音楽MUSIC
ロックン・ローヤーの音楽なんでもコラム Vol.5
作家が気になるラブソングの移ろい
某芸人さんが関西系所属事務所から圧力をかけられたという会見で「おまえ、テープなんか回してないやろうな」と言われたとのことでしたが、ここで気になるのがテープという前時代的なアイテム。あえて昭和ヤクザ映画の雰囲気を出すための脅し文句として使ったのか。それにしても関西人がおまえという二人称を使うシチュエーションってあまり想像できない。これもヤクザ映画で覚えたセリフなのかってことですけどね。同じような圧力が問題になった某巨大芸能事務所の場合であれば「そこんとこ、よろしくね、キミ」の一言で終わってるような気がするわけですよ。
関西の人って、キミは気取ってる、お前は偉そうって言って使いたがらない傾向があって、日常会話で多い二人称は意外と自分だったりするわけで。これ、方言と呼んでいいのかどうかわかりませんが、関西特有の言い回しだと思われます。
作家としては、一人称・二人称の使い分け、わりとこだわりのあるところです。英語だと、I,Youの二語で片付くことではあるんですけどね。チャンドラーの愛読者なのですが、翻訳にあたって、フィリップ・マーロウの語りを俺にするか、私にするかの論争があって、これだけでひどく雰囲気が違うのです。男性のキャラなら、俺、私のほかにも僕という選択もあるし、文字である以上、漢字なのかひらがなでひらいてというのも考える。女性にも、私、わたし、あたしと微妙にニュアンスが違うような気がするし。これに加えて二人称だと二人の関係性まで反映するので、お前、貴様、てめえ、(関西限定の)自分、きみ、あなたなどなど複雑な様相を呈することになります。
ジェンダー何とかの話ではないけれど、80年代以前のラブソングは、男目線だとおれとおまえ、女性目線だとわたしとあなただったようで、80年代あたりから、男目線の二人称でキミが台頭し始め、女性目線でもキミを使うものが多くなっていったような記憶があるのです。おまえやあなたでは古風すぎるというのか、社会情勢としては男女雇用機会均等法が85年で何たらかんたらと無理にこじつけることもできるのかもしれないけれど、これはあくまでも音楽コラムなので、そこには踏み込まないこととします。
90年代後半くらいからは、シンガーソングライター系アーティストを中心に女性でも、ぼくの一人称が増え始める。どういう効果を狙ってなのか、測りかねますが、00年代に入ってから、柴田淳さんは、わたしだとテレが入るとラジオで話してるのを聞いた記憶があります。私とあなたの曲ではあるのですが、「ラブレター」という曲、天才的に暗く落ちるラブソングだと思うのです。普通の愛の歌なら、あなたがいないと生きられないと歌うはずなんです。でも、しばじゅんの世界では、たとえあなたが先に死んでもわたしは大丈夫。あなたに出会ったそのときからひとりだったのだから、いったい、愛って何なんでしょうねと嘆きたくなりつつ、しばじゅんの声で歌われると説得力がある。
時は流れて最近気になっているのが、女性アイドルグループの歌も割とぼくという一人称が多いということ。専業の作詞家さんが付いてるグループなので、確たる効果を狙ってのことなのでしょう。例えば、この乃木坂の「君の名は希望」という曲です。こうなると目の前に妙にリアルに広がるのは、世界を拒絶してひたすら暗かった自分の中学校時代なのですが、なぜかそこでぼくが想っているのが白石麻衣ちゃんだというめちゃくちゃな設定になっていても、それが素直に受け入れられるような効果がある。あれ、この曲のセンター誰だっけ、って。そもそも白石麻衣ちゃんしかまともに知らないし。そこまで考えられたものかどうか、単にアイドルオタク系男子としても、一人称がぼくのほ方が声を揃えて歌いやすいという、ヲタ芸配慮にすぎないのかもしれないですけどね。
法坂一広
1973年福岡市出身
2000年弁護士登録(登録名は「保坂晃一」)
2011年「このミステリーがすごい!」大賞受賞2012年作家デビュー
著書に弁護士探偵物語シリーズ・ダーティ・ワーク 弁護士監察室
ブログhttps://ameblo.jp/bengoshi-kh
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