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転がる石のように名盤100枚斬り 第55回 #46 Legend (1984) - BOB MARLEY and the WAILERS 『レジェンド』 - ボブ・マーリー・アンド・ザ・ウエイラーズ
ここまで50枚以上の名盤をレヴューした結果、次の仮説に行きあたった。
「ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』で、100位以内にランクインしているベスト盤は、一つのジャンルのオリジネイター(創始者)のものである」
例を挙げると、ソウルの創始者、レイ・チャールズとか、ファンクを生み出したジェイムス・ブラウンとか、ロックン・ロールにとってのバディ・ホリーとか。
「アル・グリーン=ブラコンのオリジネイター説」はちょっと怪しいけど。
46位にベスト盤が選ばれたボブ・マーリーは、レゲエを生み出したわけではない。仮説にはハマらんじゃないか。
しかし、ローカルな音楽ジャンルに過ぎなかったレゲエを、世界のポップ・ミュージックのメインストリームにブチ込んだという功績は、オリジネイター以上のものと言っていいだろう。
さらに、この『レジェンド』というシングル・ヒットを集めたアルバムは、歴代でもっとも売れたレゲエのアルバムなんだそうな。全世界で3300万枚を超えるセールス。この事実一つとってみても、ボブ・マーリーの存在が、ほかのレゲエ・アーティストの追随を許さないくらいデカいことはわかる。
Googleで「ボブ・マーリー」と検索してみて気付くことがあった。「ボブ・マーリー 名言」「ボブ・マーリー 格言」などというフレーズがリストアップされる。
「名言」をまとめられちゃうミュージシャンなんて、ボブ・マーリーかジョン・レノンくらいじゃないだろうか? ジョンの場合は「ラヴ・アンド・ピースの人」ってイメージが付きまとうけど、ボブ・マーリーの場合はもう少しスピリチュアルなにおい。
WEBの記事を読むと、人々を癒し、その心に寄り添い解放へと導く「導師」というイメージを持ってる人が多いみたいだ。そのイメージを支えているのは、レゲエという音楽の根幹に横たわるラスタファリ運動、いわゆる「ラスタ」だろう。
ラスタのシンボルと言えば、ドレッド・ロックス(ドレッド・ヘア)にガンジャ(マリファナ)。自然と同化し、大麻でリラックスし、精神の自由を謳う。確かにそのうち悟りを開けそう。加えて菜食主義を採用していることが、ラスタのオーガニックなイメージを強化する。
でも、これはあくまでもラスタの表層的なイメージに過ぎない。
少し調べればわかるんだけど、実はラスタファリ運動ってのは、結構なトンデモ思想だったりする。
エチオピアの皇帝だったハイレ・セラシエ1世を唯一神、救世主と崇め、彼の元で黒人たちが世界を統治するという、「ちょっと何言っているかわからない」ヴィジョンを掲げている。
しかも、自分たちが世界を治めた暁には、白人たちを排斥すると宣言している。いまだ進行中のBLM(Black Live Matter)なんて比べ物にならないくらい過激で好戦的。アメリカの武闘派黒人開放運動組織、ブラック・パンサーの影響も感じる。
大麻吸って「ピース❤︎」なんてやってる場合じゃないのだ。
BLMの文脈でも「パレスチナで生まれたイエス・キリストが白人だったわきゃない、本物はアラブ人か黒人だろう」という声が上がっていたけど、原理的なラスタな人たちは、イエス・キリストは黒人だと言い切っている。
そんな彼らが、キリストのような救世主として崇拝するハイレ・セラシエ1世も、結構ヤバめな人で、皇帝に即位した翌年に、「エチオピア1931年憲法」を制定したのはいいけど、参考にしたのが大日本帝国憲法だって言うんだから、この時点で「大丈夫か?」となるよね。
1970年代にはエチオピア国内で飢餓が発生するが、策を講じるどころか事態を隠蔽。さらに、1973年には食糧危機が深刻の度を増すなか、彼がペットとして飼っていたライオンに肉を与えている写真が流出し、国民の怒りに油を注ぐ結果に。
