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長谷川和芳 | 転がる石のように名盤100枚斬り 第74回 #27 The Joshua Tree (1987) - U2 『ヨシュア・ツリー』- U2

今の若者たちは、U2に対してどんなイメージを抱いているんだろうか?


2014年、彼らのアルバム『ソングス・オブ・イノセンス Songs of Innocence』が、i-Phoneの当時の音楽アプリ、iTunesに強制的に追加されたとき、若者たちはSNSに罵詈雑言を並べた。


「ふざけるな」「メモリ食う」「消したいのに消せない」「キモい」「ジジイ、いい加減にしろ」「ボノ痩せろ」などなど(一部、記憶に間違いがあるかも)。


これらのコメントを見てもわかる通り、彼らにとって「U2 = 自分らとは関係ないウザいおっさん」だということかな。



U2の最高傑作と名高い『ヨシュア・ツリー』が、ローリング・ストーン誌が選ぶ『史上最も偉大なアルバム』で、2003発表・2012改訂版の27位から2020年発表版で135位に沈んだのも、そんな若い世代の価値観が反映されたと思えば当然の結果なのだった。



それにしても、108ランク・ダウンは「暴落」と言ってもいい。『ヨシュア・ツリー』が発表されたころ、まだ「若者」だったおっちゃんとしては、ちょっと悲しい。


今聴くと「シリアス過ぎんじゃない?」とも思うんだけど、リリース当時、「真っ当なロックはこうでなくちゃ」と感動したことを思い出した。



1曲目の「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地) Where the Streets Have No Name」のイントロを聴くと、いまだに胸が高まるし、U2初の全米ナンバーワン・ヒットとなった「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー With or Without You」は、何か崇高なものにふれたかのような感慨を抱かされる。


「レッド・ヒル・マイニング・タウン Red Hill Mining Town」は、ズシンと響くバラード。ダークでドラマティックな構成の「エグジット Exit」など、後に続くアルバム後半のナンバーも、サウンド・デザインがバラエティに富んでいて、一曲一曲が際立って響く。


このあたりは、プロデュースを担当したブライアン・イーノの確かな手腕を感じる。



どの曲も脳内再生できるくらいには聴き込んできた。2007年に出たスーパー・デラックス・エディションも買った。でも、それぞれの曲で何が歌われているのかを、突き詰めたことはなかった。


当時の世界情勢を歌詞に編み込んでいることを知り、敷居が高く感じてしまったことが理由の一つ。


もう一つの理由は、そこはかとなく漂うキリスト教臭だ。


そもそも、アルバム・タイトルは、アメリカのモハーヴェ砂漠に生息するユッカの樹のことなんだけど、この樹を「ヨシュア・ツリー」と命名したのは、周辺に住んでたモルモン教徒で、聖書に登場するモーゼの後継者、ヨシュアが天を仰ぐ姿に見立てたんだそうだ。


アルバム・タイトルだけでも、スピリチュアル感満点。



U2のメンバーは、ベースのアダム・クレイトン以外は熱心なキリスト教徒で、特にヴォーカル、ボノの幼い頃のアイドルは、旧約聖書に登場し、『詩篇』の作者と伝えられるダヴィデだったそうだ。


ボノ曰く「『詩篇』はブルースだった」


あぁ、そうですか。



「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」は、ヒットした時に一応歌詞に目を通したけど、何を言っているのかよくわからない。でも、僕の手は縛られ、身体はあざだらけなんてイエス・キリストを連想させるフレーズがあったので、ズバリ、神様に向けたメッセージだと解釈した。


「神様、あなたがいてもいなくても、生きてくのは大変ですわ」というボノの信仰告白か。


「神の国 In God's Country」なんて曲もあるし、アルバム全体にキリスト教的モチーフが施されているんじゃなかろうか。これは歌詞は分析せず、サウンドのみを楽しんだ方がいいばいと思い早34年。



しかし、せっかくレヴューするのであればと一念発起し、それぞれの楽曲で実際のところ何が歌われているのか調べてみた(歌詞だけではなく、メンバーのコメントも参照)。


01 ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地) Where the Streets Have No Name

