文化CULTURE

長谷川和芳 | その映画、星いくつ?第5回 2023年6月 『怪物』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』


「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。


今年の九州北部の梅雨入りは、529日。ジメッとした日が続いているかというとそんなことはなく、合間合間にカラッとした晴天の日があり、梅雨感は6月中旬段階では薄い気がする。とは言え、7月中旬までは梅雨前線がウロウロしているはずなので、これからが本番なんだろう。


梅雨の期間は、例年並みだと45日間。昨年はやや短く41日間だった。今年は順調にいけば、713日までに梅雨は明けるはずだ。きっと明ける。明けろよ。明けなきゃ、困る。


なぜかと言うと、714日に引っ越す予定なの。現在、我が家は団地の3階に住んでいるんだけど、引っ越し先は団地の同じ棟の4階。


「なんだ楽勝」って、団地の構造を知らない人は思うだろうけど、「同じ棟」と言っても、入口は異なるのだ。しかも、由緒正しい(要はふる~い)団地なのでエレベーターは付いてない。つまり、重い荷物を抱えて3階下り、別の入口から入って4階上るわけ。これは結構つらい。同じ棟への引っ越しであっても、五十路のおっちゃん・おばちゃんでは無理と判断し、虫のマークの某社に作業を依頼した。


本とかCDとか、重いものばかりで大変だとは思いますが、虫のマークの某社さま、どうぞ、よろしくお願いします! たぶん、梅雨も明けてるので雨は降らないはず。熱中症対策に経口保水液を買っときます!


・・・・・・とか言ってて、梅雨明けが遅れて、引越し当日にザーザー降りなんてのは最悪なので、梅雨明けろ。7月13日までにパカ~っと明けろ。


まぁ、そんなこんなで7月は慌ただしい。果たして、2本も映画を観れるのだろうか。




6月の獲れ高】★★★★★★★★★1/2


7月の計画の前に、6月のおさらいを。



1本目

怪物

公式サイト:https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/

202363日(土)ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★1/2


本年上半期最大の話題作。批評家の間でも賛否が分かれているみたいだけど、僕は「賛」に 1票を投じたい。観た後の評価は、期待度よりも星半分プラス。「観た後、梅雨空のようにドヨ~ンとしそう」などと思ってたんだけど、梅雨明け後の青空のような清々しい余韻を味わえたから。


大人と子供

組織と個人

嘘と真実

「普通」と「異常」


そして、ジェンダー。


この映画で描かれるのは、分断された世界で、自分のアイデンティティに向き合う少年の苦悩。時折スクリーンに映し出される、夜の諏訪湖の吸い込まれそうな暗闇が、これらの分断を象徴しているかのようだ。


平穏無事でありふれた日常も、薄皮を1枚めくれば、そこになにかが立ち上ってくるはずなのだけど、大人たちは、あえて「見ない」ことを選択する。教諭による子供へのイジメ疑惑に対する小学校の対応は、まさに象徴的。主人公の一人である湊に愛を注ぐ、安藤サクラ演じる母親でさえ、夫の死の真相からは目を背け、夫を美化するばかり。そして、湊を「普通」や「常識」に押し込めようとし、それが湊を苦しめる。


映画の宣伝で耳にするフレーズ「怪物、だーーーれだーーー」の答えを出すとすれば、それは「普通」や「常識」、そして「建前」といったものなんじゃないか。


永山瑛太演じる保利先生は、映画の序盤では「怪物」に見えるんだけど、実は「怪物」(「普通」「常識」「建前」)に苛まれる側であることが、徐々に明らかになっていく。「瑛太の演技がわざとらしい」という評を目にしたけど、それは、瑛太ではなくて保利先生が「わざとらしく」しか振る舞えないから。


専門家でもない僕が軽々しく言うべきことではないんだけど、いくつかの描写は、保利先生にアスペルガーの傾向があることを示唆している。彼も主人公の少年2人と同じように、生きづらさを抱えているのだ。


主人公である湊と星川くん、そして保利先生を苦しめる「怪物」は、きっと手強い。雨が空気の汚れを洗い流すのとは訳が違う。湊と星川くんのアジトを押し流そうとする土砂のように、ずっと留まり続ける。それでも、この映画のラストシーンは、湊と星川くんが自分らしく生きることができる時代の到来を祝っているように、僕の目には映った。


湊と星川くんが死んじゃったという見立てもあるけど(そもそも坂元裕二の脚本では、そのようにほのめかされているらしい)、そうは思わない。もし、土砂に流されたとすれば、湊と星川くんではなく、旧い世代だろう。湊の母ちゃんや保利先生は流されちゃったかもしれん。


