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文化CULTURE

世界の果てで眠りたい Vol.1

世界の果てで眠りたい Vol.1

アリューシャ・バスターミナル


世界にはそれぞれ、その土地らしい生活のリズムがあって、そのどれも日本とかなり違っている。とても勇気づけられる事実である。


タンザニアはツーリストにとって、アフリカ旅の入門編といった位置づけだ。

サファリ、ザンジバルの旧市街(ストーンタウン)、ビーチリゾート。観光資源が豊富で、外国からの旅行者も多いため交通網も比較的発達している。そして比較的治安も良好。

比較的、という保留の言葉が多いことに引っかかる人もいるかもしれないが、要は日本の基準は期待しないでね、というくらいの意味だ。とにかくタンザニアは、初めてのアフリカ旅にはお勧めの国なのである。

タンザニア北西部に、サファリの基点となるアリューシャという町がある。






サファリを終えるとほかにすることもない。そんなアフリカの地方町だ。




コーヒーで有名なキリマンジャロからも遠くはないので、時間がある人はキリマンジャロ登山もよいだろう(1週間くらいかかります)。

あるとき私は、アリューシャの旧市街にあるバスターミナルで、地元民たちとケニア方面へのバスを待っていた。

バスターミナルといっても、単なる空き地である。

バスの車重で均された地面のわきに、コンクリ平屋造りの簡素な建物がある。そこにバス会社のオフィスがあって、オフィスは売店と簡易食堂も兼ねていた。

休暇を利用してやってくる世界中のツーリストたちは、比較的整備された新市街に泊まる。

だから冷房なしのバスが発着するこの旧市街ターミナルにいるのは地元民と、なるべく長く旅をするため節約を第一に、現地人と同じような生活をするバックパッカーだけ、つまりは私である。








朝からとても暑くて、100万個の銅鑼がじゃんじゃん鳴っているみたいなひどい照りだった。

それでも地元の人たちが汗をかかないのは驚きで、頭にスカーフを載せて日を避け、ときどきハンカチでハタハタと顔を仰いだりするだけでしのいでいる。

バスは定刻を過ぎているがまだ来ていない。

バス待ちの人々は母と子供がほとんどだった。

彼らの身の回り品は風呂敷包みや麻袋、そして地面に積まれた布製のトランク。

トランクは中身を詰め込みすぎて、樽のようにふくらんでいる。まるで家にあるものありったけ全部、それこそ井戸の水まで押しこんだみたいである。

アフリカの母たちはみんな恰幅がよくて、すばらしい漬物石みたいに大地に座している。

その肌はなめらかで、よく磨かれた琥珀みたいに輝いていた。私はアフリカを旅していたほぼ毎日、彼らがもっているそんな美しい肌に見惚れて、感動するのだった。


子どもたちは母の傍らで、黒く濡れた大きな瞳で世界の様子を覗っている。

襟付きのシャツやワンピースなど、どこかよそ行きの服装の子が多い。遠い親戚にでも会いに行くのだろうか。アフリカでは家族で遠くへ出かけることが少なく、離れた親戚に会いにいくのはハレの日なのかもしれない。昔の日本も、確かそうだったように思う。暇つぶしにそんなことを想像する。


社交辞令のように定められた出発予定時刻から、もう4時間も過ぎている。

アフリカでバスの定時出発を期待するのがどれほど愚かなのかは、承知しているつもりだ。日本とは違うのだ。

日本で当然だと思っていることは、海の向こうではだいたい当てはまらない。

海の向こうが変わっているのではなく、日本が特殊なのだと気がつくことができれば、その日からあなたは生まれ変わる。さらに、「みんなそれぞれの普通があって、それでいいや」となったらこっちのもので、怖いものはほとんどなくなる。


バス待ちの地元民たちから文句はでてこない。

あいかわらずスカーフを頭にのせて、ハンマーみたいに降ってくるアフリカの日差しの下でじっとしている。ときどき思い出したように、青マンゴーに塩やライムを振ったものを齧る。子供たちはコアラみたいに母親の胸か、風呂敷包みをベッドにしがみついて、眠っている。

