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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第71回#30 Blue (1971) - JONI MICHELL『ブルー』 - ジョニ・ミッチェル
この連載は、『ローリングストーン誌が選ぶ史上最も偉大なアルバム』2003発表・2012改訂版のトップ100にランクインしたアルバムを、カウントダウン形式で紹介しているわけだけど、ご存知の通り、『史上最も偉大なアルバム』の最新版が昨年発表されている。
この最新ランキングついては賛否両論・・・・・・というか、否定的な意見が多いみたい。そもそも、全人類が納得するようなランキングなんて実現不可能なわけだけど、『史上最も偉大なアルバム』2020年版について言うと、昨今のトレンドに影響を受け過ぎの感があり、そのぶん、普遍性という点で大きな疑問符が付いている。
2020年版で1位に輝いた、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン What’s Going On』(1971年)は、当時のアメリカが抱えていた社会問題に斬り込んだシリアスなアルバムで、傑作なのは間違いないんだけど、2020年に世界中で吹き荒れた「BLM」(ブラック・ライヴズ・マター)のムーヴメントがなくても1位を獲得したんだろうか。
4位のスティーヴィ・ワンダー『ソングス・イン・ザ・キー・オブ・ライフ Songs in The Key of Life』(1976年)は57位からのジャンプアップ。「愛するデューク Sir Duke」「可愛いアイシャ Isn't She Lovely」という2大スタンダード・ナンバーの陰に隠れているけど、「ビレッジ・ゲットー・ランド Village Ghetto Land」や「ブラック・マン Black Man」といった、当時の黒人の過酷な生活を歌った曲も収録している。そう考えると、53ランク・アップという異例の高評価もまた「BLM」と無縁とは思えない。
今回紹介するジョニ・ミッチェルの名盤は、『史上最も偉大なアルバム』2020年版ではなんと3位に躍進。女性シンガー・ソングライター(SSW)が豊作だった2020年に発表されたランキングで、トップ3に入ったのは偶然だろうか。
2020年のグラミー賞最優秀アルバム賞は、7月に発表されたテイラー・スイフトの『フォークロア Folklore』だったし、最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞と最優秀ロック・パフォーマンス賞は、フィオナ・アップルの『フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ Fetch the Bolt Cutters』が受賞。
フィービー・ブリジャーズの日本愛が炸裂した「Kyoto」収録のアルバム『パニッシャー Punisher』も2020年を代表する一枚。ローラ・マーリングの『ソング・フォー・アワ・ドーター Song for Our Daughter』も滋味豊かな傑作だった。
そして、姉妹3人のグループなので厳密に言うとSSWではないけど、昨年、僕が一番多く聴いたアルバムは、ハイムの『ウイミン・イン・ミュージック Part 3 Women in Music Part Ⅲ』なのだった。
ここで挙げたアーティストは多かれ少なかれ、ジョニ・ミッチェルから影響を受けているはず。テイラーなんか、ジョニの伝記映画に主演しそうになったくらいだし(ジョニが映画化を却下して頓挫)。ジョニの『ブルー』は、彼女たちのルーツの一つと言ってもいいかもしれない。
僕が初めて『ブルー』を聴いたのは、確か高校3年生の時で、その頃知り合った女の子が教えてくれた。前にも書いたけど、ニール・ヤングの『アフター・ゴールド・ラッシュ After the Gold Rush』(1970年)とも通底する、ピンと張りつめた空気感にヤラれ、それから30年以上聴いている。
70年代初頭のSSWらしく、楽曲のアレンジは至極シンプルなんだけど、聴いているとすごく感情を揺さぶられる。これはジョニの声によるところが大きいだろう。すごくエモーショナルなんだけど、そこに「熱」はなく、大理石の肌触りのように、なんだかひんやりしている。
ジョニの曲が彼女の私生活を反映したものだというのは有名な話。このアルバムも例外ではなく、「オール・アイ・ウォント All I Want」は、彼女と同じくカナダ出身のレナード・コーエンとの関係を歌ったものらしいし、タイトル・トラック「ブルー Blue」は、デヴィッド・ブルーという、これまたカナダのSSWのことを歌ったんだと。「ア・ケイス・オブ・ユー A Case of You」は以前付き合っていたグラハム・ナッシュとの別れが題材。ラストの「リチャードに最後に会った時 The Last Time I Saw Richard」のリチャードは、離婚した夫、チャックのことらしい。
