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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第96回#5 Rubber Soul (1965) - THE BEATLES 『ラバー・ソウル』- ザ・ビートルズ

長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第96回#5 Rubber Soul (1965) - THE BEATLES 『ラバー・ソウル』- ザ・ビートルズ

ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』(2003年発表・2012年改訂版)5位の『ラバー・ソウル』の1曲目は「ドライヴ・マイ・カー Drive My Car」。2曲目が「ノルウェイの森 Norwegian Wood (The Bird Has Flown) 」だってんだから、ハルキストのみなさんにとっては、必聴アルバムだろう。


実は今年の5月、村上春樹は自身がパーソナリティを務めるラジオ番組「村上RADIO」(TOKYO FM)で、このアルバムを取り上げている。曰く「それ以前には存在しなかった種類の音楽だったんです。そして今聴いても、まったく古びていません。同じように新鮮です」と絶賛。


「ドライヴ・マイ・カー 」「ノルウェイの森」を小説のタイトルに冠したのは「たまたま」なんだって。


収録内容の書き起こしがWEBにアップされているので、ハルキストの人は調べてみてください。



『ラバー・ソウル』はビートルズ6枚目のアルバムで、村上春樹も言っているようにビートルズにとっては「大きな転換点」となった。”4人はアイドルから大人のロック・バンドへ脱皮・・・・・・する過渡期って感じ。


当時22~25歳のビートルズのメンバーたちに天啓にうたれて、音楽的に成熟したってわけではなく、「なんかアイドル扱いされるのにくたびれちゃった」というのが現実じゃないだろうか。1963年にシングル「抱きしめたい I Want to Hold Your Hand」で米国制覇を果たして以降、ツアーで世界を飛び回りながらも、その合間に4枚のアルバムと2本の主演映画を制作。そりゃくたびれるよ。


『ラバー・ソウル』の前作『ヘルプ! 4人はアイドル Help!』のタイトル・トラックが、ハード・スケジュールで疲弊したジョン・レノンからのSOSだったことは広く知られている。


アイドルとして熱狂的なファンとメディアに追いかけられる毎日を送っていると、レコード制作へのモチベーションを維持することも困難になってくる。1964年のクリスマス・シーズンにリリースされた『ビートルズ・フォー・セール Beatles for Sale』の収録曲は、14曲中6曲がカヴァー。『ヘルプ!』カヴァー曲こそ2曲にとどまったものの、オリジナル曲は出来不出来の差が激しい。


このころの「お疲れモード」が如実に表れているナンバーが、『ラバー・ソウル』に収録されている。12曲目の「ウエイト Wait」だ。実は、この曲は『ヘルプ!』でボツになった曲なんだけど、『ラバー・ソウル』に収められたのは、単純に曲が足りなかったからだろう。


ビートルズのセカンド・アルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ With The Beatles』(1963年)のオープニング・トラック「イット・ウォント・ビー・ロング It Won't Be Long」と対になっているような曲なので、聴き比べるとおもしろい。「イット・ウォント・ビー・ロング」はビートルズらしい「イエー・イエー・ソング」。自分の元を去った恋人が戻ってくるというストーリーで、長く待たなくていいんだよねと歌うジョンのヴォーカルも高揚感があふれている。


対する「ウエイト」は、「イット・ウォント・ビー・ロング」とは視点が逆になっていて、主人公は恋人の元に戻ろうとしている。リード・ヴォーカルはこのナンバーでもジョンがとっているんだけど、その声は低く暗い。疲労感がにじんでいる。長い間留守にしてしまった/ようやくうちに戻るよ/待っててねと歌われているけど、そこには恋人に対する愛情なんてものは微塵もなく、長い旅に疲れ果てた男のぼやきが繰り返されるだけ。