私の毛穴は夏のダムみたいに水不足の大地へ汗を放水していた。ときおり吹く乾いた風をうけてやっと息をつく。しかし、東アフリカを旅していてつくづく感じるのは、ここの庶民たちは本当に我慢強い、ということだ。

どんな悪条件であっても声をあげない。じっとしている。

流れの中にじっとして、耐えている。


そんな中で、私だけ苦しくて声をあげるわけにはいかん。

「おい!バスはいつ来るんだ!」

もしヒステリックにそんな叫び声をあげたらどうなるか。

「あら、なんて気が短くて器の小さい人間かしら。日本人って、ああなのね」

となるかもしれない。

それでアリューシャ町民の日本人観が決まってしまうのだ。

それはよろしくない。日本に申し訳ない。旅をしているとときどき、自分が日本を背負っている気持ちになってしまう。勝手に背負われた日本は迷惑だろうが、どうしてもそんな感情になってしまう。愛国心を育ませるには、旅をさせるべきである。


しかし、どうして彼らはこうもがまん強いのか。

あまりに広大で圧倒的な自然とともに生きているからだろうか。自然の驚異が代々、遺伝子レベルで刻みこまれていて、だから耐えることと受け入れることが当たり前で、それを苦としないのかもしれない。

そしてこの辛抱強さと環境を受け入れる美徳が、ここ数百年の、彼らの悲劇の原因になっているかもしれない。

そんなまとまりのないことを考えているうちに、出発予定時刻から8時間経ってしまった。


まずいことが一つある。

遅れるのは仕方ないのだが、目的地に着く時間が夜遅くになるのはよくない。

初めて訪問する町には、明るいうちに到着するのが旅の鉄則である。

明るいうちに宿を探す。宿で荷物を降ろし身軽になって町を歩き、町の感じをつかむ。

人たちの様子、治安、危なそうな路地などなど。

そういった細かい心配りが、旅先でのトラブルを減らしていく。

しかし太陽は坂を転がるように傾きはじめ、色を落とし始めている。




ついに私はバス会社のスタッフに状況を尋ねることにした。


「いま、バスはどの辺にいる?」と私。

「もう少しかかる」

バス会社のマネージャーが答える。

鋭い目つきをした中年男である。背が高く、シャツの中にニワトリを右と左、一羽ずつ詰め込んでるかのように、筋肉が盛り上がっている。額を横断して大きな傷跡がある。覚醒作用のある雑草のような枝葉をくちゃくちゃと噛んでいて、しきりに地面に唾を吐き、気にくわない奴はすぐ斧で頭をカチ割ってやるぜ!と、そんな気性を毛穴から漏らしている。かろうじて堅気に見えるのは、襟付きの汚れた白シャツを着ているからだ。白シャツってすごい。

「連絡はとれてんの?」現地到着時間のこともあるから、私はさらに問い詰める。

「ああ」

「バスはいまどの辺?」

「それがなあ・・」

マネージャーは私の肩越しにバス待ちの人々の様子をうかがって、私をわきへと連れていく。拳で語ろうぜ!的ななにかだろうかと用心しながら、オフィスの隅へとついていく。

「実はな、バスが途中で故障してるんだ。いま修理してる」

マネージャーはそうこぼした。


故障することはよくある。

しかしなぜそれを今まで黙っていたのか!

