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転がる石のように名盤100枚斬り 第17回

転がる石のように名盤100枚斬り 第17回

#84 I Never Loved a Man the Way I Loved You (1967) - ARETHA FRANKLIN

貴方だけを愛して - アレサ・フランクリン


『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』83位にランクインしているのは、アレサ・フランクリン初の大ヒットとなったアルバム。2回連続でアレサ・フランクリンのアルバムを取り上げる羽目になるとは・・・・・・。


アレサの人生をもっと知らねば。伝記映画でもないのかと思ったら、現在制作中、来年8月に全米公開ですって。彼女の音楽的なキャリアと併せ、公民権運動の活動家としての一面も描くそうな。



じゃあ、来年8月までお預け・・・・・・というわけにはいかないか。



上のアレサの伝記映画の解説で引っかかるのが公民権運動の「活動家」という言葉。



公民権法が制定されたのは1964年。しかし、これで一件落着とはいかず、翌1965年にはカリスマ的な指導者マルコムXが、そして1968年には黒人解放運動をリードしたキング牧師が、凶弾に倒れている。アレサが『貴方だけを愛して』(邦題に時代を感じますなぁ)をリリースした1967年、時代が不穏な空気に包まれていたことは確かだ。


アルバムのトップを飾る「リスペクト Respect」は、「女性解放運動および公民権運動のアンセム」として評価されている。まさに時代の申し子!・・・・・・と言いたいところだが、本当にそうだろうか?


元々、この曲は、オーティス・レディング、1965年のシングル・ヒットだ。内容は「俺がウチに帰ってきたときくらい、敬えよ~」という、おっさんのぼやきである。


アレサのヴァージョンの歌詞が、オーティスのオリジナルの男女の立場を入れ替えたたものであることは、よく知られている。つまり「あんた、ウチにいるときくらい、私を大事にしてよ!」「女性だって男性に対して対等に物が言えるのよ!」ということ。


これが当時盛り上がっていたフェミニズム運動を象徴するメッセージとして社会にウケた。さらに、「黒人であっても白人と対等の権利を持つべきだ」という公民権運動を後押しする曲として、認知されるようになる。


シングル・カットされると、R&Bチャートはもちろん、総合チャートでも1位を獲得するという大ヒットを記録。



しかし、実際は、軽い気持ちで、オリジナル・バージョンの男女を入れ替えたんじゃないだろうか。



実際に聴くと、「ウーマンリブ!」「フェミニズム!」なんてリキんでいるわけでもなく、日常生活でよくある情景をちょっとひねって切り取ってみただけ。それに、アレサの力強い歌のバックで歌われるコーラスは、「Just little bit, Just little bit,….」つまり、「ちょっとだけでいいんだからさ」ってかなり控えめ。


でも「私をリスペクトしてよ!」というメッセージが、当時の「気分」にマッチして、アンセムになってしまうのが、星の巡り合わせというものだろう。



これに対して、アルバムのラストを飾る「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム A Change Is Gonna Come」は正真正銘の公民権運動のアンセムだ。オリジナルはサム・クック。黒人の厳しい日常生活を描写しつつ、それでも「これから何かが変わる」と歌う。


この曲をラストに持ってきたということは、間違いなく、アレサも黒人の置かれている理不尽な地位に意識的だったということだろう。時代からは誰も逃れられない。



しかし、それでも、このアルバムでのアレサにもっとも大きな影響を与えているのは、アレサ自身が、この時置かれていた状況だったと思うのだ。


アレサは、1961年にコロンビア・レコードからメジャー・デビューするも泣かず飛ばず。それどころかレコード会社に80,000ドルもの借金をこさえてしまう。


起死回生とばかりに、アトランティック・レコードに移籍して発表したのが、この『貴方だけを愛して』だ。借金返済に向けてみなぎる気合い! そこには『レディ・ソウル』で見せた余裕なんてない!! 切羽詰まっているのです。


そもそも、3曲目に収録されたアルバムのタイトル・ソング「貴方だけ愛して I Never Loved a Man (The Way I Love You)」は、つれない男への想いを歌う粘着ソング。違う意味で切羽詰まっている。フェミニズムなんて遠い彼方なのだ。



個人的にグッとくるのは、「夢をさまさないで Don't Let Me Lose This Dream」「ベイビー・ベイビー・ベイビー Baby, Baby, Baby」と続く中盤。レコードではA面のラスト2曲だ。


軽やかな「夢を覚まさないで」はアレサとテッド・ホワイトの共作。「ベイビー・ベイビー・ベイビー」は、アレサと妹、キャロラインの共作だ。


アレサのオリジナル曲だからいいというわけではなくて、「ベイビィ、ベイビィ」というフレーズの繰り返しにやられてしまった。


この2曲における「ベイビィ、ベイビィ」はまったくニュアンスが違う。

「夢を覚まさないで」では、幸せの渦中にいながら、どこかで感じている破局への不安を紛らわせるように、「ベイビィ、ベイビィ」と恋人へ呼びかける。


そして、「ベイビー・ベイビー・ベイビー」の「ベイビィ」という呼びかけは、遠く離れた恋人へ優しく語りかけている。そして歌の終盤に差し掛かるころには、涙混じりになっている・・・・・ように聴こえる。



このへんの表現力は、さすがアレサなのである。



そしてその声はあくまでも力強い。涙混じりであってもね。



「リスペクト」がアンセムになったのは、内容云々じゃなくて、アレサの覚悟とか気合がその声に表れていたからかもしれないね。



このアルバムには、前回取り上げた『レディ・ソウル』で聴かれた神々しさはないかもしれないけど、レーベル移籍直後の気合いが、ある種の勢いを生んでいる。聴くと元気が出てくる。


依然、京都で単身赴任中のおっちゃんを、鼓舞してくれたことに感謝しつつ・・・・・・



おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★







長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。