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転がる石のように名盤100枚斬り 第5回

転がる石のように名盤100枚斬り 第5回

#97 Tommy - THE WHO (1969)

『トミー』- ザ・フー



この連載の「序章」で「名盤は聴いていない」と言い切っていたけど、蓋を開けてみると、ここまでに紹介した4枚のアルバムのうち、なんと3枚を所有していたことが判明(ボブ・ディランのセカンドを聴いた記憶はないとしても)。



むしろ「名盤」大好きじゃん、自分。



人って案外、自分のことを理解してないものですよね。若年性認知症の疑いも捨て切れませんが。


今回ご紹介するのは、『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』第96位のザ・フー、1969年の名作。これは、自信を持って言える。生まれて一度も聴いてない! 絶対にCD持ってない! 



★ザ・フーについて知っていること

・ビートルズ、ローリング・ストーンズと並んで、ブリティッシュ・バンドBIG3に数えられていた。

・メンバーはピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーとキース・ムーン(故人)と、名前を知らないベースの人。

・リンゴ・スターの息子が一時期ドラムを叩いていた気がするけど、気のせいかもしれない。

・知っている曲は、「マイ・ジェネレーション」「フー・アー・ユー」「キッズ・アー・オールライト」。どの曲も結構好き。

・ピート・タウンゼントは、風車みたいに腕をグルグル回してギターを弾く。

・ライブでは、最後にギターをステージに叩きつけて壊す。



あと、ビートルズ、ローリング・ストーンズは「ザ」を付けなくても気にならないけど、ザ・フーには「ザ」を付けないと、なんかイヤだ。


要は、ザ・フー自体をよく知らないのです。ロック界ではレジェンドだけど、正直言って、ビートルズ、ローリング・ストーンズに匹敵するバンドと言われてもピンと来なかった。


今回初めてちゃんと聴いてみましたよ、ザ・フー。4枚目のアルバム『トミー』は、「ロック・オペラの草分け」として名高く、ピート・タウンゼントが書いた物語を、音楽で表現したんだそうな。僕らが中学生の頃にヒットした、スティックスの『ミスター・ロボット Kilroy Was Here』みたいなやつですかね。


アルバムを一聴するとかなりポップ。でも、「ロック・オペラ」というくらいだから、歌詞にも目を通してストーリーを理解しないと、真価はわからない。


で、Googleで検索して、いくつかのサイトを覗き(Wikipediaにも曲ごとの解説あり)、大まかな筋は把握した。ポップな音に反して、詞の内容は、かなりヘビーなんだなぁ。こういうのって、本当にイギリスぽい。



主人公、トミーは、幼い頃、ある事件を目撃したトラウマで、視覚、聴覚、言語が不自由に。その後、ドラッグ漬けにされたり、性的虐待を受けたりと、散々な目に合った挙句、ピンボールの才能が開花。それとはまったく関係ないきっかけで三重苦の症状が完治し、「クララが立った!」(ref. アルプスの少女ハイジ)的な勢いで宗教の教祖みたいな存在に担ぎ上げられるが、「耳栓して、目隠しして、口にコルクを突っ込んで、ピンボールやれば、人生オーケー!」という教義を開陳したところ、人々に拒絶されてジ・エンド。たぶん、こんな話。



こんな救いのひとかけらもない物語が、小気味良いポップ・チューンにのって展開される。ザ・フー、演奏はタイトだし、曲もバラエティに富んでいて、物語の起伏を感じる。情景が浮かぶ。これは思いのほかハマる。全24曲、75分の大作を聴き終わると、感動している自分に気づいたのでした。


ただし、これは、ストーリーを追いかけながら、アルバム全曲を通して聴いた場合の話。曲がポップなだけに、流して聴くと耳から耳に通り抜けてしまう。


自分が英語のネイティブだったら、小説を読むように、詞と音によって物語がダイレクトに頭の中に流れ込んでくるんだろうけど、そうはいかない哀しきニッポン人。翻訳と歌詞を照らし合わせて、1曲ずつ噛み締めていかないと全体像が把握できない。それって、やっぱりまどろこしい。敷居が高く感じる。


この敷居の高さが「名盤ぽい」と言えば、名盤ぽい。映画化、舞台化されているので、映像作品から入ると、また違うのかもしれませんね。


ロック史に名を刻んで然るべき、まごうことなき名盤だし、ストーリーを理解して聴くと、ほかでは得がたい音楽体験が味わえる。


でも、一生懸命聴いたせいで、おっちゃん、なんか疲れちゃったよ。そんな理由で申し訳ないけど・・・・・・



おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★









長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県ディープエリア筑豊生まれ。開店休業中の雑誌編集者。九州ウォーカー、某弱小エアラインの機内誌の編集長を経て、なぜか今は京都の旅館の運営が業務の中心。あと染織作家である家人の話し相手など。