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酒場SAKABA

美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」 Vol.3

美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」 Vol.3

江口カン&くりしんの「はかたセンベロブラザーズ」による福岡・博多大衆酒場放浪紀。オヤジふたりが店の「味」と「魅力」を肴に酔いちくれる。そんなふたりだが、酒を酌み交わせばいつも必ず美女に出逢うという。果たして今夜は??♡



第3回 悩ましげに豚足唐揚を愛でる女

    「立ち飲み処 角屋」(中央区天神)

 

8月、台風上陸前夜の午後7時。じんわりと吹き出しては肌と服にまとわりつく汗。服を着たままお粥を炊く鍋に閉じ込められた感覚だ。とにかくもう、はやくビールが飲みたい。

今日の舞台はココ。西鉄電車「福岡天神駅」の西口から歩いて30秒の老舗『立ち飲み処 角屋』である。創業から半世紀以上たつ“天神立ち飲み文化”の発信基地、いわば天神に集う酔っ払いたちのサンクチュアリだ。焼酎は1杯240円でアテは120円から。11時から23時まで年中無休である。地下と1階が「角屋」で、同じ建物の上階には焼き肉、中華、とんかつなど飲食店が入る。実はこの「角屋ビル」に入るすべての飲食店は「角屋」の系列店なのだ。


江口カン:角屋ビルかぁ。なんかまるでブルース・リー『死亡遊戯』の五重塔やね。

くりしん:なんね、下からドンドン飲み倒して最上階でクライマックス、迎えるつもりね。それは勝手やけどくさ、角屋はけっこう使うっちゃろ?

江:いや、初めてやんね。

く:はぁ? 福岡で半世紀以上生きてきて初めて? 頭がどうかしとる。

江:なんかくさ、角屋に入るのって照れくさかったっちゃん。自分と同じぐらいの歳やけん。顔見知りで昔からよう知っとうけど、どっちが先に声かけるか、みたいな。

く:分かるようで分からん。角屋からは死んでも声はかけんやろ。

江:どげんしたと? 今日はなんかアタリが強かぁ。

く:それは太陽のせいだ!なーんてね。もうよか。はよ、入ろう。

 

もうほぼ満席。タイミングよく(?)地下から「ぎゃあぎゃあ」と女性のわめき声が聞こえてくる。今日は“アングラ”には近寄るまい。1階の立ち飲みテーブルを占拠するのは4050代サラリーマン8割、その人生の先輩たち1割、カップル1割といったところ。


オーダーはすべて食券制でラインナップはこんな感じ。

センベロブラザーズは、それぞれ財布から野口さんを1枚ずつ取り出し食券機の前に。弟くりしんは兄カンに先を譲った。“兄ファースト”だ。ところが、兄は生ビール券だけを買って、並び待つ諸先輩方に場所を明け渡したのだ。


く:どげんしたと?

江:いや、なかなか選びきれん。そして、なかなかのプレッシャーばい。

く:なら、先に全部買うばい。

江:ああ、オレもあとに続くけん。

 

弟は慣れたものだ。札を券売機に投入するとあっと言う間に3つのボタンを押した。そして、きちんと100円のお釣りを出す。さぁ、次は兄の出番だ。残金550円を投入したまではよかったが沈思黙考している。その様子に目を細める弟。その時間およそ1分。兄がテーブルにやっと戻ってきた。食券を見せ合うふたり。

く:結局、何ば選んだと?

江:いやあね、店に入るときにくさ、看板を見て気になっとったっちゃんね。ほら、オレは職業柄、ビジュアルから入るほうやけん。角屋の名物「塩肉」。

く:よかね、カッコよか。いわゆる“1点買い”たい。じゃあ、行くばい。

江:どこに行くとね?

く:決まっとろうもん。商品引き替え窓口たい。

江:ぎょうらしかぁ、商品引き替え窓口げな。

く:ほら、釣り銭は左ポケットに入れてから、食券は右手に持ちんしゃい。

 

酒の肴はおよそ60種類。乾き物、炒め物、煮物、揚げ物、おひたし、サラダ、ゴマサバ、おでん、何でもござれ、だ。まずは食券と引き替えに「中ジョッキー」をもらう。「つけもの盛り合わせ」と「がめ煮」も。「塩肉」はちょっと時間がかかるという。テーブルに戻り、まずはカンパイだ。

江:つけもの盛り合わせ、好きやね。

く:ココのはすごかろうが。

江:モヤシのナムルとザーサイが入っとるのは好感がもてる。

く:つけものなのに、なぜかシイタケの佃煮もあるっちゃんね。

く:うん、やっぱコレたい。ココのがめ煮は味も煮込みも浅いっちゃん。

江:煮崩れたサトイモとしっかりと効いた醤油がトレードマークのおふくろの味とは対極やな。けど、うまい。この薄味は呑んべえの身体を気遣った優しさやね。

 

