Bigmouth WEB MAGAZINE

音楽MUSIC

転がる石のように名盤100枚斬り 第34回キッドA - レディオヘッド

転がる石のように名盤100枚斬り 第34回キッドA - レディオヘッド

#67 Kid A (2000) - Radiohead

キッドA - レディオヘッド


情報誌の編集部時代、ワタナベさんという校閲担当のおじさんが、同じフロアで働いていた。


外注の人だし、僕よりもひと回りは年齢も上だったので、さほど親密だったわけではない。仕事を抜け出して天神を歩いていると、よくタワーレコードの黄色い袋を下げたワタナベさんとすれ違ったけど、そんな時も軽く会釈する程度だった。


当時はサブスクリプション・サービスなんてものはなく、当然僕もCDを買いあさっていたわけだが、ある昼下がり、タワーレコードに行くと、ワタナベさんが、CDをチェックしていた。


なにげなく声をかけ、会話を交わした。ワタナベさんが音楽好きなのは知っていたけど、どんなジャンルを聴くのか知らんかったので、「最近ので、なんかいいCDありました?」と聞いてみたところ、「最近のはよくわからないのですが、とりあえずレディオヘッドを聴いていれば大丈夫でしょう」と返ってきた。僕も「そうですなぁ、ワハハハ」と応えて会話は終わった。



たぶん、2000年くらいの話。ちょうど今回のお題である『キッドA』がリリースされた前後だ。レディオヘッドが最重要バンドの地位に躍り出て、「聴いとかんとヤバい」みたいな空気が、このころ確かにあった。



前作の『OKコンピューター OK Computer』(1997年)は、ギター・ロックにトリップホップやヒップホップの要素を取り込み、みごと、全英アルバム・チャートではナンバー・ワンを記録。評論家にもバカ受け。


正直言って、レディオヘッドに対しては、「メソメソしたグラウンジ・バンド」という偏見を持ってたけど、『OKコンピューター』で見直しました。


そして、3年の時を置いてリリースされたのが『キッドA』。これが全米・全英アルバム・チャートを制覇。押しも押されぬ大物バンドに成り上がったのだった。



『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』でも67位という高評価。加えて、『ローリング・ストーン』誌は、このアルバムを2000年代のベスト・アルバムにもセレクトしている。音楽メディア『Pitchfork』の2000年代ベスト・アルバムでも1位。


アメリカのメディアの大絶賛の一方で、なぜか、本国イギリスのメディア『NME』の2000年代のベスト・アルバムTOP100では、14位と10位からも漏れている。2007年の『イン・ザ・レインボウ In The Rainbow』の方が、10位と評価が高い(ちなみに1位はザ・ストロークスの『ディス・イズ・イット This Is It』)。


これは、イギリス人の国民性というよりも、『NME』というメディアがヘソ曲がりだからというのが、理由な気がする。



好き嫌いはさておき、『キッドA』が革新的なアルバムだったことは間違いない。


OKコンピューター』では、まだ「ロック・バンド」の体をなしていたのだが、このアルバムでは、サウンド的には、エレクトロニカ方面に振り切っているし、音楽的実験が随所で見られる。


タイトル・トラックである「キッドA Kid A」なんかは、かなりアヴァンギャルドな仕上がりだ。「National Anthem ナショナル・アンセム」は油断してると、いつの間にかジャズになっとる。あと6曲目の「オプティミスティック Optimistic」から次のトラックである「イン・リンボー In Limbo」に入った瞬間の音響の広がりには「ハッ」とさせるものがある。


全体的に陰鬱なムードが漂っているのも、21世紀の幕開けを目前に控えたこの年の、高揚感の「なさ」に絶妙にマッチしていた。



リリース当時は、違和感を覚えたファンも多かったらしいけど、それでも、商業的に大成功をおさめるんだから、2000年時点で、明らかにレディオヘッドは時代を先導していたということ。このアルバムは、「ロックはもうポピュラー・ミュージックの主役ではない」というメッセージを当時の音楽シーンつきつけたのだった。



で、個人的にどうだったかというと、「ロックはもうポピュラー・ミュージックの主役ではない」「へぇ~、そうっすか?」って感じだった。2000年といえば、エミネムが大ブレイクした年で、ロックに変わってヒップホップがメインストリームになりつつあったし(もしくはすでになってた?)。


「よくここまで振り切ったなぁ」と感心したし、レディオヘッドが時代の先頭に立ったことを実感したけど、「衝撃を受けた」とまではいかなかった。



だから、ウィキペディアの『キッドA』の項に、「メンバーは一貫して、このアルバムはポップレコードである、という主張を続けているが、未だにそれは議論の対象となっている。」なんて記述があって驚いた。


そこ「議論」するほどまでに、前衛的かー????


革新的だし、アヴァンギャルドな側面も確かにあるけど、ポピュラー・ミュージックとして全然「アリ」だろう。



そこで思い浮かんだのが、『キッドA』から遡ること19年、1981年にリリースされたYMO5枚目のアルバム『BGM』だった。


セカンド・アルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(1979年)、続く『パブリック・プレッシャー』『増殖』(ともに1980年)と、3作連続でオリコン・アルバム・チャートで1位を獲得。その人気の絶頂期に放ったアルバムだ。



人気絶頂期での転換という点では、『キッドA』と重なる。



それまでのYMOのアルバムに比べると、地味で陰鬱な印象の曲を並べ、ダブとかラップとか、当時の日本人が聴いたことがなかったような要素を織りこみ、さらに「ユーティー UT」での寸劇以外は、全部英語だってのに、オリコン・チャートでしっかりと2位を獲得したのである。


1981年の日本人が、こんな奇妙なアルバムをヒット・チャートに押し上げることに比べれば、2000年に『キッドA』を「ポピュラー・ミュージック」として許容することはさほど難しいようには思えない。



・・・・・・はい。比較する対象とポイントを間違っている気はします。



YMOは置いておいて、少なくとも『キッド A』が、2つのディケイドに大きな大きな影響を与えたアルバムであることは、間違いないだろう。現在、ジェイムズ・ブレイクやザ・エックス・エックスあたりの音楽が、普通に受け入れられているのも『キッド A』の功績だと思う。



でも、日常的に聴くには、ちょっと重いか。



このアルバムでトム・ヨークがどんなことを歌っているのか、まったくチェックできていないので、彼らのメッセージの一部しか、僕には届いていないんだと思う。深掘りしようとすればいくらでもできるアーティストだろう。


今年(2019年)1月には一冊丸ごと『キッドA』を解説した書籍『レディオヘッド / キッドA』(マーヴィン・リン著/ele-king books刊)も発行されているので興味がある方はどうぞ。



おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★






長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

facebook instagram twitter

1969年、福岡県ディープエリア筑豊生まれ。開店休業中の雑誌編集者。九州ウォーカー、某弱小エアラインの機内誌の編集長を経て、なぜか今は京都の旅館の運営が業務の中心。あと染織作家である家人の話し相手など。