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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第78回 #23 John Lennon/Plastic Ono Band (1970) - JOHN LENNON 『ジョンの魂』- ジョン・レノン

長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第78回 #23 John Lennon/Plastic Ono Band (1970) - JOHN LENNON 『ジョンの魂』- ジョン・レノン

母さん、あなたには息子がいた/でも、僕には母親はいなかった/

僕にはあなたが必要だった/でも、あなたは俺を必要としなかった/

だから僕は・・・・・・/僕は、あなたにこう言うしかない/

さようなら、さようなら


ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』2003年発表・2012年改訂版23位は『ジョンの魂』。その1曲目「マザー」で「除夜の鐘」(by オノ・ヨーコ)に続いてジョン・レノンが唄うのはこんなフレーズだ。


「重い」と言うか、あまりに開けっ広げに自身のトラウマをほじくり返す内容で、聴くたびになんだか困惑してしまう。


ローリング・ストーン誌がレビューで、『ジョンの魂』を「ロックンロール史上もっとも自己顕示欲が強いアルバム」と評しているけど、この曲を聴くと素直にうなずける。この感じは、ミレニアル世代には引かれるだろうなぁと思ったら、案の定、『史上最も偉大なアルバム』2020年版では、62もランクを下げ85位だった。



しかしながら、発表当初は、ザ・ビートルズ解散後のジョン・レノン初アルバムだったこともあり、「ビートルズのメンバーとして抑圧されていた魂を解き放った赤裸々な作品」として大層高く評価されたそうな。


ジョンがこのアルバムを制作したきっかけが、パートナーであるヨーコ・オノと一緒に受けた「原初治療」という精神治療であったことはよく知られている。「プライマル・セラピー」または「プライマル・スクリーム・セラピー」とも呼ばれ、原初の叫び、要は赤ちゃんが生まれてすぐに発する「オッギャ~ッ!」っていう泣き声が、心身のさまざまな病を癒すと主張している。


・・・・・・意味がよくわからない。科学的にはなんの裏付けもないんだけど、現在でも不安症に効果があると人気なんだって。


実際にジョンがこの治療を受けた際には、17歳のころに母親を事故で失ったときの悲痛な感情を皮切りに、自分と常に疎遠だった母親への想いが次々とよみがえり、声を上げて泣いてしまう。


この経緯を踏まえ、『ジョンの魂』には「プライマル・スクリーム・アルバム」という異名でも知られている。ジョン自身はリリース直後のインタビューで「マザー・アルバム」と呼んでいる。


ジョンの発言や収録曲の内容を見るに、「原初療法」が『ジョンの魂』にインスピレーションを与えことは否定できない。でも、だからって、このアルバムでジョンが本当に「裸の自分」をさらけ出したかというと、僕にはそうは思えないのだった。



そもそも、ジョン・レノンは誤解されがちなパーソナリティの持ち主だ。彼のもつ二面性とその性格のめんどくささは、連載第21回の『イマジン』(『史上最も偉大なアルバム』2003年発表・2012年改訂版80位)のレヴューでも触れた。


『ジョンの魂』にも、ジョンの「誤解され体質」を証明する曲が収録されている。


まず、ギターの弾き語りが辛気くさい「労働者階級の英雄 Working Class Hero」。労働者たちをスポイルする資本主義システムを告発するナンバーで、曲の最後のフレーズ、もし君が労働者階級の英雄になりたかったら、俺の後を追うがいいは、ジョン自らが「労働者階級の英雄」のポジションを引き受けたのだと一般的に解釈されている。


2005年に発売されたジョンの2枚組ベスト盤に『ワーキング・クラス・ヒーロー』というタイトルが付けられるくらいだから、きっとヨーコもそう思っているんだろう。


でも、ちゃんと歌詞を読むと、印象が変わるだろう。労働者を巧妙に抑圧するシステムに対する怒りを唄っているってのは間違ってないけど、その先にあるのは、消費活動に明け暮れて、自分たちを搾取するシステムの本質を見失い、自分たちを中産階級だと勘違いしてしまう労働者たちの愚かさだ。


”The Working class hero is something to be”というリフレインにはいくつか解釈があるが、労働者階級の英雄なんて、カッコつけやがってということだと思う。ビートルズ時代に「レボリューション Revolution」という曲で「革命なんて勘弁してよ」と唄ったのと同様、ここでのメッセージは「労働者階級の英雄なんてやってらんないでしょう」ということ。

だからキメのもし君が労働者階級の英雄になりたかったら、俺の後を追うがいいてのも皮肉なのだ。そんなに英雄になりたきゃ、ロックバンドでも組めばいいじゃんと唄っている。あぁ、意地悪。



アナログ盤ではB面の1曲目を飾る「思い出すんだ Remenber」も誤解を招きやすい一曲。ピアノ、ベース、ドラムのアンサンブルが”Remenber”という言葉の繰り返しとともに徐々に緊張感を高めていき、最後にジョンが叫ぶのが思い出すんだ、思い出すんだ、115日をというフレーズ。そして爆発音。


イギリスでは115日は「ガイ・フォークス・デイ」と言って、1605年に議事堂爆破未遂事件が起こった日だそうな。ガイ・フォークスはその首謀者。つまり、ジョンはその事件を思い起こさせることによって、国家転覆を呼びかけている・・・・・・という説もある。


しかし、本当のところは、もっといい加減な話で、「ガイ・フォークス・デイ」は祝日になっていて、115日になると人々はガイ・フォークス人形をつくって街中を引き回すんだそうだ。その際に人々が口ずさむ歌の一節が思い出すんだ、思い出すんだ、115日をというもの。