会話やテレビの音でざわつく店内に声が響いた。

「しおにくぅ~、しおにくのかたぁ~」

黒地に白のチェックシャツを着た、肌は少し色黒で線が細い若い外国人男性スタッフがキッチンのなかからカタコトの日本語で叫ぶ。

「しおにくぅ~、しおにくのかたぁ~」

オーダーした「塩肉」の提供準備できたのだろう。

「しおにくぅ~、しおにくのかたぁ~」

頭では分かっていたが、まるで何かの歌のように、もう一度聞きたくなった。


江:真打ち登場やね。どら、おっいい。シンプルやね。牛スジかいな。

く:この歯ごたえもおいしさばい。サイドのポテサラも、業務用感たっぷりで、ある意味サイコーやね。

江:お、“味変アイテム”が“商品引き替え窓口”のところにあるばい。マヨネーズと一味、ううん、一味だけにしとこ。

く:うん、うまか。ベストチョイスやね。

江:もうビールがなくなったばい。2回戦といこうかね。

 

勢いづいた兄は800㎖の「ちかっぱジョッキー」(950円)を。

 アテの補充は“早いもの勝ち”とキャッチコピーがついた鶏の「レバカツ」(350円)、

 

ピリ辛味噌で仕上げた豚の「ホルモン煮込み」(300円)、

 

そして角屋のもうひとつの名物と言われる「豚足唐揚」(300円)。

 

江:この煮込みは味つけが洋風やね。この甘さはケチャップが入っとうちゃない?

く:いや、こりゃ、この甘さはチリソースばい。それと白味噌やね。

江:いや、絶対ケチャップばい。オレには分かる。レバカツも火の通り具合が絶妙やね。

く:うん、またウスターソースとカラシの組み合わせは鉄板たい。

江:豚足、いってみようかね。福岡で唐揚って珍しかね。これ、沖縄・那覇の『おでん東大』のヤツにちょっと似とう。

く:茹でてじっくり焼き揚げるやつやね。

江:オレ、ずっと前からくさ、豚足ってもっと大切に扱われるべきやないかって思いよった。だってくさ、1匹から4本しかとれんとばい。それってある意味、希少部位やろ。

く:そうやね。酒場でよく目にするのはくさ、足を半分に切ったやつたい。通称“1足半身”。骨はいくつあるか知っとう? 1足で47個、半身は前足か後足かで違うっちゃけど、22~24個って言われとる。

江:知らんかった。あんた、豚足博士やね。それにしても皮はパリパリでくさ、中はトロトロでうまか。酢醤油にネギもよかけど、すりおろしニンニクもよかね。

く:オレもそろそろ酒がなくなったばい。何にしようかいな。やっぱ、633かな。

江:633って、なんね?

く:なんや、そんなのも知らんと?633って言えば、ビールの大ビンのことたい。今日はラガーにしとこうかね。

 

券売機で「ビンビール(大びん)」(550円)を買い、窓口に。

「一番搾りとラガー、一番搾りとラガー、どっちにしますか~」

ボディランゲージでラガーを指さし受け取る。

 

く:ほら、後ろのラベルば見てんやい。

江:なんね、どこにも633やら数字は書いとらんばい。

く:老眼やけん、分からんちゃろ? お互い様やけど。容量ば見てみい、容量ば。

江:う~~ん、あった、あった。うわっ! 633やん! 

 

兄が驚きのあまり、のけぞったときだった。センベロブラザーズの前に国仲涼子似の美人が現れたのだ。身長165センチぐらい。肌はほどよく日焼けしている。袖にワンポイントの刺繍が入った白い半袖Tシャツにブルージーンズ、足元は銀色がめだつミュールというチョイス。明るい色の髪の毛は後ろでヘアピンでうまく束ねてある。耳たぶにはエッフェル塔を象ったピアスがぶらさがる。目鼻立ちはくっきり、何よりも輝く大きな目が印象的だ。

 

女性:あの、お隣、空いてますか

ふたり:どうぞ、どうぞ

女性:あ、豚足唐揚、食べてるんですね。私も大好きなんです。なんていうか、故郷の味っていうんですかね。

く:生まれは沖縄ですか?

女性:いや、違います。鹿児島の田舎町です。この近くにある整骨院に就職が決まって、2カ月ほど前に福岡にやってきたんですよ。名前はサキっていいます。

江:ちょうどよかった。最近、ちょっと腰の調子が悪くて。

サキ:あはは、そうなんですね。お話を聞く前にちょっと買ってきますね。

 

券売機に向かうサキちゃん。その一挙手一投足に目を奪われるセンベロブラザーズ。ムリもない。まさに、掃きだめに鶴、なのだ。

 

江:いや、いい。

く:うん、たしかにいい。

江:サキちゃんは何で角屋に来たとかいな。

く:人がたくさんおるけんやない? ほら、ひとりでメシを喰うのは、何て言うとかいな、ほら、さびしかろうが。

江:そげんかな。何か他に理由がありそうなんやけどな。

く:なんね、カンの勘ってヤツね。

江:ほんと、くだらん。

 

お戻りだ。運んできたアテは「豚足唐揚」と「つけもの盛り合わせ」。飲み物を取りにいった。

 

サキ:いやね、今日は暑かったから生ビールにしようと思ったんだけど。人が目の前で飲んでるとおいしそうに見えちゃって、633が。

く:でしょっが!やっぱり立ち飲みは633でしょっが!

