音楽MUSIC
転がる石のように名盤100枚斬り 第35回ムーンダンス - ヴァン・モリソン
#66 Moondance (1970) - Van Morrison
ムーンダンス - ヴァン・モリソン
「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という言葉がある。要は、プロのミュージシャンから、圧倒的なリスペクトを受けているアーティストのことだ。
この称号を得るのは、大概、渋くてシリアスめのアーティストで、間違ってもKISSとかT. レックスとか、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースなんかは選ばれない。
音楽を聴き始めると、この「ミュージシャンズ・ミュージシャン」に心惹かれる時期が来る。僕の場合、大学の頃にそんな時期があって、ライ・クーダーとかアル・クーパーとか、別に今聴かんでもいいやろって感じのアーティストのアルバムに手を出したりした。
まぁ、この辺は、ロック好きならおさえておいて損はない人たちなんでいいんだけど、極め付けは、伝説のブルース・マン、ロバート・ジョンソンの2枚組CDセット。ブルースなんてロクに聴いたことのない若造が、何を血迷ったのか。きっと、変な煽り記事を読んでしまったんだろう。
買ったからには、何回も聴きましたよ。でも、どの曲も同じに聴こえるんだよなぁ。
そもそも、自分、ミュージシャンじゃないし、細かいテクニックとか、楽曲の構造とか理解できないわけで、「ミュージシャンズ・ミュージシャン」が、どんな部分を評価されてそう呼ばれているのか、一聴してもピンとくるわけがないのだ。
結局は、ほかの人が聴かないような音楽を聴き、わかるふりをして優越感に浸りたいだけだったのかも。恥ずかし。
今回のお題であるヴァン・モリソンも「ミュージシャンズ・ミュージシャン」の名にふさわしいアーティストの一人で、まんまと僕もCDを持っている。5作目の『テュペロ・ハニー Tupelo Honey』(1971)と22作目(!)『トゥー・ロング・イン・イグザイル Too Long in Exile 』(1993)の2枚だ。後者はそこそこヒットしたのが購入したきっかけか(アルバム・チャートでは全英4位、全米29位)。前者は、傑作の呼び声が高い作品だ。
まさに「ミュージシャンズ・ミュージシャンの傑作やろ。こんなん聴く僕って玄人だなぁ」というノリで買った一枚。でも、ヴァン・モリソンの伸びやかな歌声は気持ちいいし、カントリー風味のR&Bはキャッチーだし、楽曲も粒ぞろいだし。せっかく通ぶろうとしたのに、聴きやすくて拍子抜けした。「ミュージシャンズ・ミュージシャン」なんて大上段に構える必要はなく、非常にフレンドリーな作品なのだった。
以来、愛聴している。なぜかAppleMusicでは聴けないけど。
『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』66位にランクインしたのは、『テュペロ・ハニー』ではなく、その前年に発表されたヴァン・モリソン3作目のソロ・アルバム『ムーンダンス』だ。
聴くのは初めて。上記の2作を聴いて以降、ほかのアルバムには食指が動かなかった(『アストラル・ウィークス Astral Weeks』(1968)はAppleMusicで聴いたかも)。アルバムごとに作風が劇的に変化するというタイプのアーティストでもないし、『テュペロ・ハニー』でヴァン・モリソンがわかった気になってたのかもしれない。
『テュペロ・ハニー』では、活力みなぎる、いかにもなソウルあんちゃん(当時26歳)だったヴァン・モリソンだけど、『ムーンダンス』でのパフォーマンスは肩から力が抜けて、軽やかな感じ。メリハリがきいた構成も気持ちいい。
ヴォーカリストとしての、引き出しの多さにも目を見張る。タイトル・トラック「ムーンダンス Moondance」はジャズだし、スタンダード・ナンバーとしての地位を築いている「クレイジー・ラヴ Crazy Love」で聴けるデリケイトなヴォーカルは、ほかの曲とは一線を画している。カントリー調の「カム・ランニング Come Running」のaアーシーな感じもいい。
「ジーズ・ドリームス・オブ・ユー These Dreams of You」は、ヴァン・モイソンと一緒にホーンも歌っているかのような構成が楽しい一曲。『ローリング・ストーン』誌のレヴューによると、「2本のホーンにリズム・セクション、そういうバンド構成が、俺の一番のお気に入り」と、ヴァン・モリソン自身が語っているそうなので、この曲に、彼がこのアルバムでやりたかったことが、最も色濃く反映されているのかも。
ヴァン・モリソンのヴォーカルが素晴らしいのは、まぁ、予想の範疇だったけど、楽曲のクオリティがここまで高いとは思ってなかった。上記で挙げたように、ジャズあり、R&Bあり、スローバラードあり、カントリーありって感じでバラエティに富んでいて、飽きないし、アルバム一枚聴き終わった後の清々しさは、ほかの作品では、なかなか味わえないんじゃなかろうか。
ヴァン・モリソンのソウルフルな歌声を聴いているとつい忘れがちだけど、この人、アメリカじゃなくて、北アイルランドの人なんだよなぁ。
北アイルランドといえば、カトリック教徒の市民によるデモに対し、イギリス陸軍が発砲し、14人の市民が亡くなった「血の土曜日」(1972年)だろう。
U2の「ブラッディ・サンデー Sunday Bloody Sunday」が有名だけど、ジョン・レノンとポール・マッカートニーも、それぞれこの事件をテーマにした曲を発表している。そのくらいのインパクトを与えた事件だった。
『ムーンダンス』発表は事件の2年前だが、すでに1960年代からカトリックとプロテスタントの抗争は激化していたので、北アイルランドの社会情勢はかなり不安定だったはず。でも、『ムーンダンス』には、そんな影は微塵も見られない。ただただ、楽しい音楽が並んでいる。
ヴァン・モリソンの音楽に政治のにおいがしないのは、なんでなんだろうと、疑問に思いつつ、なんとなく『テュペロ・ハニー』のCDに付いていたライナーノートを読むと答えが書いていた。
「モリソンの両親は”エホバの証人”という宗派の信者であり、モリソンはベルファストを二分するカソリックとプロテスタントの両派とも距離を置いて育ったということがあったと言われている。」(赤岩和美/ポリドールレコード『テュペロ・ハニー』封入「VAN MORRISON - BIOGRAPHY」より)
日本盤のライナーノーツ、勉強になる。
個人的には、音楽が政治と距離を置くべきだなんて、まーったく思わないけど、ヴァン・モリソンの場合は、社会情勢に左右されることなく自分の音楽を追求したことが、吉と出たと言わざるを得ない。おかげで、アメリカでも受け入れられたし、その作品は古びることがなくなったわけだもんね。
この稿のアタマの方で、「ミュージシャンズ・ミュージシャン」なんて、「別に今聴かんでもいいやろって感じのアーティスト」だと書いたけど、逆に言うと、こういうアーティストはいつ聴いてもいい。
『ムーンダンス』は、時代背景や流行に縛られず、ただ純粋に音楽を楽しみたい時におすすめの一枚。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★
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