アフリカの国際的な地位向上には貢献したようだけど、どう転んでも名君とは言い難い。
結局、1974年に陸軍のクーデターによって暗殺されるが、ボブ・マーリーは、こんな暗君の死を悼んで「ジャー・リブ Jah Live」という曲を発表している。「ジャー」つまりハイレ・セラシエ1世は生きているというメッセージ。さすが、筋金入りのラスタ野郎だなぁ。
正直に言うと、ボブ・マーリーを「スピリチュアルでオーガニックな聖人」扱いすることには、僕はちょっとだけ抵抗を感じる。「ボブ・マーリーの名言」なんて読むと「ウヘヘ」とこそばゆい気分になる。
それは、彼が信奉したラスタが、上記のように「スピリチュアル」なんて言葉からは数万光年離れたウサンくさい思想だからというわけではない。それはそれでおもしろいからいい。
そんなことよりも、僕がレゲエを聴き始めた入口が、ザ・クラッシュだったことが大きいような気がする。
初期の傑作「ハマースミス宮殿の白人 (WHITE MAN) IN HAMMERSMITH PALAIS」(どっちかというとレゲエと言うよりスカだけど)とか、レゲエ・シンガー、ジュニア・マーヴィンのカバー「ポリスとコソ泥 Police and Thieves」、個人的オールタイム・ベストな名盤『ロンドン・コーリング London Calling』(1980年)収録の「ガンズ・オブ・ブリクストン The Guns of Brixton」、「ジャンコ Junco Partner」をはじめとする、大作アルバム『サンディニスタ! Sandinista!」(1980年)収録曲の数々・・・・・・。
ザ・クラッシュは、活動初期から積極的にレゲエのスタイルを取り入れていた。ボブ・マーリー&ウエイラーズのレコーディングのために、名プロデューサー、リー・ペリーがロンドンに来ていると聞きつけるや否や、自分たちのシングルのプロデュースを依頼するほど。
そして録音された「コンプリート・コントロール Complete Control」は、まったくレゲエ臭のしない仕上がりなんだけども(でも名曲)。
つまるところ、僕が出会ったレゲエは、「オーガニックなワールド・ミュージック」ではなく、体制に戦いを挑む「レベル・ミュージック(抵抗のための音楽)」だったのだ。
レゲエの持つレベル・ミュージックという側面は、ボブ・マーリーが活動した1970年代のリスナーには、よりリアルに響いたはずだ。「スピリチュアルでオーガニックな聖人」というイメージは、彼の死後に植え付けられたものじゃないか。
ボブ・マーリーのナンバーでもっとも有名なのは、エリック・クラプトンによるカヴァーが、1973年に全米ナンバーワン・ヒットとなった「アイ・ショット・ザ・シェリフ I Shot the Sheriff」だろう。この曲も決して寓話ではなく、レベル・ミュージックだと思う。
歌の主人公は、保安官を撃ち殺してしまうが、正当防衛だったと主張する。
“俺はどこへでも行けることに気づいた/だから、この街から出て行こうと思ったんだ/すると目の前に突然、保安官のジョン・ブラウンが現れた/そして銃を抜いたんだ/だから撃たれる前に撃ったんだよ”
保安官(Sheriff)が登場するので、舞台は西部劇の世界かと思ってたんだけど、この曲の背景となっているのは、当時のジャマイカの過酷な社会情勢だった。当時のジャマイカの殺人発生件数は世界第3位。ギャングや政治政党間の抗争が繰り広げられ、街には暴力があふれていた。
さらに、警官による一般市民への銃撃も後を断たなかった。
「保安官ジョン・ブラウン」は、決して架空の人物ではないのだ。理由もなく市民に銃を向ける警官がジャマイカには山ほどいた。
この警官による市民への暴力は21世紀に入ってもリプレイされ、BLMへとつながる。
