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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第87回 #14 Abbey Road (1969) - THE BEATLES 『アビイ・ロード』- ザ・ビートルズ
2020年に発表されたローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』最新版で顕著だったのは、ザ・ビートルズの凋落だ。この企画が始まって以来、ずっと王座に座っていた『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)をはじめ、2012年改訂版でトップ10にランクインしていた4枚は、すべて順位を下げ、14位から5位に順位を上げた『アビイ・ロード』のみが、10位以内に名を連ねることとなった。
ビートルズの評価サゲの理由はさて置き、『アビイ・ロード』が、2020年に例外的にランク・アップしたのがおもしろい。このアルバムは、アタマの曲から順番に聴いていかないと、よさがわからないのだ。この好評価は、ここ数年でアルバムというフォーマットが復権していることと符合する。
ここ数年、ヒット曲の寄せ集めではなく、「アルバム」という一つの作品で世界観を表現しようとするアーティストが明らかに増えているし、リスナーもそれを求めている。これはパンデミックの影響もあるんだろう。ここ2年間、ライヴもままならない状況が続いていることもあり、アーティストが世界とつながりを維持するという点で、「アルバム」というフォーマットがすごく重みを増しているように思う。
さて、今回のお題『アビイ・ロード』は、ビートルズの「実質的なラスト・アルバム」と考えられている。テレビ・シリーズ『ザ・ビートルズ:Get Back』で全貌が明らかになった1969年の「ゲット・バック・セッション」で、バンドとしての一体感を取り戻そうと試みたものの、最終的に満足のいく作品には仕上がらず、『アビイ・ロード』がリリースされた時点では、「ゲット・バック・セッション」の音源の使い道は決まっていない(1970年に『レット・イット・ビー』としてリリース)。
『アビイ・ロード』のレコーディングは、「ゲット・バック・セッション」直後の1969年2月にスタートしている。「ゲット・バック・セッション」と『アビイ・ロード』制作の間になにがあったのか、ずっと疑問に思っていたんだけど、『ザ・ビートルズ:Get Back』のラストの延長線で、なんとなく新しいプロジェクトを立ち上げたのかもしれない。集中的にレコーディングが行われたのは、7月から8月にかけて。中断期間にプロジェクトのコンセプトを詰めたんだろうか。
『ザ・ビートルズ:Get Back』でも明らかになった通り、このころは、ポール・マッカートニーがクリエイティヴでもビジネスでもイニシアティヴを握っていた。『アビイ・ロード』もポールとプロデューサーのジョージ・マーティンが中心になって制作されたと言われている。
僕は、『アビイ・ロード』はレコードで購入し(しかもなぜか2枚)、その後、CDを購入(リマスター違いの2枚)し聴いてきたが、最近はご無沙汰だった。この機会に久しぶりにガッツリ聴いてみましたよ。もちろん、アタマから。
CD以前のアルバムを聴く際に留意しなくてはいけないのは、レコードにはA面とB面があること。『アビイ・ロード』もA面とB面でかなり趣向が違う。
A面は全6曲。ジョン・レノンとポール・マッカートニーが2曲ずつ、ジョージ・ハリソンとリンゴ・スターが1曲ずつ提供している。並びは、[ジョンその1→ジョージ→ポールその1&2→リンゴ→ジョンその2]で、ジョンがアタマとシメを担当。
僕がこのアルバムを初めて聴いたのは、中学1年のころだったんだけど、ジョンの2曲、「カム・トゥゲザー Come Together」「アイ・ウォント・ユー I Want You (She’s So Heavy)」を聴くのが怖かった。どっちもなんだかドロドロしてて。はい。お子ちゃまだから、よさがわからんかったのね。この2曲がビートルズ後期のナンバーのなかでも屈指の名曲であることを僕が認識したのは、成人してからじゃないかな。
「カム・トゥゲザー」は、ブルージーで密室感のあるファンク。「アイ・ウォント・ユー」は、ヘヴィーな演奏にのせてシンプルなメッセージがリピートされ、中毒性あり。ジョンが否定したとしても、2曲ともドラッグについて歌ってることは間違いないだろう。
で、このテンションが張りつめたジョンの2曲に挟まれた4曲がどんな感じかと言うと、なーんかユルい。いい意味でユルい。
2曲目の「サムシング Something」はジョージ、一世一代の名曲で、ビートルズの楽曲のなかでももっとも人気の高い曲の一つ。穏やかな曲調からはジョージの柔らかい人柄が伝わるけど、緊迫した「カム・トゥゲザー」からの弛緩ぶりがすごい。
続く「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー Maxwell’s Silver Hammer」は、シリアル・キラーを主人公にしたポールらしいノベルティ・ソング。空気はさらに弛緩。
4曲目の「オー!ダーリン Oh! Darling」はポールの熱唱が人気の一曲だけど、曲のスタイルはあまりにオールド・スクール。1969年にこの曲を歌う意味があるのか?
