文化CULTURE

その映画、星いくつ? 第29回 2025年6月 『罪人たち』『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』

「月に2本」という限られた枠のなかで、いい映画を見極め劇場に足を運び、観た作品をレヴューするという企画。





2000年リリースの名曲「ゆらゆら帝国で考え中」で、坂本慎太郎はマンガの世界も楽じゃないと唄った。マンガみたいな現実の世界の方がキッツイなぁと思う昨今。


世界的なパンデミックを乗り越えたと思った矢先、2022年にロシアがウクライナに侵攻。戦争の出口が見えないなか、2023年には、パレスチナのイスラム組織、ハマスの襲撃をきっかけに、イスラエルがガザ地区への大規模攻撃を繰り返し、市民を大虐殺。なにをとち狂ったか、20256月にイスラエルはイランにも喧嘩を売り、なんとそれにアメリカも乗っかって、イランの各施設に爆弾を落としている(国際法違反)。


イスラエル、イランは停戦合意を結んだという報道もあるけど、それで一件落着ってわけにはいかない。ガザでは、変わらずイスラエル人がパレスチナ市民を殺しまくっている。ナチス・ドイツ(または大日本帝国)の後継国がイスラエルだなんて筋書きは、誰も思いつかなかった。


アメリカ国内も異常な事態が続いていて、マンガならぬMAGAな大統領が再選を果たすや、傍若無人の限りを尽くし、移民排斥にも手を付け、民主主義は崩壊寸前。どうかしているとしか思えない関税政策で世界経済も一気に不安定化してしまった。


もう、この世界はマンガを超えちゃっているのかも。こんな時代に、映画はどんな力を持ち得るんでしょうね。


アメリカの分断ぶりを見ると、昨年公開された『シビル・ウォー アメリカ最後の日』も絵空事とは思えなくなってくる。2022年公開の『トップ・ガン マーヴェリック』では、主人公たちがイランをモデルとしたならず者国家の濃縮ウランプラントを急襲するんだけど、それってMAGAな感じで、いま観ると純粋には楽しめないだろうな。


思わず「マジか」という言葉が口をつく事態が次から次へと現実のものとなっている。


こんな時代だからこそ、ど肝を抜かされるような映画が観たいところですね。たとえば、双子の黒人ギャングが、ギターで巧みにブルースを奏でる従兄弟と酒場を開いたら、そこにブルースに引き寄せられたヴァンパイアが現れる・・・・・・みたいな?



6月の獲れ高】


ということ(↑)で、セレクトしたのが今月の1本目。果たして、その評価は? 期待度と獲れ高は5点満点/ネタバレあり!


1本目

罪人たち

公式サイト:https://warnerbros.co.jp/movies/detail.php?title_id=59698

20250621日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★★


奇天烈な映画。しかし、最高の音楽礼賛映画。


デルタでは顔役のブルースマン、スリムがかつての相棒が辿った悲惨な末路について語る。感極まったのか、スリムは口をつぐむ。そして、自然とブルースのメロディをハミングする。


ブルースが、怒りと哀しみを昇華した音楽ということを、みごとに表現したシーンだった。


ブルースに限らず、音楽は人を癒し、生き返らせる。搾取され、抑圧され、疲れ果てた黒人たちは、シカゴ帰りの双子のギャング、スモークとスタックが開いたジューク・ジョイント(モグリの酒場ですな)で、二人のいとこ、サミーが奏でるブルースに身を委ね、束の間、自由を満喫する。


でも、牧師であるサミーの父ちゃんに言わせると、そんなのは悪魔の所業なのだった。サミーはまだ若いんだけど、その唄とギターの腕前には、スリムさえも一目置く。


でも、父ちゃんは、それを苦々しく思っている。「ブルースなんつーのは、堕落した音楽だろー」


タイトルの「罪人たち」ってのは、ギャングで親殺しのスモーク&スタックのことではなくて、ブルースに魅せられたサミーや、酒場に集う普通の黒人労働者を指しているのか?