カンヌ国際映画祭でクイア・パルム賞(そんなのがあるなんて初めて知った)を受賞したけど、クイアに限らず、自分らしく生きたいと願う人々を勇気づける映画だと思う(同様のことを是枝裕和監督が発言し、「性的マイノリティを隠蔽した」と批判を浴びているが、もちろん性的マイノリティを排除するものではない)。


何度も見返したくなる作品。



2本目

スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース

公式サイト: https://www.spider-verse.jp

2023617日(土)ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13 IMAX

事前期待度 ★★★★★

獲れ高   ★★★★★


はい。5つ星の大傑作。


前作から1年と少したったころ。

スパイダーマンとして活躍を続ける一方、素顔の自分との同一性は不安定で、周囲との摩擦も絶えない。ありのままの自分自身でいられる場所を求めてあがき続けるマイルス、そしてグウェン。


なんか『怪物』にも通じるテーマだなぁ。


そんな場所が、ようやく見つかったかと思ったのも束の間、そこは一つの価値観に支配された、同調圧力の地獄なのだった。


つまり、社会。


「運命を受け入れろ。それがいかにつらいことでも」


その言葉が真実なのかどうかは、続編に持ち越された。


明らかになったのは、結局、自分の居場所は自分でつくるしかないということ(「社会」がすべてではない)。自分の物語は自分自身で紡がねばならないということ。どこかにある理想の世界を夢見るのではなく、目の前の現実と戦っていかなきゃならないということ。


そして、心が通じた仲間であれば、きっと力になってくれるはずだということ。


映像表現は前作を凌ぐクオリティ。スパイダーマンの真骨頂である飛翔感はより奔放に表現されているし、マンハッタンとインドのムンバイが融合した「ムンバッタン」でのアクションは瞬きを許さない。スパイダーマンらしい映像で個人的に好きなのは、前作でも印象的だった「逆さ摩天楼」。今回はしみじみとしたシーンで堪能できる。


マルチヴァースを股にかける展開も楽しい。マルチヴァースの構造はわかりやすく提示されるので、ここで(『EEAAO』みたいに)戸惑うことはない。さらには、「そうだよね、マルチヴァースって、こういうことよね」という展開が待っている。


マイルスに突きつけられる「運命」は、コミック・シリーズの物語構造を反映していて、思わず膝を打ったし、極め付けは「胸熱」以外に言葉が見つからないラストのカット!!!


しかし


「え? ここで終わり???」感は拭えない。実は、物語がこの作品で完結せず次作に続くって、観るまで知らなかったのだ。とぅびーこんてぃにゅーとか言われて、思わずズッコケた。


あぁ、続編が待ち遠しい。




7月はこの映画に賭ける!】



6月は観るべき映画が上の2本に絞られていたので、迷う余地はなかった。7月はどうか。



7月には、今年の屈指のメガヒットが期待される2本の作品が公開される。


 1本目は、721日(金)公開、トム・クルーズ主演の人気シリーズ最新作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE。一応、ケーブルテレビやレンタルDVDで『M:I』シリーズは全作観ているんだけど、一本も劇場では観ていない。すみません、軽く見とりました。


しかし、今作は観に行く。あれは忘れもしない、昨年12月に『アバター』の最新作をIMAXシアターで観たときのこと。本編上映前にやったのだ、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』でトム・クルーズが断崖からバイクごとダイヴするシーンのメイキング映像。





あまりのすごさに涙出た。トムの映画製作にかける尋常じゃない熱量に、前編CGの『アバター』なんか問題にならないくらい感動した。


2023年下半期、IMAXで観るべき作品があるとすれば、これでしょう!!


もう一本のメガヒット候補は、『ミッション:インポッシブル~』に比べると、ちょっと微妙。714日(金)公開、宮崎駿が監督引退宣言を撤回して臨んだ『君たちはどう生きるか』だ。


近年、スタジオジブリ作品は当たりはずれがあるみたいだけど、万人受けしないと思われた『風立ちぬ』が興行収入120億円を突破するくらいなんだから、宮崎駿ブランドは健在のはず・・・・・・なんだが、今作は宣伝も打たず、キャストも不明、ストーリーは「冒険活劇」としか明かされていない。ちなみに同タイトルの吉野源三郎の小説が原作ってわけではなく、同書が主人公の愛読書だという設定らしい。つまり問題は、中身がまったくわからないまま、「宮崎駿監督作」というだけで、どれだけの人が観に行くのかということ。ヘタしたら大ゴケの可能性もある。


