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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第86回 #15 Are You Experienced (1967) - THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE 『アー・ユー・エクスペリエンスト?』- ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第86回 #15 Are You Experienced (1967) - THE JIMI HENDRIX EXPERIENCE 『アー・ユー・エクスペリエンスト?』- ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス


昨年末、『ザ・ビートルズ:Get Back』観たさに、1か月限定でDisney+に加入した。せっかくなので、ポール・マッカートニーがリック・ルービンとともに、自身のキャリアを振り返るドキュメンタリー『マッカートニー 3, 2, 1』も観てみた(結局、シリーズ途中で挫折したけど)。


そのなかでポールが「『サージェント・ペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』をリリースした次の週末には、ジミ・ヘンドリックスがライヴでタイトル・トラックをカヴァーしてたんだよ」とちょっと誇らしげに語っていたのが印象に残っている。


ポールはかなりジミのことを評価していたようで、196761618日に開催された『モンタレー・ポップフェスティバル』にジミを推挙したのはポールだと言われている。このイベントでジミは伝説になるパフォーマンスを見せ、それまでは無名だった故国アメリカでも、一躍スーパースターの仲間入りを果たす。


ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』(2003年発表・2012年改訂版)15位は、『モンタレー・ポップフェスティバル』開催のおよそ1か月前、1967512日にイギリスでリリースされたジミのファースト・アルバムだ。ちなみに、このアルバムが全英チャートでは2位止まりだったのは、61日に発売されたザ・ビートルズ『サージェント・ペッパー・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』がトップの座に居座っていたから。


濃い時代ですね。



アメリカで無名のギタリストとしてくすぶっていたジミを、元アニマルズのチャス・チャンドラーが見初めイギリス・ロンドンに連れて来たのが19669月。翌月にはオーディションを行い、ベースのノエル・レディング、ドラムのミッチ・ミッチェルとともに、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成。12月にはデビュー・シングル「ヘイ・ジョー Hey Joe」をリリースし、チャート4位のヒット。渡英して3か月とちょっとでスターダムの上り詰めるというスピード感がすごい。



ジミの音楽はイギリスのシーンにセンセーションを巻き起こし、彼のステージにはセレブリティが連日詰めかける事態となる。そのなかにはポールをはじめとするビートルズの面々はもちろん、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、当時クリームで活動していたエリック・クラプトンや、ジェフ・ベックといったロックのレジェンドたちが含まれていた。


そして、ジミの演奏を目の当たりにした彼らがどうなったかというと、なんかもう、いやになっちゃったのだ。特にクラプトン、ベックといったギタリストたちが受けた衝撃は甚大だった。ジミのギター・プレイが異次元すぎて、彼らは一様に自信を喪失。実際にベックが「俺ら失業すんじゃね。。。」と弱音を吐いたなんて話も漏れ伝わっている。


彼らの心の傷が癒える間もなく発売されたのがアルバム『アー・ユー・エクスペリエンスト?』。おそらく大学生のころに買ったのであろうCDが我が家にある。西ドイツでプレスされた代物なので、1990年よりも前に買ったことは間違いない。


収録曲はイギリスのオリジナル盤と同様。アメリカ盤は、4曲がシングル収録曲と差し替えられている。今回、改めて聴いたAppleMusicにアップされているのは、オリジナル盤11曲の後に、シングル曲6曲を収録するインターナショナル・ヴァージョンで、ジミが大英帝国に与えたインパクトを追体験できるけど、今回はオリジナル盤に絞って聴いていく。



CDを聴いていたころは、超絶テクニカルなギター・プレイばかりに耳を奪われていたけど、改めて聴くと実に繊細にサウンドが構築されているのがわかる。


それを象徴しているのが、オリジナル盤のラストに配されたタイトル・トラック「アー・ユー・エクスペリエンスト? Are You Experienced」だ。さまざまなエフェクトが施されたギターの音が洪水のように押し寄せてくる。そして、その奥から聴こえるピアノの単音が張り詰めた空気を醸成する。402秒の曲に詰め込められた情報量の多さ。聴いていると、頭の中を乗っ取られそうになるドラッギーな傑作。


アルバム全体の構成も絶妙で、キャッチーなギター・リフで彩られたロックン・ロールやファンクの合間に、トラディショナルなブルース(レッド・ハウス Red house」)や穏やかなミディアム・ナンバー(「メイ・ディス・ビー・ラヴ May This Be Love」「リメンバー Remember」)、SFチックなインスト(「サード・ストーン・フロム・ザ・サン 3rd Stone From the Sun」)を挟み込む。このアルバムをジミの最高傑作に挙げる人がいるのもうなずけるクオリティだ。


いまでこそ余裕をかましているサー・ポールだけど、『アー・ユー・エクスペリエンスト?』を初めて聴いたときは、クラプトンやベック同様、やになっちゃったんじゃないか。演奏しているのはスリーピース・バンドなのにもかかわらず、潤沢なお金と人員を注ぎ込んで制作された『サージェント・ペッパー~』に匹敵するほど重厚で画期的なアルバムとして成立してるし。ジミはギタリストとしてだけではなく、サウンド・クリエイターとしても「天才」の域に達していた。



それにしても、ロンドンでアッと言う間に成功を収めたのを見ると、なんで渡英前、アメリカで鳴かず飛ばずだったのが不思議に思えるけど、1966年の世界のカウンター・カルチャーの中心地はロンドンだったんだな。「スウィンギン・ロンドン」と呼ばれる時代。その象徴とも言えるツィギーが、ミニ・スカート・ルックでファッション・シーンに颯爽と登場したのがまさに1966年だった。


「サマー・オブ・ラヴ」の掛け声とともに、アメリカ・サンフランシスコにヒッピーが集結するのは、翌1967年。そして、ここに至って、ようやくアメリカのオーディエンスがジミの音楽に追い付く。


だからと言って、ジミの音楽は決して「60年代後半という時代」に囚われていない。「スウィンギン・ロンドン」が遺物となり、「サマー・オブ・ラヴ」が茶番に見える21世紀に聴いても、『アー・ユー・エクスペリエンスト?』は、すごくフレッシュだ。なぜなら、時代がジミの音楽を生んだのではなく、ジミの音楽がその後の時代をつくったから。


そんな不世出の天才の降臨を高らかに告げた『アー・ユー・エクスペリエンスト?』は、史上もっとも偉大なデビュー・アルバムだと個人的に思っている。




おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★







長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。