> 北アイルランドにおける、宗教に起因する人々の断絶

開放感あふれる曲調からは想像できない深刻なテーマですな。


02 アイ・スティル・ハヴント・ファウンド・ホワット・アイム・ルッキング・フォー I Still Haven't Found What I'm Looking for

> 神に救いを求める魂の彷徨

これは予想通り。


03 ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー With or Without You

> ロック・スターであることと普通の家庭生活を営むことの板挟み状態

ほへ? どこが崇高なんだ・・・・・・。


04 ブレット・ザ・ブルー・スカイ Bullet the Blue Sky

> 民衆を虐げる中米の政府を支援するアメリカ政府への憤り

これも、ギターの音色が明らかに空爆を模しているし、予想通り。


05 ランニング・トゥ・スタンド・スティル Running to Stand Still

> ダブリンの団地に住む夫婦が陥った麻薬禍

重い・・・・・・。イントロのスライド・ギターがなんかを思い出させる。


06 レッド・ヒル・マイニング・タウン Red Hill Mining Town

> アイルランドのさびれゆく炭鉱町の閉塞感

これも社会問題絡みでしたか。もっとストレートなラヴ・ソングかと・・・・・・。


07 神の国 In God's Country

> かつては「神の国」と思えたアメリカへの失望

ギターのカッティングが冴え渡るロックン・ロールだけど、恨み節か。そもそもアメリカに期待し過ぎ。


08 トリップ・スルー・ユア・ワイヤーズ Trip Through Your Wires

> 悪女に恋焦がれる男の劣情

なるほど。ブルージーなサウンドは歌詞にぴったり。


09 ワン・トゥリー・ヒル One Tree Hill

> バイク事故で亡くなったスタッフへのレクイエム

民族音楽的+賛美歌的な理由がわかった。


10 エグジット Exit

> シリアル・キラーのサイコな内面

不穏なオープニングやベースのラインがそれっぽい。でも、まさか殺人犯が主人公とは思わなんだ。


11 マザーズ・オブ・ザ・ディサピアード - Mothers of the Disappeared

> 罪のない子供たちを誘拐したチリの軍事政権を告発

なんで子供たちを誘拐したんだ?????



「シリアス過ぎんじゃない?」という印象は間違ってなかったね。真剣にメッセージを受け止めようとすると、かなり疲れそう。気軽に聴けるようなアルバムではなくなってしまう。


こんな、どシリアスな内容を含んでいるにもかかわらず、このアルバムがリリース当時、全米アルバム・チャートで9週連続1位を達成したのは、「ロックの力で世界をより良い場所に」という機運が高まっていたからだろう。その発端となったのは1985年に開催されたチャリティ・フェス『ライヴ・エイド』だ。


もちろんU2も出演していて、クイーンのステージと並び称される伝説的なライヴを残している。


1980年代後半の「浮かれすぎたんで、ちょっとマジメに色々と考えよう」という空気感は、なんとなく覚えているし、それは別に否定することではないんだけど、BLMSDGsが叫ばれる2021年から振り返ると、上に並んでいる「1987年当時の社会的なテーマ」が色褪せて見えるのは仕方がない。


2020年発表版で135位ね。はい。納得。



それでも、このアルバムに抗いがたい魅力を感じることは否定できない。それは、ここで聴ける音像が、あるヴィジョンをもたらしてくれるから。アントン・コービンが撮ったジャケット写真による刷り込みもあるんだろうけど、聴いていると荒涼としたアメリカの大地が眼前に浮かぶのだ。



この「荒涼としたアメリカの大地」すなわち「荒野」というキー・ヴィジュアルについて、アルバムのスーパー・デラックス・エディションのライナーノートに、ボノが興味深いコメントを残している。


「・・・・・・そしてサム・シェパードの芝居と短編小説集『モーテル・クロニクルズ』がとても気に入っていたし、『パリ・テキサス』に出てくるいくつかのイメージが頭からどうしても離れなかった」



サム・シェパードはピューリッツァー賞も受賞した劇作家で、俳優、脚本家としても活躍。テレンス・マリック監督『天国の日々』(1978年)、フィリップ・カウフマン監督『ライト・スタッフ』(1983年)、リドリー・スコット監督『ブラック・ホーク・ダウン』(2001年)あたりが俳優としての代表作だろうか。


