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酒場SAKABA

美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」 Vol.1

美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」 Vol.1

江口カン&くりしんの「はかたセンベロブラザーズ」による福岡・博多大衆酒場放浪紀。オヤジふたりが店の「味」と「魅力」を肴に酔いちくれる。そんなふたりだが、酒を酌み交わせばいつも必ず美女に出逢うという。果たして今夜は??♡

 

第1回 迷わずフライ定食を注文する女 
      「大衆酒蔵 酒一番」(博多区中洲」

 

 葉桜を抜ける風が心地よい春の宵。福博であい橋を通り抜け、中洲エリアに入る。一本目の路地の角の建物からにぎわう声が漏れてきた。そう、ココが今日の舞台、昭和38年創業の『酒一番』だ。1階はカウンター席がメインで2階には座敷席がある。この中洲のどまんなかで半世紀以上続いている老舗。赤ちょうちんには「定食」と「カレー鍋」の文字が。酒一番という名前なのに、定食とカレー鍋というギャップがたまらない。

  

 時刻は午後6時過ぎ。引き戸を開けると「チリンチリーン」とベルが鳴る。すでに1階は8割の客入りだ。ふたりは正面から入って左側のカウンターに座った。

 建物はたしかに古い。が、隅々まで掃除が行き届いている。それは切り盛りするスタッフの顔ぶれと安心感から納得がいく。舞台の主役は接客が温かく優しい4060代のおばちゃんたちだ。

 カウンター内の壁には定番メニューの札がぶらさがり、客席側の壁にも酒と料理のメニューがびっしりと。カウンター正面の壁のてっぺんと天井に15センチほどの隙間がある。壁の向こうにキッチンがあるらしい。

 

くりしん:初めてきたっちゃけど、もう好きになったばい。

江口:ヨカ、カウンター席、雰囲気がヨカね。

く:ね。カンさん、1杯目は?

江:やっぱり生ビールやろ。

く:よし、じゃあ、生2杯やね。つまみは何にしよっかねぇ。

 

 カウンター内の壁にある定番メニューは250円から。もろきゅう、めざし、チーズ、納豆。最高値は魚刺しと鯨刺しのツートップで880円だ。いろいろと目移りしていると天井からぶら下がっているものが気になる。


く:名物のカレー鍋、いっときますか?

江:えっ? 最初からね?

く:そう言われるとくさ、まだ早かね。カンさん、大衆酒場や居酒屋で必ず頼むのはなん? ポテサラとか?。

江:ポテサラは最近食べるようになったったい。もともとジャガイモが苦手やったけんね。

く:えーっ! なんか、ちかっぱ(※博多弁で「とても」の意)意外やん。

江:あの世界が、歳をかさねて分かるようになったと。

く:(笑)残念やけど、ココにはポテトフライしかなかばい。ああ、漬物盛り合わせ、頼んでもヨカですか。

江:いいやん。店によって違いがある一品。いいだこ、気になるわー。

く:わっ、すごか、焼き鳥はなんでも1本80円!

江:安かぁ。中洲ばい、ここ。ソーメンが一年中あるってのもグッドやね。

く:あとは名物らしいけん、卵焼きもいっときますか。プレーン、納豆、明太子……

江:納豆の卵焼き。食べたことなかなぁ。でもここはやっぱり、めんたいやろうね。

 ファーストドリンクに「生ビール」(500円)を選んだふたり。たまたま目の前にいた四十路半ばの女性スタッフに声をかける。

く:注文ばヨカですか。

スタッフ:はいはい、いらっしゃいませ。

く:生2杯と漬物の盛り合わせと……

ス:アサリの酒蒸し、今日のオススメですよ。

江:アサリの酒蒸しね、アリやね。いいだこはどんなん?

