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転がる石のように名盤100枚斬り 第6回

転がる石のように名盤100枚斬り 第6回

転がる石のように名盤100枚斬り 第6


#95 Bitches Brew - MILES DAVIS (1970)

『ビッチェズ・ブリュー』- マイルス・デイヴィス


マイルスを観た。


それはまだ、日本の景気がよかった時代。『ライブ・アンダー・スカイ Live Under The Sky』というジャズ・フェスティバルが、毎年夏に行われていた。国内外の超一流ジャズ・ミュージシャンが一堂に会するという、今思えば夢のようなフェスである。


1988年。僕は東京の大学に入学したばかりだった。ジャズ・ピアノをやっていたクラスメイトに誘われ、福岡への帰省がてら、その年の会場のひとつだった海の中道海浜公園に足を運んだ。野外フェスなんて初めて。しかも、ジャズ。おしゃれやん。東京にかぶれたとしか思えない所業。


お目当はもちろん、ジャズの巨人、マイルス・デイヴィスだ。


というか、出演アーティストのなかで、僕が名前を知っていたのは、マイルスだけだったのだな。ジャズのアルバムなんて1枚も持ってなかったもの。それでも、マイルス・デイヴィスが、ジャズの最重要人物の一人であることは知っていたし、1980年代のマイルスは、マイケル・ジャクソンの曲なんかをカバーしていて、ロック・リスナーとも親和性が高かった。


ライブ当日は晴れ。青い空の下で音楽に身を委ねる。次々にステージに立つミュージシャンが演奏する音楽は、耳になじみがなかったが、なんだか心地よかった。



思えば、あの頃の夏は、いまほど暑くなかった。



突然、ざわめきが観客席に広がったと思ったら、怒涛のような歓声。

芝生広場を埋め尽くすオーディエンス。その向こうに見えるステージの上に、(記憶では)白いジャンプスーツを着て、大きなサングラスをかけた男がいる。



これがマイルスか。



マイルスの出す音には、ある種の緊張感があった気がする。マイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」かシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」を演奏した気がする。もしかしたら、両方の曲を演ったのかもしれない。


要はあまり覚えてない。



思えば、昭和最後の夏だった。



ライブの帰り、<タワーレコードKBC>で買ったのは、マイルスでもサン・ラ(この年の目玉の一つ)でもなく、デイヴィッド・サンボーンのCDだった。いかにも当時の「カフェ・バー」で流れていそうなサウンド。



思えば、バブルなセンスであった。お恥ずかしい。




『ローリング・ストーンが選んだ史上最も偉大なアルバム』95位にランクされているこのアルバムは、上述のカフェ・バーな時代から、遡ることさらに18年、1970年にマイルス・デイヴィスが発表したアルバムだ。要は、いまから50年近く前の作品。


6曲収録で106分。LPレコードだと2枚組。長い。これで音が古くさいとかなわんなぁ、と不安を感じながら、聴いたのですが、これは・・・・・・


かっこいい!!


アヴァンギャルドだけどポップ。そもそもリズムが普通のジャズとは違う。ハネる感じはファンクっぽい。そして、そこに乗るマイルスのトランペットの音の鋭さ。ビリビリと空気が震える。


『ローリング・ストーン』のレビューによると「マイルスは、スライ&ファミリー・ストーンとか、ジミヘンとかを聴いてる連中に、このアルバムを聴いてほしかった」んだそうだ。なるほど、ジャンルとしては「jazz-rock fusion」(このネーミングは・・・・・・ダサいなぁ)とされていて、音が古びてないのは、そのミクスチャー感覚によるところが大だろう。カマシ・ワシントンと並べて聴いても遜色ない。むしろより尖っていて新鮮。


この作品は、「史上もっとも革命的なジャズ・アルバム」と言われてるらしいし、ビルボードの総合アルバムチャートで、マイルスのアルバムでは唯一トップ40入ったヒット作らしいし、ジャズな方々も絶賛の嵐やろうなぁと思いつつ、Webで見つけたレビューをいくつか読んでみると、そう単純でもなかった。


「ジャズ・ファンの間では賛否両論」「アンチも少なくないアルバム」なんですって。ジャズってのは、難しいものですね。一部のコアなジャズ・ファンにしてみれば、ジャズのフォーマットやマナーをメタメタに破壊されたように思えたのかもしれない。その心理は、エレキ・ギターを抱えてステージに上ったボブ・ディランを痛罵したフォーク・ファンにも通じる。イノヴェーターは、そのインパクトが大きければ大きいほど、アンチを生む宿命なんですね。


その後、ミュージック・シーンでは、ジャンルを横断することが珍しいことではなくなったし、今発表されたとしたら1970年代以上に幅広い支持を集めるんじゃなかろうか。


世の評価はさまざまだけど、自分にとって未知の傑作に出会うことが、この連載の目的の一つで、連載6回目にしてついにそれが叶ったということで・・・・・・


おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★









長谷川 和芳
長谷川 和芳

長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

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1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。