でも、僕は、普通に大ヒットする気がしている。いっさい情報がなくても劇場に足を運ぶ宮崎駿「信者」は、間違いなく一定数はいる。本当にこの映画に観る価値があれば、信者を起点にアッと言う間にクチコミ(SNS)でその評判は広がるだろう。そうやってバズるまでに、たとえば2週間かかったとしても、劇場はそれも織り込み済みで、余裕をもってスクリーンをおさえているはず。この劇場からの絶対的な信頼感こそが「宮崎駿ブランド」の真価なのかもしれん。


これがもし駄作だったら、もちろん話は変わってくるんだけど・・・・・・。



6月公開作で気になる作品もいくつか。7月までやっていれば観るかも。


『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』と同日公開の『ザ・フラッシュ』は、『~アクロス・ザ・スパイダーバース』と同様にマルチヴァースを扱っている。もしかしたら、「運命を受け入れろ。それがいかにつらいことでも」問題に答えを出しているかも。気になる。でも、興行収入はもうひとつのようだし、7月までもつかなぁ。


630日(金)公開の『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』は、予告を目にする機会があったんだけど、「なぜいま???」という思いを振り払えない。ショーン・コネリーがインディ・ジョーンズの父親を演じたのは3作目か。劇場で観たけど、あまりおもしろくなかったんだよなぁ。で、4作目はスルー。なので、ホント、いまさら感はある。でも、一方で、ジジイになったインディ・ジョーンズはちょっと観てみたい気もする。



ここまでに言及した4本に比べると、7月公開作は地味だ。


そんななかでも、77日(金)公開のPearl パール』はホラーだけど、エンタテインメント性も高そうで興味をそそる。でも、この映画って昨年公開された『X エックス』の前日譚なのね。残念ながら『X エックス』を観てないのでノレない。観ときゃよかったなぁ。これも因果応報か。


ホラーと言えば、6月は「クマのプーさん」をモチーフにしたスラッシュホラー『プー あくまのくまさん』が公開されたけど、7月14日(金)には「アルプスの少女ハイジ」モチーフのバイオレンスもの『マッド・ハイジ』が公開されるはず。福岡では公開ないのかな。映画採点サイトRotten Tomatoesでは、評論家支持率が88%、観客支持率は90%なので、思ったよりもおもしろいのか???



福岡では7月21日公開の『大いなる自由』は2021年の作品だけど、評価はかなり高い。1994年までドイツに存在した同性愛禁止法をめぐる話。しかも舞台は刑務所。重い。これは重い。しかし、いまだからこそ観るべき映画のような気もする。


逆に軽そうなのが7月14日(金)公開のインド映画『ランガスタラム』。いや、「社会性があるテーマ」という評もあるので、重いかもしれない。インドはカースト制もあるし。


インドの田舎の方が舞台で、難聴を抱えながら楽しく暮らしている青年になんかイヤなことが降りかかる・・・・・・のかな? 主演は『RRR』も記憶に新しいラーム・チャランで、本人曰くこの作品が「役者人生の転換点」だったと。公式サイト見てもどんな映画なんだかちっともわからないけど、インドだし、いろんなジャンルが一本に詰まった映画? ダンス・シーンはあるようだけど、『RRR』みたいな肉弾戦はない模様。


KBCシネマでなにかやらないかとWEBをチェックしたところ『青春弑恋/テロライザーズ』なる台湾映画を発見。7月7日(金)~9日(日)の3日間限定公開。「Z世代の台北夜想曲(ノクターン)」だって。たまには台湾映画もいいけど、予告編はピンと来ず。でも、実際に観れば、グッとくる可能性もなきにしもあらず。



★7月の2本★ ※期待度は5点満点


決めました。


予告を観るたびに期待は高まる。シリーズ最高傑作の予感!

ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:———————— (全米公開日:7月12日)

2023年7月21日(金)公開

2023年製作/アメリカ映画/上映時間163分

監督:クリストファー・マッカリー

出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、ヴィング・レイムス ほか

公式サイト:https://missionimpossible.jp





映画の内容はよくわからんけど、Rotten Tomatoesの評価がヤバい

ランガスタラム

期待度 ★★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家100% 観客90%  

2023年7月14日(金)公開

2018年製作/インド映画/上映時間174分

監督:スクマール

出演:ラーム・チャラン、サマンサ・ルス・プラブ、プラカーシュ・ラージ ほか

公式サイト: https://spaceboxjapan.jp/rangasthalam/





吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第4回 2023年5月 『最後まで行く』『クリード 過去の逆襲』

第6回 2023年7月『ランガスタラム』『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。