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転がる石のように名盤100枚斬り 第58回 #43 The Dark Side of the Moon (1973) - PINK FLOYD 『狂気』 - ピンク・フロイド

転がる石のように名盤100枚斬り 第58回  #43 The Dark Side of the Moon (1973) - PINK FLOYD  『狂気』 - ピンク・フロイド


メディアとかマスコミってやつは、どうしてあんなに「ランキング」が好きなんでしょうね。



アメリカの老舗音楽誌『ローリング・ストーン』なんかはその最たるもので、この連載の元ネタである『史上最も偉大なアルバム』以外にも、『最も偉大な500曲』とか、『最も偉大なアーティスト』とか、『最も偉大なギタリスト』とか、やたらめったらランク付けしている。


おもしろいところで、ローリング・ストーン誌が選ぶ『日本の名盤』なんてのもあって、1位が、はっぴいえんどの『風街ろまん』というのは、無難すぎてつまらないんだけど、2位以下には、 RCサクセションや嘉納昌吉&チャンプルーズ、アナーキー、村八分、JAGATARAなんかがランクインしていて、なかなか興味深い。ちなみに前回紹介したシナロケの『真空パック』も44位にランクインしている。



さて、今回のお題は、ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』43位、ピンク・フロイドの『狂気』。実はこのアルバム、ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なプログレッシヴ・ロック・アルバム』で、みごと1位に輝いている。



これは、プログレが苦手な僕にとって、吉なのか、それとも凶なのか?



「最も偉大」なんていう称号を冠しているくらいだから、きっと、それは「究極のプログレ」なわけで、大袈裟なアレンジを施した、息苦しくなるくらいに重厚な楽曲が、切れ目なくスピーカーから流れてくるんじゃないだろうか? 


くそ暑い2020年晩夏のBGMとしては最悪のチョイスなんですけど。



でも、『史上最も偉大なプログレッシヴ・ロック・アルバム』における『狂気』のレヴューに目を通すと、ちょっと気が楽になる。そこに書かれている、このアルバムの特色は以下の通りだ。


  • そつないコンセプトアルバム
  • 商業的に最も成功したアルバム
  • 根本的にわかりやすいことが強み


なんかライトなイメージ。もしかしたら、聴きやすいんじゃない?


全世界で5000万枚以上をセールス。ビルボードのアルバムチャートでは937週、なんと15年間ランクインしたというメガ・ヒット・アルバムだし、コアなプログレ・ファン以外をも巻き込む魅力があるはず。


勇気を振り絞って、聴いてみましたよ、全10曲、4252秒。



一聴した印象は「すごくよくできた70年代ロック」というもの。


「生命の息吹き Breathe」は、オーソドックスなバラードでじっくり聴かせるし、「タイム~ブリーズ(リプライズ)TimeBreathe (Reprise)」は、70年代ロックならではのダサかっこよさが炸裂する。


また、「アス・アンド・ゼム Us and Them」を聴けば、なぜ、このアルバムが一般リスナーに支持されたかがわかるだろう。序盤は、ムーディなサックスがおしゃれ。独特の浮遊感が心地く感じてくる。そして、迎えるサビは、ドラマティックで美しい。あざといくらいによくできた曲なのだ。カップルのデート中にカーステレオから流れてきても違和感なし。


そして、今作のクライマックスは、ラストに収録されている「狂人は心に Brain Damage」と「狂気日食 Eclipse」なわけだけど、これがホラーな邦題からは想像もできないような、穏やかなサウンドなのだった。


「狂人は心に」は、終盤の笑い声が気色悪いけど、曲自体はさわやかと言ってもいい。「狂気日食」は、シンプルかつ力強い一曲で、かと言って大袈裟に盛り上がるわけではなく、淡々とした調子でアルバムは幕を下ろす。



「最初の曲からラストまで切れ目なくつながっているコンセプト・アルバムなので、1曲ごとに聴くなんてありえない。アルバム全体を一曲として評価すべし」なんていう、プログレ原理主義者の主張を目にした時は、「そんなん知らん」と思ったけど、予想以上にシームレスだった。気がつくと次の曲が始まっていたりする。


だからって、「斬新やん!」と衝撃を与えるかというと、そんなことはなく、アルバム一枚がシームレスなことが、心地よさにつながっている。要はBGMとしてクオリティが高いということ。


結局、このアルバムがバカ売れしたのは、歌われているテーマとか、コンセプト・アルバムとしての完成度とか、演劇的なSEの使い方がセンセーションを呼んだということではなく、純粋にロック・アルバムとして、質が高く、加えて耳あたりがよかったということが大きいんじゃないだろうか。



ローリング・ストーン誌もレヴューで指摘しているけど、世界観が非常に「わかりやすい」ことも重要だろう。歌の内容は、ほぼそのタイトルで言い表されている。


「タイム」は時間、「マネー」はお金がテーマだし、「アス・アンド・ゼム」は、こっち側( Us )とあっち側(Them)の対立を描いた曲。


「狂人は心に」の原題を直訳すると「脳損傷」なので、ドラッグによるダメージ、もしくは戦争の後遺症(「アス・アンド・ゼム」で戦争に言及している)を指している可能性もあるけど、邦題は、「狂気が忍び寄ってくる」という歌詞をストレートに反映したようで、これはこれでいいんじゃないでしょうか。


