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世界放浪 ~シヴァ神と仙人サドゥ~ Vol.12

世界放浪 ~シヴァ神と仙人サドゥ~ Vol.12

1億人が参加する平和集会クンブ・メーラ


この時期、バラナシにこれだけの仙人サドゥが集っているのは、今年はバラナシに程近いアラハバード(もしくはプラヤーグと呼ぶ)でクンブ・メーラが行われているからだ。

クンブ・メーラとはヒンドゥー教の神話に基づいて行われる世界最大の平和的な祭典。ブラジルのリオのカーニバルやアメリカのバーニングマンも大規模な祭典で有名だが、参加者1億人は文字通り桁違い。日本の人口と同じ人数が開催地を目指すのである。

神々によって不死の妙薬アムリタの雫が落とされたと言われているアラハバード、ナシク、ウッジャイン、ハリドワールの聖地4か所のどこかで大体3年毎に開催される。


クンブ・メーラはインドにとっても非常に重要な祭典で、管理は国がしており、政府が作成した公式ウェブサイトもある。

https://kumbh.gov.in/en

死亡届を出していて法的に存在しないサドゥたちが中心の祭典に、政府が密接に関わっている。これがインドの面白さだ。

サイトによると、テーマは生きとし生けるものすべての幸福、素晴らしい考えの平和的な共有、すべての存在との良好な関係の維持とのこと。あまりにも広い会場のためVRコーナーまで設置してあるという。さすがIT大国。

開催の詳細は太陽と月と木星の位置で決まるのだが、面白いのが、あろうことか政府が管轄するサイトにその占星術が明記してあることだ(“Astrological Significance”のコーナー)。

アラハバードで開催されるのは、


・木星が牡羊座に入り、太陽と月が山羊座に入っているとき

・太陽が山羊座にいて、木星が牡牛座に動いたとき


とのこと。


普段は何もない河沿いの砂漠地帯であるアラハバードに、1月15日からの48日間、忽然と巨大な会場が出現する。

会場のほとんどを占めるのは、仙人サドゥのテント村だ。

サドゥは宗派の違う者同士で平和に話し合いをしたり、儀式をしたり、秘儀を見せたり、祈りを捧げたり、戦いの神シヴァらしく喧嘩をしたり、一緒に遊んだりするらしい。


ただし、サドゥが最も集う聖なる日はすでに2月に終わっていて、3月に入った今はテント村も減ってきているという。

すでにバラナシに移動してきているサドゥには会えた訳だし。わざわざアラハバードまで行こうかどうしようか迷って、バラナシにいた英語が話せるサドゥに相談した。


「アラハバードはガンジス河、ヤムナ河、サラスヴァティー河があり非常に素晴らしい場所。是非行ってみなさい。」

サラスヴァティー河は神話上の河なのだが、3つの川の合流地点トリベニ・サンガムがアラハバードのクンブ・メーラの中心らしい。


サドゥに勧められたら行くしかない。そうして私は、翌朝一番にバラナシJN駅近くのバス乗り場に向かった。


リキシャでバラナシJN駅につき、ひたすら駅に向かって右に歩いて行く。駅の東と聞いたが距離がわからない。

太い道路の高架下が入り組んでいて、一体いつになったら着くのやら。

途中で何人かのインド人に聞く。注意しなければならないのは、インド人は「知らない」と言うのをなぜか申し訳ないと思う精神構造であることだ。「知らない」と言うくらいなら、適当な方角を示すのである。悪意は全くなく、これが彼ら流の親切なのだ。そのため、必ず何人かに聞いて裏を取る必要がある。


数人のヒアリングの結果、大体こちらの方向だろうと歩いて行くと、2台のバスが止まっている場所で、「アラハバッドアラハバッドアラハバッド」と叫んでいるインド人に出会った。

良かった、ここに違いない。


バスはびっくりするほどおんぼろで、カーテンは千切れており、窓はひび割れていたりしっかり閉まらなかったりして、ドアは閉まらないようだ。男性客ばかりに囲まれないように、なるべく運転席に近いところに座ることにする。眼鏡をかけてリュックサックを背負った中学生くらいの女の子が隣に座ったのでホッとする。


あらかたの席が埋まってバスが動き出す。全く発車時間を調べずに来たがラッキーだ。Googleマップで約120km、車3時間半くらいの行程だったので、バスは毎日何本も出ているだろうという読みが当たったようだ。

道路はおおかたガタガタでよく揺れる上に、砂埃がこれでもかと閉まらない窓の隙間から入ってくる。スカーフで鼻と口を覆う。

揺れのせいでだんだん眠くなってくる。眠気をどうにも我慢できないと思った頃、隣の女子中学生が寝ているのを見て、彼女が寝るなら車内の治安は大丈夫だろうし着いたら起こしてもらえるだろう、と自分も眠ることにする。


