文化CULTURE

わたしの偏愛シネマ Vol.2『ヘレディタリー継承』

今回は2018年11月に劇場公開されました、『ヘレディタリー継承』のご紹介です。

 

本作は18年に公開された直後から映画ファンの間で非常に話題になりまして、18年度公開作のベスト映画に上げる人や、21世紀で最も怖いホラー映画と評する方も多くいらっしゃるような、そんな凄まじいレベルで評価され、かつ凄まじく恐ろしいと評判のホラー映画です。

 

本作は、エレン(トニ・コレット)とその夫、息子、娘の4人家族、グラハム家にまつわるお話。冒頭はエレンの母親であるおばあさんの葬儀から始まります。このおばあさんはエレンや孫、つまりエレンの息子や娘に対して、強く干渉してコントロールしようとしていたような女性でして、ゆえに家族間は決して円満とはいいがたい関係性です。特にエレンの娘である13歳の少女、チャーリーはおばあちゃんっ子で母親に全くなついておらず、エレンは娘との関係を向上させようともがいているわけですが、エレン自身も精神的に不安定で、夢遊病のきらいもあったりと、なかなかうまくいかないわけです。そんな中、息子のピーターが、妹のチャーリーを連れて出かけた際にある事故が起こってしまいまして、そこから加速度的に家族の関係性が悪化していく、というお話です。

 

この設定からも分かる通り、本作はホラーでありながら同時に「家族崩壊もの」、でもあります。むしろこの、家族がいかに崩壊していくか、何が原因で崩壊に向かっていくか、という部分がホラー、恐ろしい部分でして、そこに超自然的な恐ろしい現象が巻き起こることで、様々な恐ろしさが相互に相乗効果を生んでいると思います。このピーターが起こしてしまった事故の後から、グラハム家には奇妙な現象が起こり始めます。悪夢を観たり、幻覚、幻聴が起こったり、あるいは登場人物は自覚していない、観客だけがわかるような異変も次々と起こります。

そんな異常自体がどんどん積み重なっていくにつれて、エレンたちはみなどんどん不安定な状態になっていくわけですが、観客はその様を観ていて、なぜこんなことが起こっていて、その結果一体どんなことが待ちうけているのか、つまりこの映画は一体どこに向かっているのか?ということが、全くわからないまま先へと展開していきます。その展開が非常に恐ろしくもありながら、同時に先が気になって仕方ない、そんなお話になっています。

 

そしてここまでの何がなんだかわからない、どこに連れて行かれているのかわからない恐ろしさだけでも十分怖いのに、クライマックスはあらゆる種類、手法の恐怖演出が次々と展開される怒涛の恐怖シーンが待ち受けています!トラウマ必至のクライマックスですが、さらにその後、驚天動地のラストを迎えます…この終盤15分の展開は恐怖や驚きなどの複数の感情が入り乱れつつ、人によってはもう止めてくれ!と悲鳴を上げるような、そんな凄まじい時間です…そして複数回観るとよくわかるのですが、このラストへの伏線が、冒頭から終盤まで非常に丁寧に、たくさん仕込まれています!なので、後出し的な驚きではなく、ちゃんと理にかなった衝撃の展開になっている点も流石です。

 

そんなとんでもない映画を撮ったのは、本作が長編映画監督デビューとなるアリ・アスターという人物です。この方はインタビューで、この映画は「観客の心にいつまでも残り続けるような映画にしたかった」といった趣旨の発言をしているのですが、これはいい映画として心に留めてほしい、といったポジティブな意味というよりは、観客にがっつりトラウマを植え付けたい、呪いをかけたい、というニュアンスだと思います。実際彼はこの映画を通して、いかにこの世界が恐ろしくて、家族をある種の呪縛として捉えたようなメッセージを投げかけるわけですが、実は彼自身が過去に自分の家族からひどいことをされていたようでして(具体的なことは一切語られていません)、その体験のおぞましさ、恐ろしさが間違いなく本作に反映されているでしょうし、観客へこの世界や家族の闇をしっかり伝えてくれています。

 

人間の根源的な恐怖心を煽ってくるような、ホラー映画史に残る大傑作!トラウマになったらごめんなさい…!


 © 2018 Hereditary Film Productions, LLC



今須 勝地 KATSUZI IMASU

1982年千葉県生まれ。
映画の年間鑑賞本数400本以上。通算では5,000本弱の映画好きおじさん。
2006年カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。
2010年より九州のTSUTAYA本部にて
映像レンタルのマーチャンダイザーとして商品企画を担当。
九州ウォーカーや九州各県のタウン誌、フリーペーパーなどで映画の連載担当を経て、
現在は毎週木曜、cross fm『URBAN DUSK』内にてオススメ映画をレコメンド中。
2019年からカルチュア・パブリッシャーズにて洋画の買い付け、配給を担当。
好きなミュージシャンは岡村靖幸、RHYMESTER。