この2曲を聴き比べると、たった2年でいかにビートルズが消耗してしまったのかがわかる。



『ラバー・ソウル』も以前のアルバムの例に漏れず、1965年のクリスマス・シーズンを目指して、過労死レベルのスケジュールで制作されている。8月にアメリカ・ツアーを終え、イギリスに帰国したあとに曲づくりを開始。10月からスタジオに入り11月上旬にはレコーディングを終了している。


時間(と契約)に追い立てられ、心理的なプレッシャーがつきまとう制作環境においては、なにか新しい要素を音楽に持ち込まないと、本人たちもやってられなかったんだと思う。結果的にそれが、音楽スタイルや使用する楽器、スタジオ・ワークなど、それまでにない試みにつながった。



楽器については「ノルウェイの森」でシタールを導入したことが有名だ。「ノルウェイ」という言葉から想起される寒々とした空気をインド楽器で表現するとは天才・・・・・・というか、単なる思いつきだろう。そもそもこの曲のタイトルは「ノルウェイ製の家具」を指すというのが定説になっているし。


「ノルウェイの森」もそうだけど、このアルバムからジョンのリリックがググッと深化する。「ノルウェイの森」は短編小説のようだし、「ひとりぼっちのあいつ Nowhere Man」は自らの深層心理を描いているようにも思える。このあたりは、『ヘルプ!』から顕著になったボブ・ディランの影響だと言われている。ディランがエルヴィス・プレスリーの音楽を絶賛しつつも、そこで歌われている内容は「子供だましだ」と一刀両断したことは以前述べた。ジョンも「そう言われると、そやなぁ」と思ったんだろうな。


音楽的にはブラック・ミュージックへの接近がいい感じ。オープニングの「ドライヴ・マイ・カー」のベースの使い方はオーティス・レディングの名曲「リスペクト Respect」を参考にしたらしい。なるほど、グルーヴィ。「愛の言葉 The Word」も黒い。ファンキー。


その一方で、ポール・マッカートニーの手による「ミッシェル Michelle」とジョンの「ガール Girl」は、ヨーロピアン・テイストでメランコリック。「ミッシェル」はグラミー作曲賞を受賞。でも、甘すぎて聴いているとちょっと恥ずかしくなる。「ガール」の方はメロディもリリックもひねりがある。コーラスが「Tit, Tit, Tit・・・・(おっぱい、おっぱい、おっぱい)」って言っているとは、最近まで知らなかった。ジョンの天才はこういうところに発揮されるのだなぁ。


あと、このアルバムから、ジョージ・ハリソンの書く曲がサマになってくる。12弦ギターがカッコいい「恋をするなら If I Needed Someone」はジョージのソロ・ツアーでも取り上げられている佳曲。村上春樹のラジオ番組では無視されていたけど「嘘つき女 Think For Yourself」も独特の雰囲気があって悪くない。



そんなこんなで佳曲がそろっているわけだけど、個人的なベスト・トラックは「イン・マイ・ライフ In My Life」かな。ジョンが、二度と戻らない故郷での「古き良き日々」への想いを歌ったナンバー。歳とったからこういうのがグッとくるというわけではなくて、若いころから好きだったのよ。曲調もアレンジもオーソドックスなんだけど、完成度はビートルズ全曲のなかでも3本の指に入るのではないか。



『ラバー・ソウル』は、ビートルズがポップスターからアーティストへの進化を見せた初めてのアルバムということで、高い評価を集めてきた。しかし、意外にも2020年発表の『史上最も偉大なアルバム』最新版では、30ランクダウンの35位と大暴落。いまの耳で聴くと、グッド・ミュージックなのはわかるんだけど、刺激に欠けるということか。


過渡期の作品ということもあって、中途半端な印象を抱いてしまうのも、また事実なんだよなぁ。村上春樹とは意見を異にするけど、改めて聴くと、ちょっと古びた印象も抱いてしまった。間違いなく名盤ではあるんだけど、いまの自分にとっては、愛着を感じにくい一枚だったりする。



おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★






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