『モーテル・クロニクルズ』は、「短編小説集」ではなく、詩と散文を集めた不思議な本。映画撮影のために訪れたアメリカ各地で出会った出来事を綴っている。


シェパードが脚本を手がけた映画が1984年に公開された『パリ・テキサス』。ボノの盟友、ヴィム・ヴェンダースが監督し、同年のカンヌ映画祭で最優秀作品に贈られるパルム・ドールを受賞している。



実は、僕にとって心のベスト・テン第1位の映画が『パリ・テキサス』なのです。1984年の公開時に劇場で観ることは叶わなかったけど、レンタル・ヴィデオで観て以来、DVDも購入し繰り返し観ている。ライ・クーダーによるサントラは、人生のサウンドトラックだし。



『パリ・テキサス』は主人公、トラヴィスが荒野を彷徨うシーンから始まる。その後に描き出されるのは、トラヴィスが「何者かになろう」ともがく姿だ。


トラヴィスは、離れ離れになった家族を再生させようと、改めて「父親」「夫」というロールモデルに自分を当てはめようとするのだけど、その試みによって逆に自分が「何者でもない」という事実を突きつけられ、再び「荒野」へと一人旅立つ。


「自分は何者でもない」ので、自分の価値は自分自身で創造しなければならないというのは、実存主義の考えだけど、トラヴィスは、まさに自分の価値を創造するためにさらなる旅を強いられる。


そして、観客は、映画の冒頭に映し出される「荒野」のランドスケープが、トラヴィスの内面世界をも象徴していることに気付く。空っぽな何もない空間。



『ヨシュア・ツリー』でU2が成し遂げようとしたこともまた「何者かになろう」とする試みだ。彼らは、今までに以上の成功を手に入れようとしただけではなく、ビートルズやストーンズ、ジミヘン、ツェッペリンなど、ロックの伝説に比肩する世界最大のロック・バンドの称号を得ようとする。


その一方で、少なくともボノは、自分たちが空っぽな存在だということに気づいていたはずだ。バンド初期には歌詞を書く際に聖書を参照していたという彼に、本当に歌いたいことがあったのか、僕は疑問に思っている。


彼の内面にも「荒野」は広がっていた。


歌いたいことを見つけるために、『ヨシュア・ツリー』のころのボノは、あれこれと社会的な問題に首を突っ込むようになったんじゃないか。


『ヨシュア・ツリー』とそれに続く全米ツアー、アルバム及び映画『魂の叫び Rattle and Hum』でU2はアメリカの伝統音楽に急接近する。これは「U2はルーツ・ミュージックの素養に欠ける」というキース・リチャーズの指摘(難癖?)がきっかけだった。


つまりメッセージにおいても、音楽においても、U2というバンドの内側は空洞で、外部からいろんなものを持ち込んでそれを埋めようとしていたんじゃないか。歌詞の面では社会問題、音楽の面ではアメリカの伝統音楽。


その甲斐があって、『ヨシュア・ツリー』は大成功。『パリ・テキサス』のトラヴィスとは異なり、結果的にU2は「何者かになる」ことに成功し、名声もお金も得ることができたように見える。彼らはもう「荒野」を旅する必要はない。


それどころか、『魂の叫び』でブルースやゴスペルといったアメリカ音楽の真髄に近づいたはずなのに、次作『アクトン・ベイビー Achtung Baby』(1991年・史上最も偉大なアルバム2003発表・2012改訂版63位/2020年版124位)ではそれをかなぐり捨てて、ダンス・ミュージックに接近する。


もう、自信満々。怖いものなし。


だからこそ、「何者かになろうともがく」彼らの姿が刻まれた『ヨシュア・ツリー』というアルバムは、ほかの作品では変えがたい魅力を放っている。そこから立ち登るランドスケープに僕は心惹かれる。



そんな「荒野」に惹かれるって、とりも直さず、僕自身の中身が空っぽだってことも意味するんだけどね。そんな五十路になっちまった。




おっちゃん的名盤度(5つ星が満点):★★★★








長谷川 和芳 KAZUYOSHI HASEGAWA

1969年、福岡県のディープエリア筑豊生まれの編集者・ライター。414Factory代表。メインの業務は染織作家の家人の話し相手。