邦題といえば、最後を飾る「狂気日食」は、ダジャレの域に達していて、「うまいこと言った」感が鼻につくけど、この邦題が、人生につきまとう不安感をうまく表現していることは認める。しかし、聴いている時には、そんな不安感は感じない。純粋に「いい曲やなぁ」って感じ。


このアルバムの世界観は、よく言うと「わかりやすい」、意地悪な見方をすると、聴いていても言葉が引っかからない。歌詞を目で追いながら聴いても、思考が深まるってことはない。サウンドの心地よさに流されてしまう。



だからと言って、『狂気』は産業ロック的意匠で売れたことのみで、評価されているわけじゃないだろう。淡々としているからこそ、切実に湧き上がってくる感情がある。そのエモーションの根源は、このアルバムのすべての曲の歌詞を手掛けた、ロジャー・ウォーターズだ。



一般的に、『狂気』は、ピンク・フロイド初期のリーダーで、才能に恵まれながらもドラッグに手を染め精神を病んだ挙句、バンドを追放されたシド・バレットを描いたものだと解釈されている。


うむ、非常にわかりやすい。


わかりやすいんだけど、ありきたり。そもそも、ロジャー・ウォーターズにとって、シド・バレットは親友であり、シドの転落は非常にツラいことだったはず。それなのに、シドが狂っていく過程を、まるでシドの頭の中を覗いてきたかのように、曲に仕立てるなんて、普通の神経でできる?



個人的に、アルバムを通して語られるストーリーから感じるのは、シド・バレットの「狂気」ではなく、ロジャー・ウォーターズが抱えている、救いがたい「悲観主義」だ。だから、このアルバムの邦題は、「狂気」よりも「暗転」がふさわしいんじゃないかと思った。


「悲観主義」がもたらす「暗転」ぶりがわかりやすいのは、「生命の息吹き」や「狂気日食」だ。



「生命の息吹き」は、人間の誕生のシーンから始まる。


人生は長い/そしてお前は高く舞い上がる

お前が浮かべるであろう笑顔、そして流すであろう涙

お前が触れるものすべて/見るものすべて

それがお前の人生をかたちづくるのだ


このパートは、人生を肯定的に描いていて、感動的だ。しかし、この直後に世界は一変する。


走れ、走れ、ウサギよ、走れ

穴を掘るんだ/お日様なんか忘れちまえ

仕事が終わったとしても/座り込む暇はない/

さっさと新しい仕事を始めるんだ


さっきまで輝く未来が目の前にあった主人公は、いきなりブラック企業の社員と化してしまった。



「狂気日食」では曲の終盤に暗転が待っている。世界のすべては太陽の下で調和しているという歌詞の後に、ロジャー・ウォーターズは、不吉なフレーズをつぶやかずにはいられない。


でもその太陽も月に蝕まれていくんだ


「狂人は心に」にしても、シドが狂気に陥っていくプロセスをなぞっているように見せて、本当は、「俺もいつかシドみたいに狂っちゃうのでは」という、ロジャー・ウォーターズの怯えが表現されているんじゃないか。



ロジャー・ウォーターズは、平坦な道を歩いていても、いつか落とし穴にハマるんじゃないかと怯えながら生きてきたんだろう。夜空に輝く明るい月を見ても、光が当たっていない月の裏側(The Dark Side of the Moon)についつい思いを馳せてしまい、その闇の深さに恐れ慄く人生。


得体の知れない不安を抱くようになったのは、圧倒的な才能を持ちながら、狂気の淵に沈んだいったシド・バレットの姿を目の当たりにしたことが大きかったとは思う。だとしても、『狂気』=暗転の主人公は、シド・バレットではなくて、ロジャー・ウォーターズだ。



「狂気」とは違って、こういう「不安」や「悲観主義」は、僕らみたいな凡人にとっても、他人事ではないし、説得力がある。淡々と日々を過ごしていても、わけもなく、ふと暗い気持ちになることってあるよね。『狂気』って結局は、そんな僕らを映し出すアルバムなんじゃないだろうか。だから多くの人に、(無意識のうちに)リアルに受け入れられたという側面もあるように思う。



プログレッシヴ・ロックの最高傑作という肩書きにビビりながら聴いてみたけど、プログレ臭はさほど強くなく、ロジャー・ウォーターズの内面がリアルに反映された、ロックの名盤でした。ピンク・フロイド 、ちょっとだけ好きになったかも。



おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★






長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県ディープエリア筑豊生まれ。開店休業中の雑誌編集者。九州ウォーカー、某弱小エアラインの機内誌の編集長を経て、なぜか今は京都の旅館の運営が業務の中心。あと染織作家である家人の話し相手など。