酒場に乱入してくるヴァンパイアたちは、黒人からブルースを盗もうとしている白人を象徴しているようにも思える。でも、ヴァンパイアの親玉、レミックがアイリッシュてのがわかると、そんな単純な図式は当てはめにくくなる。アイリッシュも、黒人ほどではないにしても、アメリカ社会では虐げられてきた側だし。


個人的には、ヴァンパイアはアメリカの支配層である白人ではなくて、社会を分断するカルト宗教みたいに見えた。やたらと「友愛! 思いやり!」とか言うキモさがカルトっぽい。考えてみたら、噛まれるとヴァンパイアになっちゃうっていうのも、カルト宗教のネズミ講的な仕組みと同じ。


ひとときの自由を楽しんでいた黒人たちは、こいつらのせいで分断され、血で血を洗う闘争へと突き進む。


でも、サミーやスモークが対峙すべきは、実はヴァンパイアだけではないことが、だんだん明らかになる。この時代のアメリカ南部はMAGAな輩だらけなのだった。


そして、それは、ジューク・ジョイントで黒人たちが味わった「自由」がかりそめのものだってことも示唆している。ヴァンパイアが現れなくても、それは所詮は一夜限りの自由だった。


ならば、なにが彼らの魂を救ってくれるのか? 


若くして本物のブルース・スピリットを宿したサミーは、最後に選択を迫られる。ギターを手放さず「罪人」の道を歩むのか、それとも、父ちゃんのように敬虔なキリスト教徒として生きるのか?


サミーは、宗教ではなく、ブルースこそが人々の魂を解き放つのだと悟る。


一部のホラー映画ファンの評価は芳しくないみたいだけど、音楽に生かされていると自覚している人は必見。






今月の2本目は、1本目に比べると「小さな」映画だけど、だからこそ見ごたえあり。


2本目

ラブ・イン・ザ・ビッグシティ

公式サイト:https://loveinthebigcity.jp

20250614日(土)ユナイテッド・シネマズ キャナルシティ13

事前期待度 ★★★★

獲れ高   ★★★★


「長谷川くんがあんな映画観るとは意外」と友人の映画ファンから言われた。そうね、おっちゃんだしね。


描かれているのは、自分のことがまったく理解できないけど、怖いもの知らず(に見える)女性、ジェヒと、自分のことがわかりすぎているゲイの青年、フンスの友情。


2人を結びつけたのは、周囲から理解されず孤立しているという共通点。その一方で、パーソナリティは対照的なのがおもしろい。ジェヒがなんと思われようと自分らしさを貫こうとするけど、フンスの方は自分の本性をひたすら隠し通そうとする。


恋愛観も真逆で、ジェヒが心のつながりを求めるのに対して、フンスは相手との関係に深入りするのを恐れる。「愛なんつーのはくだらんですよ」とフンスは強がるんだけど、ジェヒは「愛って抽象的でピンと来ないけど、会いたいって気持ちはマジもんじゃね?」と言ってのける。


理屈で自分を守るフンス。後悔しながらも自分の感情を信じて行動するのがジェヒだった。


フンスの頑なな生き方は、クリスチャンであるお母ちゃんを慮っているってのもあるけど、ジェヒがズバリ指摘したように、傷つくことを怖がっているのが、ホントのとこなんでしょう。


そう言うジェヒは、男に振り回されてガンガン傷つくわけだ。だから、もちろん、ジェヒもキツイわけで、自分の尊厳を守るためにもがく。


そして、その感情をぶつけられるフンスが隣にいる幸運。本当にいい関係。


しかし、いつまでもモラトリアムは続かない。2人はどうやって、自らの人生と折り合いをつけるのかが、終盤の見どころとなる。


映画としては、途中モタモタする展開もあり、逆にジェヒが社会に適応しようと決意するプロセスは、端折りすぎな感が拭えん。確かにいい台詞が多いんだけど、これみよがしな印象も受ける(「どう? 名文句じゃね?」みたいな)。そもそも、フンスの描き方があれでよかったのかは、ヘテロなおっちゃんには判断がつかない。


それでも、この映画を好きにならずにいられないのは、主演の2人、ジェヒ役のキム・ゴウンと、フンス役のノ・サンヒョンがすばらしいから。いつまでも、この2人の生活を見ていたくなる。


ノ・サンヒョンは、トニー・レオンつーより、元福岡ソフトバンクホークス、現中日ドラゴンズの上林誠知選手を彷彿とさせる、ストイックな表情がたまらん。キム・ゴウンはジェヒの複雑なパーソナリティをみごとに表現。つまり、チャーミングで、エモくて、せつない。


五十路のおっちゃんも思わずグッとくる秀作でした。



7月はこの映画に賭ける!】


7月の鑑賞対象ノミネートは10本はこちら。


まずは6月に積み残した3作品から。


F1 エフワン

ブラット・ピットがアウトローなレーシング・ドライバーを演じる大作。予告編を観た限りでは、レーシング・シーンの迫力は半端ない。ストーリーはなんとなく読めるんだけど、評論家の評価は高めだし、期待できるかも。


