酒場SAKABA
美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」 Vol.4
江口カン&くりしんの「はかたセンベロブラザーズ」による福岡・博多大衆酒場放浪紀。オヤジふたりが店の「味」と「魅力」を肴に酔いちくれる。そんなふたりだが、酒を酌み交わせばいつも必ず美女に出逢うという。果たして今夜は??♡
第4回 ゴボ天うどんを2倍楽しむ女
弥太郎うどん(中央区渡辺通)
ヒグラシが鳴き始めた晩夏。午後9時ともなると、いくぶんか渇いた風が肌を心地よくなでる。夕暮れどきから酔いはじめ、河岸をかえるべく春吉エリアへ向かう、はかたセンベロブラザーズ。千鳥足で目指すのは昭和41年創業の『弥太郎うどん』だ。
「誰が何と言おうとココは弥太郎うどんだもんね」といわんばかりに、大きく目立つ黄色の看板、青色のビニール屋根、白色の幟、このすべてに店名が銘打ってある。ウイークデイは24時間営業(土曜は朝6時まで)ということもあって、深夜から朝方にかけては“プロの酔いちくれ”たちが集まる”最後の砦”だ。
だから、この店は「うどん」以外のツマミが充実する。いまとなっては酒肴メニューがオープンキッチンの業務用冷蔵庫の“ドア表”に貼り出されているが、10年ほど前までは表向きに「おでん」しか酒肴は存在しなかった。実は、夜間スタッフに料理人が加わって始まった、裏メニューである。
「何かツマミなか?」
「今日、煮込みあると?」
「ねぇ、ゴボ天ば軽く炙って」
そうオーダーできるのはご常連たちにだけ許された特権だった。
江口:そんな歴史とエピソードがある店とは全然知らんやった。
くりしん:世の中には知らんでもよかこともいっぱいある。
江:飲み会のシメでココに連れてこられたことは何度もあるっちゃけど、いつも店に入るまでしか記憶が残っとらんかったっちゃんね。
く:おおかた、寝かぶっとったっちゃろうね。それにしてもくさ、オレもこげん早う時間には来たことがなかけん、なんか調子が狂うばい。お、またけっこうツマミが増えとる。
江:まずはやっぱりビールやろう。
く:ま、633と”ゴボ天”の炙りから飲ろう。
江:「きゅうりのからし漬け」に「からし蓮根」も喰いたかぁ。
く:なんでそげん“からし”づいとうとや。艶(ツヤ)つけてからくさ。
江:じゃあわかったばい、「手羽先」も追加しちゃろう。
く:なんや、ゴボ天、よく見たらメニューにあるやないか。「ごぼう天焼き」げな。
く:博多の人間は「ごぼう天」は「ゴボ天」としか言わん。いつからそんな洒落こけた店になったとや、弥太郎は。あー、くそ、ションベンまりたか。
江:まあ、そげん言わんと。とりあえず、オレがオーダーば通しとくけん、はよ、はばかりに行ってきんしゃい、はよ。
く:なんかそのフレーズくさ、「にわかせんぺい」のCMごたる。ま、オレはいまからトイレで「博多ぶらぶら」やけどね。
江:あ、ぶ~らぶら、って。もうよか、はよ行け、はよ。
店内はオープンキッチンに沿ってつくられたL字カウンター席と3人がけのテーブル席が3つ。メインカウンター席の後ろにあるテーブル席に座ったセンベロブラザーズ。午後9時を回ったところだが席の9割が埋まっている。客は男だらけ。
なかでも店のムードメーカーとなっていたのは、70歳をゆうに超えたカウンターに陣取る5人の男たちだった。深夜では決してお目にかかれない世代。何かの会合で久しぶりに集まったのだろう。夕方前から飲んでいるぐらいのメートルの上がりようだ。スタッフとも絡みながらフランクな会話が続いている。その雰囲気たるや、まさに西部劇に登場する場末の酒場のカウンターで早い時間から酒をあおっている常連客たちのようだ。
江:カウンターのおいちゃんたち、すごか。まるで弥太郎の安全と掟を守る“弥太郎FIVE”やね。
く:また、巧いこと言ってから。いかん、どうしてもおいちゃんたちの会話に耳ば奪われるっちゃん。
江:じゃあ、しばらくおいちゃんたちの会話ば、酒のツマミにしよっかね。
入り口の引き戸がガラリと開き、30歳前後のカップルが入ってきた。
「わー、またお客さん、来たばい」
「ママ、手伝いしよっか」
「そのかわり飲み代半額たい」
「皿とコップを割ったら倍払い」
「そりゃ、やおいかんね」
女性スタッフ:シシャモ、焼きあがりますよ。
「誰が食べるとな?」
「あーたーし」
「あんた、ワリカン言うたらバリバリ喰いよるね」
「シシャモもアゴも、あたしたい」
「アゴも頼んどったとなっ!」
「ママ、そろそろアゴも焼きあがるっちゃろ?」
