、長期入院。その間に、エルヴィスがこの曲をシングルとして発売。途端に、世間のイメージは「ブルー・スエード・シューズ=エルヴィスの曲」になってしまったそうだ。
そのくらいエルヴィスのヴォーカルが当時の世界に与えたインパクトは大きかった。
「当てにしてるぜ I’m Counting on You」「アイ・ラヴ・ユー・ビコウズ I Love You Because」あたりのバラードは、エルヴィスならではの艶っぽさが濃く出ているにしても、1950年代後期の保守的な白人社会にとっても許容の範囲内だっただろう。
しかし、「アイ・ガット・ア・ウーマン I Got a Woman」(オリジナルはレイ・チャールズ)や「ワン・サイディッド・ラヴ・アフェア One-Sided Love Affair」はそうはいかない。これらの曲を聴いた大人たちが眉をひそめたであろうことは想像に難くない。だって、ここで聴けるエルヴィスの声は「黒い」んだもの。
このヴォーカル・スタイルには、エルヴィスがティーン・エイジャーだったころに暮らしたテネシー州メンフィスの環境が大きく影響している。街には貧しい黒人の労働者があふれていた。エルヴィスは、彼らと同じ音楽を聴いて育ったのだ。
いまだ黒人への差別が根強い1956年に、黒人音楽から受けた影響を隠そうともしないエルヴィスは、当時のエスタブリッシュメントの目に「脅威」として映ったとしてもおかしくない。同時に、保守的な社会に飽き飽きした若者たちの熱狂を呼ぶことになる。彼らは新しい音楽に飢えていた。
このアルバムのハイライトは、7曲目に収録されている「トゥッティ・フルッティ Tutti Frutti」だと思う。ロックンロールのオリジネイターの一人、リトル・リチャードが1955年に発表したこれまたロックンロールのクラシックだ。
オリジナルに比べると、エルヴィスのヴァージョンは、疾走感増し増し。全体的により洗練された印象だけど、キメの「A wop bop-a-lu a whop bam boo」の箇所だけ、一転してドスの効いた声でアクセントをつける。このけれん味がいなせだ。
この「A wop bop-a-lu a whop bam boo」を聴くと、エルヴィスは、ロックンロールがなんたるものかを本能的に知っていたことがわかる。カントリーやリズム&ブルースにはない、ロックンロールだけがもつ粋な美学が、デビュー盤ですでに花開いている。
エルヴィスは、レコードを制作では、一発録りにこだわった。そしてバック・バンドがミスっても、演奏のノリがよければ、録り直さずそのまま採用したんだって。このあたりの感覚もロックンロール。
なぜエルヴィスが50sの若者に熱狂的に支持されたのか、このデビュー・アルバムを聴けば納得できる。ひと言で言えば、エルヴィスは「新しい世界」を見せてくれた。既成概念によってがんじがらめに縛られた窮屈な世界ではなく、音楽によって人種も年齢も関係なく一つになれる、より自由な世界。
このヴィジョンこそ、後世のミュージシャンたちが、エルヴィスから受け継いだもので、それは現在も失われていないはずだ。
一躍時代の寵児となったエルヴィスは、徴兵から戻ってくるとすっかり牙を抜かれ、その音楽も色あせてしまった。1969年にラスベガスのステージに主戦場を移した後は、ロックンローラーというよりも太り過ぎのエンターテイナーに成り下がってしまう。そして、いまじゃ「キャラクター化」。
でも、1956年のエルヴィス・プレスリーは、正真正銘の「キング」だった。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★
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