ちなみに、当時、彼女が付き合っていたのは、ギターでも参加しているジェームス・テイラー。アルバム制作中に別れちゃったらしいけど。
そう、ジョニ・ミッチェルは、数々の有名ミュージシャンと浮き名を流した「恋多き女」「魔性の女」なのだった。決して華やかなルックスなわけでもないので、意外な印象を受けるけど。むしろ、見た目は地味だしね。
でも、個人的には、ジョニがモテたのはうなずけるんだなぁ。特にアルバム1曲目「オール・アイ・ウォント」の歌詞が、当時の彼女の魅力をよく伝えていると思う。
“一本道をただ歩く/私は旅を続けている
ずっと、ずっと旅してきた/
何かを探して。でもそれって、いったい何なんだろう?/
あなたのことが少し嫌い、嫌いだわ/でも、少し好き/
自分が誰なのか考えなくていい時は、あなたのことを好きだって思えるんだけど”
孤独な旅の空で恋人への想いを飾ることなく吐露している。「少し嫌い」「少し好き」と心情は揺れ動く。この逡巡は、まだかわいい。
続くパートは支離滅裂ぶりに拍車がかかり、「私、強くなりたい」とけなげな台詞を吐いたかと思えば、「ジュークボックスの曲に合わせて履いてるストキングを破っちゃいたい」と挑発的なことを口走り、最後は「私と踊りたい? 私との甘いロマンスを味わうチャンスよ」なんて誘惑する。
意識高いんだか、ビッチなんだかよくわからない。
その後のパートでは、また違った顔を見せる。「あなたと話がしたい。あなたの髪を洗ってあげたい。あなたを繰り返し生まれ変わらせてあげる」と、聖母のような優しさを見せる。しかし、その後に明かされるのは恨み節。「本当にわかってるの? あなたが私を傷つけたってことを。だから、私もあなたを傷つけるの。そうすれば、私たち2人ともブルーな気分になるでしょう」。
最後のパートは再び恋人に愛を囁いて終わる。「もっとすてきな気分にしてあげたい」。
歌っていることの振り幅が広過ぎて、「メンヘラぽい」と言う人もいる。まぁ、確かに歌詞に一貫性はないし、不安定なことは否定できない。
でも、決して病んでいる感じはなくて、ジョニは、心に去来するさまざまな想いをありのままに解き放っただけだと思う。この奔放さに惹かれる男性は、結構いるんじゃないか。こういう女性に振り回されるのも、時には楽しい。
そんな関係は、お互いが若いから成立するんだろうけど(五十路曰く)。
もちろん「恋多き」ジョニ・ミッチェルでも、恋愛についてばかり歌っているわけではない。3曲目の「リトル・グリーン Little Green」は、淡々とした穏やかな佳曲で、ちょっと聴くと、お伽話みたいなものかと思うんだけど、実は、21歳の時に出産し里子に出してしまった自分の娘のことを歌った、エラくヘヴィな一曲なのだった。
歌詞はほとんど実話。歌の最後は「かわいいグリーンちゃん、ハッピーエンドを迎えてね」というフレーズで終わるんだけど、現実はハッピーエンドではなかった。離れ離れとなった愛娘の存在は、『ブルー』発表時27歳のジョニの心にも影を落としていたようだ。
心に痛みを抱えながら生きてきたジョニが愛娘と再会したのは、1996年。彼女を手放してから32年が過ぎていた。
この曲に代表される「苦さ」も、このアルバムの魅力の一つだろう。
『ブルー』というアルバムには、文字通り、ジョニ・ミッチェルの青いエモーションがあふれている。「青い」という言葉は、「リトル・グリーン」やタイトル・トラックで歌われたような「痛みを伴う思い出」以外に、イノセントでみずみずしい感性のままに生きたジョニの「若き日々」をも象徴しているように思える。
ジョニは、後年ジャズに接近し、より音楽的な高みにのぼっていくわけだけど、『ブルー』で切り取られた彼女の人生の刹那は、いまでも輝きを失わない。
最後に、テイラー・スイフトとジョニ・ミッチェルの関係について、もうひとネタ。2019年、THE 1975のマット・ヒーリーがおもしろいツイートを残している。
「テイラー・スイフトのアコースティック・アルバムをプロデュースしたい。テイラーにとって、ブルース・スプリングスティーンの『ネブラスカ』や、ジョニ・ミッチェルの『ブルー』みたいな作品になるはずだ!」
残念ながら、テイラーがアルバム『フォークロア』でパートナーに選んだのは、マットではなく、ザ・ナショナルのアーロン・デスナーだったわけだけど(涙)。
今回は叶わなかったけど、いつか、マットがプロデュースするテイラーのアコースティック・アルバムを聴いてみたい。それは、本当にテイラーにとっての『ブルー』になるんだろうか?
おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★★
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