で、次がリンゴの「オクトパス・ガーデン Octpus Garden」。タコの庭。リンゴはこれでいい。
こうして通しで聴くと、『アビイ・ロード』のA面は、各メンバーの個性を活かした曲をバランスよく配していることがわかる。そして、ただ一人、ポールだけは本気を出していないことも。
ポールは完全にB面にフォーカスし、『アビイ・ロード』をビートルズの最高傑作の一枚に押し上げることになる、2つのメドレーに注力したのだった。
B面の流れはこんな感じ。[ジョージ→ジョン→メドレー1→メドレー2→おまけ]。
アタマはジョージの「ヒア・カムズ・ザ・サン Here Comes the Sun」。「サムシング」と双璧をなすジョージの名曲で、Spotifyでもっとも再生されたビートルズの楽曲だそうな。アルバムの中では、A面とB面をつなぐインタールード的な効果をもたらしている。
次の「ビコーズ Because」はコーラスが美しい逸品。シンプルな歌詞は、ジョンの名曲「ラヴ Love」に通じるものがある。メドレーの前奏曲として置かれたんじゃないかな。
「ビコーズ」の崇高とも言えるコーラスが途切れると、「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー You Never Give Me Your Money」のピアノのイントロが流れる。5曲で構成されたメドレー1のスタートだ。曲の並びは、<ポールその1→ジョンその1&2&3→ポールその2>で、ジョージ、リンゴの曲は含まれず、A面でのジョンの曲とポールの曲のポジションが入れ替わっている。
テレビ・シリーズ『ザ・ビートルズ:Get Back』を観たときも感じたことだけど、ポールとジョンの間には特別な絆がある。特にポールにとってビートルズは「俺とジョンのバンド」な訳で、『アビイ・ロード』においてもA面はジョンのもの、B面のメドレー1は(実質的に)ポールのものだという意図を持って構成しているように思える。
「サムシング」「ヒア・カムズ・ザ・サン」という誰もが認める名曲を手にジョージが台頭してくることは、ポールにとって予想外だったし望んでもいなかったのだ。ポールにとってビートルズは「俺とジョンとそれ以外の2人」という感じだったんだと思う。それを意識していたかどうかは別として。
A面でジョンが、ヘヴィーで攻撃的な曲を投下したのに対し、ポールがメドレー1で披露するのは、殺傷力抜群の美メロな2曲だ。このあたりのメリハリもポールの計算だろう。
「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」は日本ではクルマのコマーシャルにも使われたけど、実はそこで聴ける美しいAメロはほんのさわりで、この後、リズムもテイストも目まぐるしく展開する。一曲としてクレジットされてるけど、この曲自体が「メドレーのなかのメドレー」と言っていい。
メドレー1のシメの「シー・ケイム・イン・スルー・ザ・バスルーム・ウインドウ She Came in Through the Bathroom Window」はミディアム・ロックだけど、こちらもメロディがキレキレ。シュールなリリックもいい。
間に挟まっているジョンの3曲は、フリートウッド・マックの「アルバトロス Albatross」とパクリ・レベルでそっくりの「サン・キング Sun King」と、ジョン本人曰く「1968年、インドに行ったときにつくったガラクタ」である「ミーン・ミスター・マスタード Mean Mr. Mustard」「ポリシー・パン Polytheme Pam」だ。これがなぜかメドレー1の流れで聴くと輝きを見せる。これもポールのジョンへの愛のなせる業か。
B面もここまで来ると、残すところはメドレー2と「おまけ」ということになる。ポールが目指した「俺とジョンのアルバム」はもうすでに成就しているように思える。では、メドレー2でポールはなにを表現したかったのか。
通説では、メドレー2はビートルズ4人による決別宣言ということになっている。ラストが「ジ・エンド The End」だものね。それ以外に考えられんよね。ファンはこのメドレー2を聴くたびに、ビートルズの終焉に立ち会っているような気分に陥り、センチメンタルな感情に包まれてきたのだ。
子守唄からインスパイアされたという「ゴールデン・スランバー Golden Slumbers」をポールが情感たっぷりに歌い上げた後、「キャリー・ザット・ウエイト Carry That Weight」ではリンゴを中心に合唱を繰り広げ、そこにオーケストラも加わりフィナーレ感を盛り上げる。そして、「ジ・エンド」では4人が順番にソロで演奏を聴かせる。
4人が一体となって、最後のプレイを聴かせるというのがミソ。ポールがビートルズのことを「俺とジョンのバンド」だと考えていたなんて、僕の誤解でした。やっぱり4人でビートルズだって、ポールはわかっていたんだよ・・・・・・と、思わせてくれる。
プロデューサーのジョージ・マーティンは、『アビイ・ロード』について、「誰もがこれが最後になるのだなと思いながらやっていた。だからこそあれは幸せな一枚になったんだ」という言葉を残している。そうだよね。しみじみ。。。。
しかしだ。
2019年に有名なビートルズ研究家が発表した音声テープに、ジョン、ポール、ジョージの3人(リンゴは腸の調子が悪く入院中)による会議の様子が残っていて、彼らが『アビイ・ロード』の次のアルバム制作について議論していることが話題となった。これって要は、4人は『アビイ・ロード』を最後のアルバムだと認識してなかったんじゃないの? だとしたら、ファンの『アビイ・ロード』への思い入れは、勘違いだということ?
