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転がる石のように名盤100枚斬り 第44回 #57 Songs in the Key of Life (1976) - STEVIE WONDER 『キー・オブ・ライフ』 - スティーヴィー・ワンダー
ふと、「スタンダード・ナンバー」について考えてみた。後世に残るようなスタンダードが生まれる余地が、いまの時代に残されているんだろうか?
そもそも「スタンダード・ナンバー」とはなんぞやという問題がある。大辞林によると「ジャズ、ポピュラー音楽などで、いつの時代にも根強い人気をもつ曲目」だそうだ。
元はジャズの世界の用語だけあって、コンサヴァなイメージ。たとえば、セックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」とか、ニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」なんかは、後世に残ったとしても「スタンダード」とは呼ばれないだろう。
個人的に、「スタンダード・ナンバー」の条件を一つ付け加えるとすれば、老若男女に愛される曲ということか。
2013年にヒットしたファレル・ウィリアムスの「Happy」なんかそんな感じ。万人に愛される曲だよなぁ。
僕にとっての究極の「スタンダード・ナンバー」は、ザ・ビートルズの「ヘイ・ジュード」だ。初めて聴いたザ・ビートルズの曲は、実はマーチにアレンジされたこの曲だった。小学校の運動会で、毎年、入場行進に使われていた。当時は曲名さえ知らなかったけど、聴くたびになんだかワクワクしていた。
「ヘイ・ジュード」には、田舎のハナタレ小学生の心をも衝き動かす力がある。そして、50歳のおっちゃんをも、ジーンとさせる。おっちゃん、終盤はちょっと涙ぐむらしい。
「スタンダード・ナンバー」ってこういうものだろう。
さて、冒頭の問いに戻るけど、いまの日本の音楽シーンで、果たして「スタンダード・ナンバー」が成立しうるのかと考えてみて、パッと浮かぶのが、米津玄師が作詞・作曲・プロデュースを手掛け、小中学生で構成されたユニットFoorinが歌った「パプリカ」。
僕は、ついこないだまで米津「げんし」だと思っていたくらいなので、決して熱心な米津のリスナーではないけど、「パプリカ」は、「スタンダード・ナンバー」として何年も聴き継がれる可能性があると思った。
「スタンダード・ナンバー」として残るためには、楽曲のよさはもちろん、老若男女のなかでも、特に子供たちに支持されることが、大事なんじゃないかと、僕は思っていて、なぜかというと、何年かたって、彼らが大人になった時に、間違いなくその曲を振り返るから。子供ができたら一緒に聴くかもしれないし。
「スタンダード・ナンバー」が成立するということは、世代から世代にその曲を手渡していくということなのだ。
「パプリカ」は、何よりも子供たちに猛烈に愛されている。この曲ががかかると、子供たちが狂ったように踊るらしい。ママたちが子供を喜ばせようと再生しまくったんだろう。ミュージック・ヴィデオの再生回数は1億回(!)を超えているそうだ。
そして、大人が聴いても、この曲はグッとくる。そう考えると、「パプリカ」は、後世に「スタンダード・ナンバー」として残る資格が十分にあると思う。
実は、アメリカでも、「スタンダード」になりうる曲が昨年ヒットした。しかも、2019年のビルボード全米チャート年間1位を達成。リル・ナズ・X(フィーチャリング・ビリー・レイ・サイラス)の「オールド・タウン・ロード Old Town Road」だ。
ヒップホップにカントリー風味をたっぷりまぶした、ユーモラスなチューンなんだけど、実はこの曲を熱烈に支持したのは子供たちだったそうだ。
カントリー・ソングとしてもラップとしても受け入れられる間口の広さも、結果的に「スタンダード・ナンバー」として生き残る一因になるかもしれない。
まぁ、「パプリカ」も「オールド・タウン・ロード」も、本当にスタンダード・ナンバーとして残るかどうかは、10年後にしか答えは出ないけど、少なくとも、現代でもスタンダード・ナンバーが生まれる可能性はありそうだ。
なんでこんなことを考えたのかというと、ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』57位にスティーヴィー・ワンダーの『キー・オブ・ライフ』がランク・インしていたから。
このアルバムには、誰もが認める掛け値なしの「スタンダード・ナンバー」が2曲も収められている。「愛するデューク Sir Duke」と「可愛いアイシャ Isn't She Lovely」だ。