レゲエは、ただのポップ・ソングではなく、ジャマイカの現実を世界に向けて告発、それに抗うためのものだった。そこで歌われているのはまさにLive Matter(人の生死に関わること)だったことが、この曲を聴けばわかる。
撃たなきゃ、撃たれる世界。
『レジェンド』収録曲では、民衆に蜂起を呼びかける「ゲット・アップ、スタンド・アップ Get Up, Stand Up」なんかは、純度100%のレベル・ミュージックだ。
”ベッドから出ろ/そして立ち上がれ/自分の権利を守るために立ち上がるんだ”
「バッファロー・ソルジャー Buffalo Soldier」は、和やかな印象だけど、内容はシリアス。アメリカ大陸に奴隷として連れてこられ、現在も社会で苦闘する黒人たちの姿が歌われている。
一方で、「イズ・ディス・ラヴ Is This Love」「スティア・イット・アップ Stir It Up」「ウエイティング・イン・ヴェイン Waiting in Vain」なんかは、ストレートなラヴ・ソングだし、「スリー・リトル・バード」では、自然と調和することで心穏やかな毎日を送ろうという、「スピリチュアル」なボブ・マーリーが顔を覗かせる。
歳を重ねると、この辺りの曲もしみるんだよなぁ。
アルバムを通して聴くと、様々な感情が歌い込まれていることがわかる。レベル・ミュージックだけじゃない。オーガニックだけじゃない。彩りは違えど、レゲエのスタンダードとして後世に残る曲ばかりだ。
そんななかで、個人的なベスト・チューンは、「ノー・ウーマン、ノー・クライ No Woman, No Cry」。
タイトル通り、”泣いちゃだめだよ、涙を拭いて”と女性を慰め、勇気付けている曲なんだけど、それだけじゃない。ここで歌われているのは、ジャマイカの現実と、そこで毎日繰り返される「喪失と再生」だ。
“俺たちにはいい友達がいる/亡くなったやつらもいる/人生これからって時だったのにね/
未来は素晴らしい/だからって過去を忘れて、やつらが記憶から消えてしまうわけじゃないしさ/
だから涙を拭くんだ”
ジャマイカの首都、キングストンダウンにあるスラム街、トレンチタウンで、ボブ・マーリーは育った。そこでの暮らしは貧しく厳しい。失業率は高いし、麻薬と暴力が蔓延している。友達もたくさん失った。でも、そんな日々もいつかは終わる。それを約束するように、ボブ・マーリーは繰り返す。
“Everything’s gonna be alright すべてうまくいく”
この言葉が現実になるかどうかは誰にもわからないけど、こうつぶやかないと前に進めない。こうつぶやかないと、涙を拭うことさえできないんだ。
“Everything’s gonna be alright すべてうまくいく”
ボブ・マーリーのメッセージは、常にシンプルだ。だからこそ、世界に広がり、時代をへても色褪せない普遍性を得たんだろう。
「レゲエ」の語源には諸説あるが、僕が好きなのは、レゲエのオリジネイターの一人、トゥーツ・ヒバートが唱えている説だ。曰く「普通の人々(Regular People)」という言葉がなまったというもの。
ボブ・マーリーの曲を聴いていると、この説に賛成したくなる。少なくともボブ・マーリーの歌は、時代に関係なく、市井に暮らす「普通の人々」のための音楽だ(スピリチュアルじゃなくてもいいよ!)。
僕らが傷つき消えてしまいたくなった時も、疲れ果て何を信じていいかわからない時も、理不尽な現実にぶつけるあてのない怒りを感じるときも、ボブ・マーリーの歌声は、僕らの心に寄り添ってくれる。
時代が21世紀を迎え、令和に移り変わって、世界がよくなったなんて実感することは、これっぽっちもないし、見通しは日に日に悪くなるばかりだけど、まぁ、生きていかなきゃならない。そんな僕らのサウンドトラックとして、ボブ・マーリーの音楽は、これからも鳴り続けるんだろうな。
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★
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