文化CULTURE
世界の果てで眠りたい Vol.4
「あなたの香港行きフライトは、運行中止になりました。このさき一ヶ月間、運休いたします。返金手続きは・・」
韓国系のLCC(格安航空会社)からメールが来たのは、香港へいく3日前のことだった。
1週間後のトークイベントのネタ集めに香港へ行く、その戻りの便だった。
急いで5日後の香港→ソウルのフライト取り直さなければいけない。
今回もまた自腹での旅である。
「お金かかりそうだなあ」と恐る恐るネットで調べてみたら、なんと1万円以下で売り出されていた。
出発5日前なので、普段ならこんな安値はない。香港はやはり、観光客が激減しているのだった。
みなさんもニュースで香港のデモを見て、旅行先の候補から外した人もいると思う。
では、本当のところはどうなのだろう。いまの香港は、歩けもしないほど荒れているのだろうか。
六本松 蔦屋書店で私が主催する旅のイベント「ロクマルトリップ」で、その現状を話そうと思い、実際に見に行くことにしたのだった。
10月と11月、計2回の香港を訪問した。
香港人にも案内してもらい、現地人がどう感じているかも聞くことができた。
今回は、香港の状況を簡単に書くことにします。
結論を先に述べると、現在も香港観光は可能だと感じた。
ただし気をつけなければいけない点はある。
大前提として、必ず注意すべきことは以下の二点。
- デモの日程と開催場所を調べる
- デモには決して近づかない
基本の基本だけど、上の二点は必ず守らないといけない。
警察とデモ隊が向き合うと。お互い譲るところはない。
集団同士の感情は昂ぶり、予期しないレベルまで物事はエスカレートする。
好奇心やSNSへアップするという功名心などは捨てて、デモには決して近寄らないようにしよう。台風と同じだ。台風にどれだけ自分は無関係だ、害はないとアピールしても、巻き込まれて怪我をしてしまうのである。
では、まず10月20日の香港の様子から。
スイスへ旅をするトランジットで香港を選んだ。
その日はちょうど民陣デモが行われていた。
香港のデモはネットで予定日とその種類がわかる。
民陣デモは毎回過激になるので、最も注意をしなければいけない。
デモのルートは九龍島のソールズベリーガーデンから西九龍の駅まで。
当日は、そのルート以外でも自然発生的に各所でデモが発生する。
その点を注意しよう。
空港からのバスは尖沙咀の北、モンコックまで問題なく走行した。
しかし油麻地(ユマーティー)から先は警察車両が増え、動かなくなる。
バスを降りると、あたりは騒然としていた。
パトランプがサーチライトのように空間を切り裂いている。
警察隊があちこちに駆けつけている。
爆弾処理班の車もでてきている。
頭から水をかけられている人がいた。滴る水が赤色に染まっている。
これが民陣デモのあとの、九龍の目抜き通り・ネイザンストリートの様子だった。
普段のネイザンストリートを、皆さんはご存知だろうか。
九龍の中心部を南北に走る背骨だ。
そこには香港の活気がすべて凝縮されて脈打っている。
クジラのようにダブルデッカーが(二階建てバス)が走り去っていく。挨拶代わりのタクシーのクラクション。わき目もせず歩き去っていく香港人仲間とハグをするアラブ系の人々。気難しい顔をしているインド人。
そんな香港の個性が、その日はすべて消えていた。
店舗もシャッターを下ろしている。ネイザンストリートから賑わいがなくなると、香港全体の灯りが、落とされたようでもある。
佐敦(ジョーダン)周辺の様子を見てみよう。
公共の機関である地下鉄の改札入り口は攻撃されている。
デモの日、地下鉄は運休の可能性が高いから注意しよう。
バスのダイヤもかなり乱れる。
デモの周辺は、たくさんの警察車両で道路が封鎖されるので通行できない場所ばかりになる。
エアポートエキスプレスは、九龍駅には止まらず香港島の駅に直行となっていた。
デモの日にフライトがある人は要注意である。
なるべく時間に余裕をもたせて行動し、タクシーでの移動も視野に入れよう。
公共の設備。ガラスはすべて割られている。
親中派とみなされた商店は攻撃され、店内は略奪にあったような跡もみられる。
反体制のスローガンが街中に書き込まれていてる。
試験前の熱心な学生のノートみたいである。
歩道の敷石は剥がされて、警察隊への投石に使われる。
鉄柵はゆがんでいて、あるものはなぎ倒されている。
