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転がる石のように名盤100枚斬り 第56回 #45 The Band (1969) - THE BAND 『ザ・バンド』 - ザ・バンド

転がる石のように名盤100枚斬り 第56回  #45 The Band (1969) - THE BAND  『ザ・バンド』 - ザ・バンド

ここ数年、女性アーティストによる秀作アルバムが目(というか耳)を引く。


2020年は、フィオナ・アップルが『Fetch the Bolt Cutters』をリリースした年として記憶されるだろう。ほかにも、デュア・リパ、リナ・サワヤマ、Yaeji、チャーリー・XCX、フランシズ・クインラン、ザ・チックスなんかのアルバムが、印象に残っている。


ここだけの話、酷評を浴びているティヤナ・テイラーの新譜も嫌いじゃないのよね。テイラー・スイフトの『Folklore』は、まだ1回流し聴きしただけなので、いまのところ評価は保留。



7月に限ると、アメリカはカリフォルニア出身の3人姉妹によるバンド、ハイムのサード・アルバムをよく聴いた。ベースはオーソドックスな美メロ・ポップなんだけど、レイドバックしたビートが気持ちいいバック・トラックや、バラエティに富んだサウンド・メイクのおかげで飽きない。夏の休日、アイス・ティー片手に聴くのにもってこいの逸品。



おっちゃんの場合は、アイス・ティーではなく、レモン・サワー片手だけども。



このアルバムのタイトルは『ウーマン・イン・ミュージック Part III / Women in Music Pt. Ⅲ』。音楽やってる女たち その3”ってことだろうか? ファースト、セカンド・アルバムは、ちゃんとしたタイトルがついてたのに、この素っ気なさ。彼女たちの自信の裏返しとも思える。



歴代のアルバム・タイトルでもっとも「素っ気ない」のは、間違いなくパブリック・イメージ・リミテッド(PIL)の『アルバム Album』(1986年)だろう。坂本龍一が参加したこともあって、日本でもまぁまぁ売れたはず。


このタイトルは、レコードに付けられたもので、CDの場合は『コンパクト・ディスク Compact Disc』、カセット・テープの場合は『Cassette』と、メディアによってタイトルを使い分けていた。


気付く人は気付くと思うけど、メディアによってタイトルを変えるのであれば、レコードの場合は、『アルバム』じゃなくて『レコード』もしくは『LP』じゃないのか。


さすがジョン・ライドンは、いい加減なのだ。この人たちの場合は、「素っ気ない」というよりも「投げやり」と言った方がいいのかもしれない。



歴代のロック・バンドでもっとも「素っ気ない」バンド名を持つのが、ザ・バンドであることは、議論の余地がないだろう。「素っ気ない」バンド名の次点はポップ・グループかな。でもこの人たちの音は、全然「ポップ」じゃないから、素っ気ないというより「皮肉っぽい」。



ザ・バンド、2作目のアルバムが、『ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』45位に選ばれている。


ファースト・アルバムをセルフ・タイトルにするのは珍しくない(ウィーザーみたいに、セルフ・タイトルのアルバムをリリースしまくっているバンドもいるけどね)が、ザ・バンドの場合は、セカンド・アルバムに『ザ・バンド』と名付けた。セルフ・タイトルを冠したアルバムですぐに浮かぶのが、『ザ・バンド』の前年にリリースされた『ザ・ビートルズ』だ。


ザ・ビートルズ10枚目のアルバム、通称『ホワイト・アルバム』は、バンドとしての一貫性を脇に置いて、4人のメンバーの個性と才能を剥き出しのまま提示したような作品だった。反対に、ザ・バンドは、このアルバム『ザ・バンド』、通称『ブラウン・アルバム』で、バンドとして完成したと言える。



彼らは、このアルバムで、R&B、ブルース、ゴスペル、カントリー、ロック、ジャズなど、アメリカが産み出したポピュラー・ミュージックを巧みにブレンドして、新たに「ザ・バンド」というシグニチャが刻印された音楽を創造した。


そのサウンドは決して派手ではない、というか、いま聴くと地味だけど、退屈することはない。



南北戦争に材をとった「オールド・ディキシー・ダウン The Night They Drove Old Dixie Down」は、美しいメロディが哀愁を誘うバラード。


リチャード・マニュエルがニール・ヤングばりのハイトーン・ヴォイスで歌う「ウィスパリング・パインズ Whispering Pines」からは、人生の儚さが浮かび上がる。一方で「アンフェイスフル・サーヴァント The Unfaithful Servant」でのリック・ダンコのヴォーカルは、黒人霊歌のように響く。


ラストの「キング・ハーヴェスト King Harvest (Has Surely Come)」は、ノリのいいキーボードとタイトなリズムがファンキーなナンバー。後半のギターもクール。


陽気な酔っ払いが主人公の陽気な「クリプル・クリーク Up on Cripple Creek」など随所で聴ける、美しいコーラスも楽しい。



粗削りなファースト・アルバム『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク Music From Big Pink』(1968年)に比べると、格段に音楽が成熟した印象だ。


ジャケットをみるとヒゲ面のおっさんに見えるけど、このとき、メンバーは2627歳だったってんだから、恐れ入る。


1960年初頭から、落ち目のロック歌手のバック・バンドとしてドサ回りを繰り広げ、1965年以降はボブ・ディランのイギリス公演でバックを務めるというライヴ・ステージでのキャリアが、彼らの音楽の豊穣さを支えているんだろう。


ここで聴ける音楽には、間違いなく普遍性がある。



問題はだ、それが心に響くかどうかだ。



どうも気になるのは、彼らの傍観者的な語り口だ。それは、5人のメンバーうち、4人がアメリカ人ではなく、カナダ人だからかもしれない。


その見方は短絡的にすぎるかもしれないけど、少なくとも、彼らは、実際にその目で見たことやリアルに感じたことを曲にしているわけではない。そこには当事者性がない。ギャンブラーや敗れた南軍兵士、泥棒、夜逃げする召使などが登場する彼らの曲の世界観は、フォークロアに近い。


アメリカという国の虚飾が、見る見るうちに剥がされていくさまを目の当たりにしている2020年に聴くには、『ザ・バンド』はあまりに牧歌的な気がする。


だから聴いていて退屈はしないけど、心に響かない。



・・・・・と言って終わりたいところだけど、「いや、本当にそれだけかよ?」という心の声も聞こえる。


久しぶりに聴いて思ったんだけど、このアルバムは地に足の付いた音楽と呼ぶのにふさわしい風格がある。アメリカ音楽の粋が詰まっている。しかも、曲によってさまざまな景色を見せてくれる。


それが「心に響かない」というのは、あれだ、自分が「地に足が付いてない」からじゃないの? だから、「素晴らしい音楽」なんて言いつつも、なんとなく距離を取っちゃうんじゃないの? そうじゃないの、自分???


若い頃は、自分が50になったら、ザ・バンドみたいな「本物」の音楽を聴いて、シングル・モルトを舌で転がしたりするんかなと思ってたけど、実際には、レモン・ハイ片手に今日もハイムを聴いている。


要はそういうことかもしれないけど、2020年夏の気分は、こんな(↓)感じ。



おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★






長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。