こんな邦題がついていたとは、いままで知らんかったな。まぁ、そんな時代だったんですね。
「愛するデューク」は、ジャズの巨人、デューク・クリントンを偲ぶナンバー。にぎやかなホーンがビッグ・バンドを彷彿とさせる。
「可愛いアイシャ」は、前年に生を受けた愛娘に捧げた、史上最強の親バカ・ソング。ただひたすら娘を賛美するだけという内容が潔い。
この2曲に共通するのは圧倒的にポジティヴな波動、ヴァイヴ。こんなご時世だけど、そのうちいいこともあるよ、などと、根拠なく思ってしまう。
そりゃ、TVコマーシャルでもひっぱりだこになるはずですわ。子供にもお年寄りにも受け入れられる文句なしの名曲だもの。
アルバムはCD2枚組全21曲の超大作。リリース時は、LP×2枚に4曲入りEPという、これまた重量級の形態だった。値付けはどうなってたんだろう? 安くはないはずだけど、全米1位を獲得する大ヒット。1000万枚を売り上げる。
収録曲は、上記2曲以外も良曲ぞろいで、円熟味さえ感じる。収録曲は1000曲あったストックから選ばれたという伝説があるけど、聴いていると、全盛期のスティーヴィーのクリエイティヴな熱量がスピーカーからあふれ出るのを感じる。
Wikipediaの「スタンダード・ナンバー」の項を見ると「多くのアーティストにカバーされるようになった楽曲」とあるが、『キー・オブ・ライフ』収録曲は、「愛するデューク」「可愛いアイシャ」以外も多くのアーティストにカヴァーされている。
我が家のCD棚を改めると、出てくる、出てくる。
『キー・オブ・ライフ』1曲目の「ある愛の伝説 Love's in Need of Love Today」はジョージ・マイケルがライヴで取り上げている(『フェイス Faith』(1987年)のボーナス・トラック)。さらに、ジョージ・マイケルは、1998年に「永遠の誓い As」をメアリー・J.ブライドとデュエット。
カエターノ・ヴェローソは2004年のアルバム『異国の香り~アメリカン・ソングス A Foreign Sound』で「イフ・イッツ・マジック If It's Magic」の滋味深いヴァージョンを披露している。これがまた原曲以上にしみる仕上がり。
「回想 I Wish」は、アニメ映画「ハッピー・フィート Happy Feet」(2006年)のサントラに収められている、パティ・ラベル、ヨランダ・アダムスによるカヴァーがなかなかご機嫌。このサントラは、プリンスやビーチ・ボーイズ、k.d.ラングなどが参加した豪華盤。ちなみに、映画は観てない。
僕は音源は持ってないけど、「楽園の彼方へ Pastime Paradise」をサンプリングしたクーリオの「ギャングスタズ・パラダイス Gangsta's Paradise」は、1995年のビルボード年間チャートで1位を記録。
また、1999年にウィル・スミスがリリースしたナンバーワン・ヒット・シングル「ワイルド・ワイルド・ウエスト Wild Wild West」には、「回想」がサンプリングされている。
これだけ様々なジャンルで、しかも長年にわたってカヴァーされるということは、音楽として「強い」ということだろう。いろんなミュージシャンがその個性をぶつけてきても揺るがない、楽曲としての強さ。音楽史上屈指の天才のピークが、楽曲に刻みこまれている。
そして、このアルバムは、優しく穏やかなスティーヴィーの表情が印象的だ。
ゲットーで暮らす黒人たちの過酷な環境を淡々と綴った「ビレッジ・ゲットー・ランド Village Ghetto Land」や、人種の壁を取り払えと訴える「ブラック・マン Black Man」など、シリアスな曲もあるけど、決してトンガった印象は受けない。
前作までに比べると、人間的にスケール・アップして余裕がある感じ。「神とお話し Have a Talk with God」なんて曲も収められているくらいなんで、信仰心のなせるワザなのか。
思うに、前作『ファースト・フィナーレ』録音中に交通事故に遭い、その後遺症に苦しんだり、愛娘に恵まれたりと、スティーヴィー自身のさまざまな経験が、そこに作用しているのかもしれない。
ちなみにこのとき、スティーヴィーは、まだ26歳!! この若さで、ここまで自分の音楽を発展・熟成させたことに驚く。
このアルバム自体が、後世に残る「スタンダード」と言える。この先も10年、20年と聴かれ続けるだろう。老若男女におすすめ。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★