この音声にかんする記事を読んだ限りでは、少なくともジョンは、『アビイ・ロード』後のヴィジョンを提示している。音声でジョンは、次回作ではジョン、ポール、ジョージの3人が4曲ずつつくり、リンゴがやる気だったら2曲つくってもらおうと提案しているのだ。全部で14曲録音するということ。そして、これとは別に、『アビイ・ロード』リリース時のインタビューでも、「アルバムにはロック・ソングを14曲入れられれば、俺は満足なんだよ」と語っている。14曲! ジョンは、結構真剣に今後の「ビートルズのかたち」について考えていたのだ。
しかし、一方でポールがどう考えていたかは判然としない。上記の会議では「このアルバム(『アビイ・ロード』)を作るまで、ジョージの曲は大してよくないと思っていた」なんてことをジョージの面前で言い放ってて、感じ悪いったらありゃしない。
でもさぁ、
「かつては家へと続く道があった」「おやすみ、愛しい人よ、泣かないでくれ」「みんな重荷を背負っていかなきゃならない、これからずっと長い間」「そして結局、君が手に入れる愛は、君が与える愛の量と等しいのさ」
メドレー2で、こう畳みかけられると、誰もが「これで終わりかぁ」と思うよね。
少なくともポールとジョージ・マーティンは、これが最後だって思いながら制作に取り組んでいたとしか思えない。楽曲の断片を繊細なタッチでつないだB面の2つのメドレーは本当に美しいけど、見方を変えると、これって閉店前の在庫一掃セールみたいだし。
今回、改めてこのアルバムを通して聴いて、僕は「4人が最後だと思っていたかどうか」なんて、もうどうでもいいんじゃないかと思ってしまった。メドレー第2部ラストの「ジ・エンド The End」が壮麗な9声コーラスとギターのアウトロで大団円を迎え、しばしの空白の後に25秒のかわいらしい小品「ハー・マジェスティ」が、なにかの間違いみたいに耳に流れ込んでくる。そして『アビイ・ロード』はあっけなく幕を閉じる。このユーモア。これほどビートルズにふさわしい「最後」はないだろう。きっとファンの多くもそう感じているはずだ。
そこで、ふと気づいた。ポールは1969年時点で間違いなく世界でもトップに数えられるビートルズ・ファンだったんじゃないだろうか。彼がビートルズのことを「俺とジョンのバンド」と考えていたか、「4人のバンド」と考えていたのかはともかくとして。
当時は、クリエイティヴと言うよりもビジネスが原因で、メンバー間の感情の対立が露わになっていた。このままでは、泥沼にはまってしまう。きっと最終的にビートルズは世界に醜態を晒して、空中分解してしまうだろう。
ポールは、世界一のビートルズ・ファンとして、そんなことは許せなかった。
だから、ポールはビートルズを終わらせようとする。ただし、その最後は美しく潔くてはならなかった。だから、あり合わせの楽曲の断片から奇跡のような美しいメドレーを紡いだのだ。そんな、ポールの狂気にも似た偏執的な想いこそが、『アビイ・ロード』を傑作たらしめたように思えてならない。
そして、そのポールの想いによって、世界のファンも救われた。
だから、たとえいびつであっても、『アビイ・ロード』はザ・ビートルズ屈指の傑作だし、正真正銘の「ラスト・アルバム」だと思うのだ。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★
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