それもまあ、ひとまず置いておく。

旅が長くなると、起こった事への文句や愚痴より、まず現実的なことが口をつくようになる。

「修理にどれくらいかかるの? 」

「わからん」

「さすがに今日中にこっちに着くよね」

「・・今日はもう無理だろうなあ」

マネージャーはぎっちりと腕を組む。彼の二の腕は丸太のようで、パパイヤを挟めばすぐにフレッシュジュースが絞れそうだ。

とにかく、バスはもう来ないのだ。

「それなら、みんなに知らせなきゃ」

「そう思うか?」

「そう思うかって、100人中99人が、そう思うやろ。そう思わない一人がいるなら、この世界であんただけだ」

英語というものは不思議な言語である。こういった妙に芝居がかった台詞も、英語だとすらすらと出てくるのだ。というか、英語がそういう表現をさせてしまうという節がある。

そして英語なら、日本でトゲトゲしくなりそうな言葉だってなんだか格好良く響いてしまう。

きっと英語はそういった表現が得意な言葉なのだろう。私の性格がトゲトゲしい、というわけではない。そう信じている。

「今すぐみんなに伝えなよ。そうしないとみんな季節が変わるまであそこで待っとるぞ」

これも芝居がかった言い方だが、気取っているわけではない。英語がそう言わせるのである。

「そうだよな!」

マネージャーは私の提案で決断したようだ。その決断は少なくとも6時間前にしろ!と思ったが口には出さないでおく。

マネージャーはオフィスの前に立って、現地語でバスの故障のことを伝えはじめた(スワヒリ語がわからんので、そう推測する)。

マネージャーはバスの故障と、翌日への振り替えなど、自分たちのミスを、数時間遅れでやっと白状しているのだ。それなのに彼は顔を天にあげ、胸を張って、太く男らしい声で、海を割るモーゼのように堂々としている。なんか腹が立つ。

話の途中でみんなからため息が漏れた。さあ、この現状を聞いた民衆たちはどうする。さすがに不満が爆発するだろうか。立ち上がってマネージャー(ファーガソンって名前)を非難して、空き缶のひとつでも投げつけてやるのもよい。さあ民衆よ、立ち上がれ!

しかしそうはならず、みんなため息をついたあとに、そぞろ腰を上げて、ぞろぞろと、ゆっくりと大きな荷物を担ぎだした。

それから町の外れに日が傾くのと同じようなゆるやかさで、バスターミナルから去っていく。そしてバスターミナルには誰も居なくなった。




私はその光景を前にして、感動してしまった。

バスが8時間遅れたあげく、結局故障と知って明日に延期になった。それで文句ひとつも言わずに、家へと戻っていくのだ。


ため息を天に向かってホッと、吐き出しただけ。

バスが8時間来ないストレスなんて、彼らにはほんの小さな息の塊りでしかいのである。それだけで済ませて、何事もなかったかのように家路につくのだ。

長く旅をして、人やシステムのルーズさをたくさん経験していた。

なにしろ私は、それらの精度では最高峰の日本で育ったのだ。必然的に、どこの国のシステムもルーズに映ってしまう。だから旅の途中で、パンクチュアル(時間厳守)の日本で育ったことは、デメリットにすら感じることもあった。

そのうち私は、日本の感覚はきっぱり捨てて旅をしないと、苛立ちがつのるだけだと身にしみた。

海外ではルーズさで困ることもたくさんあるが、それに慣れると、そのルーズさを受け入れることの気持ちのゆとりを学ぶ。私はアフリカで感じたことは、ここでは人も自然の一部であり、だから人が作ったシステムが期待通りに動かなくても、自然を受け入れるのと同じように、それを受け入れる心構えがあるのではないかということだった。これが正解なのだと言う気はなく、自分のなかでそう納得するようになった、ということである。

旅人は、世界のあちこちでそういった尺度の違いに触れて、心を動かされ続ける。そして旅人の心は、日本で暮らしていたときから、変化していく。

旅から戻っても旅先でのそのアフリカのリズムは、心の中でまだ刻まれている。

日本での日常にあって、そのリズムが心にあることはとても頼もしく、そしてそれに勇気づけられることがあるのである。


さて、アリューシャのバスターミナルでのその後だが、飛び込みのホテルの宿代が高額すぎて払えず、ターミナルに戻ってマネージャーのファーガソンへ、宿代をすこし補助しろと交渉し、断られ、噛んでいた草を与えられてあやうく買収されそうになり、なんとかボスを呼びだしたが、やはり相手にされず、逃げるボスの車にしがみついていたがターミナルを出る寸前に引き剥がされたりと、そんな色々があるのだが、長くなるので割愛します。

ではみなさん、よい旅を。



森 卓也
森 卓也

森 卓也 TAKUYA MORI

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六本松 蔦屋書店 旅のコンシェルジュ
旅の書籍の選定、旅の相談、
旅および他ジャンルとのイベント企画、
各媒体への寄稿、メディア出演など、
旅に関わるすべてが業務範囲。
世界3周、127カ国トラベラー。
現在も月に1度は海外へ行く旅バカ。
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