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転がる石のように名盤100枚斬り 第8回

転がる石のように名盤100枚斬り 第8回

#93 Sign O’ the Times - PRINCE (1987)

『サイン・オブ・ザ・タイムズ』- プリンス


「天才」と呼ばれる人たちがいる。


将棋の藤井聡太くんなんかは間違いなくそうだろう。昨年亡くなった、ホーキンス博士もこの称号にふさわしい業績を残した。このたび、初のサッカー日本代表入りした17歳、久保建英くん(東京FC)は、バルセロナ仕込みの天才的なプレイでスタンドを沸かせている。プロ野球では、広島カープで活躍した前田智徳が「天才」の異名をとっていた。僕は、カープ・ファンではないので、理由はよく知らない。


ロックの世界は比較的「天才」が出やすい分野ではないか。「天才ギタリスト」とか「天才ボーカル」と呼ばれたミュージシャンは、史上何人いるんだろう? 


そんななかでも、同時代に生きて、「あんた、間違いなく天才だわ」と確信したミュージシャンが2人いる。一人はポール・マッカートニー、もう一人はプリンスだ。


ポールの天才っぷりは、ビートルズ時代に炸裂しまくったわけだけど、ソロになってその才能が枯れたのかというと、まったくそんなことはなく(スランプの時期もあったけど)、そのうちこの連載に登場するであろう『バンド・オン・ザ・ラン Band on the Run』(1973年)を筆頭に、才能ほとばしる傑作群は片手では収まらない。昨年発表した最新アルバム『エジプト・ステーション Egypt Station』でも、76歳にして新境地を開いてしまうというすごさ。


そして、プリンス。『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』93位にランキングされた『サイン・オブ・ザ・タイムズ』こそ、彼の才能の幅広さと奥深さを体験するのに、最適な作品だろう。


ポール・マッカートニーもそうだけど、次から次に曲が湧き出てしまうというのも、天才の条件かもしれない。プリンスの多作ぶりは晩年まで衰えなかった。しかも、このアルバムに関して言えば、全16曲、CDだと2枚組のヴォリュームにして捨て曲が一曲もない。


タイトなリズムがカッコいいファンクから、軽快なロックンロール、小粋なポップ・ソング、メロウなスロー・バラード、躍動感あふれるライヴ音源まで、一曲一曲、完成度が高い。そして、楽曲のスタイルはバッラバラなのに、統一感がある。繋ぎが絶妙。構成が巧み。


また、タイトル曲や「Hot Things」といったクールなファンクと、「Play in the Sunshine」「I Could Never Take the Place of Your Man」という軽めのロック・ナンバーのコントラストも効果的だ。


そして特筆すべきは、間に挟まれている「The Ballad of Dorothy Parker」「If I Was Your Girlfriend」「Strange Relationship」といったミディアム調の曲。プリンス以外にはなかなか作ることができない、中毒性の高いナンバーだ。聴けば聴くほどクセになる。


通して聴くと、一夜のライヴ・ショウを観ているような気分になってくる。要は、曲も構成も演奏も、全部いいのだ。大傑作なのだ。それなのに93位とか、評価低すぎないか、『ローリング・ストーン』誌? 



強いて言えば、「できすぎ」なのが欠点かもしれない。



プリンスがコントロール・マニアだってことは、スタッフの多くが証言している。このアルバムは、ほとんどの楽器をプリンスが自ら演奏し、プロデュースまで手がけたので、パーフェクトにアンダー・コントロール。綻びようがない。



なんつっても、天才だし。



出来が完璧だと感心はするけど、感動はしないということか。



ここで忘れてはいけないのが、映画『Sign O’ the Times』の存在だ。アルバム発売時のヨーロッパ・ツアーの映像に、プライベイト・スタジオ「ペイズリー・パーク」でのライヴ(と小芝居)が追加されている。


収録されているパフォーマンスは、圧巻のクオリティ(プリンスのライヴはこれに限らず、ヤバい)。ジェイムズ・ブラウン以来のR&Bのマナーに則ったダンス、凝った舞台装置、バッド・テイストなファッション・センス、キモい目線、エロい演出と、見どころいっぱい。シーラ・E(最高にカッコいい)をはじめ、腕利き揃いのミュージシャンをバッグに従えた演奏が始まると、一瞬たりとも画面から目を離せなくなる。


この映像作品には、アルバムでは味わえない、音楽的な快楽に満ちあふれている。アルバムについて「一夜のライヴ・ショウを観ているような気分になってくる」と述べたが、決して的外れな感想ではなく、むしろ、プリンスの狙いはここにあったんじゃないだろうか。一人きりで宅録的に作りあげたナンバーが本当に輝くのは、ライヴでしか生まれないフィジカルな快楽が加わったときだということを、最初から知っていたんじゃないだろうか。


ベタな小芝居や、プラズマ・ボールみたいなのが出てくる意味不明なイメージ映像、明らかに全体から浮いている、シーナ・イーストン共演の「U Got the Look」のPVも、音だけでは表現できないプリンスの世界として楽しむべし(ホントにこの作品に必要だったかどうかは知らん)。この映像作品とアルバムを合わせて、一つの作品として評価したい。


93位にして初めて、リアルタイムで愛聴した作品が登場したのは、本当に感慨深い。そういう思いも含めて・・・・・・・



おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★





長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。