ス:ウチで甘辛く炊いたやつね。美味しかよ。

江:じゃあ食べる。

 ふたりは「アサリの酒蒸し」(価格不明)「いいだこ」(360円)「漬物盛り合わせ」(400円)「めんたい卵焼き」(660円)「いわしフライ」(600円)を注文。生ビールで乾杯のあと、すぐに、いいだこが運ばれてきた。

 

く:なかなかいい感じですな。

江:甘辛く炊いてるのにワサビってのがタマラン。

く:たしかに。めずらしか。

江:あのね、実は大のワサビ好きなんよ。

く:うわー、オイラも。回転ずし行ったらゴルフボールサイズでもらう。

江:ウソやん、せいぜいピンポン玉やろ。

 

く:お、いわしフライのお出ましやん。皿が個性的やねぇ。カンさん、お先にドゾドゾ。

江:(サクッ、もぐもぐ)うわ、これ、ウマッ! たいがいの青魚好きやけんわかるけど、こりゃ素材が新鮮。うん、新鮮ばい。ソースやら醤油やら、何もかけんで正解やったぁ。

く:ちょっともらってもヨカですか。ほう、こりゃウマか、こりゃ新鮮ばい。

 到着する肴を順番につつきながら、お互いの「何か」を確かめ合うふたり。ビールのあとはジョッキスタイルの赤ワインソーダ割「赤ハイ」、西の関の「濁り酒」、いま中洲のラウンジで人気急上昇中のホワイトホースのハイボール、清酒、レモン酎ハイと杯を乾かしていく。



 

 この店のカウンターには水2リットルのペットボトルが置いてある。セルフで「和み水」が楽しめるという優しいシステムだ。間に水をはさみながら、ひとり5杯ずつ飲んだころには、あらかた肴もなくなってしまった。

く:まだ1時間も経っとらん。

江:マジやん。もうお酒がなーい。

く:ホッピーもあるごたーです、ココ。あ、かまぼこのバター焼き、頼んでヨカですか?

江:どうぞどうぞ。個人的にはフライ定食が気になるっちゃんね。いわしフライがあれだけ旨かったけん。フライ定食のフライラインナップが気になる(笑)。



チリンチリーン。

 店の引き戸が開き、グレーのパンツスーツ姿の女性が入ってきた。身長は170センチぐらい。歳は30手前といったところか。

 「おばちゃん、今日もフライ定食にしようかいな」

「あら、なっちゃん、お帰り。フライね、ちょっと待っとってね」

 ふたりとは席を1つ空けて座った、なっちゃん。きっと常連なのだろう。明るく元気な雰囲気の彼女はナチュラルメイク派だ。愛らしいネコ目で顔立ちはクッキリしている。きちんとメイクをすればもっと化粧映えするだろう。

 彼女はイスに座りながらしきりに黒いパンプスのすり減った踵を気にしている。営業職なのだろうか、職場は近いのか。上着を脱いでイスにかけると我々と目があった。

なっちゃん:あっ、こんばんは。

江:あっ、どうも。

く:どもども。

  屈託のない自然な笑顔だ。ちょうどバッドタイミングで「かまぼこのバター焼き」(290円)が届く。

 

 意気地なしのセンベロブラザーズは声をかけるきっかけを失い、自分たちの杯に集中するフリをする。どうして彼女はこの店のトリコになったのだろうか――チラ見しながら酒を飲み進めた。

 フライ定食を食べる準備なのだろう。なっちゃんはおもむろに黒のゴム輪で肩まで延びたダークブラウン色の髪をポニーテールに束ねだした。手を挙げている間、半袖ブラウスの脇からピンクのキャミソールがのぞく。と同時に、ふわっと艶めかしい柔軟剤の香りが漂ってきた。

「なっちゃん、お待たせ。フライね」

「ありがとね、おばちゃん。うわー、美味しそう。いっただきまーす!」

 ああ、やはり、魚のフライものっている。彼女は驚くべき行動に出た。揚げ物に、フライに、何もかけずに食べはじめたのである。卓上にあるソースや醤油にも手を伸ばさない。ブラザーズとしてはバンザイ胸キュン♡ポイントだ。

