美女に酔う「はかた勝手に恋酒場」Vol.5
第5回 ギョーザと赤ワインのマリアージュを愉しむ女
陽が傾くと一気に冷え込む季節になった。
11月半ばの土曜日。
久しぶりに大名で飲もうかと足を運ぶ。
このエリアは70年代半ばから「若者の街」として栄えてきた。
バブル景気の到来と終わりが街に盛衰を生む。
最近になってやっとあの頃の元気を取り戻してきた。
夕方5時半過ぎ、目抜き通りから大名紺屋町通り商店街へ。
色とりどりの服、色とりどりの髪、色とりどりの言葉を好む若者たちが行き交う。
今宵の一軒目は商店街でも3本の指に入る老舗だ。
昭和38年創業の「餃子のテムジン大名本店」。
福岡市内を中心に7店舗展開している「餃子のテムジン」は福岡ギョーザ界の草分けでもある。
屋号の「テムジン」は世界帝国をつくったモンゴルの雄チンギス・ハーンの幼名だ。
この店はユニークなチャレンジ企画でも有名である。
1人でギョーザをたいらげた個数によって横綱、大関、関脇、小結といった店独自の「餃子番付」にランクインできることだ。
店先の小窓からなかを覗く。
すでにカウンターに数人の客が。
オープンキッチンの天井近くに設えてあるテレビでは大相撲九州場所が流れている。
画面では横綱白鵬ゆったりと四股をふみはじめた。
「おい!モンゴル、相撲つながりかよ!」
周りを気にせずに”ひとり突っ込み”してしまった。
すると背中越しに声をかけられる。
「いやいや、くりしん、白鵬はもう日本国籍やろうが」
聞き覚えのあるシルキーボイス。
振り返るとセンベロブラザーズ兄・江口カンがニンマリ笑顔で立っていた。
「うわぁ、えずぅ。ココでなんばしようと?」
「なんばしょうって。ハシゴ酒のスタートやろうもん」
「はぁ?誰とね?」
「しゃーしかな、きさん。はよ入るばい、はよ」
カウンター席を取り囲むオープンキッチン。
なかには作業台があり、職人さんがギョーザを仕込んでいる。
焼き専用の鉄板もすぐそばに。
職人さんたちは仕込みながら、焼きながら、チラチラとテレビを見やる。
この演出と風景が”いつものテムジン”だ。
小上がりのテーブル席に陣取り、女性スタッフを手招きで呼びよせる。
とりあえず、キリンラガーの中びん。
そして「目に言う」(メニュー)から一品料理をいくつか。
ギョーザは50個、注文した。
く:ひとりでギョーザ150個食べたら横綱げな。
江:くりしんは余裕でいけるっちゃない。
く:またそげんやって、すぐ人ばワナにおとしいれようとしてからくさ。
江:おまえくさ、最近つまらんヤツになってきたばい。
く:おっ、久しぶりに兄弟ゲンカでもするね?
江:犬も喰わんばい。
コップビールをチビリチビリ飲りながら、それとなく周りのお客さんを観察するふたり。
時間をつぶすこと数十秒で「酢モツ」がやってきた。
く:おお、ずいぶんなファストフードやね。
江:見てんやい。ココのは大ぶりでフレッシュやろうが。
く:他のテムジンもこんなクオリティやったかいな。
江:どげんやろうか。
く:酢醤油は卓上にあるヤツを自分でかけなイカン。
江:そうそう、この赤いゆずごしょうもうまかろうが。
く:うまか。こりゃ、天下一のビール泥棒たい。
「はーい、豚足、おまち」
く:お、スパイクがきたばい。
江:これも塩焼きやけんね。酢醤油はセルフで。
く:今日のはけっこう太かばい。
江:当たりたい、当たり。
く:ぷりぷり、そのあと、ねっとり。
江:ねっとりをくさ、ビールで洗い流すのも一興たい。
「続いて、ニラきもとじ~」
江:卵の火の通り具合がバツグンによか。
く:キモテキとニラたまの夢のコラボ。
江:ココの豚のキモは新鮮やけんバリウマやもんね。
く:どげんする?醤油かけるね?
江:そしたら醤油の味しかせんやろ。まずはそのまま食べてみい。
く:そげん言うなら、いままでも酢醤油の味しかしとらんやないか。
江:つべこべ言わんで喰え。
く:うわ、うまか。こりゃこのままがよか。
江:そげんやろうが。キモに味がついとるけん調度よかったい。
く:く~、勉強になるぅ。
ギョーザはまだか、まだなのか。
時刻は6時すぎ。
店には次から次へと客がやってくる。
カウンター席、小上がりテーブル席もほぼ埋まった。
カップル、若い女性2人組、家族連れ、ひとり飲みなど客層はさまざまだ。
あぐらをかいていた江口カンはおもむろにお気に入りの五本指ソックスを脱ぐ。
く:ああ、もう完全に家飲み気分やね。
江:オレはこの店、けっこう長く通っとうけん。
く:そうね。まだ何か言いたそうな顔ばしとるね。
江:じゃあ、告白するたい。
く:何ね?あの女の店員さんにホの字なんね?
