音楽MUSIC
転がる石のように名盤100枚斬り 第31回ストレンジャー - ビリー・ジョエル
#70 Stranger (1977) - Billy Joel
ストレンジャー - ビリー・ジョエル
五十路前のおっちゃんが中学生だった頃、日本でもっとも人気のあるアーティストは、ビリー・ジョエルだった。
今から35、6年前の話。
その頃の僕らの音楽の情報源は、ラジオと雑誌、正確に言うと、FMラジオとFM雑誌だった。
お金のない中学生は、好きな音楽を入手するために、ラジオ番組を録音していた。いわゆる「エアチェック」というやつ。そんな僕らには、FMの番組表を掲載しているFM雑誌が、必須だったわけだ。
当時は筑豊の書店にも、『FM Fan』(共同通信社)、『週刊FM』(音楽之友社)などのFM雑誌が並んでいたけど、中学生を虜にしたのは、ダイヤモンド社から発行されていた『FM STATION』だった。
田舎の中学生の心を撃ち抜いたのは、なによりも、鈴木英人のイラストをフィーチャーした表紙だ。ビーチやアメ車、パームツリーをモチーフにしたイラストは、簡単に言うと「アメリカ西海岸の風」を筑豊の田舎町に吹かせたのだった。
こんな理由で買う読者が多かったので、ほかのFM雑誌に比べてミーハーな読者が多かったと思う。
この『FM STATION』では年に一度、「好きなアーチスト/嫌いなアーチスト」と銘打って、読者による人気投票を行っていた。この企画で「好きなアーチスト」1位を数年間独占していたのが、ビリー・ジョエルだったのだ。
FMのリスナーというかなり限定された読者によるものではあるが、欧米のアーティスト、しかも、格別ハンサムでもない30近いピアノ弾きの兄ちゃんが、並居る日本のアーティスト以上に支持されるなんて、平成・令和とは隔世の感がある。
で、「好きなアーティスト」2位がザ・ビートルズだったりした。今思うと、どんな人が読んだいただろうか? 結構、読者の年齢層は高かったのか?
こんなことを思い出したのも、ビリー・ジョエル5作目にして最高傑作である『ストレンジャー』が、『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』70位にランクインしていたからだ。このアルバムを改めて聴くと、当時の日本での人気ぶりも納得できる。
彼をアメリカで一躍スターダムに押し上げた名曲「素顔のままで Just The Way You Are」も収録されているが、この曲以上に、日本で人気が高かったのは、タイトル曲「ストレンジャー Stranger」だろう。
日本人はもともとピアノの音色に弱い人達だ。もろジャズなピアノから始まるこの曲も、いかにも日本人が好きそうな要素を感じる。
ピアノに口笛が重なり、いっそうわびしいムードに。そこからシンバルの音で一転、ギターのリフとともにファンキーなリズムが刻まれ、ロックな曲調へと盛り上がっていく。
今聴くと、ジャズとロックのフュージョン具合に時代を感じる。映画『ラ・ラ・ランド La La Land』(2016年)の劇中、ジョン・レジェンドが披露していた、ダサい曲を思い出してしまった。
都会的で洗練されているはずなんだけど、メロディも演奏も適度にウェットで、ちょっと大げさ。
でもこのダサさが日本人の琴線に触れるのだ。当時、日本の音楽シーンでメインストリームを張っていたニューミュージックにも通じる昭和な感性。この曲に続いて寺尾聡の「ルビーの指環」が流れても、違和感なし。
このアルバムが発売された当時、僕は小学校2年生で、ビリー・ジョエルなんて知らんかったけど、調べてみると、「ストレンジャー」は日本でもシングルカットされ、オリコン総合チャートで2位まで行ったそうだ。
まじ? 思っていた以上にヒットしていた。
もちろん、昭和な「ストレンジャー」以外にも、このアルバムは佳曲が揃っていて、その魅力は今も色褪せていない。
ビリー・ジョエルの魅力の一つは、小粋なロックンロールだけど、「若死にするのは善人だけ Only the Good Die Young」はまさに小粋でごきげんな一曲。
「おりこうぶっていると早死にしちゃうよ。もっとハメを外そうぜ」という、女の子を誘惑するナンパな歌詞も、正しいロックンロールって感じ。
スタンダードとして定着している「素顔のままで」はもちろん、「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン She’s Always a Woman」、「エヴリバディ・ハズ・ア・ドリーム Everybody Has a Dream」といったバラードも完成度高い。
そんな捨て曲なしのなかでも、特に印象深いのが「イタリアン・レストランで Scenes from an Italian Restaurant」だ。
この曲と「ニューヨーク」というイメージのせいで、僕は、ビリー・ジョエルをイタリア系だと、ずっと勘違いしていた(本当はユダヤ系)。
内容は、イタリア料理店で旧友(かつての恋人?)と、昔話に花を咲かせるというもの。近況報告から、ブレンダとエディという、若くして結婚し、結局は破局を迎えた知り合いのカップルの話題に。
最初はスローなバラードで、サックスをフィーチャーしたロマンティックな間奏を挟んで、回想シーンになるとアップテンポになる構成がおもしろい。
イタリア料理で向かい合っている二人は、実は、話題にのぼっているブレンダとエディ本人たちではないかという疑問も浮かぶ。短編小説みたいな感じでしゃれている。聴いた後に残るほろ苦さもいい。
ビリー・ジョエルの魅力は、このように、街角で繰り広げられる人間模様を鮮やかに歌に仕上げるところにあると、個人的には思っているんだけど、ビリー本人は、シリアスなロック・アーティストとしてもっと認められたいという願望があったみたい。
僕が音楽を聴き始めた1982年に発表した『ナイロン・カーテン Nylon Cuitain』では、さびれたアメリカの田舎町の悲哀や、ベトナム戦争での悲惨な戦闘に題材を取り、重い仕上がり。
個人的には、ザ・ビートルズを意識した音づくりがおもしろかったし、80年代なシンセをフィーチャーした「プレッシャー Pressure」も好きだったけど、全米アルバム・チャート7位とそこそこの結果に終わってしまう。
こういう重いテーマは、ブルース・スプリングスティーンに任せとけよというのが、衆目の一致するところだったようだ。
その次のアルバム『イノセント・マン Innocent Man』(1983年)は、『ナイロン・カーテン』の反動か、モータウンやドゥー・ワップなど、オールディーズのフォーマットを引用した激ポップなアルバムで、全米4位、全英2位。日本でもヒット。この年も『FM STATION』の「好きなアーチスト」1位だったはずだ。
ビリー・ジョエルが、気のいいピアノ弾きのポップ・スターだったのは、この頃までだったんじゃないだろうか?
僕は、この後も、ビリー・ジョエルのアルバムは買ったけど、ほとんど聴いていない。1989年の『ストーム・フロント Storm Front』は、全米のアルバムチャートを制したらしいので、人気は衰えていなかったはずだが、いわゆる「ロック・スター」になってしまって、かつての「軽み」みたいなものが消えてしまった。
ビリー・ジョエルが、うつ病やアルコール依存症を抱えていたことを、僕が知ったのはかなり後になってからのこと。本人は「軽み」なんて言っている場合じゃなかったのかもしれない。
そう思うと、『ストレンジャー』は、ビリー・ジョエル本人の才能とやりたいことと、僕らリスナーが聴きたいものが、100%合致した幸せな作品だ。「昭和の匂い」も含めて、僕はこのアルバムを愛する。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★
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