「バカやね、アゴはゆっくりていねいに焼かんといかんと」
「そげん言いよったら真っ黒こげになるばい」
女性スタッフ:はい、シシャモ。
「きたきた」
「あらま、こりゃだいぶやせこけとるシシャモやね」
「中国や韓国が乱獲しとるけんね」
「いや、今は海が温かすぎるけん、肥えんとよ」
「なんね、あんた、専門家みたいやね」
「あたしゃ、プロたい。アッチのほうもね」
(ガハハハハ)
「おかしかなぁ。いい歳して小指ば立てよる」
女性スタッフ:はい、お待たせしました。
「お、アゴが焼けたばい」
「うまそうやね、あんた。1匹やらんね」
「イヤくさ。自分で頼みんしゃい」
「こすかねぇ、あんた」
「やっぱ、弥太郎も店で熱帯魚を飼わないかん」
「なしてな?」
「熱帯魚の塩焼きば喰うてみたか」
「またバカなこと言いよる」
「美味しいらしいばい、カラフルな色のついとうほうが」
「焼けたらどうせ真っ黒やろうもん」
「そりゃ、焼く、じゃのうて、焦がす、たい」
「知らんとな? 熱帯魚は身までカラフルばい」
「あんた、他に何ば頼んどうと?」
「厚焼き玉子」
「いまマスターがつくりよるやつたい」
「そうそう」
「ありゃ厚焼きじゃなかばい」
「薄かね。卵2個ぐらいやないと?」
「こりゃ看板に偽りあり、たい」
「マスター、ウソはイカンですよ、ウソは」
「“薄焼き”玉子に書き直しばい」
「失礼かね、あんたたちは。まだ重ねよる最中じゃなかね」
「そうそう、営業妨害しちゃイカン」
「なんば言いようとね。売り上げに協力しよったい」
「そげんね」
ちょっと冗談が過ぎたと反省したのか、しばらく沈黙が続く“弥太郎FIVE”。センベロブラザーズはその合間に追加オーダーを通す。常温のカップ酒と「イカの塩辛」だ。
ふたりが"弥太郎第2ラウンド"をスタートさせるタイミングで2つのテーブル席が会計を済ませる。そのタイミングでカウンターの5人衆は息を吹き返した。
「ほら、お客さん、帰りんしゃったよ」
「片付けんば」
「ママ、手伝いしよっか」
「そのかわり飲み代半額たい」
「皿とコップを割ったら倍払い」
「そりゃ、やおいかんね」
「ママ、恐い客が来たら、あたしらに言わんね。暴力防止法ば適用するけん」
「はぁ、何ば言いよるとな?」
「ほら、この3人はボウシばかぶっとろうが」
「はぁ」
「我々が弥太郎の暴力ボウシ法たい」
(ガハハハ)
「ほら、見てん。卵がどんどん太(ふと)うなりよる」
「あたしが言うたけんよ」
「太(ふと)かな」
「もう1個、卵ば追加してんやい」
「バカ言うな。また30分ぐらい待たなイカンやないか」
「やっぱ職人のワザやね」
「あたしゃ、家で年中、卵焼きはつくりよります」
「マスター、もう相手せんでよかばい」
男性スタッフ:はい、厚焼き玉子です。おまたせしました。
「ほい、来た」
「こん人たちにも分けてやって。5ミリずつぐらいでよかけん」
「こすか。ワリカンやろうもん」
「厚焼きやけん、アツアツのうちに食べんば」
「シメのうどんは頼まんでよかね?」
「あたしゃ、よか」
「どげんしたと?麺食いはやめたとな?」
「知っとるでしょ。面食いは家内でじゅうぶん」
「あんたはそれほどカッコよくなか」
「美女と野獣たいね」
「そげんたい」
「でもくさ、弥太郎のうどんも久しぶりやけん」
「食べたら、ホッとするやろうね」
「やっぱ、ゴボ天やろうか・・・・・・」
“弥太郎FIVE”のためらいをよそに、ガラリと引き戸が開いた。
入ってきたのは20代後半の女性だ。
黒髪はゆるくウェイブを重ねたセミロングでシンプルな白いブラウスの肩までかかる。
鼻は小さめだが高い。
目はくっきりとした二重、瞳は大きくやや黒目がち。
まつげも長く、やや上向きにカールしている。
印象的なのは色白の肌に映えるルージュ。
均整のとれたその唇の脇にホクロがある。
すらりとした下半身のシルエットが出る細身の黒のデニムパンツを履きこなす。
誰が見ても美人だ。
彼女は迷うことなく、5人衆とは離れたカウンターのいちばん奥の席に座った。
さすがの彼らも、タメイキすらでない。
「いつもの、お願いします」
容姿に目がクギ付けになった男性客たちは、このひと言でハートも鷲づかみされてしまう。
彼女の「いつもの」が果たして何なのか。
酒は飲むのか、飲まないのか。うどんなのか、それともそばなのか。
江:どげん思うや。
く:やっぱ633とおでんやない? 大根、玉子、牛すじの3点盛り。
江:オレの予想は玉子とじ。なんとなく、あん娘(こ)は、玉子とじであってほしか。
く:うどんね? そばね?
