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転がる石のように名盤100枚斬り 第50回 #51 Bridge Over Troubled Water (1970) - SIMON AND GARFUNKEL 『明日に架ける橋』 - サイモン&ガーファンクル
今年の5月15日、NHKでこんなニュースが報道された。
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英ウェールズ 医療関係者らの「明日に架ける橋」動画が反響
新型コロナウイルスの感染者への対応にあたるイギリス西部のウェールズの仮設病院の医療関係者らが人気デュオ、「サイモン&ガーファンクル」の名曲、「明日に架ける橋」を歌った動画がインターネット上に投稿され大きな反響を呼んでいます。
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YouTubeで動画を確認したくなるところだけど、なぜか躊躇する自分がいた。
“荒れ狂う川面に架かる橋のように/僕はこの身を投げ出そう”
「明日に架ける橋」のサビってこんなフレーズ。この曲を「新型コロナウイルスと戦う医療従事者」が歌うという、そのトゥー・マッチ感に、思わず怯んでしまった。
できすぎだ。言葉は悪いけどあざとささえ感じる。動画を観る前からわかる。たぶん、感動する。
実際に動画を観てみた。
出演している医療従事者たちは、みんな歌がうまい。後半、ウェールズ語で歌うパートからは、地元、ウェールズの人々を励まそうという意図が伝わってきた。歌を引き立てる控えめなアレンジもいい。
要は
感動した。
いや、嗚咽をこらえるのが大変でしたよ。「あざとさ」よりも、「人々に寄り添いたい」という、医療従事者たちの覚悟や優しさが伝わってくる動画だった。
ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』51位は、この曲で幕を開ける同名アルバム。
「このアルバム、よく聴いたなぁ」と一瞬思ったけど、サイモン&ガーファンクルのCDは、ベスト盤(『グレイテスト・ヒッツ Simon and Garfunkel's Greatest Hits 』)しか持ってなかった。
動画を観た後に、初めてアルバムを通して聴いてみた。
前述した通り、しょっぱなに収録されているのが「明日に架ける橋 Bridge Over Troubled Water」。
この曲は、ポール・サイモンがゴスペルからインスピレーションを得てつくったというエピソードもあって、実際にアレサ・フランクリンが数回カヴァーし、1972年にはゴスペル・ヴァージョンも発表している。
「ゴスペル」「アレサ」と来ると、「明日に架ける橋」と同じ年にリリースされたザ・ビートルズの「レット・イット・ビー」を思い起こさせるわけだけど、僕が子供のころ読んだディスク・ガイドには、”「レット・イット・ビー」は「明日に架ける橋」にインスパイアされた曲”と書かれていて、しばらくはそれを信じていた。
それぞれの制作期間を考えれば、そんなことはあり得ないんだけど。昔の音楽ライターがいい加減だったてのもあるけど、そもそも、昭和にはネットなんてないわけだし、洋楽情報の精度なんてそんなもんだったのかもしれない。
それはさておき、「明日に架ける橋」。泣く子も黙る超名曲だし、もちろんベスト盤にも収録されているが、ちゃんと聴くのは数年ぶりかもしれない。
ウェールズの医療従事者の動画を観た後だと、以前聴いた時より新鮮に感じる。そもそも、アート・ガーファンクルの声がやばい。「天使の歌声」とかじゃなくて、幽玄な響き。
心に染みわたる旋律、澄んだピアノの音、そして曲の終盤、波濤のように押し寄せるドラムとストリングス。このドラマティックな展開は暴力的と言ってもいい。心が持っていかれる感じ。
いきなりクライマックス。まだアルバムの1曲目なんですけど。
続く「コンドルは飛んでいく El Condor Pasa / If I Could」「いとしのセシリア Cecilia」、6曲目の「ボクサー The Boxer」も、「明日に架ける橋」同様、『グレイテスト・ヒッツ』でおなじみの人気曲だ。
「コンドルは飛んでいく」は、アンデス民謡のカヴァー。音楽の教科書に載っていたような気がする。
「セシリア」は、ハンド・クラッピングが楽しいフォーキーなパーティ・ソング。
「ボクサー」は、社会の底辺でもがく若者の姿を、リングで奮闘するボクサーにたとえた、なかなかにヘヴィな内容の一曲。
『グレイテスト・ヒッツ』に収録されているだけあって、どれも名曲なんだけど、『明日に架ける橋』を名盤たらしめているのは、これら以外のナンバーによるところも大きいように思った。
その筆頭に挙げたいのは、B面の2曲目の「ベイビー・ドライバー Baby Driver」だ。エドガー・ライト監督の2017年の映画『ベイビー・ドライバー』のタイトルは、ここからとられたそうな。
大好きな映画だけど、知らんかった。この曲、確かにサントラには入っているけど、劇中に流れた記憶なし。Wikipediaによるとエンディングのクレジット・タイトルで流れたんだって。言われるとそんな気もする。
この映画は、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトムス Bellbpttoms」を皮切りに、劇中歌の選曲が最高なので、まだの人はぜひ観てください。
改めて「ベイビー・ドライバー」の歌詞を確認すると、”ある薄曇りの朝に、僕は生まれたんだ/耳の中では音楽が鳴ってたよ」なんて一節があって、確かに、クルマの運転中、常に音楽を聴いている映画の主人公、ベイビーを彷彿とさせる。
音の方は、カントリー・ベースの正統派のアメリカン・ポップス。コーラスはビーチ・ボーイズを意識している。クルマのエンジン音も楽しい。聴いているとなんだかウキウキとしてくる。
A面の最後を飾る「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌 So Long, Frank Lloyd Wright」も印象深い。アメリカ建築の巨匠の名が冠された曲だけど、なぜかボサノヴァ調。しかも、”さよなら、フランク・ロイド・ライト”と惜別の歌になっているのもおもしろい。ポール・サイモンからアート・ガーファンクルへのメッセージととる向きも多いみたい。
エヴリシング・バット・ザ・ガールによるヴァージョンがなじみ深い「ニューヨークの少年 The Only Living Boy in New York」は、優しい響きを残す美しい曲。コーラスはビートルズっぽい。
「手紙が欲しい Why Don't You Write Me」はユーモラスな曲調だけど、モテない男の、ちょっと粘着質なつぶやき。”なんで手紙くれんと?”という悲痛な声が、なぜか笑える。
これらの曲を聴いていると「サイモン&ガーファンクル=フォークな人たち」という先入観が明らかに誤りであることに気づく。そんなジャンル分けからハミ出る多彩な魅力と懐の深さをもったポップ・ユニットだったんだなぁ。
残念ながら、このアルバムを最後に、コンビ解消。ポール・サイモンはソロになってから、ワールド・ミュージックを自らの音楽に貪欲に取り入れ、最終的にそれは、ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』81位にランク・インした傑作『グレイスランドGraceland』(1986年)として結実する。
ポールのワールド・ミュージック探究の旅が、「コンドルは飛んでいく」や「フランク・ロイド・ライトに捧げる歌」ですでに始まっていたことが、『明日に架ける橋』を聴くとわかる。
このアルバムは、サイモン&ガーファンクルにとっての到達点であると同時に、ソロ・アーティスト、ポール・サイモンの出発点とも言える要素が散りばめられた、興味深い一枚だった。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★