江:あのくさ、この店のドリンクメニューに赤ワインがあろうが。
く:おお、あるたい、グラスワインの赤と白。
江:オレがわがままば言ってくさ、4~5年前から置いてくれるようになったったい。
く:マジシャン?マジカルテクニシャン?
江:何やそれ。マジたい、マジ。
「はい、どうぞ、焼き50個ね」
く:うほほーっ、やっぱ壮観やね。
江:いち、にー、さーん、しー……。
く:何ばしよると?
江:テムジンの儀式たい、儀式。きちんと50個数えてから食う。
く:数えんと祟られるとな? はよ数えて。冷める前に食いたいけん。
江:お、その前に赤ワインばたのもう、赤ワインば。
テムジンのギョーザは一個一個が小ぶりだ。
いわゆる博多ひとくちギョーザとは”ひとくち”違う。
ミンチは豚ではなく牛、モーなのだ。
で、肉と野菜の比率が3:7と意外とヘルシー。
何よりも特徴的なのが箸で持ちあげると破れるやわらかな皮。
きっと焼き上げるときに油分よりも水分が多めなんですな。
箸でつまんで破れたとしても誰も文句を言わない。
これがテムジンスタイルなのだ。
江:これこれ、やっぱココのギョーザには赤ワインがあう。
く:そげんね。
江:だってくさ、考えてん? 肉と野菜と小麦粉、ニンニクやけんね。
く:だけん?
江:イタリア料理のラビオリごたる。
く:まー、しゃれとう。クチが腫れるばい。
「すみません、おふたりさん。このお客さんと相席いいですか」
スタッフに声をかけられて「お客さん」を見るなり、ふたりは箸を置いた。
目の前の女性にくぎ付けになってしまったのだ。
ブルージーンズに鮮やかな赤のノースフェイス・マウンテンジャケット。
アジア系のクッキリとした目鼻立ち。
吸い込まれそうなターコイズブルーの瞳。
口元だけ軽く微笑むアルカイック・スマイル。
フィッシュボーンアレンジがほどこされたつややかな黒髪。
まさに動く古代ギリシャ彫刻のようだ。
く:おいちゃんふたりで問題なければどうぞ。
江:どうぞ、どうぞどうぞどうぞ。
「アリガトゴザイマス」
彼女を手招きしてテーブル席のお誕生日ポジションに招き入れた。
軽装でバックパックは持っていない。
とはいえ、やはりツーリストなのか。
く:ディス・イズ・メニュー、ドリンク&フードはユー、ワットにする?
女:ア、ダイジョブデス。
江:カム・フロム? アーユーロンリー?
く:おい、いきなりロンリーって何や。
江:うるさい、1人なのかって訊きたかったったい!
女:ア、ダイジョブデス、ニホンゴハナセマス。
江:やろう? 最初からそげん思っとったちゃんね。
く:そげんたい、そげん。
女:ハカタベンモ、ワカリマス。
江:ああ、そげんやろうと思っとった。
く:で、注文は?
女:ココニ、スワルマエニ、マスターニ、ツタエマシタ。
江:ああ、そげんやろうと思っとった。
「はい、ナターシャ、おまたせ。いつものセットね」
「アリガトウゴザイマス」
「はい、それとお客さんたちにも赤ワインを一杯やね、どうぞ」
ナターシャ、キミはテムジンの、テムジン大名本店の常連さんだったのね。
教えてくれたらよかったのに。
で、なんと驚くことに彼女のオーダーは「焼きギョーザ20個」と「赤ワイン」だったのだ。
江:ワオ! ナターシャ! レッドワイン、ミートゥ!
く:なんや、いきなりテンションアゲアゲやないか。
江:カンパーイ、チンチン、チアーズ、ドリンクアトースト!
苦笑いすることなくクールな笑顔で杯を交わしたナターシャ。
慣れた箸さばきでギョーザを一度に3個つかみあげる。
酢醤油に浸すことなく、赤いゆずごしょうをつけることなく、そのまま口に運ぶ。
笑顔がやわらかくなった。
もぐもぐと口を動かしながらセンベロブラザーズに交互に”口福”のアイコンタクトを送るナターシャ。
おもむろにグラスを手に取り赤ワインを口に含む。
ひとしきりマリアージュを愉しんだあとに胃の腑に落とし込んだ。
そして、すこし赤く染まった歯をにっこりと見せながら流ちょうに語り出した。
江:ワオ! ナターシャ! レッドワイン、ミートゥ!
く:あ、やばい、壊れかけとるばい。
江:ワオ! ナターシャ! レッドワイン、ミートゥ!
く:食べ合わせの好み、世界観までが同じなら、まぁしょうもなかかなぁ。
江:ワオ! ナターシャ! レッドワイン、ミートゥ!
餃子のテムジン大名本店
福岡市中央区大名1-11-4
☎092-751-5870
営業時間 17:00~26:00
土日祝はランチタイム12:00~15:00も営業
休み 火曜日
はかたセンベロブラザーズ KAN EGUCHI & KURISHIN
江口カン(兄)&くりしん(弟)。福岡生まれ福岡育ちのオヤジふたり。福岡・博多の大衆酒場放浪で意気投合。晩酌は欠かさないが寝る前に必ず肝臓に「おやすみ。今日もありがとう」という労いの言葉と優しくなでるボディタッチを忘れない。