 「なっちゃん、今日もマヨネーズは要らんとね?」

「うん、ちょっと太ったけんね」

「あんたが肥えとうなら、私はどげんすればいいとね」

「私はそのままのおばちゃんが好きやけん、そのままでいいとよ」

「まぁー、うまかこと言ってから。何も出らんばい」

 たぶん本来のフライ定食には千切りキャベツの横にマヨネーズがたっぷりついているんだろう。おばちゃんはなっちゃんが前回来た時にマヨネーズを使っていなかったことを気に留めていての些細な気遣いだ。些細なことだが、客商売としては重要なことである。

「今日もこれからお店ね?」

「そう、今日は週末やろ。スタッフが少ないけん、オープンから入らないかんとよ」

「商売繁盛、何よりやないね」

「そうやね、うふふふ」

 おばちゃんにニッコリと笑顔を投げかけると彼女はまっすぐにフライに向かった。たぶん、店のオープンまでの時間もあまりないのだ。食べるのは早いが、所作はすべて美しい。そして何よりも美味しそうに食べるのだ。


 なっちゃんに気づかれないようにセンベロブラザーズは小声で状況を確かめ合う。

昼はオフィス勤めで、いまからは夜の蝶になるとかいな。

く:みたいやね。キャバクラかいな。

江:化粧とドレスで雰囲気はガラリと変わるやろうね。たぶん、昼の顔も、夜の顔もオレのタイプ。強いて言うなら、15年前の「はしのえみ」似やね。

く:あちゃー、また渋いとこきた、欽ちゃんファミリー。

江:あのくさぁ、くりしん。おばいけ、頼んでヨカ?


く:え? この店で3番目に高い、おばいけ?

江:実は、おばいけ、大好きなんよ。

く:はやく言わんですか(笑)。

 しばらくすると「おばいけ」(720円)が到着する。

 

 しばし眺める江口カン。酢味噌がかかった定番のスタイルである。すると突然、なっちゃんの前におばいけを差し出したのだ。

江:よ、よかったら食べんね。オレの好物たい、おばいけ。

な:えーっ!どうしたんですか? しかも、おばいけ……。

 すると彼女の顔つきは急に暗くなった。さっきまでとはまるで別人だ。

 ひとすじの涙が頬をつたう。

江:えっ? あっ? 嫌いね、おばいけ?

な:あ、ごめんなさい。ちょっと昔のことを思い出しちゃって……。

 鼻をグズグズ言わせるながら涙をこぼすなっちゃん。くりしんはハンカチ代わりの手のごい(※博多弁で「手ぬぐい」の意)を江口カンに渡し、彼はそっと彼女の前に差し出しす。

な:てへへ、取り乱しちゃった。もう恥ずかしかぁ。おばいけのお礼と言っては何なんですが、よかったらこれからおふたりでウチの店にいらっしゃいませんか。お酒をごちそうさせてください。

く:断る理由はなかろうもん、ねぇ。

江:せやね。でも、なんか、おばいけのヤツがすんまっせん。

な:うふふ。続きはゆっくり2軒目でね♪

 

 

店舗情報


大衆酒蔵 酒一番 

福岡市博多区中洲4-4-9

☎092-291-3920

営業時間16:30~24:00

休み 年末年始

美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」 Vol.2

はかたセンベロブラザーズ
はかたセンベロブラザーズ

はかたセンベロブラザーズ KAN EGUCHI & KURISHIN

江口カン(兄)&くりしん(弟)。福岡生まれ福岡育ちのオヤジふたり。福岡・博多の大衆酒場放浪で意気投合。晩酌は欠かさないが寝る前に必ず肝臓に「おやすみ。今日もありがとう」という労いの言葉と優しくなでるボディタッチを忘れない。