この街の様子はどこかで見たことがあると思った。
記憶を探ったらリオのカーニバルの光景が浮かんだ。
一年間をカーニバルのために生きているというほどブラジル人たちが、一晩を通して熱狂する祭り。悪ノリした人々によって街の設備は破壊されて、クラッカーからガラス瓶、オフィスのイス、カツラや使い終わった避妊具まで、あらゆるゴミが散乱している。銀行のATMのガラスは割られ、非常ベルが鳴り響く。日常のリミットが外されて、街の隅々がエネルギーで満たされる。そんなカーニバルの跡の様子と、よく似ていた。
デモの最前線にいる香港人は明らかに普段とは違う精神状態であり、だからこそ興味本位では近づかない方がいい。
「いまの香港は、以前の香港とはちがう」
そう話してくれたのは、香港人の友人だ。
私は11月の23日、24日の週末に香港を訪れたとき、彼女に街を案内してもらった。その週末は区議会選挙の日で、選挙を前に街は穏やかだった。
デモという暴力的な手段から、選挙という民主的な手段で主張をする機会なのだ。
「久しぶりにこんな静かな街を見たわ」
外資系のマーケティング部で働く彼女は、感慨深そうだ。
彼女も最近の街の混乱に、休日でもあまり外出する気が起きなかったのだ。
「最近ではデモの勢いも収まってきているの?」
「ここ数日はね。いまは選挙のあとのために、力をためているのよ」
彼女は弓を引くようなジェスチャーをしてそう言った。
選挙が公平に実行されなかった場合、もしくは選挙の結果次第では、引き絞ったその弓が放たれるのかもしれない。
街は平穏だが、人は少なかった。
彼女の案内で香港の新しいスポットを周ったが、どこも閑散としていた。
新界(ニューテリトリー)の荃灣にあるリノベーションモール「The Mills」
尖沙咀にオープンしたばかりのアートコンセプトのハイブランドモール「K 11 MUSEA」
いつもはにぎわう香港島の湾仔(ワンチャイ)も人が少ない。
香港島の山の手では、ハリウッドロードあたりはデモの影響もほとんどないそうだ。
であれば大館(タイクァン)や、メイドイン香港が集まるリノベーションビル「PMQ」、
ハリウッドロードのグラフィティなどは楽しめる。
大館(旧警察署をリノベーションしたアート施設)
PMQ(警察宿舎をリノベーションした施設。メイド・イン・香港の雑貨が集まる)
デモは最初多くの人に支持されていたし、今でも民意は支持している。
私の友人も当初はデモに参加をしていた。
しかしある頃から、警察の強硬な姿勢と呼応するようにデモ隊も過激になってきた。
それについて行けず、参加を控えるようになった。
そんな市民は多いとのことだ。
そんな中でも平和なデモもある。たとえば警察の化学兵器によって子供への健康被害を心配し、化学兵器使用を中止するための親達のデモなどは、とても平和的である。
多くの香港人たちはデモを支持する気持ちはあるが、暴力での解決を望んでいるわけではない。
私が香港にいたときに行われた区議選挙では、民主派が圧勝した。
歴史的な勝利であったが、行政府と中国政府はデモへの強硬姿勢を崩さす、衝突は続いている。
2020年もまだしばらくは、この情勢は続きそうである。
現状の香港は、デモのない日はごく平穏だ。
まったく旅行ができないということはない。
デモは開催日時と、どんな種類のものかもウェブサイトで調べることができる。
香港旅行に行くならデモの日を外し、念のため香港島のハリウッドロードあたりを散策していれば、影響は少ないと感じた。
いま香港に行くと、街のあちこちに、反政府の抗議文を眼にするだろう
デモと警察隊が衝突した、混乱の跡もある。
おそらくこの運動はアジアの歴史に刻まれるだろう。
世界の歴史的な建造物や、歴史的な遺跡を観にいく旅もある。
そしていまの香港では、歴史の動きの断片を眼にすることができる。
それは今を生きる私たちならではの旅なのである。
六本松 蔦屋書店 旅のコンシェルジュ
旅の書籍の選定、旅の相談、
旅および他ジャンルとのイベント企画、
各媒体への寄稿、メディア出演など、
旅に関わるすべてが業務範囲。
世界3周、128カ国トラベラー。
現在も月に1度は海外へ行く旅バカ。
http://sekatyoku.blog46.fc2.com
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