でっちあげ 殺人教師と呼ばれた男

綾野剛が体罰教師の汚名を着せられる小学校教師を演じる。なんと監督は三池崇史。タイトルからすると濡れ衣なんだろうけど、ひと筋縄ではいかない予感。原作は福岡市で実際に起こった事件のルポルタージュってんだから、気になる。


かたつむりのメモワール

オーストラリア発の大人向けアニメ。8年かけて1コマづつ撮影したそうな。友達はカタツムリだけという孤独な女性が、心を周囲に開いていく姿を綴る。ジョージ・ミラー、ギレルモ・デル・トロといった巨匠が大絶賛。


7月に入って夏本番。涼むなら映画館でしょう。


かつてギレルモ・デル・トロも手がけた人気アメコミ・シリーズのリブートが登場。


ヘルボーイ ザ・クルキッドマン

原作者のマイク・ミニョーラが脚本に参加したのがウリ。2019年公開したリブート版もそうだったけど、こちらも酷評の嵐。やはり、ヘルボーイは、ギレルモ・デル・トロ版に限る。74日(金)公開。


アメコミといえば、元祖もスクリーンに帰ってくる。


スーパーマン

「いまさら~」と言いたくなるところだけど、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の監督、ジェームズ・ガンが登板するということで、期待値は上昇し予告編はワーナーブラザーズ史上、最高の再生回数を記録。711日(金)公開。


サスペンスならRotten Tomatoesの評論家支持率96%という驚異的な数字を叩き出したこちらを。


ストレンジ・ダーリン

主人公がシリアル・キラーから逃げ切れるのかが焦点だけど、時系列を操作することで、観客の予断を許さない作品に仕上がっている模様。かのスティーヴン・キング先生も大絶賛したというんだから、本物かも。711日(金)公開。


『ストレンジ・ダーリン』とは違う意味で怖そうな、不条理スリラーも評価が高い。


顔を捨てた男

主人公は、醜い外見を特殊な治療によって克服。人生が拓けたと思いきや、かつての自分と瓜二つの容貌の男が現れ、次第に運命の歯車が狂っていく。どういう展開になるのか見当がつかないけど、夢オチってことはないよね。711日(金)公開。


7月の公開の日本映画はこんな異色作も。


⑧「桐島です」

連続企業爆破事件で指名⼿配中だった桐島聡の逃亡生活を描いた作品。制作期間はえらい短いけど、どこまで現実を反映しているのかが気になるところ。若き日から亡くなる当日まで、桐島を演じるのは毎熊克哉。718日(金)公開。


前代未聞のカンニング大作戦を描いた、タイ発大ヒット作のアメリカ版リメイクはこちら。


BAD GENIUS バッド・ジーニアス

元ネタの映画は日本でもヒットしたような覚えがあるけど未見。今作のラストは、オリジナルとは異なるようなので、観ていても大丈夫かもしれない。ただし、オリジナル版のファンの評価は手厳しい。711日(金)公開。


日本公開が危ぶまれた韓国映画も無事、公開にこぎつけた。


ハルビン

韓国では英雄の安重根による伊藤博文暗殺がテーマなので、極右が騒いで日本では公開できないのではなんて話もあったけど、配給会社もそこまでヘタレではなかった。純粋にエンタテインメントとして楽しめそう。74日(金)公開。




7月の2本★ 期待度は5点満点


決めました。


この作品は映画館、しかもIMAXで観ねばいかんのでしょうね

F1 エフワン

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 88% 観客 ——(日米同時公開のため)

20250627日(金)公開

2025年製作/アメリカ映画/上映時間155

監督:ジョセフ・コシンスキー

出演: ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス ほか

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/f1-movie/




評論家だけではなく、観客の評価も高いのは良作の証か

ストレンジ・ダーリン

期待度 ★★★★

Rotten Tomatoes 支持率:評論家 96% 観客 85%

20250711日(金)公開

2023年製作/アメリカ映画/上映時間97

監督:JT・モルナー

出演: ウィラ・フィッツジェラルド、カイル・ガルナー ほか

公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/strangedarling/




吉と出るか凶と出るかは、来月のお楽しみ!


第28回 2025年5月 『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』『サブスタンス』

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。