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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第82回 #19 Astral Weeks (1968) - VAN MORRISON 『アストラル・ウィークス』- ヴァン・モリソン

長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第82回 #19 Astral Weeks (1968) - VAN MORRISON 『アストラル・ウィークス』- ヴァン・モリソン

昨年12月、ヴァン・モリソンが書き下ろした楽曲「スタンド・アンド・デリヴァー Stand and Deliver」をエリック・クラプトンがレコーデンングしたというニュースが伝わってきた。オールド・ロック・ファンが狂喜しそうな組み合わせだけど、頭が痛いのが御大2人そろって新型コロナに関連した陰謀論にハマっていることだ。


クラプトンは、ヴァン・モリソンとのコラボのあと、今年2月に新型コロナ・ワクチンを接種。その際には「副反応に10日苦しんだ。もう二度とギターを弾けんかと思ったよ」とブーたれており、8月には、ワクチンとロック・ダウンを批判する新曲「ディス・ハズ・ガッタ・ストップ This Has Gotta Stop」を発表した。さらには、観客にワクチン接種証明を求めるライヴには参加しないと表明している。


クラプトンは昔からこんなヤツだったから、まぁいい。


一方のヴァン・モリソンはと言えば、「スタンド・アンド・デリヴァー」以前から、アンチ・ロックダウンを謳った楽曲をリリースしていて、アイルランド政府は国民を奴隷化しようとしているとか、ソーシャル・ディスタンシングはエセ科学だとか、放言を繰り返している。



彼らが思うように活動できずフラストレーションを感じていることは理解できるし、ワクチンの副反応のリスクは否定できない。それに、新型コロナ禍で苦しんでいるアーティストを支援しようというヴァン・モリソンの志自体はすばらしいと思う。


しかし、一連の発言や行動を見ると「大人げない」というひと言が浮かんでくる。ニール・ヤングが新型コロナ感染拡大を懸念し、フェスへの出演を取りやめたことと、あまりに対照的。


実際に感染して亡くなった方が世界で500万人を超えたのに、いい歳して「政府の陰謀だ」とか言ってんじゃないよ。言葉は悪いけど、老害とはまさにこの2人のこと。クイーンのブライアン・メイやスティングが「あきれるわぁ」とコメントしたのもやむなしだな。



ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』(2003年発表・2012年改訂版)19位は、お騒がせ老人ヴァン・モリソンが23歳のときに発表した実質的なソロ・デヴュー・アルバム『アストラル・ウィークス』だ。今回が聴くのは初めて。


この作品の前に『ブロウイン・ユア・マインド Blowin’ Your Mind』というアルバムを発表しているけど、これはヴァン・モリソンの預かり知らぬところで、プロデューサーが勝手にリリースしたものだそうな。



さて、問題発言を繰り返す御大の若きころの作品をどう捉えるか?


「作者の人格と創作物は別物である」という意見には賛否あるけど、基本的に僕は賛成派。ピエール瀧がコカインやったから電気グルーヴの作品が販売停止になるなんてバカげている。


まぁ、感情的には割り切れないケースがあるのも事実だけど、ここでは深掘りしない。


そもそも、『アストラル・ウィークス』はいまから53年前の作品だし、ヴァン・モリソンの人格も、(当時から偏屈だった可能性は十二分にあるけど)いまとはまったく別物だろう。そういうわけで、いま現在の老害ぶりは一旦脇に置いて、純粋に作品に向き合ってみよう。



このアルバムはリリース当初はまったく売れなかった。しかし、Wikipediaを読めばわかる通り、評論家の評価はムチャクチャ高い。一方で一般の人のブログに目を通すと「難解」「とっつきにくい」「よくわからん」「わかった気がしたけど、気のせいか?」「わかった気がしたけど、それって自分が通ぶっているだけ?」などなど、手放しで絶賛している人はいないという一枚。


なんか聴く前からドキドキしますなぁ。



いつものようにAppleMusicで検索して、ひと通り流して聴いてみた。



思ったよりも聴きやすい。しかし、Aメロ・Bメロ・サビという、いわゆるポップ・ミュージックのフォーマットには当てはまらない、不思議な感触の音楽ではある。



バックを名うてのジャズ・ミュージシャンが固めているという予備知識があったので、もっとアヴァンギャルドなスタイルかと思っていたけど、基本はヴァン・モリソンのギターの弾き語り。それにバックが即興で音を合わせるスタイルで、ベースのリチャード・デイヴィスをはじめ、ジャズ・ミュージシャンたちが奏でる音は、伴奏というよりも、ヴァン・モリソンの「声」と一体になって、グルーヴを生み出している。



レコーディングが行われたのは大都会ニューヨークのセンチュリー・サウンド・スタジオだけど、そこで生まれたのは、ヴァン・モリソンの故郷である北アイルランドの自然を思い起こさせるような大らかなサウンドだった。


まず第一にヴァン・モリソンの「声」がもっている特質がある。彼のヴォーカルは「ソウルフル」とよく形容されるけど、決して都会的ではなくアーシーで、スケールが大きい。


2曲目「ビサイド・ユー Beside You」でのヴォーカルは荒涼とした大地が眼前に浮かび上がってくるし、6曲目の945秒の長尺ソング「マダム・ジョージ Madame George」は、別れの曲にもかかわらず、秋の陽だまりのような暖かさを感じさせる美しいバラード。


唯一、都会的な印象なのが、大々的にホーンをフィーチャーした「若き恋人たち The Way young Lovers Do」。アナログ盤だとB1曲目だから景気づけの意味もあったんだろうけど、アルバム全体から見たら浮いてしまっている。



バックを務めたミュージシャンたちが、どこまでヴァン・モリソンのバック・グラウンドを理解していたかはわからない。しかし、彼らはヴァン・モリソンの「声」を最大限に生かすという一点のみにフォーカスし、既存音楽のルールにとらわれず自由に音を重ねていく。そのミュージシャン・シップがすばらしい。このアルバムを史上屈指の名盤の座に押し上げたのは、彼らの功績と言っていいだろう。


結果的にできあがったのは、ロックでもR&Bでもジャズでもない、スリリングでかつ彼岸を思わせる不思議な音楽だった。そりゃそうだ。演っている本人たちも、ジャンルなんかお構いなしだったんだもの。ただ純粋に「音楽」を奏でた結晶がこのアルバムなのだ。



これを聴いて「よくわからん」という人がいるのも理解できる。でも、決して「解釈」しようとせず、「意味」も求めず、一つ一つの音に耳を傾けていくと、浮かんでくる風景があるはず。訪れたことはないのに、なぜか懐かしく感じる風景。これこそがヴァン・モリソンの音楽の本質なんじゃないだろうか。



アルバム・タイトルの”astral”は「星のような」という意味のほかに「幽界」という意味もあるそうだ。いまこそヴァン・モリソンは、俗世で陰謀論にまみれるのではなく、「幽界」に身を置き、自らの内面に広がる荒野を再び僕らに見せてほしいものだけど、彼も現在76歳。もうそこには戻れないのかもしれないね。




おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★




長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県ディープエリア筑豊生まれ。開店休業中の雑誌編集者。九州ウォーカー、某弱小エアラインの機内誌の編集長を経て、なぜか今は京都の旅館の運営が業務の中心。あと染織作家である家人の話し相手など。