江:えっ! サキちゃん、まだ20代半ばぐらいやろ? 633って知っとると?

サキ:うふふ、知っとるよ。知っとーと。 

く:あ、博多弁もかわいかね。まあ、飲まんね、飲まんね。

サキ:あ、どうも、どうも、いただきまーーす。

 

自己紹介もひとしきり終わった。サキちゃんは2杯目に。芋焼酎を生のまま飲み始める。それを見て兄は弟に耳打ちをする。

 

江:ちょっと気にならんね。豚足唐揚げには全くハシをつけとらんばい。

く:ほんとやね。猫舌かいな。

江:オマエは本当に幸せもんやね。

く:やろうが。

 

会話が耳に届いたのだろうか。サキちゃんはおもむろに、かぶりついた。いや、そこまでは豪快ではない。正確な描写をするならば、柔らかい部分から、しゃぶりついたのだ。その姿はなんともなまめかしく、センベロブラザーズの目には映った。オジサンたちを誘っているのか、それともからかっているのか。

 

江:くふぉっ。たまらん。

く:ふぐぐっ。こりゃイカン。

 

ふたりが思わず漏らした声など耳には入らないのか。

ショーは続く。

そして彼女は白魚のような指先を脂で艶めく口唇にかけた。

裂け目から生まれ出る骨は真珠のような白い輝きを放つ。

それを1つひとつ指で受けとめ、皿に置いていくのだ。

そのたびに彼女の口元はこう動いていた。

 

来る。来ない。来る。来ない。来る・・・

 

センベロブラザーズは一瞬で状況を理解した。

サキちゃんは「豚足唐揚」で、来る、来ない、と「骨占い」を始めたのだ。

たぶん、彼女がここに来た理由は、ここに顔を出すかもしれない「意中の人」目当てだったのだろう。

さすがに酔いもまわってきたのだろうか。サキちゃんはピアスがぶらさがった耳まで紅潮させながら苦悶の表情を浮かべ「儀式」を続ける。

 

兄と弟は、静かに行く末を見守った。

骨の数は22~24個。

再び兄と弟はひそひそ話を始める。

 

江:オマエ、役目は分かっとろうな。

く:あいよ。

 

いよいよ、儀式は佳境に。



 

来る・・・・・・

 

そう言い終わったあとに彼女は、最後のひとかけらとなる大物を唇からすべらすように取り出した。

 

来ない・・・・・・

 

彼女の大きな瞳は見る見るうちに満潮状態に。

それを見て取った兄は、弟にウインクを飛ばす。

 

江:サキちゃん、あんた、行儀悪かばい。床に骨ば落としとるやん。

サキ:えっ? えっ? 本当? ゴメンナサイ

 

弟は自ら食べた豚足の骨を彼女の足元に転がした。

来ぅ~る~~~~!

俄然、元気を取り戻した彼女だったが、自ら「整骨院院長との不倫」を語り出した。

話は終始、彼自慢だったが、どこか大きな瞳が哀しく映る。

聞けば、よくココで一緒に飲んでいたらしい。ただ、先週末に一度、抱かれた夜からはうまくコミュニケーションがとれなくなったという。

 

「奥さんが嫉妬深くてね。ケータイでのやりとりはNGなの。彼、仕事終わりにココに寄るのが息抜きなのよ。だからね、私、待ってるの、ずっと」

 

そう言いながらも、少し前から時計ばかり気にしている。

“いつもの時間”を、とうに過ぎてしまったのだろうか。

 

「そろそろ終電の時間ね。タイムアウト。なんだか悲しいわ」

 

涙ぐむ彼女は荷物を手にして出口へと向かう。

そのとき、扉が開き、イケメンが入ってきた。

男の胸に飛び込んだサキは振り向きざまに言った。

 

「さすがセンベロブラザーズが口にした骨ね。御利益があったわ♪」

 




店舗情報


立ち飲み処 角屋

福岡市中央区天神2-10-12

☎092-732-7900

営業時間 11:00~23:00

休み 年中無休

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はかたセンベロブラザーズ
はかたセンベロブラザーズ

はかたセンベロブラザーズ KAN EGUCHI & KURISHIN

江口カン(兄)&くりしん(弟)。福岡生まれ福岡育ちのオヤジふたり。福岡・博多の大衆酒場放浪で意気投合。晩酌は欠かさないが寝る前に必ず肝臓に「おやすみ。今日もありがとう」という労いの言葉と優しくなでるボディタッチを忘れない。