途中でバスが止まり、皆がぞろぞろ降りて近くのバスに乗り換えていく。隣にいた女子中学生について行き、次のバスでも隣に座る。

しばらくすると、太い川と、その両側にテントが並んで張ってあるエリアが見えてきた。アラハバードに到着したようだ。



バスから降りると車道の脇はぞろぞろ歩いて行くインド人で溢れ返っている。

流れに乗り、私も歩いて行くことにする。



沢山のアドバルーンが見えてきた。

車道の脇にところどころ入口が設置されており、中に入って行く。



祭りらしく、チンドン屋のような陽気な演奏をしながら行き交う人たち。



シヴァ神と北欧の悪魔を合わせたような雰囲気の衣装の人たち。



様々な露店が出ている。私もひよこ豆のサラダを昼食にする。



最も多いのはポリケースを売る店である。聖なる河の水を持ち帰るのだ。



ショッキングピンクの綿菓子を沢山ぶら下げている売り子がとても目立つ。日中のあまりの暑さに私はアイスを3本も食べた。

そのうちに、区間が区切られてきた。61、62などとナンバリングがされている。

簡易式トイレもずらっと並ぶ。まるで野外音楽フェスの会場みたいだ。


人が溢れんばかりにぎゅうぎゅうになってきたとき、そこがとうとう河だった。おじいちゃん、おばあちゃんからよちよち歩きの子まで、一家総出で来ているようで、まるで芋の子を洗うように嬉しそうに川に入っている。誰も水着は身に着けておらず男性は下着、女性は服のままなのだが、さながら、めちゃくちゃ混んでいる海水浴場の雰囲気だ。



目を凝らすと、川の対岸もびっしりと人で埋まっている。なんとまあ人の多いこと。インド人の人口は伊達じゃない。期間中に1億人が集まるとはこういうことなんだ。

そうか、これは、1億総海水浴だ。



クンブ・メーラの期間に開催場所で沐浴をすると、1,000回分の沐浴効果があるという。

改めて考えてみるとこれはよく出来ている。

ガンジス河の近くに住んでいるインド人ばかりではない。それでも、3年毎にクンブ・メーラに来ておけば、1,000日分=約3年分の沐浴が出来ることになるということか。


それにしても老若男女入り乱れた皆のこのはしゃぎっぷり。クンブ・メーラに来られたことの高揚感、そこで沐浴が出来たことの精神的充足感、はるばる家族でやってきて目的が達成できたことの幸福感。はっきり言って、川以外は何もない。露店だって、日本の夏の海の家から比べたら微々たる規模だ。それなのに、1億人というめちゃくちゃな人数を動員し、その全員がこれだけの満足感を得ている。しかもこのイベントの中心は法的根拠も経済的基盤も全くない仙人サドゥ。それに国が敬意を払って管理をしている。ヒンドゥー教は面白い。宗教が人を動かす力はすごい。




さて、バラナシへの帰りが困った。広い会場を歩き回ったので到着したバス乗り場がどこかすでに失念している。暑い中の移動で体力もかなり消耗している。多くのインド人たちはアラハバードは一見さんだろうと思い、警備をしていた軍人にバラナシへのバス乗り場の場所を聞いた。

これが間違いだった。

親切にも軍人たちが場所を教えてくれ、リキシャを捕まえて場所まで指示してくれた。つまり拒否権も裏を取る余裕もなかったのだ。

リキシャが着いたところは太い道路の進入禁止になっている手前までで、降りて歩いて行ってもバス乗り場がなかなか見つからない。もう歩きたくない。

Googleマップには駅なら載っているのでスマホを取り出す。その駅まで別のリキシャで向かう。ところが、その駅はほとんど朽ち果てていて、電車はしばらく来ないという。

仕方がないので、別の方角の駅にタクシーで向かう。

何とか辿り着き、若い軍人にバラナシ行き鉄道の時間を聞くと、スマホを出して調べてくれた。スマホの表示なら間違いないと安堵。何とかバラナシに帰り着くことができた。



※クンブ・メーラで仙人サドゥの集いを見たというインド人からもらった写真はこちら。すごい密集率。


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徳田 和嘉子
徳田 和嘉子

徳田 和嘉子 WAKAKO TOKUDA

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自由業。CROSS FM元代表取締役社長、経営破綻寸前だった同社を再建。
2019年2~3月、仙人サドゥに会いたくてインドへ。昔は「東大生が教える!超暗記術」(ダイヤモンド社)を出版し、印税を使って52ヶ国世界一周ダンナ探しの旅をしていました(http://www.tokuwakako.com/)。