江:玉子とじには博多うどんのヤワ麺がよく似合う。
く:ケッ!太宰治か。ココには富士も月見草もなかばい。
江:てへへ。
3分も経ってはいなかった。
5人衆からママと呼ばれている女性スタッフがカウンター越しにドンブリを差し出す。
ああ、やはり、うどんか、そば、なのだ。
「はい、アヤちゃん、おまたせ」
「ありがとうございます」
「それと、コレね」
「うん、ありがとう」
「今日もこれから朝まで?」
「そうなんですよ、いま繁忙期だから」
「がんばってね」
「ありがとう」
そう言いながら彼女は小皿にのった何かを受け取る。テーブルの割り箸を取り、合わせた両手の親指と人指しの間にはさんだ。その「いただきます」のあとに“ドンブリの海”から彼女の舌の上に運ばれるのは何なのか。そのタイミングでまた“弥太郎FIVE”が、これまでとは違ったウィスパーヴォイスで会話をはじめた。
「まるで小野小町やな」
「そげんたい」
「あんたのカミさんとは比べもんにならん」
「なんとなくケイコに似とらんね」
「ケイコって、あのケイコね」
「我ら旧制中学のマドンナたい」
「弥太郎が開店した頃、一緒によう来よったね」
「来よった、来よった」
「あの頃は青春やったなぁ」
「まだまだ春は終わっとらん」
「おい、みんな、ちょっと待ってんやい」
「なんね」
「ほら、あん娘、ケイコと同じ食べ方をしよる」
「なんてな?」
「あいたた、フタタ。本当ばい」
すべてが見えている“弥太郎FIVE”がうらやましい。うらやましすぎて恨めしい。彼女が何を注文したか。手がかりは彼女が発しているリズミカルな啜る音。この音はうどんに間違いない。やっぱり、ごぼう天なんだろうか。そしてあの魅力的な唇は柔らかな麺をどのように滑らしながら舌の上に運んでいるのか。そしてどれぐらいの圧力で歯を立てているのか。そしてどのように舌先を使いながら喉の奥へやさしく誘っていくのか。そしてどんな食べ方をしているのか。
見たい。とにかく見たい。
とはいえ、あからさまに席を立つわけにもいかない。なんとなく“弥太郎FIVE”は、彼女を守るための門番にも思えてくる。
江:知りたかばい。
く:な、知りたかな。
江:見たかばい。
く:な、見たかな。
江:どげんするや。
く:しょうがなか。ここはイチかバチかたい。
江:うん?
く:ママさん、こっちにもアヤちゃんと同じもんばくれんね。
その声に一瞬、5人衆は反応したかに見えた。
しかし、センベロブラザーズのほうを振り向くこともなく、ひとりがスタッフに声をかける。
「もう9時ば回っとうばい。そろそろ帰るけん。算入しちゃらんね」
彼らはそれぞれ財布を出す。そしてひとりが沈んだ声を漏らした。
「もう一度だけ、ケイコに食べさせてやりたかったな、弥太郎」
彼らが勘定を済ませて店を出たときだった。ママが「ごぼう天うどん」(440円)と「かしわごはん」(180円)を持ってくる。アヤちゃんはこんな“ド定番”を注文していたのだ。
門番たちがいなくなったカウンターの隅に目をやると、意外にも彼女から声をかけてきた。
ア:ねぇ、オジさんたちは博多の人?
江:そうたい。
ア:かしわのおにぎりをね、うどんのスープに沈めるとよ。
く:なんてな?
ア:麺を半分ぐらい食べたあとに。そして、なかで崩すの。
江:うそやろ。こげん食べ方、博多もんはせん。
く:見てんやい。ゴボ天うどんかしわにぎりおじやの完成ばい。
ア:食べてみてん?
江:うわぁ、タマラン。こげんうまい食べ方があったったい!
く:うん、こりゃたしかに感動もんやね。
ア:ワタシはココでおばあちゃんにこの食べ方を教わったと。
く:もしかして、名前はケイコさんね?
ア:えっ? オジさんたち、おばあちゃんのこと知っとうと?
江:知っとうも何もなぁ、くりしん。
く:そうたい。まあ、コッチに来んね。
ア:これから仕事やけん、10分だけよ。
江:10分もあればなぁ、くりしん。
く:そうたい、確実に2ラウンドはイケる。
ア:じゃあ、このうどんみたいに2倍、楽しみましょう♪
店舗情報
弥太郎うどん
福岡市中央区渡辺通5-1-18
☎092-761-4155
営業時間 24時間営業(土曜日は朝6時まで)
休み 日祝
はかたセンベロブラザーズ KAN EGUCHI & KURISHIN
江口カン(兄)&くりしん(弟)。福岡生まれ福岡育ちのオヤジふたり。福岡・博多の大衆酒場放浪で意気投合。晩酌は欠かさないが寝る前に必ず肝臓に「おやすみ。今日もありがとう」という労いの言葉と優しくなでるボディタッチを忘れない。