要は思い出すんだというフレーズつながりでガイ・フォークスを連想し”115日をとぶっ込んで、さらにその勢いで爆破音を被せたというわけ。ジョン自身は「おもしろいジョークやろ」とインタビューで語っているけど、正直、そんなにはおもしろくはない。でも、このイージーさは嫌いじゃなかったりする。



『ジョンの魂』は過度にシリアスなイメージがあるけど、上記の2曲に顕著なように、ジョンならではの、いささかいびつなユーモアも散りばめられている。アルバム全体に対する評価についても、いま一度検証すべきじゃないか。


『ジョンの魂』は、ジョンが無防備に自身の内面をさらけ出した作品ではなく、ジョンの巧みなセルフ・プロデュース力が産んだ一種のコンセプト・アルバムだと、僕は思っている。


テーマは、「母」なるものとの関係だ。ジョン自身がこの作品を「マザー・アルバム」と呼んだ真意もここにある。「母」とは、幼いジョンを捨てた実の母、ジュリアンと、新たな保護者としてジョンをコントロールしつつあったヨーコ・オノの2人を指している。



ヨーコを母、ジュリアンに重ね合わせるのは、このときに始まったことではない。ザ・ビートルズの通称『ホワイト・アルバム』に収録されている「ジュリア Julia」は、ヨーコのことを唄っているとされているけど、そのタイトルはジョンの実の母を思い起こせる(nが抜けてるけど)。この時点で、2人はジョンの中でシンクロし始めている。


それをジョンが初めて意識したのが、「原初療法」を受けたときだったんだろう。それで、まずは実母に別れを告げるために「マザー」を書くわけだけど、同時に「もしかして、このネタでアルバム1枚つくれちゃうんじゃない?」とジョンは気づいてしまったのだった。



『ジョンの魂』の収録曲を順に聴いていくと、ジョンが自身の中に巣食っている母、ジュリアンに対するオブセッションを、パートナーでもあるヨーコに転嫁していく過程が手にとるようにわかる。


「マザー」で実母に別れを告げたはずなんだけど、この曲のエンディングは”母さん、行かないで/父さん、家に戻って来て”というものなので、母への想いはまだジョンの中で決着してはいない。


2曲目「しっかりジョン Hold on」は、母に捨てられ傷ついたジョンが自らを励ましている。続く「悟り I Found Out」では、実はなにも悟ってはおらず、世間に対する不信感を不気味なベースラインで表現。宗教もドラッグも母の不在がジョンの心に開けた穴を埋めてくれなかったという恨み節だ。


「労働者階級の英雄」は、前述した通り労働者へのイヤミ。「孤独 Isolation」は、周囲から理解されずヨーコとともに孤立していくなかで、「わかってくれとは言わないが」と開き直る。「思い出すんだ」では、幼いころに負った心の傷を反復しつつ、現在の自分を正当化する。


「ラヴ Love」は、桑田佳祐もフェイヴァリットに挙げる超名曲。ここで、ようやくヨーコとの関係が安心感をもたらすようになってきた。「ウェル・ウェル・ウェル Well Well Well」はヨーコとの日常の一コマ。なんで終盤シャウトしているのかはよくわからない。「ぼくを見て Look at Me」では、ヨーコに愛の言葉を語りかけるジョンの姿と、母の視線を捉えようとする幼い少年がオーヴァーラップする。ヨーコとの関係性は徐々にジョンの傷を癒していく。もう少しで母の幻影を追い払える。幼いころの記憶から解き放たれる。


そして畢生の名曲「ゴッド God」で、ジョンは自分とヨーコ以外のなにものも信じないと宣言する。歌詞で触れられてはいないが、もちろんジョンはもう母も信じていない。かつては母との幸せな日々を夢見たけど、それも終わりだ。”The dream is over”


最後に収録されている1分にも満たない「母の死 My Mummy’s Dead」は、ジョンから母、ジュリアンへのレクイエム。母は完全に葬られ、代わりにヨーコが新たに「母性」を象徴する存在として、ジョンの心を支配していく。 


この結末はちょっとホラーじみてるなぁ。



実は、収録曲のうち「孤独」と「ぼくを見て」の2曲は、ジョンがビートルズ時代に書いた曲だ。ジョンはこのアルバムで自分の感情をただ吐き出したわけではなく、テーマに沿って作品を仕上げるために、過去作も引っ張り出していたのだ。ラストの「母の死」にいたっては、イギリス民謡からメロディを拝借している。


つまるところ『ジョンの魂』は「私小説」なんだと思う。テーマは切実なものだし、ジョンの偽りのない感情の発露も見られるけど、すべてが実話ってわけじゃない。ロック・アルバムとしてのクオリティを担保すべく、プロデューサー、ジョン・レノンは、アーティスト、ジョン・レノンを明らかに「演出」している。


できあがった『ジョンの魂』は、文学コンプレックスが高じた挙句につくられた「ロック・オペラ」なんかよりも心に迫るし、よほど文学的だ。ただ、テーマがテーマだけに普遍性を獲得できなかった。個人的には傑作認定しているんだけど、悲しいかな、徐々に忘れられていくアルバムじゃないだろうか。



さて、『ジョンの魂』のコンセプトを21世紀にアップデイトするのは、*カニエ・ウェストの新作『Dondaだとにらんでいる。アルバム・タイトルは、ズバリ、2007年に脂肪吸引手術の合併症で亡くなったカニエ最愛の母親の名前だ。しかし、たび重なるリリース延期により、2021827日現在、その全貌は確認されていない。


でも、『ジョンの魂』は「ロックンロール史上もっとも自己顕示欲が強いアルバム」だったように、『Donda』が「ヒップホップ史上もっとも自己顕示欲が強いアルバム」になることは間違いないだろうな。


*2021年8月28日にリリースされた




おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★





長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。